第六話
今日は七海さんの家へ遊びに行く日だ。僕のクローゼットの中には、春休み中にお母さんが買ってくれた女性モノの服がいくつか掛けられていた。内心着たくないが、この状態で着られるものはそれしかないので、仕方なくマシだと思うものを適当に選んで着た。
「良いなあ。私も遊びに行きたいなぁ」
お姉ちゃんまで行ったら収集がつかなくなるので、このままゆっくり家の中でくつろいでいてもらいたい。
「まさか、こんなすぐに外着を見られるとは思わなかった」
「僕も友達と遊ぶことになるとは思ってなかったよ」
そろそろ行く時間なので、僕は財布や鍵などといった最低限のものを忘れていないかを確認した後、家から出て玄関の鍵を閉め、自転車に乗って学校に行った。外出してる途中で締め忘れていないか心配になるときもあるが、家の中に誰か居ると安心する。
学校が見えるところまでくると、茜さんと七海さんがもう到着していた。集合時間に遅れたのではないかと携帯で時間を確認すると、まだ余裕はたっぷりとあった。でも人を待たせるのは申し訳ないので、急いで行った。
「待たせてしまってごめんなさい」
「いいよ。私たちが早く着すぎちゃっただけだから」
「そんなこと気にしなくていいよ。逆に私たちが急がせちゃってごめんね」
僕が頭を下げて謝ると、二人は大丈夫だよといった感じで迎えてくれただけでなく、僕のことも気にかけてくれた。これで闇の部分が無ければ完璧なのにと思ったが、そんなことを人に言えるような立場じゃないし、自分にも返ってくることなので、失礼なことを考えるのはやめた。
「今日は買い物してから、私の家に行くからね」
七海さんまで学校の前に集まったのは、そんな用事があったからなのか。だけど、買い物で何を買うのだろう。
「三人で何作ろっか」
「「えっ?」」
完全にカップ麺か何かを買って、軽く済ますのかなって思っていた。僕は少しくらいなら料理は出来なくはないけど、茜さんは全然出来そうには見えない。
「水希くんが作ってくれるんじゃないの?」
「茜が怖いから逃げてるんじゃないかな」
会う前に逃げるということは、何かやらされると察知しているということだろう。茜さんと七海さんがいつから仲良くしているかは知らないけど、家族の人と顔見知りのように聞こえる。
「私からは逃れられないのに」
「そういうこと言うから怖がられるんじゃないかな」
水希くんというのが、どんな人か分からないが、茜さんが怖いと思うのは僕も同じなので、独り言のような小さな声で、発言に気をつけたほうがいいんじゃないかと注意した。
「嫌よ嫌よも好きのうちってね。要は素直になれないだけなの。誰かと同じでね」
「誰のことを言ってるのかは知らないけど、少なくとも私では無いのは確かね」
どこまでポジティブ思考なんだろう。ここまで楽観的だと、何かの病気なんじゃないかとも思うくらいだ。
スーパーに着くと、駐輪場に自転車を停めて店の中に入った。歩きながら食材を見ていたが、カゴの中には何も入れていなかった。何を作るか見ながら考えているようだが、これなら前もって何を作るか決めてから行った方がよかったのではないのだろうか。それとも女の人によくある、商品を見てから何を買うか考えるということなんだろうか。
「せっかくだし、皆で作って楽しいものにしよっか」
「あまり簡単なものだとアレだから、肉じゃがとかにしようよ」
そんなこと言って大丈夫なのだろうか。もう失敗する未来しか見えないので、無理に料理しようとしないほうがいいんじゃないか。
「私も出来ない方だから、野菜とか切ったり出汁とったりするのはちょっと無理かも」
「挑戦することは大事だよ」
肉じゃがも作り方は難しくはないが、包丁を使い慣れてないんだったら、餃子みたいに皮の中に餡を詰めて包むだけのものの方が、形は崩れるかもしれないが、安心して作れると思う。
結局肉じゃがを作ることになり、材料を買って七海さんの家に着いた。普通の一軒家よりは少し大きいような感じだったが、そんなに変わったところはなかった。
「じゃあ早速作ろう。まず野菜を切ってと」
「まず皮剥かないといけないんじゃないの」
まな板の上に人参を置いていて、包丁でそのまま切ろうとしていた茜さんを七海さんが急いで止めてくれた。危うく皮付き野菜が入ってしまうところだったので、ここはおかしいことに気づいてくれた七海さんに感謝しないと。
「これはどのくらい剥けばいいの?」
「野菜は私が切っときますから、肉を切って炒めといてください」
これ僕一人でやった方が早くできる気がする。だけどせっかく頑張ってくれてるので、それは言わないでおいた。その様子をドアのところから少し開けて見ていた女の子らしき人が見えたが、僕と目があった瞬間、どこかへ行ってしまった。
「茜さん、何もしないんだったらどこかへ行ってください」
「じゃあ、私は肉じゃがの汁を作っておくね」
この人に任せて大丈夫な気がしない。でもやる気は見せてくれてるので、それを無下には出来ない。
「別にいいですけど、あまり入れすぎないでくださいね。後で調整するの大変なんで」
「分かった」
任せたとは言いつつも、とても怖いから目が茜さんのほうへいってしまう。野菜を切り終えたので、七海さんのところへ行って、肉が炒めてあるか確認した後、野菜を入れた。
少し様子を見てから、大丈夫と思ったところで水を入れた。しばらくすると水が沸騰し、野菜からでてきたアクを取り除いた。茜さんが作ってくれたものを入れて、煮込んでいる間に、食事の支度を済ませた。
煮込んだ後、味を確かめてから、器に肉じゃがを入れて食べた。
「空って料理出来るんだね」
「ちょっとだけね」
少しは料理を作れるようになっておこうと思っていたので、お母さんの手伝いをたまにしていたからかもしれない。
「頭も良くて料理も作れるなんて羨ましい」
僕も皆が作れるようなものしか作れないし、アレンジとかするのは怖くて出来ないから、料理がうまいわけではないと思う。
「家庭的な可愛い女の子なんて私のストライクゾーンど真ん中ね」
褒められてるんだろうけど、全然嬉しいと思わない。
ご飯を食べ終わり、七海さんが使ってる部屋へお邪魔すると、綺麗ではあるけど、ベッドやテーブルなど最低限のものとテレビくらいしかなく、質素な感じもした。
「水希くん探してくる」
「家にはいないと思うよ」
そんな男の子らしき人は見かけなかったけど、女の子は見かけた。七海さんは弟も妹も居るから、しっかりしてるんだな。
そういえば水希くんってどういう子なんだろうか。僕みたいに大人しいのか、それとも男の子らしいヤンチャな子なんだろうか。
「水希くんってどんな感じの子なの?」
「水希はおとなしめでね、はっきりものを言えない八方美人な感じかな」
性格は七海さんとは逆のように感じる。だけど、根っこの部分は似ているような気がしないでもない。
「水希くん見つけたよ〜」
茜さんが水希くんという人を連れてきていた。そこには、料理を作っている時に見た可愛らしい女の子が立っていた。全然男の子には見えないから、水希くんじゃないんじゃないかとも思った。
「いくら女の子みたいで可愛いからって、あまり変なことさせないでよ」
「はーい。じゃあ早速、ななみんが着てた制服を着てもらおうかな」
茜さんが慣れた手つきで女子制服を水希くんに着させている。それは嫌と言うわけでもなく、七海さんが止めることもないのに違和感を抱いた。
「弟さんがあんなことされてるのは……」
「嫌って言っても無駄なのは水希も分かってるから、隠れてるのを見つけられて、女装させられるのを毎回見てるから、もう注意する気にもならない」
家に招くたびに女装させられるなんて可哀想だけど、目の前にいる水希くんの姿を見たら、とても男の子には見えないくらい可愛かった。こんな女の子がいたら、絶対にモテてたんだろうと思えるくらいなので、茜さんが目をつけるのも納得できる。
「水希くんって優しいね」
「周りに流されやすいだけ」
口ではそんなことを言いながら、顔は嬉しそうにしていた。やっぱり弟のことを大事に思ってるんだなと感じる一面が見えて、僕もつられて笑顔になった。
「ただ弱みにつけこまれてないか心配だけどね」
確かに、断るのが苦手だと損な役回りさせられることが多いかもしれない。それで愛想良くしていたら、この人に頼めば大丈夫と思われていてもおかしくない。
「水希って家事全般出来るんだけど、それもお母さんが大変そうだからって理由で始めたから、変に気を遣って嫌なことやらされてないかな」
家事全般できるなんて、ますます女の子らしさに磨きがかかっていて、女の子よりも女の子らしい。こんな子はいいように利用されてると気がついても、口には出さずに我慢してそう。
「心配しても仕方ないんだけどね」
口ではそんなことを言いながらも、考え事をしてるように見えた。僕のお姉ちゃんも何も考えていないようで、こんなことを思っているのだろうかと、ふと思った。
目の前では水希くんが茜さんの着せ替え人形にさせられていた。ワンピースやコスプレに使うようなものが殆どだったが、どれもとても似合っていた。
時間を見ると、もう六時くらいだったので、茜さんと一緒に帰ることにした。
「またね水希くん。次来るときもいっぱい衣装持ってくるからね」
水希くんは笑顔のまま、手を振って送ってくれた。あんなに良い子は中々いないけど、それだけに気を遣いすぎて疲れやすいんじゃないかとも思う。
「ななみんとどんな話してたの?」
自転車を押しながら話していた。女装させてるときに何を話してるか気になっていたようなので、どんなことを喋っていたか話した。
「あんな子を利用しようとしたら、そいつが周りから非難されるだろうから大丈夫だよ」
少しポジティブ過ぎる考え方だけど、そう考えた方が気が楽だ。あまり考えすぎると悪い方向ばかりに行ってしまうから、本人も気にしないようにしているのだろう。
途中で茜さんと別れ、家に着くまでの間、ずっと考えていた。
家に着き、お姉ちゃんに僕のこと心配に思っているか聞いてみた。
「そりゃ家族なんだから、帰りが遅かったりとか様子がいつもと違ってたら心配くらいするよ」
その答えを聞くと、僕は安心して自分の部屋に戻って勉強した。今日はいつもより集中してやれそうだ。