第四話
今日の予定は新入生歓迎会なので、どんな先輩方が居るのか楽しみだ。といっても部活に入るわけではないから、あまり関わりはもたないだろうけど。
僕は教室に入る前に誰かに飛びつかれた。そんなことをするのは思いつく限り一人しか居ないので、一瞬で誰か分かった。
「元気に話しかけてくれるのは嬉しいんですけど、もう少し普通にしてくれません?」
「私にとってはこれが普通なの」
挨拶するのに飛びつくのが普通とは、僕の常識はどうやら普通ではなかったらしい。そう思っていると、後ろから田島さんが話しかけてきてくれた。
「おはよう。中川さん」
「おはようございます」
軽くお辞儀をしながら挨拶をした。これが僕の知っている普通の挨拶というものだ。やはり僕の常識は間違っていなかったようだ。
でもその様子を見ていた山城さんが険しい顔をしていた。
「なんかよそよそしい」
「昨日会ったばかりの人に抱きつく方がおかしいと思うんだけど」
「そんなことはいいの」
この掛け合いが二人の仲の良さを表していた。こんなに仲が良いのは羨ましいが、スキンシップが過ぎるのは周りの目もあるから、やめてほしい。
「敬語って他人行儀な感じする。友達なのに知らない人と話してるみたい」
「言われてみれば、そう感じるかも」
確かに、同じクラスメイトなのに丁寧な喋り方だと、距離を置いているように感じてしまうかもしれない。
でも、砕けた喋り方をしたら、思わず僕と言ってしまいそう。だけど、仲良くなるには敬語はやめた方が良い。
「一回敬語やめてみて」
バレたらバレたで、自分のことを知ってもらえる機会だと思って、思い切って敬語をやめてみよう。
「分かりました。じゃなくて分かった」
学校だとスイッチが入って、自然に敬語が出てきてしまう癖がついてしまっている。完全に直すには時間が結構掛かりそうだ。
「これから徐々に直していこっか。あと、さん付けはやめて、あだ名で呼び合うことにしよう」
山城さんは名案だとばかりに手をパチンと叩いていた。僕にあだ名なんてものは無いので、下の名前を呼んでもらうようにしよう。
「私はしーちゃんで、この子がななちゃん」
「そんな呼び方したことないし、私のことは普通に七海で良いよ」
相変わらずマイペースな山城さんに、田島さんは世話を焼いているみたいだ。この二人を見ていると、仲の良い姉妹のように感じる。
「ななちゃんの方が可愛いのに」
「恥ずかしいから嫌なの」
「ななみんでもダメ?」
「ダメ」
意外と恥ずかしがり屋なのかもしれない。こういうしっかりしている人が照れ隠しをしているところを見ると、普段見れないぶん可愛さが際立って見える。こうしてみると、山城さんと田島さんが仲良くなった理由も何となく分かる気がする。
「空でいい?」
「はい」
「えー、そーちゃんの方が可愛いのに」
もっと変な呼び方を提案されるのかと思っていたから、意外と普通の呼び方なんだと感じた。でも、そんな呼び方はされたくない。
「私はしーちゃんだよ」
「はいはい」
呆れるのは分かるが、それにしても温度差がありすぎる。今の二人の温度差は太陽と氷くらいの差があったので、話が合うことなんてあるのだろうかと思ってしまった。
「あからさまにめんどくさがるのやめて」
「私思ったことは顔に出ちゃうタイプだから」
こういうやりとりを見ていると、自然と笑顔になってくる。自分の周りで楽しそうな雰囲気で話している人を羨ましいと思ったことはあったけど、自分もその輪の中にいることは初めてだったから嬉しい。
「そーちゃん、やっと笑った」
「えっ?」
そういえば今日、朝から全く笑ってなかった。別に意識していたわけではなかったのに何でだろう。知らないうちに、ずっと緊張していたのだろうか。
「表現がおかしいかもしれないけど、なんか空ってすぐ壊れそうに見えるの。だから笑ってるところを見るとすごく安心する」
「そうそう。守ってあげたくなるくらい可愛いから、笑ってるところを見ると興奮して体の隅々まで……エヘヘ」
山城さ……茜さんが口からヨダレをたらしていたので、身の危険を感じて、思わず後ずさりしてしまった。
「こら変態、自重しなさい」
七海さんが茜さんの頭を叩いて叱った。茜さんは涙目になりながら七海さんを一瞬睨み、そのあと僕のほうを向いて話しかけてきた。
「ごめん、怖がらせちゃった?」
「そんなことは……」
言いよどんでしまった。これじゃ茜さんを傷つけてしまうかもしれない。どう言い返すのがベストなのか頭をぐるぐる回しても、全然良い言い訳が思いつかない。
「ほら、ななみんが暴力的だから怖がってるじゃん」
「あんたが舌なめずりとかするからでしょ」
七海さんが顔を赤くさせながら声を大きくしながら言い返していた。完全に茜さんの流れに飲み込まれてる。でも、ななみんって呼ばれても反応しないってことは、この呼ばれ方も嫌なわけではなかったんだろうか。それともする余裕がなかっただけだろうか。
やっぱり恥ずかしそうにしてる七海さんってギャップがあって可愛いかも。良い意味でイメージと違うって、その姿に特別感があるから嬉しい。
「七海さんって可愛いかも」
「なっ……!」
七海さんは口を開けて、言葉が詰まっているように見えた。あまり言われ慣れてなさそうなのが伝わってきた。茜さんに言われて慣れていると思っていたので、その反応は意外だった。
「クールな感じがするのに、こんなに可愛い反応するっていうが、この子の萌えポイントなの。それに気づくなんて、なかなか分かってますなぁ」
なんだか、この人と同類のように言われるのは良い気が全くしない。これまでの言動や行動を振り返ると、助けてくれた時は優しい人だなと思っていたけど、それをゼロどころかマイナスにまで行くくらいのことをされてきたからだろう。
「お前と一緒にしてほしくなさそうだぞ」
後ろから男の人が話しかけてきた。その人は昨日、僕のことを助けようとしてくれた人だった。やり方こそアレだったが、今時珍しく知らないふりをしない度胸がある人と出会えて良かったと思った。
「そんなことないよね?」
目をこっちに向けてきたので、僕は目をそらした。
「ほら、茜みたいな変態じゃないって言ってるじゃないか」
「まだ返事してないじゃない」
茜さんが必死になって言い返しているが、男の人の言う通りなので、言い負けている。
「目をそらすっていう反応が答えだと思うけど」
「何だと?言っとくけど、ナンパを追い払うときに暴力沙汰にならなかったのは、私のおかげなんだからね」
確かにそれはそうだ。あのときは喧嘩にならないか大丈夫かなとヒヤヒヤしたので、茜さんが追い払ってくれてよかった。
「だけどあの後、興奮してたじゃないか。恥ずかしそうにしてるの可愛いって」
その姿が頭の中で容易に想像できる。今更そんなことを言われても驚きが全くない。
この後も言い合いは続いたが、七海さんが仲裁に入ってくれたおかげで辞めてくれた。
「そういえば、今日って歓迎会の後に部活体験開始なんだよな」
確かそんなのがあった。僕は最初から入部する気なんか無いけど、どんなのがあるのか回ってみるのもいいかもしれない。
「そうなんだけど、親から部活に入るのは禁止だって言われたの」
「当たり前だろ。この学校受かったのも奇跡なくらいなんだから」
なんかイメージ通りだ。おそらく運動は出来る人なんだろうけど、勉強が出来る人ではないだろうなと思っていた。
「じゃあ今日、入試の点数が書いてある紙が渡されるから、この四人で勝負ね」
なんか勝手に決められてる。多分七海さんは出来そうだから、茜さんは最下位だろう。
「どの科目でするの?」
「もちろん総合得点に決まってるでしょ」
負ける気は全くしないので、僕は全然大丈夫だ。
チャイムが鳴り、教室に一旦集まってから体育館に行って、歓迎会が行われた。その歓迎会が終わり、教室の中で入試の点数が書かれた紙を名前が呼ばれた順に取りにいっていた。僕が呼ばれ、点数を見てみると良い結果だったので、これからも維持するか、これ以上にいい点数をとっていきたいと思えた。
終礼をして、茜さんは真っ先に廊下へ行って待っていた。四人が集まると、点数の見せ合いが始まった。
「せーの」
周りを見てみると、茜さん以外は平均以上の点数をとれていた。
「私が265点で、ななみんが372点、雅紀が368点で、空ちゃんが……」
「「「461点!?」」」
ちょっとした優越感に浸った。人に勝つことがこんなにも気持ちの良いことだったとは知らなかったな。
「空ちゃんには勝てるかもと思ってた自分を殴りたい」
「一番だと思って喜ぶ準備してたのに」
「こんな天才、ホントに居るんだな」
皆に褒められるのは嬉しい。こんなことは今までなかったから、これからは今まで以上に頑張っていこう。
「ニヤニヤしちゃって、もう」
知らない間に顔が綻んでしまった。それをきっかけに四人全員が笑っていて、和やかな雰囲気で居心地が良かった。
「こんなに笑えるんだったら、いつも話しかけやすいようにしたらいいのに」
「何言ってるの」「何言ってるんだ」
なんか急に知らない男の人が入って、茜さんと声が重なった。なんだか凄く嫌な予感がしてきた。
「あなた誰?」
「ごめん我慢出来なかった。僕は太川亜貴」
自己紹介をしてくれた。これは絶対にモテるタイプの人だ。でも茜さんと話が合うのは危険な香りしかしない。
「この人は可愛いというものを全く理解してない」
この話をするということは、茜さんと同類だと思っておいたほうがいいかもしれない。それに熱弁してきてるから、余計に怖い。
「普通の子でも可愛いけど、これは笑わない子が笑ったら、もっと可愛いんだ」
この男の人は顔は爽やかな風貌なのだが、それを台無しにするくらいの性格をしていて、とても残念だという思いでいっぱいだ。
「背伸びしている子が弱音を吐いている。逆に弱気な子が心を強くもって、何かと向き合って頑張っている姿は良い」
「全くもって、その通り」
「それは普段見られないからこそ価値があるんだ。だからイメージからかけ離れているほど萌えポイントは高い」
「わかってるじゃない」
二人の会話にはついていく気もないので、距離を置いてスルーしていた。その間に三人でいろんな話をした。
「盛り上がってたから忘れてたけど、俺も自己紹介してなかったね。俺は中村雅紀で、部活は陸上に入るつもりだ」
運動できそうな感じだったので、スポーツ系の部活に入るんだろうなと思っていたら、まさにその通りだった。これで頭もそれなりに良いとくれば、女の子から黄色い声援がくること間違いなしだろう。
「また陸上やるの嫌じゃない?」
「慣れてるから、他のやつやるより気持ちが楽なんだよ」
その気持ちは理解できる。新しくやることは怖くて手を出しづらいので、結局今までしていたことをするのが安心できる。チャレンジしたい思いより恐怖の方が勝ってしまうのだ。
「私は今回もどこにも入らないけどね」
「もったいねぇな。なんでもできるのに」
入試の点数も良かったし、出来る人というイメージがあるので、何かをやるんじゃないかと思っていたが、意外にも帰宅部を選ぶのか。
「あなたとは良い話ができそうね」
「僕もそう思う」
二人は握手を固く握り締めていた。どうやら面倒な人がもう一人できてしまったようだった。茜さんだけでも暴走を止めることが出来なかったのに、二人なんて手に負えない。
「私たち二人は部活体験をしてる人を見にいくから、先に帰ってもらってもいいよ」
早速行動に移してる。これだけ可愛いものを見たいという想いを持っているのはいいが、度が過ぎたことをしないかだけ心配だ。
「俺も一緒に行くよ。二人だけだと変なことしそうだし」
中村さんが一緒なら多少安心できるので、あの二人を任せることにした。残された僕と七海さんは帰ることにした。
学校から出るまでの間、色々話しながら歩いていたら、校門までがあっという間だった。
「じゃあ、また明日ね」
七海さんに手を振ってきたので、僕も振り返し、明日からどうなるんだろうと不安になりつつ、家に帰った。