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春空の下で  作者: ヒマワリ
二学期
25/26

第二十四話

 那月くんに誘われ、文化祭よりも前に申し込んでいた全国模試の日が差し迫り、今までより勉強に本腰を入れているつもりだが、日をまたぐにつれて不安が大きくなっている気がする。今の実力を見るものなので、あまり気負いする必要はないと分かってはいるものの、やるからには良い成績を出したいという欲が出てきてしまう。

 それに、お姉ちゃんに受験料を出してもらってるので、下手な点数はとりたくない。休憩や眠る前などの勉強をしていない間、あの一瞬だけ渋った顔が思い浮かび、もっと頑張らなくて大丈夫なのかと不安になる。

「ちょっと入るよ」

 ノックして入ってくると、自分の部屋かのようにベッドに腰をかける。何を話すのだろうと思い、座りながらイスを回す。

「勉強捗ってる?」

 そう聞いた後に、お姉ちゃんが僕の机にあるノートや教科書を覗き見る。恥ずかしいものはないが、なんだか試されてる感じがして見られたくない。でも隠しても意味が無いので、代わりに教科書と参考書と問題集を手に取って渡す。参考書と問題集は付箋ばかりで、丁寧に使っているつもりではあるが、とても人様に見せられるようなものではない。こんな風になるのは分かっていたので、教科書は綺麗なままにしておきたいから、家で問題集の調べものをするときは参考書でしている面も少なからずある。

中学時代に今の参考書のような状態の教科書を、忘れ物をしたクラスメートに見せながら授業を受けていると、その人から凄いねと言われた。本人からすれば頑張っていることを褒めてくれていたのかもしれないが、何故か皮肉を言われているように感じた。だから、学校で必要な教科書は買ったときのままで維持していたい。

「受験生みたいだね」

 過去のことを思い出すが、お姉ちゃんは受験と就職活動を一年の間にしていたので、一般的な受験生とは大変さが全く違う。でも、テスト前に量を増やして勉強する程度なので、寝る間を惜しんで試験対策に費やすイメージがある大学受験よりは楽だろう。それに、実力を知るためのものと本気で受かりにいくものとでは緊張感が違う。なので、本来は模試でこんな緊張していたらいけないのだ。

「それでね、話があるんだけど」

 珍しく口ごもっているので、どんなことを言い出すのだろうと思いながら見つめても、話題を逸らそうとしてきたり、「あのー」や「えっとー」ばかりで本題に入らない。すると、いきなり下からインターホンの音が聞こえた。

「私が行ってくるね」

 焦るようにして部屋から出ていったので、気になって階段の前に立つ。どんなことを話しているのか聞き耳を立てると、来訪者がお姉ちゃんに不満を漏らしているように聞こえる。詳しい内容を聞こうと階段を一段ずつ下りようかとした途端、声から足音に変わり、慌てて部屋に戻る。

「盗み聞きはよくないよ。空」

 二人一緒に入ってきたかと思えば、お姉ちゃんはニヤつきながら僕に注意をした。慌てて部屋に戻ったせいで、ドタドタという音が響いてしまっていたらしい。いけない行為をしたのは認めるが、僕の非をダシに使おうとしてるように見えて腹が立つ。

「蚊帳の外にしないでほしいんですけど」

 訪問してくれている方が少しムスっとしている。僕の部屋に来たということは、僕に用があるのだろう。雰囲気はお姉ちゃんより大人っぽく、この中では一番年上に見えるので、謝罪の意味も込めて深々と頭を下げる。

「謝らなくていいですよ。全部あの人が悪いんですから」

 お姉ちゃんの方へ指を指し、顔を上げるように促される。言われた通りにすると、大人っぽい彼女は微笑んでくれており、少し安心した。

「株上げですか?」

 良い人のように振る舞っているのが気に入らないらしく、煽るような口調でヤジをとばしている。

「少しは妹を見習ったら」

 お姉ちゃんの頬を両手で引っ張り、口に力を入れながら怒るように言っている。ただ冗談混じりであることは伝わってくるので、焦ることはなかった。少し前の余裕がある感じは憧れるが、悪いところが出てしまっている今の方が人間味があり、接しやすくて好きだ。

「あのー」

「あ、ごめんね。ちょっと待ってて」

 彼女は最後につねるように引っ張ってから離す。端から見てると、やり過ぎのように思うが、神経を逆撫でするようなことをしたから、自業自得だ。

「私はアラガキサヤです。家庭教師を頼まれました」

 僕のところに来て、紙に名前を書いてくれた。漢字では荒垣沙耶といい、お姉ちゃんとは同僚らしいが、大卒なので年上である。バイトで家庭教師をしていたと話していたため、勉強を妹に教えてほしいと頼み、二つ返事で了承したという。

「突然だけど、これやってみて」

 カバンから数枚のプリントを取り出し、手に渡される。僕の為にわざわざ作ってくれたことを考えると、何か返さないといけない。でもまずは問題と真剣に向き合い、一問を早く解いていく方が先だ。

「基礎はちゃんと出来てるね」

 プリントの採点をしながら呟く。とりあえず褒められたことは嬉しいが、基礎はということは応用が出来ていないということである。色々な分野を複合したような問題は詰まりやすかった感覚があったので、柔軟に対応できる力をつけなければならない。

「時間も時間だから、お昼にしよっか」

「じゃあ私が作るので、買い物に行きましょう」

 考える時間がなかったからなのか、自分でも驚くほど躊躇なく言えた。これがお返しになるとは思わないが、呼びつけておいて何ももてなさないのは失礼になるし、見える形で感謝を伝えておきたい。

「そんな気遣わなくていいよ。まぁ頂くけど」

 断られるような文言だったので、気持ちを尊重して他の方法を考え始めていたら、まさかの返事で驚く。

「そこは遠慮するところじゃないの」

「そんな人に見える?」

 そんなことを二人で話しながら、家の外に出る。年の差があるにも関わらず、敬語を使わなくても違和感がない、砕けた関係に持ち込めるのは、懐に入るのが上手いからだろう。

「何が食べたいですか」

「なんでもいいよ」

 スーパーの中に入り、希望に沿ったものを作ろうと思っていたのに、一番困る返答をされてしまった。後で別のものが良かったと言われることがあるため、ハッキリと曖昧にせずにしてくれた方が、僕としては楽だ。

「貸しとか言われたくないから、私が出すわ」

 食材をかごの中に入れ終えると、お姉ちゃんが率先してレジへ並びに行った。口では悪態をついているが、楽しそうな表情をしている。

 買い物から帰ると、袋から食材を出してキッチンの前に立って料理を始める。二人には皿を出してもらう等といった食事の支度をお願いし、待ち時間は好きにしてもらっている。二人の雑談の声は心地よく、僕より上ではあるものの、非常に微笑ましい光景で顔が綻ぶ。

「子供を見るような眼をしてたでしょ。失礼だなぁ」

 慌てて頭を下げると、冗談だから気にしないでと言ってくれた。その後も会社やテレビの話を続けて、会話が途切れることは全くなかった。

「いただきます」

 全員が食卓の前に座ると、昼ごはんを食べ始める。三人なので二対一に座らなければいけないのだが、何故か僕の隣には荒垣さんが座っていた。滅多に来れないんだから、今日くらい私に譲れと話したらしい。

「美味しい」

 そこまで感動するようなものではないと思うが、目をキラキラさせながら食べてもらえるのは素直に嬉しい。でも、お姉ちゃんが誇らしげにしている意味が分からない。

「私に似て凄いでしょ」

「じゃあ、次は風華に作ってもらおうかな」

 料理が出来ないことを知っていたのか、ニヤニヤしながら言う。ポーズは変えていないけど、心の中で焦っているのが伝わってくる。なんだか僕も加勢したくなってきた。

「出張の時、私と離れたがらなかったんですよ」

「毎日のように電話してたのは、そういうことだったんだ」

 僕達の話を否定しようとしているが、顔を真っ赤にしているから説得力が全くない。それどころか、理由を話せば話すほど支離滅裂になっていく上に、墓穴を掘りにいっている。

「私は家事が出来ない寂しがりよ。悪い?」

 最終的に開き直るような形で幕を閉じ、恥ずかしそうにしながら食べていた。流石にやり過ぎたかなとも感じたけど、こんな姿は普段見られないので、泣きそうになっているところを少しだけ可愛いと思ってしまった。ちょっとだけ快感もあったので、そういう気があの時から芽生えているのかもしれない。

「ごちそうさま」

 皆の皿を重ねて、洗い場まで持っていくと、荒垣さんもやって来た。手伝わせるのは申し訳ないので、断ろうとも思ったが、善意を無下にするほうがいけないような気がして、皿拭きをやってもらうことにした。

「これくらい普通だから」

 やってもらったことに礼をすると、そこまでのことはしていないと謙遜する。

「ここからが本番だよ」

 僕の部屋に戻り、勉強を再開する。さっきのテストで間違えたところを徹底的に潰していき、不安なところを無くしていく。

「この問題の意味はね」

 問題文の意図していることやキーワード、単語など頻出している傾向を教えてもらう。とても分かりやすく、テストには出していない引っ掛かりやすい問題の解説もしてくれている。特に一つの問題に色々な式を使わないといけない計算、後に付いている単語によって意味が変わってくる英語、長文問題を効率良く解くコツに熱を入れていた。

「ここまでかな」

 窓の外を見てみると、日が傾いてきていた。ぶっ通しで数時間していたことに気づかないくらい、集中していたことに我ながら驚く。自分の部屋から持ってきたものであろう教科書を真剣に読んでいるので、肩を叩く。

「じゃあね」

 玄関まで送ると、笑顔で出ていった。来たときはどうなることかと思ったが、蓋を開けてみれば充実した有意義な時間を過ごすことができ、とても満足した。教わったことを忘れないように、夜は反復して勉強をしよう。

「呼んでよかったね」

 お姉ちゃんの言葉に頷き、自分の部屋へ勉強しにいく。荒垣さんのお陰で昼頃までは時間が掛かっていた問題でもスラスラと解けるようになっており、手が止まることも少なくなったので、数をこなせるようになっていた。

「どんな人だった」

 晩ごはん中は荒垣さんの話で持ちきりで、尽きることはなかった。

 お風呂にも入り、眠る支度を終えたところで流す程度でやろうとすると、連絡先を交換した彼女から、いつでも聞いていいからねというメールがきていた。心強い言葉に励まされ、しみじみと感傷に浸った後、頼りにしてますねという返事を送ると、任せろという自信いっぱいの言葉が返ってくる。

 それから時が経ち、模試当日になる。あの日から今日まで、理解できないところがあれば彼女から丁寧に教えてもらい、不安なところは出来る限り潰してきたつもりだ。

「お互い頑張ろうね」

 試験会場に着くと、那月くんから言葉を投げかけられる。雰囲気に飲まれてしまい、外であるにも関わらず少年漫画のような固い握手をかわすが、部屋に入って着席した瞬間に顔が熱くなった。あの瞬間を身内に見られていたらゾッとするが、悪い偶然が起きないことを祈る。

「どうだった?」

 試験が終わり、緊張の糸が解れる。どんな結果になるか怖いけど、どの科目も考え込むことはなく、問題を飛ばしたり時間切れにはならなかった。彼までとはいかないまでも、それなりに良い点数は採れているだろう。

「思ったよりできた」

 一つの壁を乗り越えたからなのか、問題の確認や雑談をしながら帰るのは凄く楽しく、あっという間に家へ着いた。

「結果きてたよ」

 封筒がリビングの机の上に置いてあったので、高校一年生だけで一万人以上の受験者数に驚きつつ、自分の点数と順位を確認する。結果は自分の満足以上の出来ではあるものの、二桁台の順位に手が届きそうだったので、少し悔しかった。僕でこの辺りなので、もしかしたら彼は僕の半分以下の数字の順位かもしれない。それぞれの教科を見てみると、ケアレスミスが目立っていて、それが無ければいけたのにという言い訳染みたことを考える。

「おー、凄いじゃん」

 僕の結果を覗き見ていたお姉ちゃんが感嘆する。勝手に見られたことに対して怒りが湧き、彼女をおもいっきり睨む。

「ごめん、ごめん」

 彼女の癖が直っていないことに落胆しながら、封筒の中に戻している途中に携帯を見せてきた。

「青春してるねぇ」

 その画面の中に写っていたのは、あの握手をしたときのものだった。恐らく後ろでは、面白いネタを見つけたというような悪い笑みを浮かべているのだろう。そして、その写真は尾ひれをつけて広がっており、茜さんや七海さんだけでなく、あまり交友のない人にも那月くんと付き合っているのか追及された。他校の生徒となので、より聞きたいのだろう。

 もちろん、その火は彼にも降りかかっており、夜に電話が掛かってきて、愛美さんにどういう事か問い詰められたと言っていた。


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