第十九話
最近は一月に一話になっていますが、そのまま放置することはないので、読んでくれると嬉しいです。
図書館の勉強会から数日、僕の家の中には二人が来ていた。四人で作戦会議をするというのは名ばかりで、話に入る余裕がないくらい展開が速く、僕一人だけ蚊帳の外になっているように感じた。
「だからあえて、空と女の子一人で遊びに誘ったほうがいいと思うの」
筋道を立てて説明をしているだけで、どこかを強調しているわけでもないのに、なぜか七海さんの言葉がいつもより説得力があるように感じる。だが他の二人は完全に納得するということはなく、意見や疑問を躊躇なく述べていた。
正午くらいになっても話し合いは終わりそうにないので、話の中に入れない僕は皆に昼ごはんを作ることにした。邪魔にならないキリのいいタイミングで食事にするというのは出来ないが、何も食べさせないよりはいい。
ちょうど作り終わりそうになった頃に、お姉ちゃん達がダイニングに集まっていた。自分から来たということは、話はもう終わったということだろう。
「質素でごめんね」
海苔やふりかけ、あと漬物と卵焼きを皆の目の前に置いて用意する。使える材料があまりなく、手の込んだものが出来なかったとはいえ、卵焼きだけになってしまったのは申し訳ない。
「作ってくれるだけでも十分だよ」
こういうことを言ってくれるのは嬉しいのだが、茜さんが言うと下心があるようにしか聞こえない。
「料理姿を想像できるからでしょ」
「それもある。ちなみに私はブレザーの制服姿が好き」
想像だけで終わるならいいが、この人の場合は現実にも持ち込んできそうで怖い。何を考えているか分からないのは嫌だが、欲望に素直すぎるのも考えものだ。
「何もしないからね」
自分の想像の世界のことをやってほしそうな目で見つめてきたが、そういうことはしない。このままコスプレをするのに抵抗が無くなっていくと、今まで以上の過激なことをやらされるだろう。手遅れになってしまう前にストップをかけないと、どうなるか分かったものじゃない。
「楓ならやってくれるかもよ」
「遠慮しておきます」
条件反射のような速さで返事をしていた。あの人に心理戦で勝てる人なんて、このメンバーで一人も居ないし、七海さんでさえ相手になるか怪しいレベルだろう。
昼ご飯を食べ終えると、部屋を移動せずに雑談が始まっていた。洗い物をしながら聞き耳を立てていると、途中でパタリと静かになり、お姉ちゃんの話し声しか聞こえなくなった。
用事を済まして、僕もイスに座って電話を終えるまで待っていた。皆して静かになっているから、恐らく那月くんと話しているのだろう。
「今回の作戦、上手くいきそう」
電話で話し終わり、嬉しそうな表情で僕達に報告してくる。偶然を装っているが、思い描いた通りの事が起こるように、僕の知らないところで何か仕掛けていたに違いない。
「明日から一緒に頑張ろうね。そーちゃん」
三人がこれから修学旅行にでも行くみたいにイキイキとして、目を輝かしているように見える。愛美さんを素直にさせるという大義名分を利用して、おもちゃにしているだけなのではないだろうか。
「那月くんで何しようとしてるの」
二人が帰る直前に目的を聞くことにした。少しトゲのある言い方になったのは、私利私欲のためだけで事を進めようとしているのではないかという疑念からだろう。
「私はいろんなことさせたいなぁ」
ニコニコしながら目線を上にあげていた。具体的にどういうことかは分からないが、邪なことも入っていることは確かだろう。
「上手くいってから考える」
まず目の前の問題を片付けてからということだろうか。でも何も考えていないというより、具体的なところまでは決めていないように見える。
不純な気持ちは大いにあるだろうが、そういったものは二の次に考え、那月くんたちのことを思っているとは思う。そういったことを理解しているつもりではあるものの、なぜか一回聞かないと不安になる。
「本気で嫌なら代わるけど」
さっきの質問の意味を考えてくれたのか、気に掛けてもらった。そのまま言葉に甘えさせてもらうこともできたが、首を横に振った。一緒に遊んだ仲といっても、僕より接点が少ない七海さんだと、互いに話しづらいかもしれないので、任せるよりかは僕が請け負ったほうがいいだろう。
「分かった。無理なら言っていいからね」
そう言い残し、七海さんたちは家から出て行った。僕のことを案じてくれているのは嬉しいが、そういったことは絶対にしない。そんなことをしてしまえば、最初からしないと言うよりも迷惑が掛かってしまうのは目に見えてるし、事態が今よりもややこしくなってしまうからだ。
部屋の電気を消して、就寝しようとベッドの上に寝転がっても、頭と目が冴えてしまって眠ることができなかった。ほとんど何も見えないところで目を開けていると、いつの間にか考え事をしていた。
本当に愛美さんと那月くんの為になるのだろうかと、今更考えてもどうにもならないことだと分かっていても、気になって仕方なかった。
昨日は寝る時間が遅かったのに、いつもより目が覚めた時間は早く、空の色は水色より紺色に近かったので、日はまだ出始めというところだろうか。
こんなに早起きして、何もしないというのも時間がもったいないので、電気をつけて勉強を始める。
窓から陽が差してきた頃、ノート一冊を使い切ってしまったので、新しいノートに手を出す。もうすぐ新品が無くなりそうになっているので、近いうちに買いに行かないといけない。
そろそろ朝ごはんを食べようと、ダイニングに向かうと、机の上にご飯を食べた後が置かれたままになっていた。
「お姉ちゃんは仕事?」
「うん。もっと休ませろって嘆いてた」
お姉ちゃんらしいことを言っていて、その光景を想像すると微笑ましかった。学生である僕のことが羨ましいという思いもあるのだろうが、僕も今日はゆっくりできない。
どこに行くかは那月さんと二人で考えるということなので、図書館に行くことになっているが、それでもいいのだろうか。茜さんは遊べるようなところの方が良さそうな気がする。
「もうそこまで進んでるんだ」
もう目的地には二人が一緒に座っており、仲睦まじくしていた。那月くんの教科書やノートを見る限り、自習の量はもうすぐ試験がある受験生のような感じで、プライベートというものが存在しているかさえ怪しく、けろっとしてることが信じられない。前の勉強会でしていたものは、あまり手をつけていない方だったのだろうか。
「ちゃんと休んでる?」
進学校とはいえ、そこまでやらなくてもいいのではないだろうか。頑張ることは良いことだが、頑張り過ぎて体調を崩してしまうのは悪いことだ。せっかくの努力を水の泡にしてしまっては元も子もないので、休むことを覚えた方がいい。
「自分の感覚で休んでるよ」
那月くんが言う自分の感覚では、ほとんど休んでいないように聞こえる。眠気や空腹といった身体からの訴えが無ければ、永遠と勉強しているのではないだろうか。
「空と姉妹だったらなぁ」
独り言のような感じで本音が漏れていたので、反射的に茜さんの方を向いた。本人は無意識に言っていたのか、僕が見ていることに気づいた後、とても不思議そうにしていた。
「私が姉妹だったら何をしてたの」
聞いても得がないと分かっていても、好奇心には勝てなかった。沈黙の時間がしばらく流れ、その間に後悔とヒヤヒヤした気持ちが襲ってきた。
「秘密」
単に言いたくないだけなのか、この場では言えないような内容なのかは分からないが、にこやかにしながら返してくることも想定していたのにも関わらず、現実は思った以上に怖かった。
「もう風華さんは働いてるんだよね」
那月くんの問いに静かに頷くと、再び質問を考えるような仕草を見せた。あまり身内の話はしたことがないので、少し恥ずかしい。
「どうして」
何も話さない時間がもったいないと思ったのか、代わりに茜さんが食い気味にきた。見えない圧に押されて、体が少し仰け反った。
「夏休み終了までに国公立大の合格圏外だったら働くって決めてたらしい」
私立の大学に行ってもいいよと、両親はお姉ちゃんを心配していたが、頑張りきれなかった私が大学に行っても、お金と時間の無駄だと言い、その頃から遅くまで会社を調べ上げていたのは、今でも印象に残っている。
「でも勉強は疎かにはしてなかったよ。逆に誰よりも頑張ってたと思う」
就職活動で企業説明会や見学会に行きながら、圏内に入れなかった悔しさからか、勉強にも一切手を抜かず、テストの点数は全教科良かったとお母さんが話していた。
その期間のお姉ちゃんと話すことは殆どなく、少しずつコミュニケーションをとることが少なくなった反動か、学校生活と就職活動が終わった春休み中は話が絶えなかった。
「二年までバイトもしてたね」
本人は人生経験と言っていたが、大学に掛かる諸費用を出来るだけ高校の時に稼ぎ、自分で賄おうとしていたと思う。
「風華さんって思った以上に凄いんだね」
凄いといえば凄いが、当時は憔悴していく姿を見るのが辛かった。だから頑張り過ぎていると感じる人には、感心よりも心配が先にきてしまう。
「でも見習ったらダメだよ」
那月くんをじっと見つめる。彼はこの話で自分も今以上に頑張らないとと思っていそうだ。僕は友達の誰かがやつれていく姿は見たくないので、無理はしすぎないでほしい。
「那月くんも気をつけてね」
この話は受け取りようによっては、もっと頑張って努力してほしいと伝わってしまう。僕が話を通じて言いたいのは、自分の体を大切にして、周りの人達を心配させないでほしいということだ。その事を茜さんは理解してくれていて良かった。
「愛美ちゃんには特に気をかけてあげて」
作戦の目的をねじ込んでくるあたり、こういうことには抜かりが無い。名目上は僕と那月くんのデートということになってるが、これは果たしてデートになるのだろうか。
話が終わり、今回の目的である勉強を始める。茜さんも渋々やっており、僕らに付き合ってくれているので、できるだけ頑張らないと。
「さっきまでの話はどうしたんだか」
今は許容量を超えていないから大丈夫。でも僕も無意識のうちに暗くなるまで集中してるときがあるから、体を壊さないように注意しておこう。
「そろそろ昼ごはん食べない?」
まだ昼食には早いだろうと思い、携帯で確認してみると、もう二時を過ぎていた。僕が話しかけづらい雰囲気を出していたから、我慢させてしまっていたのだろう。
「どこで食べようかな」
コンビニでおにぎりや弁当を買い、ベンチを探しながら歩く。近くに公園があれば、おのずと座る場所も見つかるんだけど。
「あの公園にしよっか」
思った矢先に見つかるとは、運が良いのか悪いのか分からないな。ベンチに座って昼ごはんを食べながら話す。
「水希くんが男の子って分かった?」
「最初は女の子だと思ってたよ」
その後から茜さんが水希くんのことを熱弁していたが、僕は話を完全に聞き流した。そのことが仇になり、いつの間にか僕が無理やり服を着せられて、恥ずかしがっている写真を見せていた。
「話を聞いてないからだよ」
そんな話をしているのが悪いと思うが、これ以上言うと、変なことをさせられるかもしれないので、仕返したい気持ちを抑える。
この後も図書館に戻って勉強を再開し、閉館時間まで残り、この日の外出は終わった。
家に帰って寝ようとしてるところで、お姉ちゃんがいきなり入ってきた。一体何があるんだろうと思うと、ノートと赤ペンを袋から出した。
「これ前払いね」
「そうだとしたら安過ぎない」
これが報酬であれば、もっと高いものを貰ってもいいだろう。冗談はさておき、僕のことをきちんと見てくれているのは嬉しい。
「ありがとね」
面と向かって感謝を伝えるのは照れ臭いので、ノートを机の上に置きながら言ったが、それでも顔が赤くなっているのが、自分でも分かった。
「もう可愛い。んー」
いきなり後ろから抱きついてきて、嬉しそうな声色で頬ずりをしてきた。突然のことに動揺して、どう反応していいか分からなくて固まってしまった。どさくさに紛れて胸を触られた気がするが、早く終わらせる為に何も言わなかった。
「じゃあ頑張ってね」
その言葉を言ってすぐに、部屋から出て行った。今日はいろんなことがありすぎて疲れたので、横になって眠ることにした。




