第一話
ここからが本番です
「入るよ?」
ノックした後にドアを開けてお姉ちゃんが入ってきた。ノックの音で目が覚めた僕は、布団を被ったままドアの方向を向いた。
「もう大丈夫?」
「熱は下がってると思う」
あれ?声がちょっと高くなってるような……まぁ気のせいだろう。昨日のときのような辛さは無いから、もう平熱だろう。
頭痛や風邪とかで体調が悪くなり、それが治ると、改めて健康のありがたさを感じる。
「お母さんは?」
「もうパートに行ったよ」
お母さんはお姉ちゃんに僕のことを任せて仕事に行ったのか。だけど今はもう元気なので、掛け布団から出て座った。
「えっと、誰?」
「誰って僕だけど」
一瞬何を言ってるんだろうと思ったが、自分の体を見てみると、お姉ちゃんが言っていることがようやく分かった。服が前に持っていかれる感覚があったのは、そのせいだったのかと理解した。だけど、僕は男だったはずなのに、なぜこんな姿になっているんだ?
まさか昨日テレビでやっていた性転換する病気に掛かってしまったのだろうか。そんなことが自分の身に起きたなんて信じたくないが、今の姿を見る限り受け入れるしかない。
どう対処するか、テレビで見たものを必死に思い出そうとするが、全く思いつかず、どうすればいいか分からなくなり、頭の中が真っ白になってしまい、自分でも何を言っているのか、何をやっているのか分からなくなってしまった。
「僕は空だよ!」
焦って思わず大声で言ってしまった。これじゃ僕は空じゃないと言っているようなものじゃないか。でも、まだチャンスはあるはずだ。そうだ、昨日の病気の話題をすればいいんだ。
「そ、そう。昨日は寝込んでて家の外になんか出られないし、きっと性転換してしまう病気に掛かったんだ」
「なんか怪しい。でもそういう病気もあるらしいし、熱でやられてたから言い分としては間違ってないけど……」
よし、このまま押し切れば信じてもらえるかも。こっちから僕に関するクイズを提案して、それを答えたらいけるかも。
「じゃあ、空が小さい頃に呼ばれていたあだ名は何」
人の思い出したくないことを掘り起こしてほしくないが、今はそんなことを思っている暇なんて無い。
「えっと、ソラミちゃん……」
すごく今、顔が赤くなっていると思う。頭の上から湯気が出てきそうなくらい恥ずかしい。
「答えは合ってるし、反応も空っぽい」
これ以上、自分の嫌な歴史を掘り起こされたら精神がもたないので、質問はできるだけされたくないが、心を無にして答える準備はできている。
だが、お姉ちゃんは誰かに電話をしていた。こういう時にするってことは、電話相手はおそらくお母さんだろう。
「これからお母さんが帰ってきて、病院に行くから用意しておいて」
一応信じてくれてるのか、いつもの口調で僕に話しかけてくれた。
自分の服を着てみたが、胸が大きすぎて襟が伸びてしまったり、ボタンが閉めにくかったりと、何を着ればいいか分からなかった。
「もう着替え終わった?」
そう言って、部屋の中に入ってきたお姉ちゃんが、僕の姿を見た途端に難しい顔をしていた。
「「えっと……」」
気まずい空気が部屋の中に漂う。僕は見られたことの恥ずかしさで何も言えなくなり、お姉ちゃんはおそらく見てはいけないところを見てしまったと思い、何を言っていいか迷っているんだろう。
「私が着てるやつ着る?」
気を遣ってくれたのか、それとも見ていられなかったのかは分からないが、提案してくれた。女の人の服はできれば着たくなかったが、このままで外に出るのはさすがに嫌なので、仕方なくお姉ちゃんの服を着ることにした。だが、それも少々胸のところがきつかった。
僕の男としての何かが壊れた気がしたが、さっきの服で外出していたら、もっと大切な何かが犠牲になっていた気がするから、この際これでいい。
少し時間が経ち、お母さんが帰ってくると、僕の方へ真っ先に近づいてきた。
「確かに空の面影がある」
そう言うと、僕の写真を取り出してきて、見比べていた。
「元から女の子っぽかったから、あんまり変わってない気がする」
なんか言われたくないことを言われた気がするが、そんなことは気にせずに二人と一緒に病院へ行った。
病院に着くと、周りの視線がとても気になってしまい、待っている間は全く落ち着かなかず、ソワソワしっぱなしだった。
「中川空様、お待たせしました。こちらへどうぞ」
やっと受付の人に呼ばれ、診察室に入っていくと、お医者さんが椅子から立ち、僕たちが座ってから座った。
「どのような症状でしょうか」
「性別が変わったと言ってるんです」
その後も丁寧な物言いで僕たちに質問をしてきたので、その質問に嘘偽りなく答えると、お医者さんが深刻そうな顔をした。
「とりあえず検査してみましょう」
そして、いろんな検査をした結果……
「彼女は元々男性でトランス病です。なので、この女性は紛れもなく中川空さんです」
これで家族に信じてもらえるという安心感と同時に自分が病人なのだという事実を突きつけられ、複雑な気持ちになった。
「この病は死ぬことはないですが、治ることもないので、心のケアが非常に重要になります」
お医者さんの話を真剣に聞き、お礼をして診察室から出て行くと、しばらく暗い雰囲気になっていた。
「私より何倍も大きいなんて羨ましいなぁ」
そう言いながら、僕の胸のところを見ていた。あまり気にしてるところを人に言われたくないのだが、僕を元気づけようとしてくれているので、その気遣いを無下にはしたくなかった。
「あまりデリカシーのないことは言わない方がいいと思うよ」
僕のせいでどちらも気を遣わなきゃいけない状況になっているんだと思うと、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「ごめんね。僕のせいでこんなことになって」
「別に空が悪いわけじゃないよ。それよりも今日の朝は疑ってごめん」
「いや、いきなり姿が変わってたら誰だって戸惑うし、仕方ないよ」
お互いに謝りあってから、今までの雰囲気と打って変わり、明るい感じで家まで帰っていった。
数時間後、晩ご飯を食べた後にお風呂へ入ろうとした時、お姉ちゃんも一緒に入ると言い出した。
「恥ずかしいから一人で入りたいんだけど」
「一日くらいいいじゃない。それに男と女じゃ洗い方が全然違うんだから、それを覚えてもらわないと」
なんとも自分勝手な理由だが、姉妹だったらこういうことがしたかったのだろうと思い、しょうがなく付き合うことにした。
お風呂場の前にある洗面所で服を脱いでいると、お姉ちゃんが僕を凝視していた。
「やっぱり綺麗で大きいし、髪も肌もツヤツヤで羨ましいなぁ」
独り言のように呟いていたが、僕にとっては重くて仕方ない。見るぶんには他人事なので、スタイルがいいなぁとかくらいにしか思っていなかったのだが、いざ自分に付いているとなると話が全く違う。
「同じ血が流れてるはずなのに、なんでこんなに違うんだろう……」
目の前で落胆していたが、すぐに明るくなり、とんでもないことを言い出した。
「よし、じゃあ明日私と一緒に服を買いに行こう」
高らかと僕に向かって提案というか、半強制的な感じで言ってきたので、断り切ることができなかった。多分、明日は着せ替え人形のようになるだろうから、心の準備をしとかないとと思いつつ、お風呂場に入った。
「私より洗い方上手いってどういうこと?」
お風呂に入り、髪や体を洗っているときに勝手に驚かれたので、こっちもその声でびっくりした。
「なんか女として負けた気分」
僕が湯船に入って胸がお湯に浮くところを見たのか、洗い方で負けたからかは分からないが、一緒に湯船に入っている途中でそんなことを言われた。
「大きくても良いことないよ」
「胸が小さい私に対しての嫌味?年下で元は男だった空に負けるなんて、クソー」
そう言いながら私の体の隅々、特に胸を楽しそうに笑いながら触られ、良くも悪くも記憶に残る出来事になった。
そして、僕の部屋でお姉ちゃんと一緒に寝ることになった。
「妹が居たら一回こういうことやってみたかったんだー」
そんなことを言いながら、僕と一緒の布団に入って寝転んでいた。人の温もりというのは良いもので、なぜかいつもより安心していられた。
「そういえばお姉ちゃん……」
話しかけてみたのだが、反応は全くなく寝息を立てていたので、もう寝てしまったのかと思い、しばらく天井を見てから、明日の地獄に備えて眠りに入った。
次回は着せ替え人形回です。なので次回はやりたい放題してると思います。