第十七話
遅れてすみません
買い物の翌週にプールへ行くことが決まった。あまり気はすすまないが、雰囲気に流されてしまい、断ることが出来なかった。
全員で行こうという話だったので、水希くんの衣装はどうするんだろうか。僕と同じように皆が遊んでいるところを見ているだけのつもりだったら大丈夫だろうか。
「どうしたの?」
お姉ちゃんが心配そうな様子で尋ねてきたので、僕が今思っていることを話すと、しばらく口を閉ざして固まってしまった。変なことをしてしまったかなと思い、気まずい雰囲気になったような気がしたので、残っていた自分の準備をし始めた。
「どうなんだろうね」
あそこまで女の子らしい男の子もなかなか居ないだろうから、同じクラスの人はどう接しているのだろうか。水希くんは人見知りする子だっていうのと、遊びに行ったことを見たことないみたいなことを言っていたので、僕の中学時代みたいに友達が居ないなんてこともあり得る。
「あんたの悪い癖が出てるよ」
人の事を考えているうちに、どんどん気持ちが沈んでいってしまった。お姉ちゃんが頭にチョップをしてくれなかったら、ネガティブ思考の無限ループに陥ってしまうところだった。
待ち合わせ場所で茜さんが水希くんに抱きついていた。やられっぱなしのところを見ていると、水希くんと同じような目に遭っているところを想像してしまったのに、あまり身の毛がよだつような感じがしなくなっているあたり、慣れというものは怖いと思う。
「また水希くんにセクハラしてる」
お姉ちゃんは茜さんの背後から肩に手を置いて話しかける。体がちょっとだけビクッとなっているところが面白くて、顔をうつむかせながら、手で口を隠すようにして吹き出してしまった。
「セクハラじゃなくてスキンシップです」
ほとんど抵抗をしていないところを見ていると、彼女の過激な行動に対して耐性が付きすぎている気がするので、いろんな意味で大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
「水希くんは着替えってどうするの」
僕の代わりにお姉ちゃんが聞いてくれた。こんな質問をすること自体がおかしいし、失礼なのだろうが、彼自身の容姿が男の子に見えないから仕方ない。
「どうやってって普通ですよ」
本人はそうかもしれないが、周りの反応がどうなのか気になる。少なくとも僕が男の子の時なら、不自然なくらい徹底的に視界の中に入らないようにしているだろう。
「水希くんのことは私がちゃんと見ててあげるから大丈夫」
こんな堂々と覗きを宣言するのは凄いと思う。自然な感じで話していたので、変なことを言っている自覚が無いのだろう。
「どこが大丈夫なんだよ」
いきなり背後から聞こえた声に驚いてしまい、反射的に後ろへ振り向くと、雅紀くんがこちらへ歩いてくる。
「男は狼なんだよ。だから私が守らないと」
それらしいことを言っているが、誰も納得しないのは本人が一番分かっていると思う。それを理解していたとしても、このまま言われっぱなしになるのが嫌だったのだろう。
「男が狼なら茜はライオンだな」
「面白い冗談ね」
互いに詰め寄りながら笑いあっている。それなのに近づいちゃいけない感じがするのはなぜなんだろうか。二人の目線の間をバチバチしている火花が眩しくて、とても見てられない。このままいくと嫌な雰囲気がずっと続きそうな気がする。
「茜さん。お願いだからやめて」
本当はやりたくなかったが、背に腹はかえられない。僕が思いつく精一杯の可愛さアピールをしながら、二人の仲裁に入る。アピールといっても、茜さんの右手を両手で握りながら、上目遣いで泣きそうな演技をしただけなので、単純であざとすぎたかもしれない。
「怖いところ見せちゃってごめんね」
思ったよりも効果はあったようで、僕をギュッと抱きしめながら、頭を撫でてきた。精神的に疲れたが、あのまま険悪なムードになってしまうことを考えれば、こっちの方がマシだ。
「今日は空の可愛さに免じて許してあげる」
なぜ上から目線なのかは分からないが、とりあえず機嫌をとれてよかった。雰囲気も元通りに戻ったみたいだし、思い切って自分を捨てるようなことをやった甲斐があったのだろう。
「大丈夫だよ。ありがとな」
七海さんが雅紀くんの肩を軽く叩いていた。こんなところを見られるのも中々ないので、ほっこりした気分になった。なんだかんだで友達のことを一番に考えてくれているんだろう。
「何この状況」
楓さん達がこちらを見ながら、不思議そうにしている。いきなりこんなものを見れば、そういう反応をするのも無理はない。七海さんが事情を説明し、現状を把握させた。
「とりあえず行こっか」
引きつった顔で亜貴くんが提案し、集合場所から目的地であるプールの施設へ移動を始めた。
目的地に到着し、早速更衣室に向かおうとしていると、茜さんが水希くんの手を繋ぎながら、しれっと女子の方へ連れていこうとしていた。
「バレないと思ったのに」
残念そうにしているが、一体どんな不埒なことをしようとしていたのだろうか。雅紀くんが止めてくれて本当によかった。それにしても、どこからそんな気づかれないという自信が出てくるのか不思議だ。
更衣室の中に入り、ロッカーの前でカバンの中にある水着を取り出そうと中を見ると、入れた覚えの無いものが入っていて、驚きのあまり体が固まってしまった。
お姉ちゃんの方を向くと、その視線に気づいたのか、こっちを向いて微笑んできた。行く前にも念入りに確認したのに、いつの間に取り替えていたんだろう。
こういう僕で遊ぶようなことは慣れているが、一回くらいは反撃してやりたいし、人の目を盗んでイタズラできるくらい器用なら、その技術を家事に活かしてくれないものだろうか。僕とお姉ちゃんしか居ないときは、全部僕が家事を受け持っているので、せめて週一の洗濯に当たったときくらいは洗濯物を運んでほしい。
「空って大胆なんだね」
すり替えた犯人がわざとらしく皆に聞こえるように言ってきたので、言い返そうと口を開けるも、何も言葉が思い浮かばずに顔を赤くさせながら、魚のように口をあわあわさせてしまった。
「目の保養になるわぁ」
なんだか一人だけ目をトロンとさせて、僕の方を見ている危ない人と目があってしまった。嫌な気配のする方から身の危険を感じたとはいえ、軽率な行動だったかもしれない。頭の中には悪い想定しか出てこず、体の隅々が言うことをきかなくなり、正常に機能しているのは汗腺くらいだ。
「女の子を楽しんでるようで良かった」
のんきにそんなことを言わずに、早く助け船を出してほしい。希望的観測かもしれないが、性転換した者同士、僕の気持ちを汲んでくれるはず。
「モテモテで羨ましいな」
自分には関係ないからって、外から楽しんでる七海さんが一番腹が立つ。この様子では誰も止めてくれる人が居ないのはキツイ。雅紀くんが女の子だったら、どうしてくれていたんだろうか。
「空ばっかり見て、私じゃダメなの?」
この時の楓さんは女神様のように輝いて見えた。やっぱり僕のことをきちんと見ていてくれているということだろう。本当はお姉ちゃんよりも年上なんじゃないかってくらい頼もしい。
「そんなことないですよ」
完全に気を遣っている状態に入っている。楓さんに苦手意識を持っているのが目に見えて分かる。これほど状況を変えられるなんて凄いと思う。
「じゃあ私と一緒にプールに入ろっか」
強引に手を取って更衣室から出させようとしてくれている。後ろを向いて僕に笑顔を見せる姿は、女の子だけど格好いいと感じた。
僕が更衣室から出ると、男の子達は既に着替え終わっており、亜貴くんと茜さんは相変わらず可愛い子探しをしていた。水希くんはジャージらしきものを着てあり、プールに入る気は無さそうだ。
「風華さんに入れられたんですか」
こんな水着を着けてくるような人に見えなかったのだろう。観察力が鋭いところは、姉弟なだけあって、七海さんと似ている。
「知らないうちにやられてた」
着替えがすり替えられていたことと更衣室の中で起こったことを話す。愚痴を聞いてくれる人がいるというのは気が楽でいいが、本当は年上である僕のほうが、話を聞いてあげないといけないんじゃないかと思う。
「大変ですね」
見た目に反して、本当に中学生なのかというくらいしっかりしている。明らかに僕よりも精神年齢は高いと思う。
「水希くんと比べれば全然だよ」
茜さんに誘拐されそうになっても無抵抗でいられるくらいだ。僕なんかより被害に遭った数は比べるまでもなく多いだろう。
「いえいえ、僕なんて服を着て無心になるだけでいいんですから」
その言葉を喋っているときの水希くんは笑顔だったが、完全に表情を作っている。本心と真逆の顔をしようとしたら、こんなにぎこちなくなってしまうのか。
「僕と一緒に遊んでくれませんか」
聞き慣れない人のおどおどとした声が後ろから聞こえてきた。誰かと思い、振り向いてみると、線が細くて気弱そうな感じの人が恥ずかしそうにしていた。
「大丈夫ですよ」
なんだか放っておけない感じがして、つい勢いで返事してしまう。悪い人には見えないし、関わってはいけない人の類ではないだろう。
「お邪魔してすみません」
一緒にいるのはいいけど、窮屈な思いをさせている気がする。でも何を話せばいいのか全く分からないので、話題を提供しようにもできない。この沈黙の時間をなんとかしないと、お互いに気まずいままになってしまう。
「名前ってなんですか」
焦りすぎて初対面の基本的な質問さえ思い浮かばなくなっていた僕に対して、水希くんは男の子に話しかけてくれていた。今日は助けられてばかりで、なんだか情けない。
「松河那月です」
当然といえば当然だが、僕達から少し距離を置かれている。受け応えはしてくれるものの、反応としては淡白なものだったので、悪気がないのは分かっているが、少し傷つく。
「松河さんは茜さんに注意した方がいいと思いますよ」
水希くんが茜さんの話を始めると、今までのやりとりが嘘だったかのように、二人で仲良く話しこんでいた。その話を聞いている限りでは、やっぱり僕よりも酷い目に遭っていた。松河さんも美少女顔というわけではないが、儚げで幸薄な感じも好きそうだし、華奢だから女装とかカツラとか着けられるだろう。
「可愛い子が多くて楽しいわぁ」
今一番会ってはいけない人の声が聞こえてきた気がする。周りを見渡していると、見つけたと同時に運悪く目が合ってしまった。気づかれていないようにと祈りながら歩いていったが、だんだん近づいている気配を感じた途端、僕達の目の前に現れた。
「その子って誰なの」
普通の反応なのに、何か裏で良からぬことを考えているように見えてしまう。でもじっと松河さんの方を見つめるのは普通の反応だろうか。
「今日会った松河那月さん」
小さくお辞儀をしてすぐに、後ろに下がっていったので、相当怖がっているのだろう。
「山城茜といいます。良かったら私達の友達に会ってみますか?」
一応初対面だからと敬語を使っているようだが、内容的には脅しが入っているように聞こえる。
「松河那月といいます」
松河さんを紹介するために全員集まってもらったのはいいものの、緊張が伝わってくるくらい目を泳がせていた。
「無理をさせてごめんね」
なんだか拷問を受けさせているようで見ていられなかったので、背中をさすりながら下がらせてあげた。このままだと精神的に病んでしまいそうで不安なので、水希くんに任せることにした。
そして、罪滅ぼしなのかは分からないが、今日は皆で松河さんを気に掛けて、打ち解けようと頑張ってくれていた。その努力が伝わったのか、次第に笑いあう場面が増えて、今日初めて会ったとは思えないくらい溶け込めている。
「今日は迷惑かけてすみません。とても楽しかったです」
これでお別れというのも寂しいけど、帰る時間になってしまった。このまま一緒に友達として関わっていきたいが、本人としてはどうなんだろうか。
「とりあえず着替えてから、もう一回集まろっか」
着替えが終わって外に出ると、もう皆が集まって何かをしている。僕が居ない間に何を始めているのだろうか。
「空も早く来て携帯だして」
言われるがまま携帯を取り出すと、松河さんから連絡がきた。誰が僕の連絡先を教えたのか気になるが、これは僕達と仲良くしたいと思っているということなのだろう。
「今日は本当にありがとうございました」
「さっき送ったでしょ。風華さんと楓さん以外には敬語なんていらないよ」
帰り道の途中で別れるときに深々とお辞儀をしていたが、七海さんは距離を感じるから敬語を辞めてほしいらしい。本人と直すよう努力しますと言っているが、いつになったら直るのか楽しみだ。




