第十四話
再びテストのシーズンがやってきた。これが終わると、授業はある程度受けないといけないが、実質的に一学期は終わりなので、力を入れて勉強する人も多くなる。
「もうテスト嫌だー」
そんな中、茜さんは愚痴をこぼしながらダラっとしていた。勉強をしたくないのは分かるが、図書室でそんなことをしないでもらいたい。
「一人でやるのが嫌って言うから、五人で集まってやってるんじゃないか」
「そうだけどさ」
茜さんのノートを見てみると、少しはやっている形跡はあるものの、とても一時間勉強していたとは思えない量だった。今まで全然集中していない証拠だ。
「分からないところがあるなら、僕が教えてあげようか?」
「誰かさんと違って亜貴は優しいね。本当に見習ってほしいよ」
横目で嫌味っぽく雅紀くんに言う。こういう対応ができるのは、確かに好かれる要因の一つだろうけど、さっきまでの言動や行動を考えると、そんなことを言える立場では無いと思う。
「じゃあ、分からないところは皆で教えてあうことにしよっか」
七海さんも分からないと嘆かれるくらいなら、そっちの方が良いと判断したんだろう。でも、おそらく僕が一番面倒を見ないといけなくなる。いつものように集中しすぎたら、周りが見えなくなるかもしれないから注意しておかないと。
「なんかごめんね。ちょっと頼りすぎた」
「別にいいよ。人に教えていると自分の勉強不足なところが分かるから」
案の定、皆は自分の分からない問題をほとんど僕に質問してきた。特に茜さんは多かった気がする。おかげで今日はいつもより疲れたが、あの時みたいに着せ替え人形になった時よりはマシだ。
「そーちゃんパワーを貰ったから、今回は良い点数を採れる気がしてきた」
「それなら私と勝負しようよ」
いきなり勝負を仕掛けてきた。だけど茜さんが七海さんに勝てるとは、到底思えないので、挑む事はないだろう。わざわざ勝てない戦に自分からのる必要はない。
「分かった。じゃあ罰ゲームどうする?」
勝てない戦を負け戦にするなんて、どういう神経をしているのか不思議だ。勝負をしなければ負けることもないのに、なぜそんな無謀なことを出来るんだろうか。しかも罰ゲームまで取り付けてしまうなんて、自分からやられにいっているようなものだ。
「負けた方が一日中、勝った方が決めた格好でいることで」
「分かった。ななみんをどんな格好にさせるか今から考えておかないと」
なんか勝ったつもりでいるけど、前の結果からして、七海さん以上に頑張らないと負けてしまうと思う。そして罰ゲームが指定された格好で一日を過ごさなければならないというものだ。こんな戦いなら、よほどのことがない限り、僕だったら絶対に引き受けないだろう。
「後になって勝負からおりるのは無しだからね」
「そんなこと分かってるよ」
七海さんが凄い悪い顔になっている。これは全力で潰しにかかる姿勢だ。これは茜さんとは相手にならない程の点数をたたき出しそうな予感しかしない。いつもより気を引き締めないと、僕も負けてしまうかもしれない。そんなことは僕のプライドが許さないので、点数は下回らないようにしないと。
下校時間になり、学校から出ようとしている時に茜さんが色々なところを触って、何かを探している。こんなときに忘れ物なんて、悪いことがふりかかる予兆なのだろうか。
「ちょっと図書室に行ってくる」
荷物を置いていき、廊下を走って行った。もう閉まっていなければいいけど、もう出てから五分以上経っているから、間に合っているか微妙なものだ。こういうところでドジを踏むなんて、なんてついてない人なんだろう。
「一応、職員室に行って確認してくる」
そう言うと、七海さんは僕達から離れて行った。念の為に図書室が開いているか確認して、閉まってるようなら鍵を借りておいた方が効率はいいかもしれない。
しばらく経つと、七海さんと茜さんと一緒に戻ってきた。どうやら忘れ物はすぐに見つけられたようだ。
「待たせちゃって、ごめんね」
茜さんが片手を縦にして、手刀を切るようにしながら軽く謝った。
「空も私達と勝負する?」
「私は辞めておく」
勝負に誘われたけど、万が一ということが起こるかもしれないし、こんなところでリスクを負う必要もないので、誘いには乗らなかった。
「そーちゃんもやればいいのに」
罰ゲームを受けるのは茜さんだけで十分。あの人は罰ゲームを利用して、絶対に何か企んでいるに決まっている。そう簡単に罠に掛かるわけにはいかない。
家に着いた自分の部屋で早速勉強を始めた。数時間経ち、玄関の鍵を開ける音が聞こえたかと思うと、階段を上がって僕の部屋をノックしてお姉ちゃんが入ってくる。
「私が教えてあげようか?」
その親切心はありがたいが、僕だけでやったほうが絶対に効率が良い。人と話しながらは集中して勉強できないし、自分で調べたほうが身に付きやすいから、申し訳ないけど教えてもらうのはお断りだ。
「気持ちだけもらっておくよ」
わざとらしく残念そうな態度を出しているのは少し気になったが、勉強を再開する。お姉ちゃんは何をするでもなく、ただ僕の部屋のベッドに座り続けており、時々顔を向けてみると僕の方ばかりを見ている。
「何かあるなら言ってよ」
このままでは勉強に集中できないので、思い切って聞いた。何か大事な用があるから、僕の様子を伺ってタイミングを図っていたのかもしれない。
「一人だと暇だから空の部屋に居るだけ」
視界に入ると集中が切れてしまうが、邪魔はされていないので、あまり強く言えない。なんだか僕の部屋にお姉ちゃんが居るのは変な気分だが、この状況もたまには良いかもしれない。
「もしかして寂しかったりして」
「私の事はいいから、早く勉強しなさい」
顔を赤くしながら早口で言い返される。お姉ちゃんでも一人だと寂しいと感じることがあるのかと思い、不覚にも可愛いと感じてしまった。
「どうしたの?」
「私の勉強してるところを見て楽しいのかなって思っただけ」
何かの職人さんみたいに凄い技をしているわけでもないのに、ずっと僕を見ていて飽きないのだろうか。
「昔とほとんど変わらないから懐かしくなっちゃってね」
勉強する姿なんて変わるものなのか疑問だが、生まれた時から見てきた人だから感じることなんだろう。それでも僕の部屋に居続けられるのは不思議に思う。
「今の勉強してる空を見てると、まさに才女って感じがするね」
褒められてるんだろうけど、なんだか複雑な気分だ。それに僕はそんな大層な人間じゃなく、頑張って結果がついてくるものが勉強しかなかったから、その取り柄を失いたくないだけだ。
「私より七海さんのほうが」
「確かにあの子はしっかりしててカッコイイね」
お姉ちゃんはウンウンと頷くと、なぜか笑い始めていた。一体何を考えているか分からないけど、良からぬことだろうということは察しがついた。
「そうか七海ちゃんが好きなのか。空も元々は男の子だったし、性格的にも納得」
確かに友達としては好きだけど、想像で勝手に納得されては困る。相手にされないからって僕をからかって遊ぼうとしているなら無視をすればいいだけだ。
「沈黙は肯定って捉えるからね」
無視されることは想定済みということなのか、こっちが実行する前に先手を打たれてしまった。もうこれは割り切って相手にするしかない。
「お姉ちゃんが思っているような好きの種類じゃないと思うよ」
これでこの会話が終われば願ったり叶ったりなのだが、そうすんなりといけたら逆に怖い。そんなに上手くいくなら、そもそもこんな会話なんてしていないはず。
「じゃあ雅紀くんなんだ。空も女の子らしくなったものだね」
ある意味想定通りの返しだけど、雅紀くんのほうでくるとは思わなかった。どちらも同じ友達として付き合っているなので、決してそっちの方向の関係ではない。
「からかうのもこれくらいにしようかな」
お姉ちゃんがベッドから立ち上がってドアに手をかける。やっぱり僕で遊ぶのが目的だったのかと思いながら勉強を再開する。
「ご飯の時間になったら呼びにくるから。今日は邪魔してごめんね」
謝るくらいなら最初からしてほしくないけど、お姉ちゃんなりに僕のことを心配してくれているのだろう。そう思った途端に自然と笑みがこぼれ、なぜかいつもより集中することができた。
「ご飯できたよ」
お姉ちゃんが呼びに来たので、食卓に行くと皆はもう集まっていた。
「お姉ちゃんが私の部屋に来て邪魔してきたの」
家族全員での食事が始まると、僕は早速今日のことを話す。いつもはお姉ちゃんが話して、僕を含めた三人が聞き手側にまわることが多いのだが、あんなことをされたら黙っていられない。
「風華は昔から寂しがり屋だからね」
「小さい時は私が空の面倒見てあげるとか言いながら、ずっとべったりしてたもんな」
「小さい頃の話でしょ。今はそんなことないから」
お父さんとお母さんの話が恥ずかしかったのか、顔を赤くさせながら無理やり話題を終わらせようとしている。なんだか上に立った気分でとても気持ちが良い。
楽しい時間は過ぎるのが早く、食事が終わった後に少しだけ話しているつもりだったのに、それからもう三十分くらい経っていた。
お風呂に入り終わって、自分の部屋で寝る準備をしている途中でお姉ちゃんが部屋の中へ入ってきた。
「眠くなるまで一緒に居させて」
今日のお姉ちゃんは何かおかしい。別に寝るまで一緒に居るのは構わないが、普段ならそんなことをするような人じゃない。仕事で嫌なことでもあったのだろうか。
話したくないことなのに無理に話させるのは嫌なので、不安になりながらも何事もないかのようにベッドの上に寝転がる。
「明日から二週間くらい出張に行かなきゃならないの」
なんだそういうことなのか。家族と離れるのは寂しいかもしれないが、たかだか二週間だ。追い込まれたような顔をしていたから、社内で何かされているんじゃないかと思ったが、そういうことじゃなくて安心した。
「お母さんには言ったの?」
「もう言ってあるよ。それより家族と離れるって言ってるのに冷たくない?」
そんな冷たくしたつもりはないのだが、寝転びながら返事したのが悪かったのだろう。
「お父さんだって出張に行ってたりしても、家にちゃんと帰ってこれてるから、お姉ちゃんも大丈夫だよ」
ベッドを椅子のようにして座り、言葉を慎重に選びながら返事をする。これで多少は不安が和らいでくれるといいが、それでもダメなら後一つの方法をあげるしかない。
「それはそうだけど」
この感じは逆に不安を煽ってしまったという最悪のパターンなのではというのが、不意に頭の中でよぎってしまう。よぎったものが杞憂であればいいのだが、下にうつむいて黙りこんでいるところを見ると、どうやら僕の予感は的中していると見ていいだろう。
「私も寂しいから、たまにお姉ちゃんの方から電話してくれたら嬉しい」
そう言った途端に顔をあげて嬉しそうに笑っている姿を見て、僕はそっと胸をなでおろす。やっぱりお母さんの言う通り、お姉ちゃんは寂しがり屋だったし、今でもそれは直っていなかった。
「そう言うなら仕方なくやってあげる。やっぱり空には私がついていないといけないからね」
姉という立場からか、あくまで僕のお願いを聞いてあげているという感じだ。さっきまでの不安そうな姿は消えたので、僕は横になって目を閉じながら眠くなるのを待った。
翌日、お姉ちゃんはもう出張に行っているみたいだったので、朝ご飯の時はお母さんしか居なかった。いつもと違う景色に少し違和感を感じたが、平常通りの時間に支度を終わらせて学校に向かった。
次のテストで今学期の成績が出るから、皆が中間の時よりも真剣に授業を受けているように感じた。そして罰ゲームをかけて勝負している二人は別人のようになっていた。ずっと黒板とノートのにらめっこをして、僕が見ている限りでは持っているペンは一秒たりとも離さなかった。いつもこのくらいやる気に溢れていたら、高得点が取れるのに。
昼休みと放課後には、二人から授業で分からなかったところを質問攻めされ、休むどころか授業よりも神経を削ったと思う。
「もしもし、どうかしたの」
「私が居なくて寂しがってないかなと思って電話かけてみた」
家に帰って勉強をしていると、お姉ちゃんから電話がかかってきた。どんな言葉を言ったって一人で寂しいと感じていることは手に取るように分かる。
「初めての出張はどんな感じ?」
「まだ新人だからなのか知らないけど、あまり仕事はまわってこなかった。おかげで仕事中は暇なときが多かったよ」
この言い方だと足りない人手を補う為にというよりは、経験させるために行かせてるって感じなのだろう。
この後もお姉ちゃんが話を一方的にして、僕はずっと聞いてばかりだったが、いつもと違う仕事場での話を楽しそうにしているのは僕としても嬉しかった。
「また明日ね」
「うん、じゃあまた」
また明日もかけてくるのかと思いながら電話をきった。これは帰ってくるまで毎日してくるんじゃないだろうか。
今日のような一日が一週間続き、残りの一週間も授業がテストに変わっただけで、二人が人が変わったように勉強するのと、お姉ちゃんが毎晩かけてくるのは変わらなかった。
「ただいま。私が居なくて寂しかった?」
テストが終わった日の夜、お姉ちゃんは出張から帰ってくるやいなや、部屋に入ってきて僕の頭をクシャクシャする。
「毎晩電話がかかってきたから、全然寂しいとは思わなかったよ」
「電話をかけた甲斐があってよかった」
嫌味が全く効いてないどころか褒め言葉として捉えられてしまった。鈍感なのか気づいていないふりをしているだけなのかは分からないが、含みをもたせた言葉が通じなかったことが悔しい。
「今回のテストはどうだったの」
「調子が良かったから、結構点数はいいと思う」
電話で時間はとられていたはずなのに、テストのときは答えを迷うということはなくスラスラと筆を動かすことができた。気持ちに余裕があったのかなと思うが、詳しい理由は自分でも分からない。
「さすが私の妹。やっぱり出来が良いね」
そのポジティブさや自信は僕にもほしい。いくら上手くいったとはいえ、やっぱりテストは結果が出るまで緊張する。その結果が分かるテスト返しが終業式の前日にあるので、その日まで不安になりながら過ごさなければならないというのも、最終的な成績が出る通知表を渡されるのが終業式の日というのも精神的に悪いからやめてほしい。
終業式の日、体育以外が五段階中の五というので一安心する。やっぱり運動は無理だなと思いつつ、昨日の数学のテストで百点を採ったことを思い出す。まさか間違いが一つもないとは夢にも思ってなかったので、返却されたときは我を忘れて喜びそうになった。
「体育以外オール五なんて凄いね」
「私は二人とも運動できるのが羨ましいよ」
七海さんの方が茜さんよりも比較的良い成績を残していたが、運動能力を試す体育の評価は二人とも五だった。
「それよりも昨日のこと、覚えてるよね」
茜さんも結構点数を上げてきたのだが、本気になった七海さんに勝つことができず、罰ゲームを受けることとなってしまった。今回の七海さんは僕を追い抜かしそうなくらい点数を上げてきたので、なんだか怖くなった。
「早く学校が終わらないかな」
「今日は家に帰りたくない」
学校から帰って皆で集まり、茜さんが罰ゲームを受けている姿を見ると、こういうことに関して、七海さんは血も涙もない無慈悲な鬼のようになるんだなと再確認させられるくらい恐ろしかった。




