第十一話
梅雨に入り、雨が降る日が多くなってきた。別に外で遊ぶわけではないのだが、窓の外が雨雲で暗くなっていると、気分まで暗くなってしまう。
そんなことは、お構いなしとばかりにクラスの人たちは友達と楽しく談笑していた。そのなかでも一段と明るく話している人が茜さんだった。彼女は僕のところに駆け寄ってきて、色んな話題を提供してくれる。僕と七海さんは、いつも聞き手側にまわっているのだが、今朝は椅子にずっと座ったままで、何だか元気がなく、彼女らしくなかった。
下にうつむいていたので、体を気遣うようなことを言ったほうがいいんじゃないかとも思ったが、気軽に話しかけてよいものなんだろうか。誰でも一人になりたいことはあると思うので、今はそっとしておいたほうが相手にとっては良い気もする。変に話しかけて、相手にいつも通りの反応をしないといけないと思わせてしまうよりはいいだろう。どちらにしても、僕たちが茜さんに対して気を使っていることが伝わってしまい、互いに遠慮しあうようになる確率は高いと思う。
こちらのことを察したのか、茜さんが僕たちのほうへ近づいてきた。いつも通りの様子でこちらに話しかけてきたが、さっきのこともあって、無理をしているようにしか見えなかった。なので、彼女の話には集中できず、相槌を打つ程度しか出来なかった。彼女に何があったのか気になるが、聞かれたくないことかもしれないので、こちらから茜の元気がない理由は聞けずじまいだった。
「茜が落ち込むってよっぽどだからね。これは私達を試してるとしか……」
「そう考えるのも分かるけど、でも冗談だったら早くバラすのが普通じゃないかな」
茜さんの悲しそうにしてる姿は、見ていて心が痛くなってくる。いつも行動的な彼女が椅子に座ったまま、絵を描き続けている。やっぱり話を聞いてあげないといけなかったのだろうか。今までの恩を考えれば、ここで力になってあげることくらいはしないといけない。いつまでも貰いっぱなしではだめだ。
「じゃあ、私が聞いてきて来ようか」
七海さんが僕の様子を見かねたのか、聞いてこようかと提案してきた。やってきてほしいのは山々だけど、それをやらせてしまったら、また人に頼ってしまうことになる。
「私の方が付き合いが長いから、話しやすいだろうし。それに空は考え過ぎて、変に遠慮してしまいそうだし」
これは僕がやらないといけないといけないと思いつつも、つい頼ってしまいそうになる僕がいる。自分の甘い部分が出てきそうになるところをぐっと堪えたかったが、小さく頷いてしまった。
それを見た七海さんが茜さんに事情を聞きに行ってしまった。後ろを向いた瞬間に手を上げて、行ってしまうのを止めようと思ったが、声を掛けられなかった。自然に上げてない方の手を拳にして、思い切り力を入れて握った。こんなことすら出来ない自分が情けなくて嫌になってくる。
二人の様子を見ていると、どちらも自然に話してるように見える。茜さんも先程までの空元気で無理をしている感じはなく、いつもとは違って弱気になっていた。それが僕からしたら、自分をさらけ出して、本音を喋ってる感じがして、僕が重荷になってるんじゃないかとも思った。口ではそんなことないと言うだろうけど、こんな時でさえ寄り添ってあげられないのに、友達と言えるのだろうか。
七海さんがこっちに来てと手を振ってくれたので、気持ちを切り替えて二人が話しているところに入っていった。
「なんか心配かけたみたいでごめんね。ちょっと頭が痛いだけだから大丈夫だよ」
頭が痛いのが本当だったとしても、ちょっとどころじゃないと思う。茜さんが少しくらいの体調不良なら、無理してでも顔に出さないだろうから、また茜さんは僕に気を遣って嘘を言っている。そんなに僕は弱く見えてしまっているのか。今までの行動から考えると、周りに心配させてばかりだったけど、もう少し頼ってくれたっていいんじゃないか。
「そーちゃん、どうしたの?」
また自分の事よりも僕の事を気にかける。そんなに僕は相談相手にもなれない弱い人間なのだろう。僕の事を想っていることは嬉しい。だけど、それが僕からしたら対等な関係になっておらず、僕は守られる存在で、茜さんや七海さんは僕を守る存在という、まるで騎士と姫様のような関係になっているように感じ、上下関係があるように思える。そんな関係は友達とは呼ばない。助け合って支え合うことこそ、僕が思い描いている友達だ。勉強を教えたり、着せ替え人形にされる以外にも僕を使ってほしい。
「空、本当に大丈夫?」
「僕より茜さんの心配しないと」
二人には悪気は無い。それどころか良かれと思って僕に優しくしてくれている。なぜ病人である茜さんにまで健康である僕が心配されなきゃいけないんだ。なんで体調が良くない茜さんよりも僕のことを優先して考えてるんだ。二人は僕のことを、どんな風に思っているんだ。寂しいと死んでしまうウサギのように思われてるんだろうか。
「私は大丈夫だから、二人は自分の席に戻ったら。もうすぐ授業始まるから」
その言葉に僕と茜さんは応じて、自分の席に戻っていく。その間に七海さんが振り返って、茜さんに向かって、無理して悪化させないようにね、と大きな声で言った。なんか真の友達という感じがした。真の友達ってなんだって話なんだが、それぐらい仲が良くて、なんでも言い合えるのが羨ましい。
「空もいつもと様子が違うけど、どこか調子が悪かったり、悩み事があったりしたら、すぐ言うんだよ」
どういう風に立ち振る舞えば、七海さんのように友達が弱音を話してくれるようになるんですか、というのは流石に聞けない。そんなことを言うと、相手に非があると言っているように捉えかねない。最悪、喧嘩して仲直り出来ずに、そのままってこともあり得るかもしれないっていうのは考えすぎか。
「私って、そんなに頼りないのかなぁ」
つい本音が出てきてしまった。でもこれでスッキリするかもしれない。根が優しいからこそ、はっきりと言ってくれるので、僕のことをどう思ってるか話してくれるかもしれないとちょっと期待した。
「頼りないっていうか、心配させたくないっていう気持ちがあるんだと思う」
心配させたくないってことは、それだけ僕が弱く見えてるってことの裏返しみたいに聞こえてくる。だから、結局は頼りないんだろう。
「でもそんなこと気にしなくていいよ。当たり前だけど、空と私じゃ考え方とか性格、色んなところが違うんだから」
私も七海さんのような頼られる人になりたいのだが、こんなことを言われるってことは、僕は誰の頼りにもされないということなんだろう。正直に言われるのは嬉しいが、こんなショックを受けるとは思わなかった。
「もし空が私みたいになりたいと思ってるんだとしたら、それはやめておいたほうがいいと思う」
僕みたいな人は七海さんみたいな人にはなれないということなんだろう。でも僕も友達の為に勉強以外でも力になりたい。
「私も空を羨ましいと思ったことは、何回かあるし、その度に空みたいな事が出来たらと思った」
そんなことを本当に思ったことがあるんだろうか、お世辞でそんなことを言ってるんじゃないかと勘繰ってしまう。僕の悪い癖なんだろうけど、自分ではどうしようもない。直そうと思えば直せるかもしれないけど、どれだけ時間がかかるのか分からない。それだったら、もう直さなくてもいいかと思ってしまう。
「見た目に関して言うと、空みたいに胸が大きかったらなっていうところもあるし、性格面で言うと、おとなしいのは羨ましい」
僕はおとなしいんじゃなくて、言いたいことが言えないだけだ。はっきりと自分の意思を持って、自分はこう思うと言える方がいいに決まっている。
「茜の行動力は凄いと思うし、夢中になった時なんかは特に磨きがかかってると思う。それに、周りをきちんと見る視野の広さも欲しい」
それに関しては同意見だ。あれだけしたいことが多いと、毎日が退屈しないだろう。それに巻き込まれている身からすれば、少しくらい落ち着いてほしいと思う時もあるが、基本は楽しいことばかりだ。
「空も私や茜のことが羨ましいと思ってるかもしれないけど、それは誰でも感じること。隣の芝生は青く見えるって言うからね」
そう言われると、そうなのかもしれない。自分に無いものを欲しがるのは、人として当たり前。スポーツ選手や職人さんが練習ばかりしているのは、自分と真剣に向き合ってるから、自分に足りないものが次々と見えてきて、それを手に入れる為なのかもしれない。
「空は別にそのままでいいよ」
何だか心が安らいできた気がする。七海さんのように茜さんと接しなければいけないんだという、変な義務感が無くなってくれたからかもしれない。自分で勝手にマニュアルを作って、それ通りにしなければならないと思い込みが精神的な余裕を持てなくしていたんだろう。
昼休み、頭痛が治まったのか、茜さんが椅子を持ちながら、こちらに向かってきて、弁当箱を僕と七海さんのくっつけた机の上に置いた。
「もう治ったの?」
七海さんが茜さんに心配して、どんな状態か聞いていた。おそらく大丈夫だろうが、一応聞いておこうということだろう。
「もうこんなにげんゲホッ」
茜さんが元気なところを見せつけようとした瞬間に咳き込んでしまった。やっぱりこんな短時間では治らなかったみたいだ。
「まだ治ってないじゃないの」
そう言いながら、七海さんは茜さんの背中をさすってあげていた。こういうやり取りは見ていて微笑ましくなってくる。互いに思いやっているところは、やっぱり幼馴染なんだなと伝わってくる。
「頭はもう痛くないよ。咳がちょっと出るだけだから心配しなくてもいいよ」
そんなことを言われても信じられない。体調が悪いのには変わりないんだから、心配するなという方が無理な話だ。
「そんな嘘は私には通じないよ。食べ終わったら保健室に行くからね」
「えー」
七海さんがお姉さんのように見えた。やっぱり実際に弟がいると、自然にそうなってしまうのだろうか。
「授業が真剣に受けられないじゃん」
いつも茜さんを見ているわけじゃないから分からないけど、僕の予想では真剣にやってる感じは全然しない。
「授業中に内職してる人がなんだって?」
「なんでもありません」
やっぱりしてなかったのか。それに七海さんが強すぎて、茜さんが全く相手になっていない。最初に会ったときは、茜さんの方が七海さんをいいように言いくるめてる印象だったが、ここ数日で茜さんが七海さんに言い負けているのを見てると、逆のように思えてきた。
「そーちゃんが微笑んでいるところを見ていると、心が浄化されて咳も引いてきたよ」
茜さんが顔を綻ばせながら、保健室には行きたくないというような主張をしている。そんな手段は通じないと思う。
「それは良かったね。食べ終わったから保健室に行こっか」
教会のシスターのような笑顔で、茜さんを教室から連れ出そうとしていた。思い切り腕を引っ張って無理やり行かせようとしている姿は、その表情からは誰も想像できないだろう。
「あの人、女の子とか華奢で可愛い男の子だったら、いつどんな風に襲ってやろうとか絶対考えてるもん」
なんでそんな情報があるのか分からないけど、その情報が本当なら、僕も無理してでも保健室には行かないようにしないと。
「アンタと同じじゃない。自分のことを客観的に見るいい機会だから、一回襲われたら」
悪い七海さんが出てきてる。これだと保健室に着いた時、何を言いだすか分からない。もしかしたら、茜さんを好きにしてくださいとか言ってきそうに見える。隙あらば人で遊んでやろうとしてるから怖い。
七海さんだけが帰ってきたかと思えば、真っ先に僕の方へ向かってきた。
「保険の先生に、この子を好きなようにしてもいいので、休ませてやってくださいと言ったら、先生の目がキラキラしてた」
淡々と話していたので、少し意外だった。やりすぎてしまったと思っているのかと思ったが、そういうわけでは無かった。
「いつもの仕返しだから、あれくらいやられてもらわないとね」
やはり鬼のままだった。あれだけいじられていたことを考えると、相当な怖さだったんだろうなと容易に想像できる。茜さん、ご愁傷様です。
授業が終わり、七海さんと一緒に保健室に茜さんを迎えに行くと、先生らしき人が出てきた。
「山城さんを迎えに来たのよね。もう少し一緒に居たかったのに残念」
本当に残念そうにしている。茜さんの体力が無くなっているように見えるのは気のせいだろうか。一体何をしたら、そんな風になるのか不思議だ。
「一緒に寝ようとしたら、恥ずかしがってやめてって言われたんだけど、それも可愛くかったから、ついからかっちゃった」
休ませる目的で作られたはずの保健室が、体力が奪われるなんて、何のための保健室なのか分からなくなってくる。
「あら可愛いわね。いつでもあなたの面倒を見てあげるから、少しでも辛くなったら来てね」
僕の方を見ながら、目が本気のまま笑顔で接してきた。この人は茜さんとは比にならないくらい、病気を拗らせていると、この数分で見抜けるくらい重症だった。見た目が同性だからって油断してはいけないのは、茜さんで学習済みなので、絶対に学校では体調を崩さないように頑張ろう。
「今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
茜さんが僕達のところに来ると、安心した様子で落ち着きを取り戻していた。どれほど怖い思いをしたのだろうか。
「あんなに目に光が宿っていないのは、初めて見た。人ってあんな怖くなれるのかと思ったくらいだよ」
思い出したくないなら、無理に話さなくてもいいんだよと思ったが、これがストレス発散になるのだろう。それと、凄い怖いことをされたんだなというのは、今の様子だけで十分伝わってくる。
「制服を脱がそうとしてきたんだよ。女の子同士だから恥ずかしくないでしょって言いながら。それだけじゃなくて、私の下着の中に両手を上と下に片手ずつ入れようとしてきたから、体が跳ね上がっちゃった。いくら美人でも、あんなことされたら、さすがの私でも恐怖を感じたわ」
茜さんがそっち方面で恐怖を感じる程って、それはもう人間じゃない気がする。たぶん人間の皮を被った悪魔か化け物だよ。
「もう二度と行きたくないよ。あんなとこ」
もうすっかり元気が無くなっていた。まだ頭が痛かったと言っていた時の方が元気があった気がする。あの保健室は休養という名の拷問が待っているんだなというのが伺える。
「だから、空に癒してもらおうかな」
さっきの元気の無さはどこへ行ったのか、素早く僕の後ろに回ってきた。嫌な予感がした僕は、その場から離れようとした。
「逃がさないよ」
あっさりとお腹の部分をホールドされ、逃げることに失敗してしまった。もっと早く反応していれば、こんなことにならなかったのに。
「ひゃっ」
「この重量感と柔らかさはたまんないね。何回揉んでも飽きないよ。それに、その反応の可愛さも相まって最高」
反応してはいけないと頭の中では分かってるのに、つい反応してしまう。もうこの敏感な体はどうにかならないのだろうか。
「そろそろやめてあげたら」
「ななみんがそう言うなら、名残惜しいけど、やめようかな」
やっと揉むのをやめてくれた。やられるのに慣れてきている自分がいるが、このままではオモチャにされてしまうから、こんなことに慣れてしまってはいけない。
「今日は大変だったけど、最後にそーちゃんのおっぱいが揉めたから良かったかな」
全然良くないし、僕はそんなことをやってほしくない。
茜さんの一言を聞いたあと、七海さんの方を向くと、自分の胸のところを掴もうとしていた。自分には揉まれるような胸が無いとショックを受けているようだった。
最後に七海さんの地雷を踏んでしまい、その対応で大変だった。




