第十話
中間テスト一週間前、今日から部活は全て休みとなり、テスト勉強をするように催促される週間になっていた。
「もうダメ。色々とそーちゃん教えてよ」
「後で勉強は教えるよ」
茜さんが僕の肩を掴んできたので、後ろに振り向くと、良からぬことを企んでいそうな表情をしていた。その色々って絶対に勉強以外のろくでもない変なことだろう。
「その言い方だと、いやらしいことするつもり満々っていうのが丸わかりだよ」
「なぜ分かった」
茜さんが驚いたように、後ろへ大きく一歩下がっていた。恐らく彼女の性格を知っている人なら、誰でもわかると思う。そうではない人であっても、そんな含みのある言い方をしていたら、警戒するだろう。
「いつからアンタと付き合ってると思ってるの」
「私達って恋人だったんだ。こんな可愛い子と付き合ってたことを私が知らなかったなんて、不覚」
こんな調子じゃ、いつまで経っても勉強が始まらない。このまま話してると、時間がどんどん無くなっていってしまう。
「ふざけてると、ほっぺた引っ叩くよ」
「私にとっては、ご褒美だよ」
いきなり変態宣言をされるとは思わなかった。そんな特殊な性癖のことなんて誰も聞いていない。そんなことより勉強を真面目にしたい。
「そんなこと言ってると、私と空だけで勉強してくるから」
七海さんが僕の手を握って、教室から出ようとした。仕方ないとはいえ、置いてけぼりにするのは可哀想に感じる。もう少し慈悲があっていいんじゃないかとも思ったが、そんなことをすると、また調子に乗りかねないというのを考慮すると、可哀想という感情が無くなっていった。
「あー今のなし。ちゃんとやるから教えて」
慌てて茜さんが七海さんを止めた。ふざけたことをするから、こういうことをされるんだと心の
「今度ふざけたら、どうなるか分かってるよね?」
七海さんの背中から、どす黒いオーラが見えたような気がした。目に光がほとんど宿っておらず、僕に向けてやってないのに、背中から寒気がした。
「分かりました」
さすがの茜さんといえども、とんでもないオーラに勝つことはできず、素直に七海さんの話を聞いていた。きちんとして良かったと思う反面、ちょっとふざけてほしかった自分もいた。怖いもの見たさで、ふざけた場合の想像をしてみると、とても恐ろしくて途中でやめた。
「図書室で勉強か。ななみんの家でしたかったな」
七海さんが茜さんをギロッと睨んだ。それだけで人を殺せそうなくらい怖かった。彼女はさっきの会話から何も学習していないというのだけは分かった。
「友達の家の中で勉強するのもいいかもしれない」
意外にも好意的だった。この状況でこの反応は裏で何かあるに決まっている。一体何を考えているんだろうか。
「いい提案で……」
「ただし、亜貴くんの家でね」
茜さんが言いかけたまま、体全体が固まってしまっていた。亜貴くんの家がそんなに悪いとは思わないんだけど、何かマズイことでもあるのだろうか。家に入れてもらう許可さえ貰えれば、そこでしてもいいと思う。
「私が気づいてないとでも思ったの?」
亜貴くんと茜さんに何かあったのか。そうだとしたら何があったのだろう。二人だけの秘密みたいな感じがするから、早く僕にも教えてほしい。
「な、何のことかなぁ。私には分からないなぁ」
すっとぼけようとしているが、完全に動揺してしまっていて、声がうわずっている。この反応に七海さんも確信を持ったのか、さらに茜さんを追い詰めて、今までの仕返しとばかりに薄ら笑いを浮かべながら話を進めていく。
「私って昔から、この人はあの人に苦手意識を持ってるなっていうのが、なんとなく分かっちゃうの。茜みたいな付き合いの長い人なら、なおさらね」
こんな特技があったなんて知らなかった。やっぱり女の人って勘が鋭くて怖い。この人は絶対に敵にまわしたらいけないやつだ。こんな人、僕なんて一瞬で潰されるだろう。
「亜貴くんの家で勉強するか、ここで勉強するか、どっちがいいか決めて」
茜さんに有無を言わさず、さっさと結論を出そうとさせているあたり、とんでもないストレスを抱えているように見えた。これで今までのもの全て掃き出そうとしているのが分かる。
「ここでします……」
迫力に負けたのか、力の無い声で問いの返答をした。もうこれで勉強する気にさせられただろう。
「分かった。じゃあここで勉強を始めましょうか」
これでやっと勉強ができる。でもなんで茜さんは亜貴くんの家に行きたくないのか気になる。普段から仲が良さそうに見えるのに。
「なんで亜貴くんの家に行きたくないの?」
「楓さんが怖いから」
あの人のどこが怖いんだろう。確かに突飛な行動はいくつかあったけど、それも茜さんからしたら、なんてことのないようなものだったような気がする。
「あの人のこと、最初は愛想の良い人としか思わなかったんだけど、あの笑顔の裏で何を考えてるか分からなくて、全て見透かされているような気がするから、できるだけ会いたくないの」
僕には明るいお姉さんにしか見えなかったけど、言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「私もあの人には勝てる気がしない」
どれだけ楓さんを恐れているんだ。あんな脅しをかけられるんだから、あんな人を怖がる必要なんかないだろう。
「ああいう愛想が良い人ほど、腹黒いって相場が決まってるんだから」
それはいくらなんでも、その考え方は偏りすぎているんじゃないかと思う。そんなことを言ってると、いつかバチがあたるよ。
「あの人は計算高いかもしれないけど、別に腹黒くなんかないよ。弟がいるから意外としっかりしてるし、なにより優しいし」
七海さんから見ても、しっかりしてるというなら、本当に自分の意思を持っている人なんだろう。優しいのは雰囲気でなんとなく感じたから、僕の感覚は間違っていなかったんだと安心する。
「ななみんが言うなら、そうかもしれないけど」
七海さんの言葉をひとまず信用したようだった。こんなに疑り深い茜さんも珍しい。
「弟と似て可愛い子好きだけどね。私達とお近づきになりたいとか言ってたし」
誰にも聞こえないような小さな声で七海さんが呟いていた。その情報は僕には聞き捨てならないものだ。もし茜さんと同じような感じなら、またオモチャにされるしれない。
なんで僕の周りには、アブナイ人が多いんだろう。僕のお姉ちゃんと七海さんは胸の大きい人に対して、強すぎるコンプレックスを持ってるし、楓さんを含めると、三人は特殊な嗜好を持っているようなので、自分のことを大事に思ってくれるのは嬉しいが、どこでどんな事が起こるか分からないという意味で怖い。水希くんも女装させられることに対して無抵抗なので、反抗しても無駄と思っているだけだと信じたいが、実は楽しんでるんじゃないか、満更でもないんじゃないかと思うこともある。
「聞こえちゃったみたいだね。空を怖がらせるつもりは無かったんだけど、気をつけた方がいいと思うよ」
そんなこと言われると、ますます怖くなってくるじゃないか。でも、知らないまま変なことをされることは、これで無くなった。これからは警戒しておけば問題ないだろう。
「私を置いてなんの話してるの?」
勉強を始めていた茜さんが手を止めて、僕たちの会話に参加したそうにしていた。集中しようとしてる最中に、こんなことをやられたら誰だって気になるだろうからね。
「茜には関係のない話」
「そんな冷たいこと言わないでよ。気になるじゃん」
茜さんを冷たくあしらった七海さんは、教科書とノートを開いて勉強モードに入っていた。それに続くように、僕もペンを持って、ノートと教科書を開いて勉強を始めた。
「二人で何話してたのか教えて」
本当に何の話をしたか気になるのか、僕にこっそり話しかけてきた。無視して勉強をやり続けようかとも思ったが、さすがにそれは可哀想なので、どんな内容か説明した。
「これはいい情報をもらいましたなぁ」
しまったと思ったが、そう思った時には、もう後の祭りだ。先ほどの状態とは打って変わって、すごく嬉しそうにしていた。まだまだ僕も甘いなと思いつつ、勉強を再開した。
「早く勉強しないと、水希を着替えさせるの禁止にするから」
抑揚のない感情のこもってない声で茜さんを脅し、無理にでも勉強させようとした。効果は抜群に効いていて、急いでペンを持って勉強を始めた。こんなこと言われる前に、きちんとやっておけばいいのに。水希くんのことになると、途端にやる気になるんだから。
「ここ教えて」
「ここってどうやるの?」
分からないところを互いに教えあったりしたけど、ほとんど僕が教える方に回っていたので、先生役みたいになっていた。口で説明するのは苦手なので、手探りの状態で教えていたが、分かってくれたみたいなので、役に立てて良かった。
「やっぱり、そーちゃんに教えてもらうと、頭の中にスラスラと入ってくるよ」
「その感じは私も分かる」
そんな褒めてもらえると、素直に嬉しい。きちんと教えることができて、僕も一安心だ。
「今度はななみんの家で、水希くんに色んな服装とセリフで応援されながらがいいな。それだとやる気にもっと火がつきそうだし」
そんな変な要望を受け入れられる訳ないじゃないか。そんなことを許可する姉が……
「ちゃんとやるんだったらいいよ」
いたー。それって身内を売るようなことですよね。それってお姉さんとしてどうなのかと問いたい。
そんな流れで、土日に七海さんの家で勉強することになった。最初は普通にやっていた勉強も茜さんが休みたいと言いだした。
その後、誰かに連絡するような仕草を見せる七海さん。いったい何をしてるんだと思ったのもつかの間、中学生の時の七海さんの制服を着た水希くんが登場した。
「やっぱり水希くんは似合うねー」
茜さんがいち早く反応を示した。それが狙い通りだったのだろうが、これで何がしたかったのだろうと思っていると、水希くんが茜さんのそばに行き、喋りだした。
「茜先輩の頑張っている姿、とっても素敵です。先輩が頑張ってるところを見ちゃうと、私……」
水希くんが後輩の女の子を演じている。役になりきろうとしている姿は健気で、最後にうつむきながら、顔を紅くさせて照れくさそうにしている姿は、その健気さと相まって、誰から見ても可愛い女の子の告白シーンにしか見えなかった。
茜さんはもうデレデレになっており、表情が崩れてるどころではなかった。
「じゃあ私、今から勉強するね」
「はい。いつまでも先輩のこと、待ってますから」
水希くんの渾身の笑顔が茜さんをノックアウトさせていた。よく見ると、女の子走りするときのポーズみたいなことをさせていた。なんだこの芝居じみたものは。
「これはなに?」
「これは茜をやる気にさせるための作戦よ。茜デレデレ作戦とでも名付けようかな」
なんだかよく分からない作戦だな。茜さんはやる気になれるかもしれないけど、これじゃあ、水希くんのメンタルが持つのか心配になってくる。
「茜は可愛い子が好き。それを利用して、私が萌えだろうと思うものを水希にやってもらう。それで茜がやる気になってくれれば、この作戦は大成功。水希には私がお菓子を五回譲ってあげる権利で手を打ってあるから、契約破棄なんてことはさせない」
あまりにも契約がブラック過ぎて、全然笑えない。この一回で、七海さんは水希くんにお菓子以外の何かをやらないといけない気がする。七海さんの黒い一面をまた見てしまった。
水希くん効果は絶大で、茜さんは集中して勉強に取りかかっていた。それでまた、集中が切れたら、同じことをさせるのか。もっと好きなもの言ってもいいんだよ水希くん。
「鬼だ。ここに鬼がいる」
「空、なんか言ったかな。次に変なこと言ったら、無報酬で水希と同じことさせるから」
目が笑ってない笑みを浮かべながら、僕に脅しをかけてきた。こんな怖い人知らない。
あまり関わっちゃいけないと思い、僕は勉強を再開した。いつから七海さんはこんな怖い人になったんだろう。
少し時間が経った後、茜さんの集中が切れかかっていた。そこでタイミング良く水希くんが登場した。今度はチアガールの格好をしてポンポンまで持っていた。
「ファイトです茜さん。私が精一杯応援しますから、それで元気出してください」
そう言った途端、茜さんから少し離れていった。そうすると、いきなりチアガールがやるようなことをした。
「フレーフレー、茜!フレーフレー、茜、フー」
茜さんは体全体を見ているのではなく、スカート部分を凝視しているように見えた。どれだけ下着が見たいんだろう。
「あっ。私が応援してる間、スカートの中ばかり覗こうとしてましたね」
「そんなことないよ」
慌てて否定するところが、ますます怪しい。だけど、これも読み通りなのか、言葉を続けた。
「でも、茜さんになら見られてもいいかな。むしろ見て欲しいかも……なんて」
恥ずかしがりながら台詞を言っている水希くんを見てると、心が痛くなってくる。でもここは我慢しないといけない。
茜さんの方を見てみると、頭の上から湯気が出そうなくらい紅くなってた。
「そんなエッチな茜さんが大好きです」
手を後ろで組みながら、モジモジして年頃の女の子でも言わないようなセリフを言った後、すぐに去っていった。
茜さんはオーバーヒートしていた。しばらくは頭が動かなくて、じっとしたまんまだろう。僕は無関係だから、そんな人は放っておいて、自分の作業に取り掛かるとしよう。
熱が冷めてきたのか、肌の色が元に戻っていき、また勉強を集中して、目にも止まらぬスピードでやり始めた。
彼女のノートを見てみると、教科書の問題をスラスラと解いており、僕が見る限りだと全問正解だった。やっぱりこの人の可愛い子を見たときのパワーって凄い。
もう茜さんの方には向かずに勉強していたら、もう水希くんが呼ばれていた。今度はどんな衣装なんだろうと見てみると、ヒラヒラしたミニスカートのメイド服だった。
「茜お、お嬢様。わ、私も一生懸命頑張りますので、頑張ってくだしゃい」
今度は見習いメイドさんという設定だろうか。噛みまくっているのも庇護欲を掻き立てるためのものだろう。どこまで緻密に考えられているんだろうか。
「あなたも早く頑張ってね」
「はい。早く一人前になって、茜お嬢様のお役に立てるよう、頑張ります」
何の捻りもなく、真っ直ぐで純粋そうな笑顔だった。その笑顔はまるっきり可愛い女の子にしか見えない。ど直球にやられた茜さんは頭を撃たれたかのように倒れていった。
「なんだか見慣れてきた」
独り言が思わず出てしまった。もう倒れている状態か集中して勉強している状態がデフォルトになっているからかもしれない。それより水希くんが役に入り込むことの方が、今日で一番ビックリしたことかも。
今度も茜さんが飛び跳ねるように起き、勉強を始める。また見たいという感情からなのか、若干興奮しているように見える。
だんだん集中が切れる間隔が長くなっていっているように思え、これは凄いと単純に思っていた。
そんなことを思っていると、また茜さんの集中が切れてきていた。その頃合いを見計らって携帯をいじっていた。おそらく水希くんへの連絡だろう。
携帯をいじり終わった後、しばらくして水希くんが、また同じ衣装で部屋の中に入ってきた。流石にネタ切れだろうかと思ったが、表情がさっきとは全然違っていて、闇を抱えたような表情になっていた。
「茜お嬢様。また勉強の集中が切れてしまったのですか。やはり、お嬢様にはキツいお仕置きが必要みたいですね」
今度は奉仕するスタイルではなく、茜さんを見下げているような感じがした。現に水希くんが立ちながら、座っている茜さんに対して、汚物を見るような目で見下している。
「土下座してください。ほら早く」
静かな、でも怒りが混じったような声で茜さんに命令する。こんなのメイドのすることじゃないような気がする。
「早くしろって声が聞こえませんか?」
「いえ、聞こえています」
怯えたような声で返事をしていた。これはいくらなんでもやりすぎなんじゃないか。逆効果なんじゃないかと思う。
「では早くしてください。犬でも一回で命令は聞きますよ」
「分かりました」
茜さんが頭を床につけた綺麗な土下座をする。水希くんが悪くなっていってるが、こんなの本当にしてよかったのだろうか。
その土下座を見た瞬間、茜さんの頭の上に足を乗せて、頭を埋めるように足をグリグリとし始めていた。
「あなたは家畜以下の存在です。それは自覚していますよね」
「はい。自覚しております」
足をグリグリさせたまま、茜さんに質問を投げかけている光景は、とにかく凄かった。
それと同時に、なんで僕は、こんな変態的プレイを見せられてるのだろうとも思った。
「そんなあなたが自分の欲求で、勉強を途中でやめてもいいとお思いですか」
「いえ、そんなことしてはなりません」
なんだろう、もうひく気も失せてしまうほどの状況。誰かどうにかしてくれと思うが、ここに助けてくれる人など誰一人としていない。もうどうしたらいいのだろう。
「そうです。家畜以下の存在である貴方が、人間様の指示も聞けないなんて、私を呆れさせないでください」
「すみません。これからは気をつけます」
もうこんなの嫌だ。早く終わって勉強したい。こんなの一刻も早く切り上げてほしい。
「次こんな失態を犯したら、こんなんじゃ済まさないからね」
「は、はい」
水希くんは足グリグリをやめ、土下座している茜さんの方を向きながら、しゃがんで茜さんの顎を持って、顔をクイッと上に上げさせた。茜さんは頰を紅くしながら、恍惚な表情をしていた。こんな特殊なもの見たことなかったが、できれば一回も見たくなかった。
「今、私の下着を見ましたね。家畜以下の分際でよくそんなことをできますね。この変態は」
「すみません」
なんだか茜さんが嬉しそうだ。まさかこんな特殊性癖持ちとは思わなかった。ある意味、この状況はホラーでしかない。もうすぐ終わると思ったのに、なんで伸ばすんだ。
「まあ、いいです。この勉強が終わったら、じっくりと調教とお仕置きをしなきゃいけないみたいですから、後で覚悟しておいてくださいね。この変態メス豚さん」
悪い事を企んでいるような笑顔を浮かべ、首を傾げていた。水希くんがこんなことをやっていると思うと、変な癖がつかないかなと心配になってしまう。
「すみませんね。この変態が色々と迷惑を掛けてしまったみたいで。後できちんとちょう……教え込んできますんで、どうかお許しください」
「いえいえ、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
水希くんが深々とお辞儀をして、謝ってきてくれた。すると、水希くんがこちらに近づいてきたので、悪い予感がした。これは絶対に七海さんの罠だ。
「慈悲深いお言葉。是非ともあなたをお姉様と呼ばせてください」
「そんな言葉は私には似合わないよ」
「そのような謙虚な姿勢も素敵です」
水希くんは手を組みながら、唐突に僕を褒めてきた。これは僕を巻き込む気満々だ。七海さんの方を見てみると、したり顔で背後から邪悪なオーラを纏った彼女が口角を上げて笑っていた。完全に嵌めてやったと思って、心の中では大笑いしていて、それが顔ににじみ出てきたといったところだろう。この悪女は隙さえあれば悪巧みしてるのか。今まで片鱗が見えなかったから、見破れなかったのがすごい悔しい。
「この慈悲深いお方があなたのことを許してくれるって言ってくれているのですよ。あなたも頭を下げなさい」
跪きながら、こっちを向いて頭を下げていた。僕までオモチャにしたことをいつの日か後悔させてやる。
「是非、お姉様もこちらへ来てください」
水希くんに腕を引っ張られて、ドアの方へ連れていかれた。もうこれは断ろうにも実力行使されてしまってるから断れない。思い通りになってたまるかと思ったが、七海さんがこちらを虎のように見つめてきたので、歯向かうのはやめておこう。
「では失礼します。茜さん、きちんと勉強に集中しておくんですよ」
先ほどと違って、優しい感じで茜さんに接していた。こんな風に飴と鞭を使い分けで優しくされるのが嬉しいのだろうか。
水希くんに部屋の中へ連れていかれ、クローゼットの中に衣装が何種類も入っていた。
「あれでよかったのでしょうか。あんな暴力を振るって大丈夫なのか怖くて」
「大丈夫だと思うよ。あの人、結構喜んでたように見えたから」
「あれで喜ぶんですか?」
水希くんがビックリしていた。実際に僕も想定外のことだったから、ちょっとひいてしまった。そんなことよりも僕に何をさせるつもりなんだろう。連絡がくるのが怖くて仕方ない。
「お姉さんから連絡がきました」
一体どんなことをやらせるのか、すごくヒヤヒヤしてきた。あの顔から察するに、結構無茶なことをやらせてきそうで怖い。
「なんて書いてあるの」
「水希がリードしてる感じのレズプレイ。服はパジャマでお願いねって書いてあります」
レズプレイというのが引っかかるが、服装は意外にも普通だったのが、唯一の救いだった。ストーリーは恥ずかしくて、絶対に演じたくないけど、やらないと後で何するか分からないので、やれる限りのことをやることにする。
「着替え終わった」
「出番は僕の方が後なので、行ってきてください」
そう言われて、さっきまで僕が勉強していた部屋の前に立つ。気持ちを落ち着かせてから中に入ると、何をするか楽しみにしている茜さんがいた。そんな目で見られると、余計に緊張してくる。
「さすが茜、よくここまで頑張れるね」
「そんなことないよ」
本当に茜さんからしたら、結構頑張ってるので、これは演技しなくても、自然に出てきた。問題は次からだ。
「たまには休憩しなよ。じゃあ」
ここで帰ろうとすると、水希くんがドアを開けてやってきた。そうすると、水希くんが僕の隣に立った。
「茜先輩。いい点数が採れるように頑張ってください。私も心から応援してますから」
元気な感じでにこやかに笑っていた。もう水希くんは茜さんに教育されすぎて、女装しても抵抗感がなくなっていて、感覚が麻痺していってると思う。それでも、こんなことを嫌という顔を見せずにやってる時点で、忍耐力はとてつもなく高いと思う。
「ひゃ」
「良い声で鳴きますね、空先輩。こんな声を聞くと、私ゾクゾクしちゃいます」
水希くんが僕の背後に回って、脇の下あたりから胸を下から持つように揉んだ。いくら茜さんが勉強のやる気を出させるためとはいえ、なんでこんなことをやらされているんだと思う。もうこれは、七海さんが面白がってやっているようにしか思えない。それに、このネタを脅しに使うつもりだろう。
「年上をからかうんじゃありません」
「すみません、空先輩の反応があまりにも可愛いもので」
水希くんの方を向き、少し怒りながら注意する。その後、僕の着ているパジャマのボタンを下から二つくらい外され、少しお腹が見えるようになる。
「ちょっと、茜が居る前で何やってるの」
「空先輩の体を見てると我慢できなくなってきて」
僕が水希くんに迫られ、後ずさりする。すると急に抱きついてきて、バランスを崩してしまい、僕が押し倒される形になる。これは演技と自分に言い聞かせないと、本当に襲われそうになってるので、逃げ出してしまいそうだった。あと少しで終わると自己暗示をかける。
「こんなところで何やる気?」
「分かってるくせに何を言ってるんですか。ここで茜先輩にも私達の仲の良さを見せつけてやりましょうよ」
今度は上からボタンが外されていく。胸の上の部分まで外された後、水希くんが僕に顔を近づけてきた。僕が怯えながら目を閉じると、何もしてこなかったから、目を開けた。
「見られて感じてるなんて、いやらしいのは体だけじゃないみたいですね」
「そんなことない!」
強く否定する。これは演技だと思っていると、予想以上に声が出た。だけど、演技はまだ続いており、気を緩められない。
「強く否定するってことは、肯定してるってことでいいんですよね」
こんな場面でアドリブを持ってこられたら、焦ってセリフが出てこなくなってしまう。もうこれは、こっちも合わせにいくしかない。
「いいわけないでしょ」
「素直になれない悪い子には、お仕置きが必要ですね。罰として、後でじっくり空先輩の体を味あわせて頂きますから」
水希くんが、人差し指で僕のお腹から口のところまで、まっすぐ上の方向に這わせる。少しくすぐったがったが、唇を噛んで我慢した。
「では、私達二人で楽しんでますんで、終わったら三人でしましょうね。茜先輩」
水希くんは話しながら茜さんへ近づいていき、最後の部分を耳打ちした後、耳の中へ向かって息を吹き込んだ。そこで茜さんは嬉しそうな顔をしながら倒れた。
再び衣装が置いてある部屋に戻ると、なんだか安心して、ホッとする。
「初めての割に上手かったですね」
「水希くんは初めてじゃないの?」
「そうですよ。茜さんが勉強に集中させるための最終手段として、何回か頼まれたことありますから」
こんなことを頼まれるなんて、なんだか気の毒に思えてくる。普通の考えをしていたら、こんなことは思いついても、絶対にやらせないと思うんだけど。やっぱり僕の周りには変な人ばかりだ。
テストが終わり、各教科の点数が全て出揃った後、自分の間違えた箇所を復習していると、茜さんがこちらに向かってきた。
「見てみて、全部二十点以上、上がったよ」
テスト用紙を両手でトランプを持つように広げた。彼女はとても嬉しかったようだ。
それもそうだ。あれだけ僕と水希くんが頑張ったんだから、それなりの点数をとってもらわないと、アレは何の為にやったんだってなるからね。そうなると、無意味なことをやらされただけの虚しい結果に終わってしまっていたので、これは素直に安心した。
だけど、なんであんなことをして勉強の意欲が湧いてくるのが、僕には理解できない。
「これのお陰で勉強が捗ったよ。いいネタを提供してくれてありがとうね」
茜さんが出してきたのはスケッチブックだった。その中を見てみると、水希くんのコスプレ姿が描かれていた。
「な、何これ」
「何これって、そーちゃんのあられもない姿を描いただけだよ」
そこには、僕が脱がされそうになっている場面が描かれていた。描いただけって、そんな上着のボタンは全部外れていて、上半身をはだけさせてなんかなかったはずだ。これは僕の裸を想像して描いたな。妄想逞しい変態め。
「その姿なら、ここにもあるよ」
七海さんが携帯の中に入っている写真を見せてきた。そこには僕が水希くんに迫られている時の場面がきちんと撮られていた。こういうことをされるのは想定内だが、いざやられると心が折れそうになってしまう。
「良いのが撮れてよかったよ。この写真は永久保存しておかないとね」
これで僕の高校生活は七海さんに運命が握られてしまった。もうこれからどうすればいいんだろう。
数日後、あの写真はまだ拡散されてはいなかったが、きちんと七海さんの写真フォルダの中には、うっかり消してしまわないように保護までして、きちんと残っていた。




