試製三式水上騎兵艇
山口多聞氏の主催する「架空戦記創作大会2017夏」の参加作品となります。
テーマは「架空の河川・湖用兵器に関する架空戦記」です。
大陸では中ソ、太平洋では主に米国。
世界を相手取っての戦争状態に突入していた大日本帝国。
その帝都である東京の一角、発足したばかりの陸軍兵器行政本部では指揮下に収めた各造兵廠・補給廠、技術本部内に溜まりに溜まっていた現場からの要望等の取り纏めに追われていた。
「何々……トラックを増やせ?言われんでもやっとるわ」
「戦車の装甲が薄いです……判ってるよ」
まぁ、戦局の悪化で各部を統合して無駄をなくそう、というところまではいい。
だが各所のガス抜き、不満そらしにできるだけ即効性のある改善を求められた男達にとってはいい迷惑だった。
「常識的な意見だけじゃどうにもならん」
「まぁ、戦闘機の補充、新型陸攻、連合国戦車に対抗できる新型砲……それはなぁ」
そうした分かりやすいところは主流派が既にがっつりと食い込んでいる。
ガス抜きに手ごろな何かを作れ、と言われているようなメンバーは所詮、主流に乗り損ねた連中であって花形とも言うべき主力装備には手を付けられない。
「判りやすいところでは塹壕掘りのための小型ユンボ」
「荒地用のオートバイとかその辺りか?」
補助装備として重宝する小型重機の開発辺りで手堅くまとめようかと思ったところ、風変わりな要望書が紛れ込んでいるのにたまたま気づいた。
「ん……?渡河時の護衛に使える速力のある小型艇が欲しい……?」
「へぇ、確かにこれからのことを考えると、河川を高速で動ける装備はあるといいな」
主流を外れていると言っても士官学校を卒業し、後方で十全に仕事をするだけの頭脳の持ち主。
口に出さないまでも敗色濃厚であることは理解している。
無線も使えない状況等で速度のある移動手段は多い方がいい。
「コレ、丁度よさそうだな」
「ふむ。火力支援のない渡河戦なんてやりたくないし」
「とりあえず先行して機関銃が撃てればいい……かな?」
「欲を言えば重機関砲をつかえれば、対空にも行けるかも」
陸軍が持つ渡河装備、主だったところでは九五式折畳舟がある。
折りたためて軽く、完全武装の19人をまとめて運べるなど、現場では重宝されている。
勿論、十分な火力支援があればそうした小火力の護衛など不要だ。
むしろそんな状況で渡河すること想定する方がおかしいとも言う。
だが状況はそれを想定しておくべきだったし、精鋭を先行させて対岸制圧というのは中々に魅力的だった。
「しかし、それがガス抜きになるか?九五式折畳舟の改良でいい気もするが」
まぁ、駄目元、ヘタな鉄砲数撃てれば当たると、トライアンドエラーをやる余裕もない。
慎重な意見が出るのも当然だった。
「操舟機を大型のものに変えて、装甲化すればいい」
「装甲化なんてしたら重くて人力で運べんぞ」
「まぁ、それなら素直に河川砲艦でも用意した方がマシだな」
「水陸両用トラックの増産は他が出してたな。だが使い勝手で通常のトラックが優先だしなぁ」
そもそも戦車や航空機が優先で、鉄は味方同士でも仁義なき奪い合いだ。
いかに重要と言えど、補助装備にそこまで金をかけられないのが現実だ。
「よし。愚痴を言っていてもはじまらない。とりあえず条件をまとめるぞ」
「渡河装備そのものは手を付けない。と言うより、つけられん」
「匪賊、原住民その他もろもろの敵からの不意打ちを防ぐ」
「防げないまでも、最短で鎮圧できる対応力、機動力の確保」
「……川の上に騎兵でも持って来いと言わんばかりだな、おい」
「お、それいいな。水上騎兵ってか?」
古今東西、上陸戦や渡河の際に襲われた軍は脆い。
初戦の連戦連勝の陰に隠れているが、すでに予想を上回る損害が出ている。
このまま進めばジリ貧となるのが目に見えていた。
と言うより、すでにジリ貧に陥っているのを必死に誤魔化しているだけだ。
だからと言って、それを馬鹿正直に口に出すことはない。
敢闘精神に欠けるとかなんとか様々に理由をつけて良くて予備役編入。最悪は前線送り。
わがままと言うなかれ。戦時中だろうと我が身はかわいいものだ。
「騎兵ねぇ……なぁ、騎兵の利点ってやっぱ速さだよな?」
「何をいまさら。だから今はトラックやオートバイの時代だ」
当然とばかりにタバコをふかす。
乱暴にもみ消しながら話を続ける。
「んー、舟も結局は軽けりゃ速度出るよな?」
「……喫水の問題とかあるが、そりゃ、まぁ」
「なら思い切り小さく、一人乗りか」
まぁ、駄目元で、と、とりあえず試作研究という形で水上騎兵艇(仮)の開発が始まることになる。
とりあえず軍内部で部品を持ち寄って作成した試作(?)艇は九五式折畳舟の船外機を半分にぶった切った小型ボートを括り付けただけものだった。
一応、本人たちは大まじめである。
そして幸いというべきか、パワーウエイトレシオの向上で、そこそこの速度は出た。
だが操作と戦闘を同時にこなすのは無理があった。
普通なら、やっぱり無理、で終わる話だ。
ただ騎兵大好きの陸軍だ。
機械化され、騎兵の活躍の場が少なくなりつつある昨今、水上、という余計な字があるくらいで騎兵装備を諦めてたまるかと、無駄な敢闘精神を発揮する。
「きちんとした船体と強いエンジンがいる」
「操舵方法も見直しだ。騎兵ならせめてオートバイと同じ方式にすべきだろう」
「かと言って、重いのは困る」
「小型軽量で流用しても文句が出にくく馬力そこそこのエンジン」
「木材加工に秀でたメーカもだ。そんな都合のいいところ、あるか?」
何とも無茶な話である。
さて、陸軍と海軍、双方の仲は悪いとよく言われる。
だがその構成員すべてがいがみ合っていると聞かれれば当然、否。
個々人の伝手を辿ってあれこれ探すうちに結構な拾い物が出てきた。
海軍の一式標的機とそのエンジンであるせみ一一型だ。
この時期、訓練期間の短縮で無人標的機を使った実弾訓練はその量を著しく減らしていた。
それはつまり、一式標的機の製造を担っていた美津〇グライダー製作所と東洋金属木〇のリソースに空きがあると言う事だ。
木製なら浮力の確保も楽だし丁度いい、と単純に考え、誰もそれを否定しなかった。
これ幸いと、一応は海軍に筋を通したうえで開発を押し付けてしまう。
当然、メーカーは頭を抱えるが、要求は比較的単純だったこともあり、なんとか形にしてしまう。
試製三式水上騎兵艇
乗員:最大2名
全長:4.3メートル
全幅:2.4メートル
重量:230kg
速度:18ノット
発動機:せみ一一型
速度を求めた結果、操舟機の小型エンジンでは力不足。
そこで訓練の縮小で在庫が余っていたせみ一一と標的機の製造メーカーは丁度いい鴨だった。
海軍のエンジンだが向こうも不良在庫がさばけるならと、ある程度の数を融通してくれた。
使い勝手がよさそうなら自分たちでも使おうと考えいう下心は当然ある。
主に一式標的機に使われていたエンジンで、出力は低いが空冷式水平対向4気筒、重量も41kgとコンパクト。
それでも500kgを超える一式標的機を滑空させることができるエンジンだ。
2人乗りの小型水上艇には過剰と言える。
実際、試作艇ではあまりのパワーに振り落とされ、怪我をすることが多かった。
最低限度の怪我防止としてスクリューにカバーを付け、怪我は減った。
だたし今度はエンジントルクを吸収しきれず、船体が横転する羽目に陥った。
やむなく、せみ一一をクランクケースで分割し、直列2気筒エンジンに換えて出力を落とす。
さらにギアを追加して二重反転スクリューに換えてようやく安定を得た。
出力制御はオートバイのようなハンドル式を採用と、現代におけるジェットスキーに通じる要素は概ね備えている。
ともあれ、琵琶湖や霞ケ浦で行われた試験では九五式折畳舟は勿論、随伴していた漁船を楽々と抜き去った。
上陸作戦における小発の支援にも使えそうだと、正式に採用と早々に量産が決まった。
現場においても渡河時における強硬偵察や伝令と、小さい故の使い勝手の良さを発揮した。
唯一、南方では「ケツが熱い」と不評だったが。
後に構造を強化してせみ一一型をそのまま使い重量増対策を行ったうえで、九二式重機関銃を据付けた重武装の乙型なども開発される。
渡河作戦、末期における撤退戦においてその犠牲を減らすことに貢献した。
一部では機雷を抱えての水上特攻も検討され、上陸用舟艇数隻撃沈の戦果を挙げたと言われるが、これは定かな記録は残されていない。
戦後、接収された三式水上騎兵艇はGHQの一部将校に水上スポーツの道具としてとても大いにウケた。
水上スポーツのパイオニアとして日本の名が世界に轟くこととなる。
その鏑矢となった一艇のお話。
三式水上騎兵艇 甲型
乗員:2名
全長:4.3メートル
全幅:2.4メートル
重量:200kg
速度:18ノット
発動機:せみ一一型改(2分の1)
武装:なし(乗員の手持ち機関銃等)
三式水上騎兵艇 乙型
乗員:3名
全長:5.2メートル
全幅:2.7メートル
重量:320kg
速度:15ノット
発動機:せみ一一型
武装:九二式重機関銃等
エンジン形式については半分にした初期型は再命名すべきとは思いましたが、ちょっと命名規則と空き番号を調べきれずそのまま改だけつけてます。雑ですがご容赦を。
実際にジェットスキーが作られたのは1970年代になってからですので、実際のところかなりチートな代物ですが、戦局を左右するほどのもでないので割と気楽に書きました。
数年ぶりに書いたので、実際、この程度の文字数でも全く書けなくなっている自分に驚きましたが……オリジナルで人物書けなくて書かなくなっていたので、とりあえずこんなもんでしょう。
思いつけばまた書いてみたいと思います。




