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第五十三話 変調4

 ――イストニア帝国首都、帝都ラゴア、ルヴィステリア大宮、弐ノ宮アクシリオン皇城――


 皇帝より謁見を仰せつかった、ミラこと大魔女アルタミラ=タイクーン=アドステラは、広々とした謁見の間の控室にて、少々窮屈な思いを強いられていた。


 一般人には普段凡そ目に触れる事の無い、この仰々しいばかりの高価な装飾に敷き詰められた城の風景自体は、ミラ本人に取って、特に目を見張るものはなかった。

 実家であるタイクーン王家は、確かに煌びやかな装飾を嫌う趣向ではあったが、元々四王家より成り立つ王朝首都、聖都の宮殿住まいだったのである。

 ただ、変わった趣味ね。位の感慨しか湧かなかった。

 そんな中、皇帝の準備が整うまで待つしか無く、退屈な時間はちっとも進まない。


 お付きの守り人、メイリーダはミラを謁見の間控室まで送ると、皇帝直属の近衛騎士団へ申し送りし、自分の所属する部隊の元へ行ってしまった。

 女騎士メイリーダの口から、何やら「鬼の居ぬ間に」などと聞こえたが、今の待遇なら身の危険を感じる事も皆無なので、ミラは別段気にしなかった。

 

(ホント、三百年経ってもこういうの(・・・・・)って、変わらないのね……)


 気づかれぬ様に小さく、ハァっと息を吐くと、丁度チャイムが鳴ったので頷いてみせると、内側の衛兵がゆっくりと控えの間の扉を開いた。

 扉の外から、一見お小言を言い出すと止まらなそうな、中々に気難しそうな女性が入って来る。

 女性は入口でミラへと向かって丁寧な作法で礼をすると、矢庭に笑顔を作る。


「大変お待たせ致しました。謁見の間へ御案内します。」


 姿勢を正して恭しく傅いてみせる。

 ミラは相応の笑顔で応えて見せ、無言で頷くと謁見の間へ入場する。


 人が横に十人は余裕で並べそうな、幅広く長い重厚な絨毯が敷き詰められ玉座まで続いている。

 その両脇にズラリと立ち並ぶ近衛騎士達が作る道の間は、かなり広めとはいえ、凡そ通常のハートの持ち主なら気圧される圧迫感である。

 がミラは全く意に介さず、先に進み玉座の段より手前に傅き、顔を伏せて待つ姿勢を取った。

 すると玉座奥の方から扉の開く音がした。

 対面で立って居た騎士達が、まるで機械仕掛けの様に揃って一斉に玉座の方へと向きを変えた。

 ミラを案内した女性が、控えめに声を掛ける。


「間も無くカイゼル皇帝陛下が玉座に就かれます。どうぞ御身を御正しください。」


 だがその態度には慎み深さというより、お約束事をそのままやり遂げようとする、一種の強制を感じさせる。


「………」


 敢て何も考えず、ミラは低い姿勢を崩さない。

 ワシワシと踏み均す足音。

 透かさず入ってきた大男(であろう気配)から、野太い声が飛ぶ。


「よい! この御方は、少なくとも我より遥かな上方ぞ、戯けた事を申すでない。……それになんだ? 何故大魔女様の椅子が無いのだ?! 我に恥を掻かすでない!」


 目の前の大男――皇帝の言葉には、怒気こそ含まれてはいないが、その身体に相応しく、些か声の通り過ぎるきらいがある様だ。

 それにしても、常人の聴覚では有り得ない感度の良さで、ミラに対する女性の小声を聞き取った皇帝である。

 ところがその場に居た殆どの人間は、凡そその事に懐疑的な者は只一人として居なかった。

 『神々の天啓』をその身に降ろす役割を持つ、非常に限られた人類――無論、帝国王族の長たる皇帝もその一人である――は、内包する魔法・魔術知覚能力が桁外れの為、『地獄耳』ならぬ『天の聴持者』と呼ばれ、しばしばこういった、常人の領域からかけ離れた能力を発揮する事で知られている為である。


 元々ミラも、そういう能力スキルを自然に持っていた為、当然の事態として驚きはなく、黙って様子を見ていた。

 酷く狼狽した女性に、幾分かの同情の眼差しを向けて。


「も、申し訳ございません! 直ぐ御用意いたします! アルタミラ様、大変なご無礼を……。どうか、どうか平に御赦しを。」


 まるで皇帝の声その物に圧迫されたが如く、女性――後に第三執政官と判ったが――は身体全体が煽られた様に震えながら、自分の御付の者にミラの席を用意させた。


「ふぅ~む……」


 人力では間に合わぬと何人かの術者が協力して、玉座のすぐ隣に負けず劣らずの豪華な席を転移させた。

 直ぐ様お付きの者達が群がり、玉座同様にピカピカに磨き上げられた席を更に念入りに仕度している間、皇帝カイゼル(56)はさも申し訳なさそうな表情で大魔女に向けて声のトーンを落とした。


「おぉ、おいたわしや大魔女様……。どうか御腰を上げてくだされ。部下の失態は我が愚策の致すところ。本来は、つつがなく慰労の意味も兼ねて、しばし緩やかに歓談を……。と考えておったのですが……配慮が足りず、誠に申し訳なんだ……この度は長旅でお疲れの所、我が申し出を汲んで下さり、心より感謝致しますぞ。」


 言われて初めて顔を上げて見せる、小さな大魔女ミラ。

 玉座の前に立つ男は、見た目、内包する力、その身を包む気配、まとめて正にいわおの様な人物であった。

 但し、大多数の普通の人間に取っては。と注釈が付くが。

 物ともせず、ミラは内心、悪態をく。


(緩やかに、ねぇ……言う割には徹底してないみたいだけど? こういっちゃなんだけど、皇帝の側近がコレじゃ、天下の帝国も結構お粗末さんなのかしら……)



 ――仮にもミラの出自は、他国とはいえ、王家の長に連なる出身である。

 しかもイストニア帝国とは凡そ双璧を成す、アッカド聖導王朝四王家の生い立ちなのだ。

 先程からのどこか慇懃無礼とも取れる作法の強制は、失礼を通り越して確かに無礼な押し付けであった。

 ただ、人類最大の勢力である帝国の皇帝が、せめてミラが隣の席に座るまでは、と自分も立って居てみせる、その姿勢はポーズとはいえ、悪い気はしない。

 つまりはそれ程現皇帝にとって、タイクーンの寵児(現ミラ)が、侮れない存在と見ている証拠でもあった。

 人類のもう一つの象徴たる国家、聖導王朝の歴史文献に遺される「大魔女アルタミラ=クイーン」のあざなは、伊達や酔狂では無いのだった。――




 心の声はおくびにも出さず、ミラは皇帝に対する同情と深い思慮を思わせる澄んだ瞳で訴える、と云った体でシレっと言い放った。


「いえ、どうぞその様な……皇帝陛下に於かれましては、日々大変な重責の激務の中、私の様な下方の為にその寛大な御心を痛める事はございません。……どうかお気にになさらずに。」


 皇帝の何かをくすぐったのか、皇帝の胸の辺りからドキン! と霊的な幻聴がしたのを、ミラは嫌な感じで聞こえてしまった。


「ほぉ……コレはまた……此れほど思慮深く、何より可憐な御方とは……流石は、『天の加護』のお膝元足る聖導王朝でも、最も高名な大魔女様ですな! いや、素晴らしい! グハハハハ!」


 重低音轟く笑い声を挙げる大男――皇帝カイゼルは、どこかズレているのか、将又はたまた、豪放磊落な性格からくる頓着とんちゃくのなさなのか、会ったばかりで未だよく掴めなかった。

 が、この時ミラは


(うわぁ……。絵にかいたような胆力推し。……はぁ、早く終わらないかなぁ。)


 などと、うわの空であった。

 微動だにしない近衛騎士数十名が居並ぶ中、重厚な雰囲気を物ともせず、高尚な笑みを浮かべる下で、大魔女の興味が一向に向いてこない事を、目の前の巨漢は微塵も知らぬ表情で豪快に笑った。



―――――――――――――――――――――



 元の世界の、十万年後の未来……だって?

 なんだソレ?!

 信じられるか!

 ……信じたく無いわ!

 ……なんでこんな事になるんだ?!

 ……いや、ンな事どうでも良いんだよ!

 オリャ帰りたいの! 帰らなきゃいけないの!

 あの愛する家族や、仲間達の居る世界に!


 俺は内心の焦りを殺して押し黙り、妻や子供達、仲間たちを思う。

 皆それぞれの笑顔が、次々に脳裏に湧き出てくる。

 さっさと戻って、……会いたい。


 拘束されていたケージ(?)から、謎の液体が抜かれ入れ替わりに流入する空気の中、思いっきり肺から液体を吐き出す間にも、あっと言う間に身体が乾燥され、付着する様に身体の表面に下着やら上着やらが勝手に転送して着せられた。

 俺がそんな謎の技術に驚きつつ身体の拘束が解かれていく間、外の痩せぎすの女性(パメラ)中年の男(デクスター)は再び鳴り出した警報音アラートに戸惑っている様子だった。

 何やら空中のモニターを引切り無しにスワイプさせたり、時折短い会話をコンピュータ(?)いや、アレは……多分システム、というかAIみたいなものか。


 そこまで考えた途端、俺は唐突に思い出した。

 今まで俺をサポートしてきた筈の、AIの存在を。


[《AIか、…そう言えば…どうして俺は、今まで忘れていたんだ?》]


 思い起こせば、さっき彼女パメラ達に説明した、思い出話にすら相棒たるメディ君やレイの名も出さなかった……。

 俺一人では到底何も出来なかった筈なのに、俺はまるで最初から自分一人で思いついた行動の結果として語ったのだ……。

 それがどんなに整合性の取れない話か、冷静に聞けば考えるまでもなく判るだろうに、相手のデクスターやパメラは敢て疑問を呈する事なく、興味を持って聞いてきた。

 特にパメラの方は会話や物腰から判る、相当知的レベルの高い人物であろう事は間違いない。

 (彼らに取って)超古代人の俺が、一部とはいえこの時代のテクノロジーを使いこなせる訳が無いのだ。

 

 おかしいぞ……


 俺はこの時初めて、事態の異常性をハッキリと認識した。


 ひょっとして、こいつ等はAIレイの存在を最初から知っていたのではないか?

 それは寧ろ当然と言えば当然だろう……。

 そうでなければ、敢て疑問を流している意味が解らない。

 こいつ等はあの「超兵器内蔵の球」を特殊端末と呼び、作った張本人達の側の人間なのだ。

 何れにせよ隠している事が何なのか、他に何を知っているのか。


 俺は知らなければ為らない。

 愛しい我が家に帰る為に。

 例え事故だとしても、一度起こった事だ。

 再現出来そうな科学力は充分に持っている筈だ!


 俺はそう確信し、ケージが開放されるのを待った。


―――――――――――――――――――――


 検体スタイが拘束から解かれていくのを、デクスターはまんじりともせず見ていた。

 口の端が僅かに上がり、思わずニヤリとするのをそれとなく誤魔化すのにそれ程苦労はしない。


婆さん(パメラ)が居なけりゃなぁ……)


 心の底から楽しめるのに。

 そう思いながら、デクスターは自身のメンタルソースをシステムからフィルターした。

 コレ位は個人の権利の成せる業である。

 自ら古代人と称した、目の前の中年男に有らぬ欲情を抱くのは彼に取って致し方の無い事であった。

 検体スタイの身体データは既に飽きるほど見て知っていたが、意識が宿り動き出すとなると話は別である。

 こうなるともう、間違いなく一人の人間として意識してしまう。

 デクスター自身、ある欲求が俄然湧いてくるのを、彼は喜びを以て自覚していた。

 

(全体的にだらしなく緩んだプロポーション、神経質とは無縁そうな所々の贅肉。……イイね!)


 この時代より遥か前から、異性間への性的趣向以外に、同性趣向の者も市民権を対等に持っていた。

 ともあれ、異種族ですら交配のみ為らず、パートナーとして互いに認められている時代である。

 同種族同士の趣向など最早問題にすら為らない。

 なのでデクスターに取り、ソレを隠したことは一度も無かった。


 ただ、生まれた時よりシステムに体調は疎か、精神面までも管理され、右を向いても左を向いても、――自身がそうである様に――身綺麗でスマートな人達としか付き合いのないデクスターには、目の前の如何にも固体ソリッド然としていて、粗野としか言いようのない、特にメタボ体系の対象は、全く以て他になく”新鮮な人”、に映ったのだった。


 ちょっと不快な視線を感じ、振り向くと案の定、嫌な感じでパメラが此方を注視していた。


「……何か? 主任」


「いえ……貴方のさっきの態度……」


「…がイヤにしおらしい、とかですか? いくら何でも、私とて一人の人間ですよ。相手に悪いと感じたら、素直に謝る事もありますよ。」


「そ、ソレはそうね。……ごめんなさい。」


 そう言って、婆さん(パメラ)が俺への視線を外した時だった。

 出抜けに警報が鳴った。

 反射的に天井を仰ぎ見た後、モニターに視線を移しシステムの説明を待った。

 が、いつもの音声には煩雑なノイズが走り、聞き取れない。

 こういう時、通常なら思考波に乗せてイメージ投影されるのだが、それすら抽象的過ぎて、意味不明な画像が次々と現れては消え、余計混乱を招く結果にしか為らなかった。

 こんな事は異常以外の何事でもなく、何が起こっているのか情報を処理しきれず瞬間的に脳がホワイトアウト。

 透かさずシステムが介入し、強制的に知覚が促され、ハッ! と覚醒する。


(良かった、システム自体は正常な様だ。)

 

 何もかもが狂ってしまう等と云った、考えたくもない最悪の事態と云う訳では無さそうだ。

 冷静に考えれば、明かな不具合を示したのは今の所、音声解説と思念投射、の二か所だけである。

 それでもデクスター達に取っては異例中の異例なのだが、(即座に最適化されるだろう。)とそれまで繰り返されてきたルーチンを確信していた。


 だが、事態はソレから更に動いた。

 鳴り続ける、さっきより重要度の高い警告LVのヴォリュームに、不意に聞いた事のない不気味な音声が重なったのだ。

 その天から降って来る声に、デクスターは心底ゾッとする。


 自分の心拍数が跳ね上がるのを半強制的に認識させられるのが、こんなに嫌な瞬間はない。

 まるで大きな冷たい氷塊を胸に押し付けられたような、鈍く重く締め付けられる感覚……。

 自分が本当に、恐怖感に圧迫されているのを、そこでハッキリ自覚する。


 思わず振り向いて、青ざめるパメラの顔を、デクスターは至近距離で見てしまった。

 デクスターは酷く後悔し、二度とこんな近くで面と向かわない! と誓った。


 恐らくデクスターと同様、嘗て感じた事のない程の不安となったのだろう、お互いの不安に脅える表情それ自体が相乗効果となってパメラの顔に深く陰影を出してしまって……兎に角、恐ろしい事この上なかった。


 システムが激しい警告音を鳴らす中、いつもの冷静な音声を遮って、異常な出力でこの研究室へと浸透してくるソレは

 

『マスター……。マスター……。』 


 言霊となって響き渡り、繰り返した。


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