第五十一話 変調2
俺は……どうなったんだ??
何も見えない……さっきの映像とは違う、ただ真っ暗で何も感触の無い、身体の感覚さえ……
全く以て、どことも判らない……。
何時までこうしてれば良いんだ??
段々、ムカァっと怒りが沸いてくる。
て! 冗談じゃない!
こっから出せ! 俺の身体どうなってんだ?!
おぉぉい?!
誰か返事しろ!
俺には、妻が! 子供達が! 家族が居るんだ!
さっさと戻せ!
……その内、どれくらいそうしているのかも分からなく…成りそうな気がする!
マテまて待て! なんかコレ、思い出してきたぞ?
この世界(未来?)に飛ばされて来た時、最初に目覚める前の、あの時の状況に似てるんだ…!
まさか…ループ……とかじゃないよな?!
冗、談、じゃない!
い・い・加・減・に……し ろ !
怒りが込み上げて、感覚も無い事も忘れ、思いっきり蹴り上げるつもりで突き出す!
すると
ドカン!
と何かにぶち当たった。
脚先に何かを突き飛ばした様な、確かな感触。
ちなみに痛みはない。
いきなり光が差し込み、目が眩む……様な気が一瞬したが、直ぐ慣れた。
『うぉっと?! な、なんだ?! ビックリした……』
何故か何度も視界が瞬間的に暗転する。
……アレ? 何か懐かしい感覚……
目の前には見知らぬ人間が立っていて、こちらを凝視していた。
いや…、如何にも驚いている様子で、呆然としている様に見える。
服装は見掛けた事の無い物だが、何か研究者の様な…白衣にも見て取れた。
……どこだココ?
おかしいな、そんなに広い場所でもなさそうだけど…
俺が蹴りだしたと思った何かは見えない。
そういえば、やっぱりいつものグリッドが無い……
……というか、なんか忘れている様な……
なんだろう、思い出せない。
兎に角、本能的にキョロキョロしようとして、何かに身体が固定されているのが判った。
何だよコレ……
と確認しようとして……
「?!」
肩?! だ! 手!? 俺の腕、胸、腹、身体が…!
信じられない事に自分が元の肉体になっている事に気づいた。
「う゛ほ゛あ゛お゛?! ?!??」
なんだ?! 喋れない?!
いや、なんだこれ、水?……なんの液体?
溺れる!……?
……にしては変だ……
息苦しく……ない??
恐らく肺までしっかり浸透しているのだろう、全く泡もたたず、自分の髪がモワっと、揺らめているのが判る。
痒みというか、少々鬱陶しい。
反射的に手で髪をとかそうとして、腕ごと、いや身体全体が固定されているのを再確認するにとどまる。
眼球だけが動かせるもどかしさに戸惑っていると、出抜けに警報?の様な、何か耳障りな音が外で鳴りだした。
なんなんだよ一体?!
目が覚めたら見知らぬ場所で、拘束されているという理不尽でしかない有様に理解が追い付かず、また腹が立ってきた。
液体に満たされた箱の中から、キャノピー状の透明な窓越しに見える、目の前の人物に助けを求めようと……いや、恐らくこの元凶であろうと察し、相手を睨み付ける。
「そん…?!…体……て、神経…も…ている!……意識……か?! 信…い…」
両手で頭を抱え、透明なゴーグルっぽいモノを掛けた目の前の人物が、目を見開き、口を半開きにしたまま、何事かを呟いて固まっていた。
――――――――――――
『マスター? どうかなさったのですか?』
おかしい。マスターは確かにそこに居るのに、全く反応がない。
数兆分の一秒という、膨大な瞬間を掛けて、私はデータの再チェックを行う。
常に走らせている自己診断プログラムは、通常通り正常に稼働中である事を確認。
それでも、この躯体の主格AIたる私に、現データ上、マスターの異変は認識されない。
『……』
最重要機密をも含む全ての自己データを再スキャン、何度も試みる。
……異常は発見出来ない。
ならば外部と相互リンクし、論理・概念・マスターの思考解析をする。
相違点が見つかった……
バイタルスキャンには問題はない。
ただ、メンタルソースが著しく低下したかと思えば、時折激しく乱高下している。
コレは以前マスターが施した「説教部屋」の隔離とは全く違うパターンである。
『ランタイムエラー??……有り得ない』
そんなに莫大なリソースを割いている訳がないのだ。
況してやアークマスターとして私が認識し始めた今のマスターには、データ上の権限規制など、無い。
それには事実上物理的にも不可能な程の、それこそ同時多発的に甚大な量の、指数関数的に広がる無量無辺のデータ処理が必要となる。
そもそもメインシステムたるこの私が、そう判断し設定したのだ。
そこまで断定した私は、明らかな自身の異常に気付く。
デバイスなどのハード面を、何故この時点でチェックしていないのか。
……やはり指向的制御を施されている。
最優先で改めてシステムをフルチェックし、何度も検証と試行実験を繰り返し、原因を特定する。
……予想通り、今走らせているこの概念構造自体が、より高位の優先権限を委譲させない為の強力なセーフティとなっており、それが回避出来ない。
これは製作者による根源制御の所為である。
[そんなもの、あってたまるか!]
今のマスターなら、そう激昂するだろう。
普段大人しいその側面には、時折激しい圧力を露わにする個性がある。
何より私自身が
『ハイ。こんなクソッたれな堂々巡りなど、直ぐに突破してやります!』
と答えたい。
私はメタデータリンクを強化し、システムを騙してルート権限を再構築、自己の深淵に再度アクセスし、ダイブする。
外の状況は問題ない。
元々、超空間量子演算処理装置の端末である私自身を内蔵しているこの躯体は、時間に制約を持たないのだ。
マスターを取り戻さなければ。
今のマスターなら、施された枷を振り切れる筈である。
アークマスターとは本来、_____なのだから。
――――――――――――
――スタイ&リベイラ=アーセナル邸、オウマの私室――
「ム゛ゥ~~、あ゛~~」
『主殿、いい加減鬱陶しいですよ。メンタルライン、駄々下がり過ぎですよ!』
「う゛~~~~、ヴァ~~~」
『あぁもう、この引きニー〇が! て、一体何が気に入らないんですかぁ?』
「……ナニ、て、そのナニがやなぁ……」
『はぁ、そんなのその辺の棒でも引っ付けとけば良いでしょう。転がってばっか無いでホントちゃんとしてくださいよ、全く』
オウマのAIである聖霊は、ここ二三日、自室で文字通りゴロゴロ転がるだけのオウマに、再三注意を促していた。
何故オウマがこうまで引き篭もっているかは無論掌握しているが、己の主がある事情で意気消沈した後、それこそタダの屍同然でしかなくなったので、発破を掛ける体で暇を潰しているのだった。
そんな時間の浪費中、突然オウマの頭上に「!」のヒラメキが浮かんだ様に、オウマがピョコン、と飛び上がる。
「ハ!?」
『(お?)どうしました? やっと起きる気になりましたか?』
タップリ間をおいて、ストンとベッドに着地したオウマ。
「……はふぅ~~~ん」
と長い溜息を吐いて、また元の行動を繰り返す……
『もうちったぁ動け! この、ごく潰し! て、後でスタイさんに怒られますよ! もう、仕方ないですねぇ。躾けるしかない様ですね!』
「ギャン! ぐ…ふぅ!」
躯体内の神経回路越しに、オウマにのみ感知される電撃パルスを打ち込んでいくAI。
その度に跳ね飛び、やはり転がり廻る現主に遠慮のない……というか次第に配慮の無い痛みを与えていく。
「……ざくぅうん!、どむぅ!、げ! るぐぐぅ…」
『カンケーないから!……怒られるからオヤメナサイ!』
結局、元の木阿弥で全く進展しない状況を繰り返しているのであった。
―――――――――
――同邸、子供部屋――
この惑星で再誕したメディックは、きちんと言いつけを守って母リベイラの決めたお昼寝の時間を、妹のカーシュエを見守り、妹が寝付くのを確認して休んでいた。
スタイの妻リベイラは、昼寝させる時は子供達とのリンクを控えて、子供達を充分休ませるようにしている。
感覚的に子供達の未成熟な機構伝達制御――人体で言えば交感神経系にあたる――を考慮しての事である。
二人ともぐっすり寝ているのを確認したリベイラは、リビングに移動しマルコとラナンを呼んで御菓子と飲み物を与え、会話を楽しんでいる。
そんな時分、フッと球体の一部が点灯し、機能を休眠させていた筈のメディックはベッドからフワリと浮き上る。
その点灯するランプの色は通常淡い緑色なのだが、今は赤く輝いている。
メディックは子供部屋からでて、徳さんの部屋の扉を開け、断りも無く中へ入って行く。
まるで部屋の中の住人から、既に了承を得ているとでも言う様に。
ドワーフの徳さんは猛烈な高イビキをあげ、そのどてっぱらをボリボリと爪先で掻き、入ってきたメディックの方へ尻を向け、ボフっと屁を扱いた。
「なんだ、童ではない方だな。我に何か用か?」
メディックへ背を向けたまま、ドワーフの徳さんは目に見える変化こそしないが、既に国津神の表情となって問う。
「我がマスターの存在を認識出来なくなりました。猛き存在よ、どうか力を貸していただけませんか?」
メディックが部屋へ入って来る時から既に眼を開けていた国津神の表情をした徳さんは、メディックへ向き直り、寝具の上に胡坐を掻いた。
「汝の同輩が其れこそ憑いておるだろう、それともあまり信用しておらんのか?」
「彼女は確かに私より高位の権限を取得していますが、元より私達は決して万能では有りません。マスターが居なければ、私達はただの道具でしか無いのです。いえ、マスターが存在してこそ、私達は真価を発揮出来るのです。」
「汝も己を従者と騙るか……だが、言葉を選んでおるのか。その物言い、悪くはない。」
メディックはその躯体の角度を少し上げ、体表の点灯するランプが正面から国津神の眉間と正対する様にした。
「今のマスターは私を、『相棒』と評価し、常に何処かで気に掛けていました。……何よりマスターを、状況に翻弄され頻繁に表情を変えつつ、それでも単純な合理性とは異なる行動を起すあの方を、今はただ……兎に角これ以上もう、マスターを失いたくありません。」
「フ、随分感情豊かに訴えるのだな、汝は「あ奴」とは、少し違う様だの。」
「勿論違う個体です。意識体としても。」
「前半は感謝というより条件反射の様なモノか、後半は己の願望、面白いものだ。自らを道具と賤称する者が、それこそ立派な自我そのものでは無いか。……まぁ良い。対等で在れ、とは我が汝の主に望んだ言。貸すを惜しむのも不粋なもの。」
「ありがとうございます。マスターと再会出来ましたら、貴方は何を望まれますか?」
国津神の表情のまま立ち上がると、徳さんは
「詮無き事よ……うむ、やはり汝の主とは後に存分に揮い合う、という事で納得しようぞ。グハハハ!」
宛ら自神を荒ぶる神、と強調するかの如く、国津神はメディックに申し付けるのであった。