第五十話 変調
[重力制御だと?!]
ゲート最奥に出現したのは、巨大な脳ミソの様な姿をした異形の化物だった。
ソイツを中心に半円状の地面が窪み、雲霞の如く群がった魔族達をも巻き込んで、新たに出現した脅威に身構え僅かな時間滞空してしまったSTA部隊の機体をも、大地に叩きつけられていく。
「なんだ?! 機体が…」
無線が飛び交うも、無意識に此方がスキャンした、操縦席の操縦者達には、そう深刻なダメージは無い様子。
が、脳ミソの化物が前進してくると共に、広範囲の円状の領域が実質的な圧力を伴って迫って来る。
巻き込まれた魔族共はペシャンコに潰れ、その明らかに圧倒的な惨状はSTA部隊の機体にも魔力のバリアーごと襲い掛かっている様だ。
次々と機体達が浮遊力を失い、歪んだ大地にめり込んでいく。
空かさずAIの論理分析が思念として飛んでくる。
『マスター、空間異常の中心――敵対象の周囲に奇妙な変動力場を感知しました。……此れは重力子を媒介としたモーメントでは有りません。空間構造体中に異物を任意に強制注入する事で斥力を発生させた、『圧迫』に由るモノと推考。私達の用いる、重力子に干渉する制御体系とは根本的に異なります。作用力点へ到達するまでの工程にかなりのロス、結果ラグが発生しています。中間点の触媒には、この惑星特有の技術体系である魔素変性体に起因する「精霊」の存在が考えられ、それに依る干渉と断定します。』
グリッドに次々に小窓が浮かび、エネルギーの流れ等の解析結果が提示される。
確かに此方の用いる重力制御とは、大分違う過程で効力が発生している様だ。
強いて言うと、エネルギー出力に対して、効率が余りよろしくない。というか、随分非効率な力の顕現に見える。
今の所、機体に作用している力場が中の操縦者達に直接影響していないのを見ると、STA各機の装甲に施されている、刻印呪紋による魔力バリアーがちゃんと効いていると思える。
(とすると……機体その物に影響を及ぼしているのではなくて、周囲の空間ごと、その物に効力を発揮している、といった方が正しいのかも知れん。)
[納得した。多分この靄みたいなのが「反発」とか「押し出す」精霊といった奴じゃないか…? まぁその精霊に名前があるなら、そんな感じじゃないかってとこだけど。]
『承知しました。対象魔素変性体の量子帯域を特定。仮称IDを添付』
俺がそう呟いた途端に、AIに因ってグリッド上にはハッキリと視覚化され、一個体ずつがかなり小さ目な、色の薄い黒っぽいマリモの様な物体達が、脳ミソの化物の周囲のそこかしこに浮かび上がった。
『概ねその様ですね。…干渉工程を確認…解析完了。対象の特性を利用して思念波に変換が可能です。翻訳しますか?』
[あぁ、頼む]
返答する間に、地に落ちたSTA部隊に向かって、脳ミソの化物から伸びた無数の触手が強かに打ち据える。
「ちぃ!……飛べんのか! ク!」
「バリアーが効いている! コイツ、攻撃力は大したことないぞ!」
「各機、態勢を整えて反撃しろ!」
STA部隊が這いずりながらも片膝をつき、脳ミソの化物に砲門を向けた時だった。
【小賢しいわ! この有象無象共が!】
思念波に変換された悪意が、空から降ってきた。
グリッドに、脳ミソ化物の頭頂部(?)に乗っかった、星型をした何か妙なモノがズームアップされる。
[なんだアレ? ヒトデ? 目玉が付いてるぞ…]
『内包するエネルギー総量はあの場の中では桁が違います。嘗て地獄で解析した魔王の副官と同等かと思われます。』
グリッドに警告の標は無いが、成程大きな反応だ。
だけどそう驚くほどでは無い。というのも、厭くまで比較対象がこの惑星での力のピーク、スケール元が『国津神』という、AIが惑星最強種と断定した奴のモノなのだ。まぁアレはショウガナイ。致し方ないというものだ。
しかし其れにしても明らかに暗黒騎士よりも未だ小さい反応。
どうしても侮ってしまいがちになる。
ソイツから更に恨みがましい苛立ちの思念波が飛んでくる。
【愚劣で矮小な者どもめが! 我等【魔軍】の顕現口を塞ぐなど、ド奴の仕業か?!】
なんか相当頭にきてそうだが……ソレ、あれか? 数日前修復した空間の傷の事かな。
[それ多分俺だけど? 何か問題が?]
メラっと、ヒトデ型の魔物の魔力が膨れ上がるのが判った。
【誰が! 誰が口を開くのを赦したか! 身の程を知れぃ!】
脳ミソ化物の上で、憤怒やる方なしといった体のヒトデが吠えた。
途端に、形容しがたい、何か怒りの波動の様な波が此方に向けて放たれる。
如何にも地獄の業火、といった禍々しい黒い炎が俺に襲い掛かった。
【この、蛆虫め等が! 烏滸がましいにも程がある!】
干渉波を思念として受動している為だろうか、怒り狂ったソイツの思いがイメージとなって雪崩れ込んでくる。
【フン、永遠の業火に焼かれ、我が地獄の下僕となるが良い! フハハハ! 名誉と思い知れ!】
途端に奴の思念だろうか、俺の視界に血に塗れドス汚れた、赤黒い地獄の世界が投射される。
それは地獄に放り込まれた罪人たちが、拷問に苛まれ、後悔と懺悔、苦痛のみの瞬間が永遠に続く、単なる悪夢。
何より嫌悪するのは、其れを背景にヒトデの悪魔が延々と繰り出す、如何に罪人が無力であるかを責め苛む、言霊と化した言の葉の暴力の渦だった。
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あの阿呆が、遂に「現世人界」に出おったか……。
等活地獄の魔王副官、ベリス(自称)は呆れの嘆息を吐き出した。
相変わらずの激務の日々、あの「降臨した神」と「余所者」に破壊された閻魔宮も数年かけて元通りに修復(無論獄卒共に命じて)し、課せられた使命を全うしていたのだった。
何やらこの【魔界】と「現世人界」のゲートが塞がれた、など戯言を喚いていた様だが、相も変わらず暇な奴だ。
過去にその不敬な態度を我が主に咎められた阿呆など、最早どうでも良い、今はそんな雑事より…
と思いを巡らせる夜魔ベリス。
遂に我が主がお戻りになられる――
他の六柱の魔王達と共に、【魔】の神である【魔神皇】様の召喚を受けた、この等活地獄の長、夜魔の王【閻魔】様が、地獄の最下層より御戻りになる。と知らせが来たのだ。
元々殺伐とした日々であるが、どこか一抹の安堵感を覚えるのは何故だろうか。
群れる訳でもない、況してや人間の様に「絆」などといったコミュニティ意識など、欠片も持ち合わせてはいない筈なのにな。
或いは単に、我が身の事ながら、魔王の職務を幾許か代行してきた忙しさから、少しは解放されると期待しているのだろうか。
などと、何処か己の心境の変化を少しばかり楽しんでいる自分を自戒しつつ、主たる地獄の王【閻魔】の帰郷を待つ魔王の副官であった。
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「動き出しましたね。」
煌びやかな神の光が満ちる世界――神階にて、普く傅く無数の天使たちの中でも一際巨大な天使に敬服された、更に大きな二柱の神族が頷き合う。
その内一柱は静かな微笑を湛えて相方の先の呟きに応え、呟いた側は立ち上がり、天使達に向かって短く命令を下す。
「我等が原神『天帝』様の命を果たせ。」
『天津神様方の、御心のままに』
傅く天使達は一際大きな天使の返礼と全く同期して、一斉に踵を返し下界に散っていった。
踵を返した天使達を見送った二柱の神族の後ろに、何時の間にか光のカーテンを取り払うが如く、無数の神族達が浮かび上がる。
「さて、天使達は放ったが……魔王共め、珍しく同調しておる様だ。」
「然り、だが些末な魔軍胎動の事案など、天使達と我等が天啓で事足りる。」
「【魔神皇】などと嘯きおって……」
「所詮は下法の輩……。我等は大神様の命のままに。」
場を埋める無数の神族達の間で、思考が飛び交い、時折何故か周囲を探る様な鋭い目配せが興った。
天使達が大挙して居なくなったのを確認すると、神族達は漏れなく光のヴェールに包まれ、神階とは隔絶された。
その完全に仕切られた空間内では、神族達の口調や物腰はガラリと変わる。
全体としては巨大な貝殻状構造体の様な空間は、内部は更に幾重ものヴェールで区切られ、無数の気泡か、まるでブドウの房の様な有様である。
そんなある一部屋での会話。
「さて、あの異星機械はどうしようか?」
「その呼び名、気を付けてよ。『天帝』の耳に入ったら……何か気の毒だわ」
「『天帝』、か……ま、確かにそうなんだけど」
「勿論、『機神』の事じゃないさ。君、判って言ってるだろ?」
「誓って言うけど皮肉は一切ないわよ?」
「(ふーん)そもそもシステム上、この空間が、『この世界』に認識される事は有り得ないんだからさ。……寧ろその為に態々こんな場所設けてる訳だろ? 慈悲でも表現したいのかい? 正に『神』の如く」
「あら随分噛みつくわね、くだらない……。大体『慈悲』て、《仏様》じゃなくって?」
「痴話喧嘩はそこまでにしてくれないか。幾ら膨大な時間があると言っても、我々も多忙な身の上だ。」
「……そうね、お互い忙殺されているのは確かだわ。」
「悪かった、そこだけは同意する。ただ『慈悲』についての見識には、少々おかしな所がある様だけど」
「ハンッ!……」
「混ぜっ返すな。話を元に戻すぞ……私には、彼のものは特に害は無さそうに見える。が…」
「彼、この時代では……「星渡り人」とかいう称号化がされてるんだっけ」
「…三人称はともかく、異星のテクノロジーには興味があるわ。『私達の世界』とは明らかに技術体系が異なっているし、何より基礎情報の解析すら不完全なまま、なんだもの。」
「あの『機神』とも、全然違うしね。似てはいるけど」
「私には彼…いやもう一体いるのだったな。彼等の動機……何故『この世界』に訪れたのか、の方が不可解だ……気になる。」
「そうかな? 僕には、彼等は不可抗力で…つまり「事故」でここに来た、というのが一番有得そうだと思うけど? あの『機神』の子飼い、今は魔族側だっけ? と同じでさ。」
「あぁ、居たわね、異星文明体。あの頑丈さは確かに『この世界』では類を見ない組成だけど、構造そのものは充分に解析完了してるわ。こちらでコピーするには技術・コスト面で問題があるけど。」
「ふむ……何れにしても、一度は彼等に接触してみるしかないだろう。」
「う~ん、僕達が唯一対抗出来そうだと踏んだ、『この世界』の『神』の一柱である『機神』ですら、簡単に乗っ取ろうとした相手だよ? 慎重にやるってレベルじゃないんじゃないかなぁ?」
「かといって手を拱く訳にもいかんだろう。【魔族】の動きも活性化している」
「…其れに関しては別のセクションのお仕事だけど…。確かに…」
「情報解析が滞っている今、我々もアクションを起こす必要はある」
「判ってるさ。…【魔族】関連で思い出したけど、今複数のセクションが合同で取り掛かってる案件があってね」
「ほぅ?」
「それ……『天手力雄神』プロジェクトの事?」
「流石耳聡い。けど残念、僕が干渉出来そうなのは『建御雷之男神』の方さ」
「え、ホントなの? 随分強気に出たわね」
「既にかなり進行したプランだった筈だが……」
「うん。だから試行実験の名目なら宛てがありそうだと思ってね」
「……抜け目ないわね。一応、流石と言っておくわ」
「ありがとう。君にそう言われると背中がこそばゆいよ」
「……では、オーズ。その線で進めてくれたまえ。フリッグも夫を善く補佐して欲しい」
「畏まりましたわ。ニョルズ老」
「はい、承りました義父上」
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俺は目の前に投射される、地獄の亡者たちの唯々悲惨な光景に辟易して、いい加減動き出そうとAIに命じる。
[レイ、この鬱陶しい映像にはウンザリだ。さっさとカットしてアイツをブッ叩こう。]
が、珍しく間を置いて(其れでも数秒も無かったが)、AIが意外な返答をする。
『映像ですか? 周囲の状況を視覚化しない、という事でしょうか?』
[うん? …何を言ってる……この鬱陶しい地獄の光景だよ。さっきからアイツの思念波を翻訳してるんだろ?]
と、またホンのちょっとだけAIの返答が遅れる。
いつもはホントに打てば響く、ていうか間髪入れず、な感じなのにどうしたんだろうか。
『マスター、思念波は確かに翻訳しましたが、現在は通常通り状況モニターのみ映像出力しております。何か齟齬がありますか?』
[なんだって? いや、こっちのグリッドには…待てよ、そういやグリッドは何処にあるんだ……何かおかしいぞ。]
言ってる内にまるでカメラのフレーム枠の外側が暗くなる様にどんどん視界が狭くなり、自分の身体が重くなっていくのを感じた。
イカン、なにか……これはおかしい…‥
AIに緊急回避プロトコルを命じようとした次の瞬間、俺は意識を失った。