第四十九話 襲来
――イブスと再対面したあの当日、家に帰って当事者の一人であるミラへ事情を説明し身柄を預かる旨を説得した際には一悶着あったのだが、ナノマシンから取り込んだ記憶の通りに、イブスに其れまで何が起きて今はどうなっているのか詳しく動画にして見せると、なんとか飲み込んだ様子でミラは大人しくなった。
まぁ、終いには心底呆れた表情をされたが。
一悶着と云えば、オウマが随分気落ちした様子で帰ってきたが、宛がった部屋に引き篭もってしまい、それからまだ出てこない。
バイタルに問題は無いのでAIに任せているが、メンタルパターンにちょっと不審な点を見つけたので、イブスをウチに引っ張ってきたら話をしてみようと思う。
徳さんは言わずもがな。相変わらず呑んだ呉れている。
メイリーダも日に何回かウチと迎賓館を行き来している様だが特に問題はなそうである。
俺に取って目下の頭痛の種は、イブス達の件だった。
無論実子であるマルコにも事情は話している。
こっちは最初こそ信じられないといった顔をしたが、兎に角早く会いたいと一緒に行く申し出をしてきた。
[気持ちは判るが、直ぐに家に連れて帰るから。]
と俺はその申し出を却下した。
実際ウソでは無いし、何よりミラの心情を思うと、何となくフェアじゃない気がしたからだ。
ラナンはウチの子ども達と直ぐに仲良くなり、妻と一緒に毎日何処かに出かけている。――
数日経ち、イブスの身柄引き渡し申請が受理されると、俺は再び軍警察機構へ赴き、イブスを迎えに行った。
あまり前例がない事例との事で、かなりの枚数の細々(こまごま)とした手続きをやっとの思いで終え、俺がイブスを連れて軍警察機構管理センターから外に出た時だった。
『マスター、次元境界接地点と診られる空間湾曲反応を検出しました。出現位置を特定。自立センサーと同期します。』
躯体からホログラフィックなAIが飛び出し、驚いたイブスを尻目に俺は思わず呟いた。
[うん? なんだこの反応……近くは無い、けど遠いって程でも無いが?]
突然立ち止まった俺、と云うよりは聖霊姿のAIに驚いたイブスが一声洩らす。
「!……聖霊様を従えて居られるとは……流石は『我が神』……」
[…えっと、其の呼び名は辞めて欲しいンだが…それよりレイ、これなんだろう? なんかドンドン大きくなっていくぞ?]
「Oh!……my god!」
意味不明の言葉を発するイブスには後から言含めるとして、俺はAIに解析を促してみる。
これまた数秒と経たず即答するAIの答えに、俺は戦慄を覚えた。
『マスター、次元境界より空間連続帯へ干渉する力場が発生。魔素変性流主体のこの特性は、嘗て訪問した【魔界】及び【地獄】のデータと符合します。』
『続いて物理特性の一部変質による時空振反応検出。……此れは意図的な現象と判断します。空間位相を一部書き換え、回廊、一種のワームホールが形成されました。……特異点現出、質量増大。此方側の重力特性をある程度キャンセルして、強引に何かが複数出現しようとしています。』
[なんだって?!]
て、おい……そりゃ【魔族】て、奴等じゃないのか?!
兎も角俺は、傭兵契約を結んだ際にサインした議定書に則って、特定機関に情報を伝達する。
意外にも即刻依頼が返答された。
――人類軍派遣事項と断定、承認。貴殿には現場にて早急に情報の真偽を調査の上、報告されたし。尚、STA部隊の出動要請を認可、受諾済みである。最悪の場合、部隊と連携して可及的速やかに然るべき対処を求む――
即決は構わないが、流石に腰が軽すぎ……いや、元々こういう事態に備えている戦時下だ。
多分、新兵器群運用の実戦経験も積みたいのだろう。
イブスはどうしても俺に付いて行きたいらしく、結局防護フィールドを施して連れていく事にした。
今更囚人管理部に出入りするのももどかしかったから。
其れから俺は、一刻も早く事態を把握するべく無言で現場に飛んだ。
――――――――――――――――――
「一体なんだい? この物々しい警報は?」
如何にも騒々しい警報が発せられる中、団長の幾分暢気な口調に、アマゾネス貴下の部下達が何処かホッとするのも致し方ない事ではあった。
軍事行動と騎士団では、その行動規範は似て非なるものである。
況してや其れが異国で、充分な説明もない状態で出抜けにけたたましいサイレンが鳴り響いては、幾ら誉れ高い精鋭の騎士団とあっても、どうにも身動きが取りづらいのだ。
実際聖導王朝訪問団には、この時点で未だ詳細は伝わっておらず、要塞内の格納庫で相変わらずの操縦訓練に勤しむ候補者たちを、分厚いガラスに仕切られた別室の俯瞰から眺める警護対象の横に待機するしかないのが現状だ。
異国で勝手に諜報活動など軽々しく出来ないのである。
尤も、警護対象であり且つ大元の命令指揮権すら持つクリストフが至って落ち着いている為、それ程の不安要素を感じていないという事も大いにあるが。
「……直ぐに知らせが来るでしょうが、此方にももっとオープンにして戴きたいものですな?」
クリストフの抑えながらも詰問調な溜息に、手にした情報端末板から顔を挙げ、幾分緊張した面持ちで応えるマックス軍曹。
「恐れながら申し上げます、閣下……。遠方にて【魔群】発生の兆し第一報が入りました。現在調査部隊が急行中とのことでございます。」
彼女はこの三日間、交代する要員を悉く断り、自ら志願してずっとクリストフに付いて来た。
薄々感じてはいても、其れでもクリストフは相変わらず彼女個人には興味なしとばかりに一瞥し
「其れから? 未だあるでしょう。」
と先を促す。
「ハ! 我が帝国人類軍は新鋭部隊であるSTA部隊の即時投入を決定しました。此れをより恰好の機会と捉え、殲滅部隊として出撃させます。」
「ほぅ、其れは……確かに即決ですな……素直に驚いておりますよ。成程、実戦経験を積むいい機会です……いや失敬、中々に準備されている模様ですな。」
軍事行動としての即応に少しばかり驚いたのか、クリストフは目を細めた。
「恐縮です。何も憂う事はございません。……それに閣下には密に情報を提供する様承っております。」
その言動がまさか彼女の独断に由るものとは毛ほども考えなかったが、クリストフが手渡された情報端末板を宛がわれた士官専用卓にセットすると、空かさずマックスがニ三操作し戦略情報作戦司令部のメインモニターが表示された。
一瞬、訝しむ表情をしたクリストフだったが、敢てマックスの好意に任せる事にして寡黙に状況を見据える。
(この娘、まさかとは思うがな。)
軍上層機関たる作戦司令部のリアルタイムモニタリングなど、本来機密中の機密である。
幾ら同盟国の王家の人間とはいえ、正式な許可も無しに勝手に覗けるものでは無い。
が、人が管理している限り、規則は破られる事があるのも事実。要はバレなければ良いのだ。
通常なら戦時下でも早々考えにくい情報開示だが、確かに其れを覗き込むクリストフ本人が黙っておけば未だ事足りる事案ではある。
それにこの事が上にバレる前に事後承諾の形を取れれば、不問になる可能性は充分にある。
……などと、もしこの娘がそう楽観しているのなら、それは組織人として致命的なミスだ。
一下士官風情に用意できる回線では無さそうだが、その点は大した手腕だと褒めても良いだろう……
ただ懸念すべきは、最早執念の様なモノすら感じる、クリストフに対する彼女の姿勢であった。
(一時の感情に任せて血迷わないで欲しいが……)
マックスの説明を背景に、階下では遠目に格納庫の扉が開き、帝国人類軍の新兵器たちが続々と出撃準備に入り、パイロット達が飛び乗り順次発進態勢に移行していく。
下ではさも怒声が飛び交っているのだろう、ドワーフ達が大口を開け、獣人族、天人族、人族の職人達が、其々何か矢継ぎ早に示唆しているのが見える。
其れを見て途端にはしゃぎだす団長を、必死で押さえるアマゾネス達を目の端に置き、
(そう云えば、イワノフ公の愛娘は相変わらず女怪の指揮には不可侵か……杓子定規、まぁ律儀といって於こうか。……その点では未だ……)
目の前の下士官の方が可愛気がある。
とクリストフは漸く生娘に興味を持ち始めた。
―――――――――――――――
何も無い空間を文字通り叩き割り、中から出てきた紫色の体表を持つ二本角の魔物が、大声で喚き出していた。
空路でショートカット(要するにただ飛んできた)した俺は、イブスを包んだ防護フィールドごと其のままステルスを展開し、状況を観察している。
到着した際には空間に大穴が開かれ、今喚いた奴が出現しようとしていたが、先ずは何事かを見定め様と思ったのだ。
其の内続々と中から出てきた魔物の数、大体300匹くらいか。
『未だ反応は途切れていません。もっと増えるかと。危険度はありませんが。』
AIの言葉通り、ドンドン出てくる。
あっという間に小さい反応の奴らが数千匹になっていた。
大き目の反応の奴がその百分の一てとこか。
うーん、大した個別反応も無いな。
一際大きい奴でも一匹一匹は、未だ暗黒騎士の方がよっぽど強いかな。
内包するエネルギーと言うか、力場の様なモノのスケールが全然違うのだ。
[見てくれは立派だけど、ただデカいだけ……。後は数、てトコだな。]
俺が何の気なしに言うと、側らでイブスが目を爛々とさせ此方を見ている。
[…何か?]
「いえ! 我が神よ。アレ等は本来魔界の住人。こちらで顕現する為に何か依り代が必要だった筈です。其れが何なのか判らない内は手を出さない方が賢明なのですが……。そうです! 私達人間の尺度で考えるのは無駄でした! 純粋にアレ等を文字通り蹴散らせる力さえあればそんな事はタダの杞憂なのです! 流石は『我が神』! あの化物共を見ても、全く動じないとは!」
俺は一息フゥッと洩らすと、イブスに言った。
[ねぇ、イブス君? その呼び名、ヤメてくれないかな? マルコ達とも一緒に暮らすんだし、名前で呼んでよ。俺堅苦しいのは好きじゃないからさ。]
「おぉ、お許しください『我が神』よ。思し召しのままに致します!」
[ちょ、だから……]
埒が明かないので、一旦無視して一応そのままの情報を軍戦略情報部へ飛ばす。
既にSTA部隊が此方に向かって発進しつつあるとの事。
んじゃ、そっちに任せてみるかな?
どうもさっきから人類軍のお偉いさん方が実戦データを取りたがってるのが見え隠れしてねぇ……。
お? 何かしやがるなアイツ。
『観察対象の体内で急激な温度上昇を感知。排出された場合、付近の森林が焼き払われるでしょう。』
修業時代に散々狩ってきた、大型魔獣のブレス攻撃にも似た破壊手段。
こいつ等の依り代、て魔獣たちの事じゃないか?
尤も、小さい奴等の方は汚泥の様な、魔素の塊が具現化しているみたいだが。
[どうすっかなぁ。まぁ、一応帝国領土内だしオイタは阻止しておくか。]
『承知しました。オートキルモードで対処します。』
[あ、ソレだと全滅しちゃうから俺だけでヤルよ。寧ろ倒してしまわない様、手加減モードにしてくれ。]
『畏まりました、マスター。』
俺はポカンとした顔のイブスを離れた場所へ滞空させ、自分のステルスを解除して今まさに火を吐かんとする六本脚の魔物へ接近していった。
―――――――――――――――
あぁ! あぁ! 我が神の、何たる圧倒的な力か!
あの化物共を見ても全く動じない、到底底の見えない……否それこそ不実と謂うモノだ。
部族の英雄、暗黒の騎士フリード様の強さも重々知っているが、このお方は最早次元其の物が違う。
目の前の化物たちは、元々私達人間にはとても手に負えるシロモノではない。
嘗て自分達自らが召還契約し、この身にも宿した魔物達とは一線を画す「格」を有している者共だ。
其れこそ地獄の侯爵と名乗ったあの大悪魔、死霊ダンタリオンに匹敵する魔物達……
なにより雲霞の如く悍ましいその数を、我が神は、事も無げにあしらわれている!!
……それにしても何故、一思いに消滅させないのだろう?
この方に取って其れが容易い事など幾ら私でも判る。
……いや、この御方の為さることだ、私如きが測るなど、烏滸がましいにも程がある。
と帰結した時、空中から轟音を靡かせて観た事も無い異形の甲冑兵が飛来した。
―――――――――――――――
「待たせたかな、スタイ殿!」
無線ではなく外部スピーカーから直接大音量を轟かせ、汎用型STAの機体が飛来、そのまま地上の魔物をまとめて十数体なぎ倒した。
[誰かと思ったら、ソロムコ隊長殿じゃないか!]
《……作戦任務中です。無線に切り替えて……》
作戦本部オペレーターからの注意だろうか、慌てて無線通信に切り替えたのか、ノイズ走りの音声が俺のグリッドにて再現される。
《失敬、今は隊長の任を解かれて機動部隊の小隊を任されています。よろしく頼み申す。》
うむ。と同意して見せるも、その横から数条の火線をばら撒き、既に万単位になった魔物の群体に、野太い線上の空洞を数本空けた火力搭載型の機体から此方に向かって無線が飛んできた。
《へへ、俺達も居るぜ、随分久しぶりだな! スタイよ!》
[《おぉ、その声はグラバイドか! いよぅ、久しぶり! アビゲイルも?》]
《そうさ、相も変わらずね! そら!》
此方は特徴的な蝶型のコンバータを背負った薄紅色の機体が、専用武器から発射された砲弾がマジックミサイル状の鋭い曲線を描いて、大口を開けた大型の魔物を数十匹単位で的確に粉砕していく。
《オマエ達、戦場ではしゃぎ過ぎだぞ。》
斬! と更に大小纏めて魔物を数百体薙ぎ払った機体からはグスマンの無線がくる。
既に懐かしいな、このノリ。
パーツ毎に濃淡で色分けした茶褐色のその機体には、大小六枚の機動楯が接続されている。
フル装備では確か十二枚だった筈だが、整備が間に合って無かったのかな。
其れでも全然余裕はあると思うが。
[《ダスティン達は間に合わなかったか……》]
《奴さんとこぁ、子供生まれたばっかだからな。まぁ、暫くは大人しくさせとこう、てな。》
誰に言うでもなく思わず呟いてしまったが、律儀に返事をするグラバイド。
こういうグラバイドのマメな所は結構気に入っている。
そうそう、根は真面目な奴なんだよな、コイツ。
――戦場は既に人類軍STA部隊による魔物群蹂躙劇の様相を呈していた。
何せテストタイプから改良を隔て一部小型化された、とはいっても制式量産化されたこの機体達は、やはり10mを超えるのだ。
サイズ、パワー共に巨人族とも単騎で対等以上に渡り合え、その対空機動は飛竜を軽く上回る。
一律複座型だった操縦席は、タイプ別に単座式、複座式に別れ、単座式の操縦密度はかなり上がってしまった。
複座式はテストタイプ同様14m程、火器管制を要する火力タイプと複数の機動楯を装備する防御特化型の機体である。
単座式は汎用型二機種と、変形機構を持つ速度重視型の計三機種で、より小型化され10m前後である。
尤も単座式に関しては、手持ちの専用武器へ火器管制がほぼ内蔵規格化された為、ロックオンに慣れが必要なくらいで、操縦系は潔く最適化されている。
訓練さえ十全なら、複雑な機動も流麗にこなしてしまう。
尤もそれも、メルキゼデクが用意しつつある、独自開発の機動兵器群からのフィードバックが活かされているのが要であった。
ただ名目上は未完成な為、未だその機動兵器の全容は明かにされていない。
が恐らく機神による『天啓』の下、ほぼ完成に近い状態だろう。
真相は長老議会議員の一員、義理の父たる師匠ならば知っているだろう。
技術体系の異なる異星文明の産物とは言え、電気的物理的な制御はある程度似通っているものと考えられる。その内是非見せて貰いたい物だ。
戦場を空から眺めつつ、そこまで思案し俺はふとイブスを視界の端に捉えた。
いい加減、拡大しつつある戦場に晒すのも危険か、と思いイブスを回収した時、AIが報告してきた。
『マスター、個体反応に極大のモノが現れました。明らかにこれまでの評価点とは内包総量が違います。』
凡そ一万匹は屠った筈だったが、出現ゲートと化した次元境界面の更に奥の方から、目に見えて黒い大きな悪魔が出現した。
ダンタリオン級とは内包するエネルギー総量が全然違うソイツは、STAを上回る巨大さで魔力の膜を展開し、続いて今まで見知った魔素流とは違う力を発揮し、付近の領域ごと取り込んで圧力を以て威圧してきた。
[コイツ……重力制御か?!]
この世界で初めて魔法とは異なる、寧ろ俺達に取って馴染み深い物理実行力を持った相手に、俺は褌の紐を絞めるという言葉を久しぶりに思い出した。




