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第四十六話 父たる者の癒し

 俺は帝都を見下ろせる一番近くの山麓へ降りると、亜空間バリアを解除した。


 さっきの場所からはかなり離れている所為か、こちらは早くも陽がかげり夕刻の街並みを日陰が色濃く縁取っていた。

 その帝都の隣にはほぼ同規模の広大な敷地を持つ超巨大軍事要塞アルペンストが並び立つ。

 如何にも現代的――というより最早近未来的といった感満々だが――堅牢な外壁で厳重に区分けされていて、帝都の民家などと比べると一つ一つのスケールが違いすぎ、フラっと遠近感がおかしくなりそうだ。


[なんだか随分久しぶりに帰ってきた気がするなぁ……]

「実際一か月は経ってるもの……やっと子供達を生身で抱けるわね。……存分に甘えさてあげないとね。」


 後ろではマルコとラナンが何がどうなってるのか判らないと言った様子で呆然と立っている。


「え……なにここ?! マルコみて! あそこ凄い! アレ、人が造った街なの?! あんなに大きな建物見た事ない!」


 と弾かれた様に早くも少女の方ははしゃぎ出した。

 確かにあのさびれた村しか知らなかったのなら、無理もないだろう。


「転移ゲート? を召還……いや生成した?! ……あんな、魔力の波動すら感じなかったのに……一体どういう……」


 マルコの方は未だ現実が飲み込めない様だ。


「ナニナニ……ほぅ~~、ええやんええやん! 聖都いうトコも人おったけど、こっちの方がごちゃごちゃしてそうやわ! おっ!……フヒヒヒ、アレ歓楽街ぽいやん? 一目で判るわ! ワイこっちの方が合いそう!」


 えぇぇぇ、そんなピンポイントでよく判るな?! 性欲センサー(?)全開かよ!

 よっぽどズームしてんだな……食い入る様に見入ってる。


「うわ……ゲッスぅ……オヤジ臭いて、こういう奴の事か」


 マルコの狼狽えに微妙な反応を示しかけたミラだったが、一転オウマのはしゃぎっぷりに毒づく。


[し、辛辣だね。……てかミラ、ドコでそんな言葉覚えたの?(ちょっと意味間違ってる?)…]

「え、読み物にのってるよ。今時の言葉ておもしろいしね!」


 ミラは手に持った情報端末をプラプラと振ると、肩から掛けたポーチにしまった。


「流石はミラ様、正しい使い方です。」


 女騎士メイリーダが、目を細めて頷いている。

 その視線の先には下卑た科白を吐き捲るオウマ、へ遠慮のない侮蔑の眼差しを向けながら。


「♪」


 オウマなんて判ってるくせに全くどこ吹く風。

 その奥では立派なアゴ髭をいじりながらドワーフ扮する徳さんが


「ふむ、随分大仰なモンを造りおって……まぁ良い。ワシは酒が……あそことあそことあそこと、流石に人が多い所ぢゃ。これなら呑むモノには不自由せんな。」


 アンタもか!

 まぁでも、特にオウマに関しては今更だよなぁ。

 別にパートナーも居ないし、そんなモンだろ。

 ……なんて、あんまり大っぴらには言えないんだよなぁ。妻の前では特にさ。

 俺には関係ないしぃ。


「でもどうしてこんなに離れた所に降りたの? もう少し帝都に近くても良かったんじゃない?」


 愛妻リベイラが尤もな疑問を投げかけた。

 

[いや、言うの忘れてたんだけどね。]


 俺は改めて聖都から皆を放り挙げた場所の事を説明する。


[実はさ、聖都を一望できるあの場所もそうなんだけどね。ココにも空間に傷があるんだよ。]

「空間に傷? てなにそれ?」


 ミラが喰い付いて来た。

 流石に好奇心旺盛な魔導の大御所、魔女だけあるな。


[うん、あの前の晩にね。ナノマシンを散布したのは話したと思うけど、覚えてる?]

「ナノマシン……て、あの精神的拘束を施すとかいう呪具の事? え? 昨日の夜からばら撒いてたの? ソレは初耳だけど。」

[あれ? そうだっけ? …いや、確かにあれもそうなんだけど別の役割を持たせた、とても小さな機械達の事さ。そうだね、そういった機械の総称をナノマシンと言うんだ。]


 俺は手のひらを上に向けてホログラフィックな映像を浮かべて見せる。

 物体の分子構造すら変換可能な、小さな微細機械群の形は各々様々である。

 ミジンコやゾウリムシ、クマムシみたいな姿に機敏な手足が生えた様な独特の形状。

 俺は其れが実際に何をもたらすのかまでを、早回しで動画にして流していく。

 元々はAIレイから教わった概念映像だが、今ならコレ位呼び出すのは俺も出来るのだ。


「信じられない……! コレって…」


 ミラだけでなく、少年少女マルコとラナン女騎士メイリーダ、最早ドワーフの徳さんまで興味深げに見守っている。

 

「ふむ、ワシらが知る、魔術や魔法とは全く違う原理。成程、異星文明の到達点ぢゃの。おもしろい。」

「……コレ、なんでも作り出せるの?」

『事実上解析が完了したもので再現可能な場合は、全く同じモノを複製コピーする事が出来ます。』


 おっと、AIレイさんが補足して来た。

 相変わらず空中にプカリと浮かんで豪勢な恰好。

 その横にもう一つのAIヨーコが寄添うと、さも当然と言った表情でのたまう。


『他にも役割を持たせる事で新たに設計、作成が可能ですよ。』

「…えぇ…其れは知ってたけど。それで空間の傷はどう繋がってくるの?」

「!」


 流石にリベイラには何度も同期してるから驚きは少ない。

 対照的にミラとマルコの表情の変化が目まぐるしく、ちょっと面白い。

 他の皆は殆ど聞き流してるっぽいけど。

 俺は頷きながら説明していく。


[あぁごめん、話が逸れたね。……元々散布したナノマシンには再生自己修復は勿論、自己増殖機能も備わっているんだ。さっき映像で見せた様にね。]


 そもそもナノマシンをどうやって修復、構成するのか?

 て話だがそこまではメンドクサイので割愛する。

 実際更にもっともっと小さな単位のモノも、其れこそ量子領域をも変成させる機構もあるのだ。

 一応機密だしね。


[更に俺の躯体には単体で惑星探査をこなす機能があって、軌道上……つまりかなり離れた所からでも星の中心部を覗いたり出来るんだ。]

[まぁ、正確な測定と緻密な計算と豊富な経験則からの予測、があってのモノなんだけど、遮蔽ステルス機能が発揮されているモノでも、余程の興味さえあれば実は強引に覗けたりする。]

「……」


 はい、もちろん全部、AIレイからの受け売りですが何か?

 てなわけで、ツッコまれるより先に話を再開する。


[それで昨日の夜、ある変化があった事で思い切ってこの星をスキャン……つまり透視したんだ。するとね、気になるポイントが結構ポツポツ出てきたんだよ。その一つがこの空間の傷……あそこに有るのが見えるかい?]


 皆は俺が指差す先を一斉に目を細めて見つめるも、発見できない様だ。

 まぁオウマだけは別だけど。AIヨーコが補正して見せているのだろう。同型機だしね。

 その中でドワーフの徳さんだけが何かに気づいた様に大きく目を見開いた。


「アレか! あんな小さなモノをよくも……しかもどうやら、ただの傷では無さそうだぞ?」

『流石にお目が高い。はい、仰る通り空間に出来た傷と言うより、異なる次元への裂けめと云った方が正しいです。』


 でもお高いんでしょう?

 なんてアホなツッコミを入れそうになるが、俺はこらえてAIレイに出番を譲った。


『多少遠隔地ではありましたが、一つ一つを分析した結果、あの次元の裂け目の向こうには既知の反応と未知の変化、此方とは物理法則が若干異なる領域があるのが観測出来ました。』

『その特徴は国津神様とオウマさんを発見した大地と大凡一致します。』

「それってどういう……?」


 ミラが戸惑い気味に問う。

 そりゃそうだ。行った当人たち以外は知らないからな。


[つまり、【魔界】の大気と【地獄】の大地さ。]

「!」

「正に魔物を産む穴、だったという事か。」


 マルコが目に見えて判る程ビク!と反応し、ドワーフの徳さんが溜息混じりに言葉を吐く。

 AIレイはそのまま続ける。


『あの裂け目が、この惑星に於いて自然発生的なモノなのか、何者かの作為的行動に因るモノは検証出来ていませんが、後者だとすると、恐らく座標を特定するアンカーとして作成されたモノかと思われます。』

[又はその自然発生的な穴を特異点アンカー変わりに使う、というのも考えられる。何者かがね。]

「アンカー? ……つまり印みたいなモノね。何となく分かる。」


 うんうんと俺はミラに頷いて見せた。

 ホントに出来る子だなぁ。

 オウマなんて全然聞いてねぇし、早く街に行きたくてしょうがない感じなのに。


『マスターから要請を受けて、私は対策を立てるべく、先ずはこの惑星全土に行き渡る様にナノマシンを散布しました。場所が離れている為ココには未だ到達していませんが、数週間後には中心部すら通り越して反対側迄浸透するでしょう。』

「どうするの? というか、何を要請したの?」


 確信した様な表情でミラが尋ねる。

 ホントはAIレイの提案を受けて、準備出来る事はしておきたい。て言っただけなんだけどね。


[勿論、手っ取り早くふさぐのさ。位相の波長をズラす(やらなんやらで)簡単に塞げる(らしい)。]

「……あぁ、そうか。だからあそこまで完璧に結界を補強したのね、レイ?」

『流石は奥様。お察しの通りです。』


 妻の呟きをAIレイが肯定し、ミラが更に突っ込む。


「どういう事?」


 と流れる様にAIレイが説明する。


『モデルケースとして実証したのです。元来「結界」とは外的阻害要因を遮断する為に用意されたモノと定義出来ます。特にあの事態では、内側に住む方々に取って却ってその方が良いのではないか、とも推論しました。改めて再スキャンしたあの瞬間、結界の中に存在した物体は生物も含めて初期値として入力していますので、事実上中から簡単に外へ持ち運び出来ますし、戻す事もなんら問題ありません。』

「……そこまで考えてたなんて……AIて、凄いのね。」


 そ、そうだったのかー。

 いや多分そうじゃないかと思ってたんだよねー。きっと、うん。

 で! えーっと。


[それじゃ、折角目の前まで来たんだし、とっととこの穴塞いでしまおう、レイ。]

『承知しました。マスター。』


 見る見る俺の躯体から何かが散布されるのが判る。

 空間の傷の真下に真円の幾何学模様が形成され、モコモコと盛り上がっていく。

 投影された裂け目を直ぐに取り囲むと、土と金属の入り混じった様な細い建造物が出来上がる。

 まるで何かの通信塔みたいだ。

 俺のグリッドには、目の前の空間に空いた小さな裂け目に、ナノマシン達が振動波を放射しだす様子が映し出され、やがて裂け目は完全に無くなってしまった。


「ほほぅ、スタイよ。もしかするとお主、これで魔族の侵攻を喰い止める一手を打ったのかもしれんな。さっきの村同様に。」

[そ、そうっすね! いやー、流石見破られちゃいましたか! ハハハ!]

「アナタ…!」


 妻の声で横を向くと、咄嗟にマルコがグッと硬く拳を握りしめたのが判った。

 いかん、調子に乗るとすぐコレだ。


[……君の人生を変えてしまった事は謝る。済まない事をしたかもしれない。だが、総じて君達を嗤ったのではない事だけは、解ってくれるとありがたい。]


 少年は大きく息を吐き、ソレから首を横に振ると


「いえ…貴方の言動を見ていると、まるで……敵だと思ってたのは僕たちだけの様で…それに一度は死んだラナンや僕を生き返らせてくれたのは事実ですし……そんな貴方に怒りは湧きません。」

「それに…嗤う?……あぁ、簒奪の民(ザルタン)の人に……そんな風に気を遣って貰ったのは初めてです。」

[そうか……君はもしかして……君がもし俺に本気で殺意を抱いたとしても、俺が其れで君を亡き者にする事はないよ。俺を恐れる必要は無いんだ。それにココにはまごう事なき本物の神様もいらっしゃるからね。(荒神だけど)]


 未だ幾分肩で息をする少年を落ち着かせようと俺は言った。

 相変わらずラナンが隣につき、マルコを気遣っている。

 オレの言葉の語尾に弾かれるようにしてマルコは叫び気味に


「そ! そこです。そうなんです! 神が! 神様が! 僕は……! ゴホ! ゴホゴホ!」

「マルコ! 落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だよ!」


 今まで鬱積していたものが一気に出たのだろう。

 余りにも感情の波に揺られて、言いたい事がいえず、咳き込んでしまった様だ。

 ラナンは健気にマルコの背中を擦るが、決して徳さんと目を併せようとはしない。

 妻はハラハラしながら、他の皆はじっと様子を見ている。

 オウマだけは何か言いそうになったが、俺は其れを遮り改めてドワーフの徳さん、否国津神を見据えて観念する様訴えた。


[国津神様、どうかお願いします。]


 ふっと一瞬諦めた様な顔をして、サイズは其のままで国津神に戻った荒神は、少年と少女を大きく手を広げて抱いた。


【先に行くが良い。我は迷い子を癒そうぞ。】

[は。仰せのままに。]

「大慈悲の御心のままに。」

「「御心のままに。」」

「おぉぉぅぅ。ワイこんな光景、生まれて初めてや……ほんま、心底感謝しまっせ。」


 踵を返して俺達は徒歩で帝都に向かう。

 もしかしたら早めに落ち着いて追いついてくるかもしれない。

 そう思い振り返ると、胡坐をかいた国津神が大きな岩に変化して、その膝に二つの小さな人影が見えた。

 大きな腕に抱かれて、二人は幸せそうに目を瞑っている。


 全く……やっと応えやがった。

 ただ請われるがまま、神様としての役割を演じているだけのか、俺には分からない。

 だけど、目の前にいる迷える民の不安を掃うくらいは、やって欲しいものなのだ。

 何故なら簡単にそれが実効出来る、力持つ存在なのだから。

 俺やオウマの居た地球では終ぞ実現する事は無かったが、ここには実在する。なら猶更だ。

 ただあの巨大な、猛々しくも清々しい神気に包まれ、雄々しい意志に諭されれば、其れだけで魂は、それを覆う心は、一新される体験をするに違いない。

 神聖な導きを得たと、心底安寧を感じられる。

 それ程確かな強烈な存在を体感し総じて「神」と崇め奉る。

 この星の民には、それが現実なのだ。

 況してや相手は文字通り、この星その物、父たる者(ガイア)なのだから。

 

 ――いつかリベイラ達に話せる日が来るかな?――

 俺は国津神から知らされた秘話を思い出しながら、目と鼻の先にある帝都への道を、皆とテクテク歩いていった。

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