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第四十五話 わだかまり

 少年少女マルコとラナンたちが規則正しい寝息を浅くし、目を覚ますのにそれから三時間くらいかかった。

 頭上にはフィルターを透した様な恒星の丸い球が、垂直より少しばかりズレた斜めから日光を浴びせている。

 こんな時まで仲良く二人とも身をよじり、各々素直に瞼を擦り起き上がる。

 周囲を見渡し状況をようやく飲み込んだ二人には無断でバイタルチェックをすれば、成る程健やかな状態である様だ。


「あれ…僕達は……そうか、もう……終わったんですね……」


「おはようマルコ。……うーん、なんかよーく寝た感じがするー!」


 一先ずホッとして、俺は改めて皆に帝都に向かう様告げる。

 すると少年の方が戸惑いがちに、だが徐々にハッキリとした口調で話し出す。


「あの、待ってください。……僕はラナンと一緒なら、帝都に行くのは構いません。ただ、それなら尚の事僕達の事をちゃんと知っておいて貰った方が良いと……それに皆さんの事も、まだよくは知らないので……」


「私も……マルコと一緒ならどこでも良い……です。それに、貴方が私達を生き返らせてくれたんでしょう? 私覚えてるの……ありがとう! マルコを助けてくれて本当にありがとうございます!」


「ぼ、僕も! あの、ラナンを助けてくれて心から感謝します! ありがとうございます!」


 マルコとラナンは深々と腰を折った。

 ほほぅ、なかなかしっかりとした良い子供達じゃないか。

 イイよイイよ、こっちも無事助けられて良かったよ。


 俺は笑顔の表情を出力すると力強く頷いてみせた。

 皆もホッと一息ついた様で柔和な空気が場を満たした。

 それからマルコの身の上話が始まった。


 ――その内容は極めて重く、正直言ってキツかった。

 初めて【闇の民】住人の内情を聴くに、またそれを訴えるのが未だ実質的に殺人を犯すなどの行為を行っていない子供視点からの発言は、決して全てを物語っている訳ではないだろう。


 だだ片方側だけを一方的に悪の権化と決めつけるのには、容易に賛成出来なくなってくる。

 それは少女ラナンに対する、元居た村の住人たちが彼女に何をしたのか、にも言える事だった。

 「敵対しあう」とはそういう事だ。

 ……流石にこの歳になると判ってはいた。


 だから思わずミラを見てしまう。

 やはり複雑な表情……というより、言いたい事をこらえている様子。

 無理もない、彼女こそ【魔】の眷属たる【闇の民】にトラウマを与えられた被害者なのだから。

 それでも今は黙って少年の話を聞き、水を差さないその姿勢に大人顔負けの忍耐強さを感じた。

 労苦を労苦として受け止めた上で、それを飲み下してきた経験則を持つ人間の姿だった。

 見た目こそ未だ幼いのに……なるほど大した大魔女様だ。


 我妻リベイラも露骨に抱き寄せる様な真似はせず、ただ優しく包む様にミラの手を握っている。

 向こうは向こうでマルコの告白の間中、少年の手をラナンがしっかりと握りしめていた。

 女騎士メイリーダには表情は無かった。敢て感情を面に出さない様にしているのだろう。

 この娘も充分大人だ。――


「さっきは頭ぶったりして、ごめんね。……痛かった?」


 ラナンがミラの前にきて頭を下げていた。

 その顔にはスッキリとした明るさがありつつも、ちゃんとミラを気遣っているのが判る。


「え……あぁ、別に……ううん、痛くなかったよ……全然!」

 

 虚を突かれたといった表情で返すミラは、それでもぶっきら棒に為らない様語尾を挙げる。


「良かった! ……ね、マルコ! この人たち、ホントに善い人たちだよ!」


 ニッコリと屈託のない笑顔になるラナンと、些かも戸惑いを見せない大魔女。

 流石、年の功……ミラに睨まれた気がしたがきっと気のせいだろう。

 他の皆も二人の少女に併せて和んだ表情で歩き出す。


 痛々しかったのは、寧ろその二人の様子を見たマルコの方だった。

 一瞬だが固めた拳を胸に添え、胸を撫でおろす様に……自分自身に何かを言い聞かせるように。


 いつかこの少年の心の内の確執が解ける日が来るだろうか……

 それにはミラの言い分も聞かせておかないといけない。

 そうでなければ其れこそ一方的な価値基準、決めつけで終わってしまうから。

 でも今は未だそれを口にする時じゃない。

 タイミングを見誤った、自己と相手をかえりみない主義主張など、単なる争いの素にしかならないのだから。

 そんな陳腐な失言はしたくない……

 この時ばかりは俺の内心は乾き、日光の元なのにどこか空寒く感じた。


―――――――――――――――


 村長のマルムスは英雄フリードからの力強い念話に驚愕を隠せないでいた。

 何しろフリードが伝える内容は少なくとも【闇の民】の歴史上、有り得ない提案であった為である。

 普段なら口にするのもはばかられるその主張は、明かに【魔】に対し反旗を翻す行為そのもの。


(おぉ、英雄フリード様……なんという事を……皆にどう説明したら良いのか……)


 ほとほと困り果てたマルムスは、フリードが直にこの村の民を説得するまで皆を落ち着かせる事すら困難だと感じていた。


「長よ! どうかしたのか? 暗黒の騎士(フリード)様は何と言っておられるんだ?!」


「・・・・・・し、心配いらぬ。今フリード様が此方に向かっておられる。皆の衆、兎に角落ち着いて待つのじゃ!」


 それから不安に駆られる村人たちを只管なだめ、英雄が直接話すべく皆の元に向かっている旨を繰り返し告げ、必死に表情を取り繕うマルムスには、何時の間にか呪術師の三人が姿を消していた事など知る余裕も無かった。


―――――――――――――――


 マルコの話が終わると、改めて


「コレからお世話になります。どうぞよろしくお願いします。」


 と、二人ともそろって深くお辞儀をした。


[あぁ、こちらこそよろしくね。ソレと残りの二人が戻ったら帝都に行くけど……そうだな]


 俺は一呼吸おいてマルコ達に念を押す。


[今まで感じて来た事を全部忘れなさい、とは言わない。ただ俺は無駄な争いはしないし、させたくない。それは判るかい?]


 二人はコクリと頷いて見せた。


[うん、よろしい。じゃあ皆、先ずは結界の外へ出ようか!]


「あの、そう言えばフリード様は?……」


[あぁ、君達が寝ている間に村に戻って行ったよ。]


「そう……ですか……」


 何となく少年の表情が曇ったのを見て俺は


[心配しなさんな。ちゃんと君たちの無事を確かめた上で、元気に戻って行ったよ。]


「あぁ……いえ、今までお世話になった御礼を言って無かったと思って……」


[ふむ、君は中々素直だね。まぁ多分……その内連絡が来るかもしれない…(面倒だけど)]


「え! 連絡が?! 取れるんですか?! 一体何があったんだろう……あのフリード様が気を許すなんて……」


[いやまぁ、ね? 多分だよ。多分…]


「……」


「大丈夫よ、マルコ。この人達信用してイイと私思う。あの騎士様と同じ感じがする。」


「うん……そうだね。君がそう感じたなら…」


「大分この人の方がノーテンキ? ぽいけど。」


「ブ!」


「ラナン?! ダメだよ、そんな事言っちゃ!」


[……一応恩人なんだが……君も随分素直だね。別の意味で……]


「ご、ごめんなさい! 私、頭悪くて良い言葉あんまり知らないの! 気分を悪くしたなら謝ります!」


[ハハハ! それはこれから覚えていけばいいんだよ。まぁ元気になって良かった。ハハ!]


「「アハハハハハ-!」」


 アレ? なに君らその乾いた笑い? ミラは判るけどメイリーダまで!

 ちょっと! myハニーも口抑えてんじゃん!

 ……ま、いっか。


 ――因みに地獄にて模擬(?)戦闘中の国津神とオウマにはAIレイを介して既に伝えてある。

 とっとと帰ってくるようにと。


 んで肝心の暗黒騎士フリードだが、アレから暫くは固まったままだった。

 が、やがてマルコ達が無事寝ている様子を念入りに確かめると安心した気配になった。

 それから何やら確信めいた表情で


「一旦、村へ戻る。」


 と言ってきたので、(別にこっちは待たないけど)あぁそう? と生返事しておいた。

 が、しつこく「一旦、戻る」と繰り返すので、仕方なく別途回線を設けて通信コードをフリードに教えた。

 訳なんて聞かない。だってもうお腹いっぱいだったから……


【貴様……いや……貴公とはいづれ改めて話をしたい……今は取り敢えず、礼を言おう】


 えー、いや別に話さなくてイイっすけどぉ? こっちも忙しいんでぇ……

 手のひら返しキター!

 とか言う雰囲気には流石に見えなかったので、一応紳士的に頷いてやった。

 て、とっとと踵を返して駆け下って行きやがったし。――


 さてと、さっさと国津神達と合流して帝都に向かおう。


 AIレイが結界強化として念入りに空間湾曲を仕込んだ為、先ずは結界を出る。

 なにせ国津神達が結界内に直接転移して戻って来るのには、設定した亜空間パスコードを取得しないと座標特定そのものがほぼ不可能だと言う。

 いい加減、今更もたつくのもイヤなのでサクッと結界を抜け出す事にしたのだ。

 ご丁寧に次元境界まで折り込んだ限定空間湾曲なんて聞いて無かったが、そもそもなんでここまで手の込んだ仕様にする必要が? と問うと、


『結界が何の為にあるのか、それを加味するとこの場合セキュリティ対策として適切な処置と判断しました』


 まぁ……うん、そうだよね。確かに…?


『それもアルゴリズム解析では不可能な暗号化と複合化を施し、使用する度にコードは変更されます。……そうですね、マスターの時代的には公開暗号&秘密鍵にワンタイムパスコードをそれぞれ細分化スニペットして高度最適化リパッケージ、更に十重二十重に複雑化したモノ、と言った方が判り易いでしょうか。それでも最低限の仕様です。』


 いやもう判りません! 濃い説明はイイですカラ!

 相変わらずチンプンカンプンなので俺はもう諦めてそのまま流した。

 ご婦人たちも皆、途中から聞いてない感じだし。


 俺達がテクテク歩いて結界を抜けると、センサーが拾うまでも無く比較的近く、というか直ぐ目の前にいきなり大型の魔獣がうろついていた。

 

「べ! ベヒーモス!」


 恐怖に立ちすくんだ少年マルコ少女ラナンが悲鳴を挙げると、ソイツは舌なめずりをして襲い掛かってきた。


「まったく……」

「ジャマね」

「たたんじゃいましょう」


 スチャリと、女騎士が片手剣を抜くと瞬間的に加速し、流麗な動作で斬りかかるのが見えた。


《ほぅ、あの装備で。中々の瞬発力だ。》


 流石に先刻の暗黒騎士フリードの無拍子とは比べるべきでは無いが、その体術と剣術は人としてかなり練り上げられている。


「……フン!」

 

 白き影となった女騎士メイリーダが、魔獣の横を駆け抜ける一瞬の交差の後、全身から血しぶきを上げる魔獣。

 ズタボロになりながらも、それでも恐らく魔獣の全体重を乗せたであろう突進は直ぐには止まらない。


「まだオイタする気かしら?」


 そこにリベイラが立ちはだかり、魔獣は正面から蹴り上げられ、頭部ごと身体の半分を潰され軽々と空中に舞い上がる。


「せめて楽にしてあげる…★◇@”&’Ω$%!」


 短く呪文詠唱した魔女ミラに因って、空かさず魔力を載せた雷鳴が轟き、大音響と共に魔獣はそのまま空中で黒焦げにされ、地上に叩き落とされ哀れな残骸と成り果てた。


「……え?! ハ?!」


 なにが起こったのか暫く理解出来なかったのか、マルコ達二人はただ茫然と見つめていた。


「信じ……られない……私達、アレに殺されたの……」


 ピクリとも動かなくなった、元大型魔獣の死骸から目を逸らしつつ、ラナンは若干震えながら訴えた。

 対称的に、マルコは何処か未だ夢うつつの様な顔をして、目前の出来事をポカンとしている様にも見える。


[そうか。なら、仇が討てて良かった。]


「こ、……こんなにあっさりと……」


 漸く口を開いたマルコが呟く。


[君達がコイツに襲われたのは不運だった。だけど、それすら覆す強運を、君達はちゃんと授かった。今はそれで良いんじゃないかな。]


 所詮弱肉強食の世界は何処でも同じだ。

 奴が自分より強い相手に不埒で無謀な暴力を加えようとした結果である。

 まさかそれがマルコ達の仇だとは知らなかったが、それは偶々なのだ。


「!…?…!…?」

 

 少年と少女は其々二人して何かに気づいた様な、でもやっぱり…といった微妙な顔をして考え込んだ。

 俺はそこでさり気無く、妙な遺恨を遺さぬ様、


[この話はここで終わり。それよりこれから先の事を考えなきゃ…ね!]


 と話題を切った。

 すると狙ったかの様なタイミングで、AIレイが国津神達の帰還と、自立センサーが空間湾曲反応を知らせてくる。

 直ぐ先の空間に大穴が開き中から国津神とオウマが素の球体のまま出てきた。


[よぅ! おかえりぃ]


「はぁ~~! 参ったでしかし! ワイよう長い事……あんなんやっとられんわ!」


「クカカカ! スタイよ、存外こ奴、お主より骨のある奴かもしれんゾ?」


[ほー! それはよござんしたねぇ?]


「いやいやいや、もうアカンて。流石「神様」や……参りました云うとんですわ!」


 へー、あのオウマがねぇ。結構頑張ったのね。

 巨人だった国津神は見る見る分散して小さくなり、ドワーフの徳さんに戻った。

 にしても、国津神とオウマの会話中に後ろで一々顔色が変わる女性達の様子が面白い。


『ただいま戻りました! お姉様』


『おかえりなさいヨーコ。しっかり主のサポートをしたようですね』


『はい! それはもうバッチリと! そうでなければ流石に主殿では歯が立ちませんでした!』


「オイ待てや! ワイも頑張ったんやで?! そらもうゴッツぅ、(すぅっ!)エゲツないほどにやなぁ!」


『ハイハイ、無軌道にビーム撃ち捲ってましたねぇ。手数で押し切ろうとしたり、涙ぐましい程の焦りでしたねぇ、制御するのも一苦労デシター!』


「かぁ~! 判っとらんなぁ。男はなぁ、女の前ではカッコつけたいモンやねん。未だ生まれたばっかのジャリやししょうもないなぁ」


『アレ? 何やらムカつくんですが? お姉様、主殿に少しばかりお灸をすえてもよろしいですか?』


『ホドホドにするのですよ? いくらそちらの主殿が喜ぶからといって』


「は? なんやのソレ? ワイ、Mの毛は無いで?(フヒヒヒ!)」


『くぅ! なんたるメンタルリソース! 確かにこれでは単なる「ご褒美」になってしまいます……』


[ハイ、もうストーップ! 子供達も居るから!]


 純真な(?)少年少女たちは、目の前の有様を、この日何度目か判らない、ただポカンとした顔でみていた。

 とっくに女性陣は呆れてものも言えない様子……

 てなわけで俺は、徳さんとオウマに居なかった間の顛末を伝えた。

 それから俺は、少年少女たちも含めて皆まとめて帝都に飛ぶべく空間転移シフトを発動させた。

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