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第四十一話 漆黒甲冑の騎士

『ほら、主殿! 周り囲まれてますよ! しっかり!』

「っさいやっちゃなー。……こんなん、気張らんでも……へ、へい!」


 オウマがバリアーを展開した。AIヨーコに尻を叩かれて。

 センサーには主要構成が魔素変性体である、小さい反応が沸々と浮き出ていた。


 …やっぱりこっちの予想した通りだった。

 さっき俺が指示したのはそういう事だったのだ。


 すると(元)魔族側の少年―マルコと言ったか―が、現れたその魔物達をみて頓狂な声を挙げる。


「アレは!」


 キュッと、手を握る仲良しの少女―ラナン―の手を、安心させる様に両手で柔らかく包み、すっと離す。

 少年は、恐らく其れが自分達を守る防護膜だとは知らず、自らバリアを出て魔物に近づいていく。


「あ! ダメよ、外に出ちゃ!」


 やる気の無いオウマのバリアを補佐する方が良いか、別に物理壁を展開するのが良いか、リベイラが一瞬迷った時だった。

 オウマの怒鳴り声の裏で、リベイラは女騎士に目配せする。


「こらジャリ! 出たらアカンて!」

「レプラホーン! ゴブリンも! ……あれなら大丈夫、僕に任せて下さい!」


 自信ありげに何やら呪文を唱え、にじり寄ってきたゴブリンの亜種みたいな魔物に、鞄から取り出した魔法具を掴んだ右手を掲げた。

 その亜種レプラホーン?と呼ばれた魔物は、フラフラと近づいたモノの、マルコの呪文が終わると、ギョッとして後退り、直後に


「ギャッギャ!」


 と騒ぐと手にした小さな片手斧を振り回し、少年に襲い掛かった。


「マルコ危ない!」


 ラナンの悲鳴が響くも、カン! と、少年を追って側に来た女騎士メイリーダがレプラホーンの武器を払いのけ、反す剣筋でバッサリ斬り落とした。


「な?! なんで?!」

「少年! 何をやっている? 死にたいのか?! 早くこっちに戻れ!」


 手を引かれながらも信じられない、と言った表情でマルコは呻く。


「そんな…こんな事、今まで一度も……」


 バリアーの中に連れ戻されたマルコに、ラナンが直ぐに飛びつき、身を案じた。


「大丈夫? どこも怪我してない?」

「ありえない……村の妖精が…どうして僕を認識しないんだ…」


 様子を見ていたミラが、遠慮がちに溜息を洩らすと、徐に言った。


「(ハァ)……そのやり方じゃダメよ。それじゃ相手と同化して使役する術筋だもの」


「……え…?……」


「魔物を召喚、使役するなら、相手をちゃんと異質な存在だと認めなきゃ。…だって本質的には全く別の種類なのに、いきなり「俺はおまえ、おまえは俺、だから俺の言う事は何でも訊け」て言ったって、おかしいとしか思わないでしょ?「ナニイッテンダコイツ」って感じでさ」


「だって……今までずっとそうして……どういう事? 僕は……」


「判らないかな? アンタ、少し変わったのよ。少なくとも、もう【魔】に起因する『闇の民』では無くなったの」


 終いにはミラは、諭す様にマルコに明かしていた。

 無論少年にはそれが事実だとは受け止められず、混乱していく。

 するとラナンが、キッと眉を逆ハの字にして、ミラをコツンと小突いた。


「イタ! ちょっと、なにすんのよ?!」


 顔色を変えて女騎士が間に割って入る。


「ラナンと言ったか、このお方に手を挙げるなど!」


 が、ラナンは構わず尻上がりに声を張り上げて訴える。


「小っちゃいのにナマイキ! マルコを困らせちゃダメ! マルコは、村でも大人の人たちと同じ位凄いんだから!」

「マルコは私の事、皆とは違うのに助けてくれた! それに「今の」村の人たちだって、私の事受け入れてくれた! 皆すごく、すごーく『善い人たち』なんだから!」


 終いには声を震わせて涙混じりになりながらも、今までその少女がこんなに強く意見を主張する姿を見た事がなかった少年は、惑っていた混乱も吹き飛び少女を気遣う。


「良いんだ…ラナン、ありがとう。僕を庇ってくれて。お蔭で、少し頭が冷えたよ」


 あくまで優しく頭を撫で、ラナンを落ち着かせたマルコは、


「すみません皆さん。僕達の事は後からお話します。今はこの場を乗り切る方が先決です」


 実に神妙に、それでも少年らしい表情で真摯に訴える。その瞳に確かな決意を乗せて。


「判ってるじゃない。其れからアタシは別に、アンタたちを馬鹿にした訳じゃないから」


 フッと、強張らせた頬を解くミラ。それを見て警戒を解くメイリーダ。

 リベイラも頷き、事態を見守る事にしたようだ。

 その間にも、どんどん増えていくゴブリン達魔物は、何時の間にか百は降らない数になっていた。


「ふぁ~ふ、ちと退屈ぢゃ、ワシは好きにやるゾイ」


 全く機微を解しない徳さんは、そう言い放つと、又もや仰天の行為に及んだ。

 フン!と、一息鼻息を荒げると、森の木々や土から、小さ目の徳さん達がワラワラと湧現してきたのだ。


【???!】


 絶句したミラが一呼吸し、食い入るように目を見張る。


「なんや、またかーい! 芸の無いカミさんや……おっと! いきなりなんやのん? 雷カマさんといてくれや?」


 続くオウマの暢気な野次が、こめかみに青筋を立てたミラの放った雷魔法の洗礼で中断された。


【アンタ、ちょっと黙ってなさい!】


 ティンカーベルなAIヨーコが、ミラに申し訳なさそうに腰を折る。


『ほらぁ、主殿! 口は禍の元ですよ? すみませんミラさん。主にはキツイお仕置きを準備してますので今は……』


 リベイラは無言のまま、片手で頭を抱え二三度ゆっくり横に振っている。


「こ、これは何事か……!?」


 女騎士は開いた口が塞がらない様だ。


「な、な、なん……」

「うわー! ナニコレすごい……小っちゃいオジさんがいっぱい! こんな魔法初めて見た!」


 少年は呆気に取られて事態が飲み込めない様子である。

 何も知らない少女は素直に驚いて、はしゃいでいる。


 ドワーフの徳さんはさっさとバリアから出ると、分身(?)達と共に戦いに興じる。

 ただその姿はどう見ても、――相変わらず欠伸を噛み殺さず、如何にも退屈凌ぎと言った体で、片手間に魔物達を蹂躙していく――としか見えなかった。


―――――――――


 オウマがAIヨーコに尻を叩かれてバリアを展開した頃、暗黒騎士フリードは既に数十回にも昇る攻撃を繰り出していた。

 俺は既に仲間たちと距離を取り、奴が繰り出す斬撃、刺突、体術&拳撃、蹴り技、その全てを躱し捌く合間に、カウンター気味にチョッカイを出して相手の実力を測ってみる。

 その間、AIレイは無言のままだが、俺のグリッドに相手の行動解析をした各パラメータが表示されていく。特に警告は無い。

 

 が、――正直よくわからない。

 暗黒騎士が駆使する技やスピード&繰り出される破壊力には成程目を見張るモノがあるが、対応能力はそれ程驚くものではない。

 大体、初めて手合わせした時の師匠マノンと同じ位だろう。

 ならばドラゴンを打倒した(打ちのめしただったか?)と、云うのもあながち嘘では無さそうだ。 

 何故なら師匠の長い戦いの歴史の中にも、ソロで竜を討伐した記録があり、俺は其れを追体験したからだ。

 それを加味して考えると、今の師匠と比べるなら、目の前の暗黒騎士フリードは、総合力として恐らく互角未満、といったところだろう。


 尤も、奴の内包するエネルギー量を考慮するなら、話は別だが――。

 師匠マノンとの力量差は、あくまで格闘戦を主眼としてである。

 その点でも、俺は目の前の敵、暗黒騎士を軽んじてはいない。。

 奴の攻撃手段が、今見せている物理攻撃のみであるのか、未だ判らないからだ。


 実際、奴の攻撃の基点が、全て人と同じ四肢しかないにも関わらず、師匠と同様に同時十連撃を多角的に叩き込んでくるのは中々大したモノだ。

 単純な反応速度だけなら、あの時の師匠を上回ってはいる。

 其れも一撃一撃が決して軽くはない、本来恐るべき破壊力を持つのだろう。


 今も俺が躱し捌いた、奴の打撃や斬撃の衝撃波だけで、近くに自生している攻撃に晒された延長上の樹は数本纏めてなぎ倒され、周辺は刻々と更地に代わっていく。

 が、其れだけなのだ。こちらに虚を突かれて反撃された時の反応はほぼ直線的で、悪く言えば馬鹿正直。


 俺のAI、レイに因って機能障害をクリーンアップされ著しい最適化アップデートを施された今の師匠の方が余程機知に富み、切り返すバリエーションにも枚挙の暇がない。

 フリードが身に纏う黒いオーラも、量子帯域を丸ごとシールドしている今の俺には、元から全く効いていないのである。


 ……師匠の評価がSランクでも歴代最強と謳われる所からS++と換算して……

 俺はこの暗黒騎士をS+クラスと認定評価した。

 まぁあくまで独断だけど。

 俺は此れ以上付き合うのは時間の無駄、と割り切って話をしてみる事にした。


[なぁ、そろそろ辞めにしないか?]


 またも訊く耳を持たず、高速連続斬撃を肉迫して繰り出す暗黒騎士に、いい加減話を聞いてもらう為、俺は力を込める。


【戯言は聴かんと】


 暗黒騎士が力を溜めようと大幅に後退した瞬間、俺は逆に奴に急迫し、辛うじて反応した相手の腕ごと真横から殴りつけた。

 

【言っ[俺も言ったぞ。互いにとな、と!]


 ドーン! と、くの字に曲がり吹き飛び、向こう側の山麓に叩きつけられるフリード。

 衝撃で出来たクレーターにめり込んだフリードは、それでも僅かに身じろぎし、真横の穴から地面に転落した。


《ほぉ!……中々どうして、大した防御力じゃないか。頑丈な奴だ》


 グリッドに拡大表示された映像を確認した俺は、そのまま一足飛びにジャンプして後を追い、転がったフリードの足元に着地する。

 そのまま身動きの取れない暗黒騎士フリードに重力フィールドを押しあて、奴が潰れない程度に抑えつけた。

 

【グッ!】

[立つな! ……今は黙って、俺の言う事を訊いてみろ。]


 初手からとっくに俺はフリードをスキャンし、その構造解析をほぼ終えているのだ。

 物理的にどれくらい迄の圧力に耐えられるのか、大体の見当で出力を調整し、自分の目算が間違っていない事を証明できた。

 まぁ、ちょっとだけ腕に損傷が見られる様だが、アレは殴りつけた時に出来た凹みだ。

 ……不可抗力だな、うん。


[おまえさん、この星の原住民ではないんだろう?]


 苦々しい気配が相手のオーラから滲みでてくる気がした。

 序でに奴が俺を相当強く睨み付けているのも、漆黒の仮面の奥に浮かんだ、更に真っ黒な双眸の細長い二つの赤い目線から感じられる。


【やはり……貴様も……そう…なのか】


 思った通りだった。この惑星原産の機械人にしては、機構メカニズム自体が違う。

 なんと云うか、基本構造の構成概念その物が違っていたのだ。


[その大仰な鎧には、中身が殆ど無い……多分装甲の一枚一枚ソレ自体がおまえさんの断片で、アンタその物……。そんで内部の、大部分の空洞がエネルギーを制御する隔離力場て所……かな?]


 一瞬、暗黒騎士が躊躇……いや驚いた気配を発した。


【フン……解析して懐柔するつもりか。くだらん】


 またも忌々し気に此方を睨むのを感じる。

 俺は素直に今の気持ちを訴えてみることにした。


[くだらんのはお互い様だ。……なぁ、もう判るだろ? 俺はこの星に取っちゃ、ただの……余所者(ストレンジャー)だ。]


[だから、この星の現地人への極端な思想には興味がないし、関係ない。]


 素直な感情を思念波に出力し、更に魔力を乗せてストレートに相手に投げかけてみる。

 俺は元来、余計な敵を作って、余計な手間をかける気は更々ない。

 何より無駄で面倒くさい……そういう性分なのだ。


【……貴様がそうでも、他の奴らはどうだ……絶対に口止め出来るのか?】


 魔力を乗せた思念は、意外にも奴に通じた様だ。

 少しだけ、暗黒騎士の纏う魔のオーラが薄れていき、奴の頭部が露わになってきた。


[この土地の事か? 心配せんでもあそこにいる奴等は俺と同じ考えだ。……それに、もし仮に漏洩しそうなら、その部分の記憶を消す事も出来る]


 まぁ、ハッタリなんだが。

 ちゃんと皆に言い聞かせれば問題ないハズ、とは確信している。

 最悪、AIレイに頼めばその辺はどうにかなるだろう。


【…それでも……他の現地人に知られたら……どうする?!】


[オイオイ、今更甘えるのはよしてくれ。俺が責任を取るのは、今一緒に居るアイツ等だけだ。他は知らん。大体それは、今までと同じだろ。]


【……好きにしろ。ただ、あの少年は…もう部族には戻れない。どうするつもりだ】


[……それについちゃ考えがある。それでダメだった時は、元に戻すさ]


【…貴様は……『神々』より不遜な奴だ…】


 フリードが黒雲と化した黒いオーラを完全に解き、気配が随分大人しくなった。

 俺は重力フィールドを消して、立ち上がろとする暗黒騎士へ手を伸ばす。

 だが、フリードは軽く俺の手を弾き、態々俺の肩に手を掛けてすっくと立ちあがる。

 中々に負けん気の強い奴だ。敢て嫌みを言ってみる。


[そのひしゃげた腕、治るんだろ? ほっといても]


【フン……貴様と違い、一瞬でな】


 凹んでいた部分が、パン!と内側から圧力を掛けられたように弾ける様に膨らみ、確かに見た目は元通りになった。

 まるで板金屋の叩き直しみたいだな。と、呆れる。

 再スキャンしたイメージデータには、凹んでいた装甲周辺のインフラが、途中で消されたアリの行列の様に断線しており、流入する何かの信号が装甲の内側で痛々しいスパークを発しているのがそこかしこに見て取れた。


[ヘーソリャスゲー]


【テクノロジーの優劣を貴様と語るつもりは無い……】


 無茶しやがって。て原因俺だけど。


[じゃ、またな]


【…二度と来るな…】


 踵を返して俺は仲間の所へ飛んだ。 

 そして俺は、『あ、徳さんを野放しにすると、ロクな事に為らないな』と、改めて思い知ったのだった。

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