第四十話 不敵
『遺体の復元、蘇生を開始しました。並行して生体の回復、再生治療処置を実行中』
『共に全身骨折、呼吸器、脾臓、消化器系破裂、外傷により筋肉、神経系、内臓がほぼ全損。量子帯域に異なるスピンを持つクォーク群体を確認。個別ID添付……復元処理、正常に進行中』
『マスター、ゲノム解析によると、遺伝子情報に本来無い筈の付帯された特殊な因子を発見。取り除きますか?』
[単なる遺伝疾患だったら勿論完全に治してやってくれ、ただもし何らかの種族的特徴なら、健康を損ねない範囲でそのまま遺してやって]
『畏まりました。ミラさんの時と類似したモノと判明。量子解れによる関連付けだけを除去します』
[……頼む]
暗く淀んだ微睡みの中で、マルコには遥か遠い所から聞いた事のない声が聴こえてきた。
するとその内、周囲を取り囲む黒と赤に彩られた世界が段々白み始め、抑揚のないその声と、それに応える誰かの声が、少しずつだが明瞭になっていく。
――誰だ……何を…言ってるんだ……ろう――
もう考える力さえ残っていなかった意識の欠片が、少しずつ形を成し思考を取り戻していく……
ここは……僕は…あぁ、そうだ……死んだ…のか?……
そうだ……あの子は……ラナンはどうなったのだろうか……
僕の事はいい……僕より……誰でもいい、あの子を助けてやってくれ……
僕にはまだ父が、村の皆がいた。でもあの子は、ラナンはずっと仲間のハズの奴等から疎外されてきたんだ……そんな酷い事が、そんな可哀想な事があって良い訳がない…
誰か……誰でもいい……本当になんでもする、僕のモノは全てあげるから!
赤黒かった世界の空の一端に、太陽の様な光が現れ、爆発的に広がっていく。
光に飲み込まれ、白い輝きが治まる。漸く目が慣れてくると、マルコはそこで初めて自分が手をかざして顔を覆っている事を自覚した。
周りを見回すと、自分が空に浮いているのが判った。
何かに引っ張られる感覚がして思わずそっちの方をみる。
直ぐ下に何者かが数人いた。何れも観た事のない人物たちだ。
緑の膜に覆われた何かを見下ろしている。
其処には酷い有り様の死体が二つ……もっとよく見るとそれは、変わり果てた自分とラナンの姿であった。
「(ラナン?! 僕は……どうなって…死んだのか? ラナン! どこ?! 返事をして!)」
思い切り叫んだつもりで、生来の用心深さを発揮し、ハ! と思わず口を塞いでみる。
ところが下の人間たちは全く意に介さない。
どうやら聞こえて無いようだった。
「(ここ。私今、となりにいるよ、マルコ)」
触れられた気がして、横を向くと……ホントにラナンがそこにいた。
生前と変わらぬ姿で……いや、何か少し、だけど……明かに変化し、内側から光を灯す、明るい存在感を放っていく。
それは自分も同様で、互いの輪郭が、強い日差しの中の影の様にハッキリとしてくる。
宙に浮かんだまま、マルコはラナンをヒシと思い切り抱きしめて、頬擦りする。
「(ラナン! 良かった!)」
「(うん! マルコも! ひゃはは、くすぐったい)」
あ! と照れてしまい、思わず身を離すマルコ。
「(ご、ごめん)」
「(ううん、いいの…私も…お返しする!)」
幽体離脱の状態でじゃれ合う二人は、この時ばかりは眼下の人間たちの事など全く気にしていなかった。
そうこうする内にドンドン下に、自分達の身体に引っ張られる感覚が強くなってくる。
二人はやっとそちらを見ると、優しい緑色の膜の向こう側で、さっきまで単なる死体でしか無かった自分達の身体が変化していくのが判った。
あれだけこびり付いていた夥しい血は何時の間にか融けてなくなり、拳大の穴すら開いていた傷は綺麗に塞がって、跡形もなくなっていく。
それだけではない。見る間に身体が治っていくにつれ、今の、魂とも感じる自分達自身が元の鞘に収まって――生き返って――いくのだ。と何故か確信していくのであった。
「(マルコ……私達どうなっちゃうの? あの人たちが治して…生き返らせてくれるのかな?)」
「(判らない……でも確かにあの人…あの機械人から何か「力」を……)」
「(私……眠…く…マル…コ)」
そうラナンの思念が響いた時には、既にマルコの意識は飛んでいた。
――――――――――――
[あ、オレオレ! なぁグスマン君?! キミさー、ちょっと聞きたい事あンだけどさーぁ?]
「うむ、スタイか! なんだ? どうしたんだ……」
ハ! と息を吹き返したマルコが最初に見たのは、ゴホゴホ! と咳き込み、起き上がった反動で身体を折った自分のお腹だった。
僕は…?!…生き…てる…!
ラナンは?!
バネ仕掛けの様に横を向くと、穏やかな表情で横たわったラナンが直ぐ側に居た。
すぅーと、静かな寝息を立て、ゆっくりした首筋と胸の上下の動きが、何よりその肌の艶が、ただ心地よさそうに寝入っている事を示唆していた。
木漏れ日の中、乾いた草を敷いた即席のベッドの上で、ラナンは気持ち良さそうに眠っている……。
「ラナン…良かった…うぅ……本当に良かったぁ……うわぁ…」
フッと気が抜け、暫くマルコはドバドバと涙を溢れさせ、心からの喜びの嗚咽を止められなかった。
「起きたみたい」
自分よりもっと若い、否、幼いとしか見えないのに、如何にも魔導士然とした女の子が他の仲間であろう人物たちに呼びかける。
女騎士、男二人女一人の機械人、ドワーフ、と魔導士の様な女の子。
少年マルコの喜びと安堵の嗚咽が落ち着くまで、特に誰かが声を掛ける事は無く、ただ黙って遠巻きに見つめていた。
それは蔑みでなく、何処か柔和な、ホッとした様な雰囲気が感じられた……。
少年が漸く落ち着いて来た頃を見計らって、
「ねぇキミ、大丈夫? どこか痛い所とか、違和感……変な感じはない?」
心配そうに女の機械人が声を掛けてきた。
反射的に頷いて見せるも、なんだか未だフワフワした、心地よい虚脱感……。
ボンヤリしたまま、身体の反応も鈍い所に、ヤケに暢気な声が響いて来た。
[あぁ、スマンすまん……だからサー、持ち主が譲渡すると権限丸ごと相手に……かなーりガチで心配して飛んできたんヨ? これでもさ……いやいや、結構危なかったんだって! 今度からちゃんとこっちに言っといてよネー。俺等さ、戦友っしょ? ……うんうん。……ソソ…うん。あぁ、なるほどそっかー。て……とにかく頼むヨー? ……ハイハイ……あ、奥さんと子供達にヨロシクネー、じゃ、またな!]
チラチラと此方を見ながら、たった今まで散々手にした板に向かって喋り捲っていた、男の機械人が近づいてきた。
その機械人は手にしていた道具をポイと空中に放ると、まるで見えないポケットが有るかの如く、板はその場でかき消えた。
マルコは其れを不思議には思いつつも、話し方同様足取りも軽いその男を何となく見つめる。
その体表を覆う一つ一つの情報密度は、他の連中のなかでも一際細かく、とても濃密で、一瞬途方もなく大きな壁の様なイメージを感じた。
(なんだろう…「存在感」? 暗黒騎士様とも違う、変わった機械人だ…)
涙を拭き、嗚咽も吐き出して落ち着きを取り戻しつつあるマルコは、生来の冷静さも発揮していく。
さっきからやたらと明るい声で、後ろで誰かと呑気に話していた人物だ。
ただ……なんとなく思い出しかけてはいた。
この声は……そう、覚えている。
あの暗き世界が光に満たされる時に聞こえていた声だ。
自分達を救ったのは、恐らくこの機械人なのだとマルコは確信した。
[大丈夫かい? 無事生還したようで何よりだ。……取り敢えず自己紹介をしようか]
その男の機械人がマルコに話しかけてきた。
其々名乗りを挙げていく六人に、マルコは自分と、隣で寝ているラナンの名を伝える。
どうしてこうなったのかが分からない事を素直に訊くと、相手はきちんと答えてくれた。
相手が全員「簒奪の民」であることは、マルコには既に判っていた。
纏うオーラが、陽を背負う明るさが、【闇の民】部族の人達と決定的に違っているのだ。
だがさっきまであれ程忌み嫌っていたハズなのに、今は憑き物が落ちた様に素直に感謝していた。
スタイと名乗ったこの機械人が、自分達を「生き返らせた」旨を明かしても――詳細は何を言ってるのか理解出来なかったが――、直感では嘘ではない事を悟っていた。
蘇生した過程?とやらを、従者を騙る『聖霊』が説明した時は、仲間内からも
「さっぱり解らない」
等と首を傾げられていたところを見ると、この機械人が『特別』であるのは一目瞭然だった。
だけど兎に角……そう、取り敢えず礼くらいは言わねば。
なにより大切な人を救ってくれた……。自分でさえも……。
魔王でも、神でもない、この「人」が願いを叶えてくれた。
心からの感謝を述べ、自分に何ができるだろう、と問おうとした時。
ガギン! と重い衝突音が衝撃と共に轟き、マルコが驚いて振り向くと、たった今目の前に居た筈の機械人が、特大の飛び道具を叩き落としていた。
【ザルタン共めが……我が同胞に、何を、している!】
森の少し離れた繁みから、漆黒の重鎧に鈍色の光沢と魔紋章を浮きだたせた暗黒の騎士が、魔のオーラを纏い、歩み出してきた。
「フリード様?! これは! 違うんです! 彼らは僕達を! 救ってくれたんです!」
「うんん? マルコ……大きな声だして、どうしたの?」
「ラナン! 起きたのか! 良かった! どこか痛くないかい? 大丈夫?!」
ジッと様子をみるフリードだが、その様相は決して警戒を解かず、更に尚一層黒いオーラを濃く噴出していく。
[と、いう事なんだが。どうする?]
たった今叩き落とした、自分の身体より大きいブーメランを軽々と指で抓むと、スタイは事も無げに投げつけた相手――暗黒騎士――に放り投げ返した。
決して軽くは無い筈のその重量をどうやって受け流したのか、暗黒の騎士はスタイ同様片手で平然と受け止める。
そしてブーメランを折畳み半分にすると、背中側に装着した頑丈そうな棒を取り出し組み合わせて更に大きな武器を形成した。
【ほぅ、貴様…同類か】
[(ンン?)……まぁ機械人なのは一緒だと思う。同類てのは判らんが]
「フリード様! この人達は!」
【取り込まれたか……残念だ、少年よ。……どの道ザルタン共にこの場所を知られたからには】
暗黒の騎士フリードは、立った今作成して見せたポールウェポン状の、巨大な片刃斧を付けたハルバードのお化けの様なモノの柄を、ドン! と側の岩に打ち付け、埋っていた下の岩盤ごとその岩を爆砕する。
【…「ザルタン」共は生かして帰さん!】
文字通り砂粒ほど粉々になった元岩塊が、黒きオーラに巻き上がり弾き飛ばされ、最早暗黒騎士の甲冑の目だけが赤く光る、黒雲の塊と化す。
「面白い、やっとヤレるのぉ」
今まで黙っていたドワーフが両手斧と見えるソレを片手で振り回し、何故か喜々として前に出る。が
[徳さん、ちょっと待ってくださ…待ってくれ。俺が相手をするんで]
「あん?……ほぉ珍しいのぉ…何か譲れん訳でもあるのか?」
[いや、…単に自分のやった事の後始末なんで。今回は]
「……ヤレヤレ、つまらんのぉ」
この人達は、何 を 言 っ て い る の か!
少年は血相を変えて叫ぶ。
「ダメです! あの人は暗黒の騎士フリード様。嘗て竜をたった一人で打ちのめした人なんです! 貴方達が束になっても適う相手じゃない! 逃げてください! ……フリード様、この人達には絶対ココの事は漏らさぬ様、僕が命に換えても言って聞かせます! だから!」
――――――――――――
少年が慌てふためいて俺達に怒鳴る。
心配せんでも大丈夫かもよ?
「ほー。スタイよ、お主がだらしない様なら、ワシが変わるゾイ。」
[ウズウズしすぎですよ、徳さん……リベイラ、皆を頼む。特に蘇生したばかりの子達は、本当は未だ安静にさせておきたいんだ。……オウマも、ヨーコと連携してうちのカミさん手伝って。 あ、徳さん以外ね]
「了解よ」
「フン、願い下げじゃ」
「ええけど、ワイ…眠たなってきた」
『主殿! 引っ叩きますよ!』
「ミラ様、私の後ろに」
「…う、うん」
「あ、アンタたちはー! 僕の話を」
余りのマイペースさに呆気に取られた少年は、途中で気づくと半ギレで訴えた。
【戯言は】
無拍子から、一気に突進してきた暗黒騎士の刺突攻撃を難なく躱し、相手の武器の柄を掴み放り投げる。
[聞きたくないな、お互い]
おや? 武器を取り上げるつもりだったのに、相手毎放り投げてしまった。
が、空中で素早く捻り、鮮やかに着地する暗黒騎士。
どうやら侮って良い奴て訳でもなさそうだ。
簡単には武器を手放さない所からも其れだけ油断ならない奴って事か。
心無しか相手が、甲冑越しにニヤリと不敵に哂った様な気配がした。