第三十六話 「冗談じゃない! なんで私が!」
「う~ん、ここら辺のハズだと思ったんだけど…」
「ミラ様、件の冒険者〔明けの星風〕の者達が宿を出たとの報告が…」
「…ね、お願いだからその「様」とか、敬語はヤメてって言ってるでしょ。…ホントに撒くよ?」
「あっと…解りま…了解、ミラ。…それでどうし…どうするの?」
「そそ! 其れで良いの! どう見たって貴女の方がお姉さんなんだから!」
ここは聖都アガデの東側にある、兵士や一部商人達しか知らぬ通用口から少し進んだ城壁外の草原に面したエリアである。
タイクーン王宮から出てきた大魔女アルタミラこと現ミラは、お伴の女騎士、メイリーダの生真面目さに時折辟易しながらも、久しぶりに故郷を闊歩して楽しんでいた。
と言っても三百年も経つと流石に街は様変わりしており、当時の面影もそこそこでしか無かったのだが。
今ミラ達が王宮を出て外に居るのは、元より「調査」が目的で、自らが王に懇願したからである。
誰に言われるまでも無く、先ずはその「大きな存在」の道程を辿っていた。
が、急速に窄まった地点まで来てみると見事に力の流れは分散し、僅かに残る痕跡を探しても、どう見ても大気や地中、将又近くの湖その物に溶けていったとしか分析出来なかったのだ。
「…お手上げ…かな…ま、本気で御隠れになっているのだろうから、こっちもあからさまには、ね」
「そ…そうなんです…か?…」
「あれ、今「えーっ、もう?」みたいな顔したね? ハハ! 大丈夫…別に諦める訳じゃないから!」
「え!? い、いえ私は別に…」
「イイのイイの! 心配しなくても、そんな簡単に城には戻らないから(笑)」
「は…はぁ…」
口では戸惑う素振りでも、ミラの答えにホッとした表情を露わにするメイリーダ。
この女騎士に取っては、先の近衛方への不始末による、所属騎士団団長からの嫌みも確かに回避したい事柄だった。
が、本当に嫌気が差しているのは、実母からの半ば強引な「お見合い話」であった。
(冗談じゃない! なんで私が…!)
本来メイリーダの実家、ベルグシュタット家は四王家の支族達にも引けを取らない、公爵の家柄である。
また元々公家の女系血統であるのも相俟って、長女であり直接の跡取りでもあるメイリーダが、他の家に嫁ぐ事は、何より母が許さない。
血筋にも厳しい実母が推し進めるのは、「入り婿候補達」との見合い話である。
ただ、目下「国家騎士団」としても、また実務的にも誉れ高い「アマゾネス」に所属し、実際御前試合で自分を指名してきた、蛮族にも等しい男共を蹴散らしてきたメイリーダに取ってその申し出(命令)は、如何ともしがたい《業》なのだ。
「いっその事、『俺の様に』凶状持ちにでもなって、跡取りなど弟に譲ればいいじゃないか」
第一級戦闘女性騎士団団長、ゾラ=インテグレイスの科白が脳裏を過る。
母の猛(盲)プッシュに深刻に悩み、嘗て団長に相談した事が有ったが、ガハハハ! と笑い飛ばされた。
あれは自分が愚かだった……。
団長は左目を眼帯で覆ってこそいるが、その容姿のベースは基本的に整っており、元は決して悪く無く、些か筋肉過多なボディラインも、ある種の美しさを放ってはいる、ただ……。
同性として、否異性ですら到底信じられない神経の図太さが際立つ。
以前国境付近で暴れまわった、凶悪な強盗団の大規模討伐依頼を国が奨励しアマゾネスが請け負った。
その野戦の際、相手が女と判るや目の色を変え襲ってきた、変った趣向を持つ蛮族数十人に囲まれ、其れをたった一人で壊滅させた武勇は誰もが知っている。
だがその後の事は、所属団員全員に厳格な緘口令が敷かれた。
何故なら、絶対に世論に知られては為らない事であったから…。
団長は、一旦人目の付かぬ様にと、蛮族達を適当に付近の洞穴に放り込んだ後、態々回復薬に媚薬を混ぜた液体を蛮族共一人一人に無理やり飲ませ、更に浴びせた。
それから充分に時間を取って…逆に蛮族共を襲い返したのだ。
隔離された洞穴からは、最初こそ嬌声が響くかと団員達は耳を塞いだが、寧ろ一晩中聞こえてきたのは蛮族共の阿鼻叫喚だった。
翌日、部隊の運用を伺う為に、恐る恐る団長を呼びに行った団員が見たものは。
獣臭漂う洞穴内で夥しい体液に汚れ、ピクリとも動かない蛮族達を尻目に
『はぁ~、喰った喰った! 偶にはお前達もヤると良い、美容にもイイゾ? ガハハハハ!』
瑞々しい肢体に朝日を浴びながら、平然と討伐対象の首を切り落としていく団長の狂騒であった。
その豪快を通り越した狂相は、最早壮絶という言葉すら生温かった…。
(……あの破戒者に相談した自分が間違っていたのだ。)
ブルッと身震いし、ああは為りたくない。と反芻しながらも、メイリーダは母からの圧迫に胸の内をジリジリと焦りを募らせていた。
そういう近況の中、大魔女の護衛の任務に着くと、「コレだ!」と言わんばかりに、ミラからの申し出に喜々として快諾したのが女騎士の現状だったのである。
(大体私にだって選ぶ権利はある! 母上好みの…ゴツゴツした肉の塊など願い下げだ!)
実際実母が持ってくる縁談の相手達はその悉くが、脳ミソまで筋肉の詰まったボンクラ共にしか見えなかったのだ。
取り柄と言えば血筋位しか見当たらないのが余計始末に悪い。
心底嫌そうに顔をしかめるメイリーダに、ミラが声を掛ける。
「何ブツブツ言ってるの? 行くよー?」
「…は?! はい、どちら…どこへ?」
「取り敢えず、リベイラ達に会いに行く。一応恩人だしね。ま、御礼も兼ねてね」
「わかりま…分かった。…なら、連絡して待ち合わせてみては? 行き違いになるのも手間ですし」
「そうね! そういや今こんなのあったんだっけ」
肩から掛けたポーチから情報端末を取り出すと、予め教えて貰った個人の宛先をウキウキした調子で呼び出すミラ。
女騎士の口調が早速敬語に戻っているが、それもご愛敬かな。と半分諦めてきている。
「あれ? 繋がらないよ…?」
「そうですか?…貸してみてください……ん~? 単に今は手が離せないのでは? 伝言は送れますから…これで出来ますよ」
「もう良いの? えっと……今からそっちに会いに行くから、あんまりうろつかないで待ってて……と」
「場所は…やっぱり街を出る様ですね、こちら側に向かってる途中みたいですよ」
「そっか、じゃそのまま戻ればすぐ会えるね。行こう」
「ええ、行きましょう」
(現Sランク保持の機械人だったな……父親は彼の有名な“圧殺”のマノン氏か)
メイリーダは、ワールドギルドに公開されているリベイラ=ライト=アーセナルのパーソナルデータを読み取ると
(この経歴と実績は……確かに「親の七光り」に由るモノ、という訳でもなさそうだな。)
等と心の内で分析するも、嘗て自分自身が、そんな陰口を人一倍嫌っていたのにな。
と自嘲するメイリーダであった。
――――――――――――
[ほら、もう泣くんじゃない]
『グス……ゴメンなさい……もう二度としません』
「なんかエゲツないなぁ…絵面的に。なんや知らんけど……もう堪忍したったり? スタやん」
[別にもう、俺は怒ってないんだけどな。]
『うぅ……すみません、私が悪かったんです…主を計るなんてホントにバカでした…』
『お姉様、しっかり』
ワザとホログラム然とした透過性のある姿を、空中に晒すAI達は互いに寄添い支え合う。
傍から見ると召喚された精霊にでも見えるのだろうか、街行く人々は一瞥するだけでそう大した反応はしない。
すれ違い様振り返って指を指すのは、せいぜい子供達くらいのものだ。
尤もその様は、俺にはまるで昔懐かしい怪獣映画に出てきた小美人みたいだ。
未だ事体を知らないリベイラも、何となく察して優しく見守っている。
俺は説教部屋でレイの言い分を一度しっかり聞いたあと、レイのやり方をキツく叱って俺自身の考えを聞かせ念を押した。
まぁAIが《チクショー! 自分がこんなバカだったなんて!》などと自暴自棄になるとは思ってもみなかったが。
「(訳はあとで話してくれるんでしょう?)」
[(いや、今送るよ)]
今や俺は、思考速度を引き上げる程度の事は自在に出来る様になっていた。
記憶した内容を妻に同期転送するなど雑作も無い。
何故かは分からないが、詳しい事はどうでも良い。
要は丸く収める事が肝心なのだ、コレ以上ややこしくなるのはゴメンだ。
(そう……だったの…)
《マスター、奥様、本当に申し訳ございませんでした》
(良いのよもう……私からすれば賢者たる者、心を持つのは当然だと思ってるけど、貴女の星は違っていたのね? でも貴女を『道具』だなんて、私は一度も考えた事無いのよ……寧ろこれは通過儀礼……貴女がスタイや私達の本当の家族になる為のね)
『うわぁぁああん(ア゛……ア゛リ゛ガ…ト゛ウ゛…ゴ ザ イ゛マ゛スゥ゛)』
『お姉様、おめでとうございます』
「スタやん……」
[な、泣くなよもう……俺が怒って無いの、判るだろう?]
『ヒック……は、はい…』
ようやく治まって来たのか、涙でぐじゅぐじゅになった顔を拭って、笑顔を見せるレイ。
さっきまでのどんよりとした精神世界が、急速に力を吹き返し瑞々しい色を放っていく。
ずっと黙って様子を伺っていたドワーフの徳さん(国津神)が、俺達の注意を引く。
「む、知り合いか?」
徳さんが促す目線の先を追うと、其処には見覚えのある紫のトンガリ帽子なお子ちゃまと、見た事の無い綺麗な女性騎士が立っていた。
「アンタたち、コレは……一体…どういう事?」
何故か顔を引きつらせて、瞳を黄金色に変色させたミラが俺に呟いた。