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第三十二話 大魔女と女騎士団

「はぁ…こうも変わるとはねぇ…あんまり興味なかったけど、人の歴史って凄いわ…」


 感嘆の溜息をつく少女(実年齢313歳)=大魔女アルタミラ(自称ミラ)は、タイクーン宮殿の一室で、情報端末を弄繰いじくり回しながら、大きなソファに寝転がっていた。


「しっかし、あの「アルルカン」がネー…この三百年で『神聖武装主義』は捨てたのかしら?…」


 最早セミダブル寝具と呼べる程の大きな長椅子は、座面を滑らかなビロードで覆い、クッションの座り心地はとても平民には想像も出来ない塩梅あんばいである。

 その四、五人は余裕をもって座れるスペースで、ゴロゴロしながら相変わらず一心不乱に情報を読みふける伝説の大魔女に、少々面食らった様子の女騎士が独り、入口の扉の前で佇んでいる。


「……」


――子供の頃から勤勉に育て挙げられてきたメイリーダ=ベルグシュタット女史(22)は、言わずとしれたベルグシュタット公爵の御息女。


 ベルグシュタット家は、元来由緒正しき公家の家柄で在りながら、現頭目は周知の通り「(元)最高指導者スパリチュード・御付聖騎士長チェフ・サンクト・カバリターノ、番付初番=称号《朱の騎士ナイト・オブ・ヴァーミリオン》」を長年務め挙げた、イワノフⅢ世(サード)=ベルグシュタット、その人である。


 その長女たる彼女も、麗しき美貌と溢れる知性、戦闘時には勇猛果敢な上位騎士の「女性のみ」で統率される《第一級戦闘女性騎士団ナイツ・オブ・アマゾネス》主要メンバーの一員である。

 光沢豊かな金髪を潔く編み下げ、美麗揃いで有名な団員の中でも、トップクラスの容姿と優雅さ、加えて驚異的な戦闘力を兼ね備えている。


 尤も『ナイツ・オブ・アマゾネス』の実力は、単純に他の男性のみで構成された、屈強を誇る騎士団中、番付二桁台の【極一線級の騎士】ですら一目置く、恐るべき戦略&戦術、実働戦闘力を評価されているのである。

(加えて、一部巷で囁かれている「下世話な任務」とは、断じて程遠い存在である! 断じて! これはもうお約束の理である! 断じて! と身を以て地獄を見た――本当に酷い目にあった、死ぬかと思った――筆者&証言者は告げておく。断じて!)――


「しつこい…(笑)」


――見た目(とその下賤の噂に踊らされ)に油断し、(模擬戦とは言え)無知蒙昧にも勝負を挑んでくる、他国の鼻息の荒い男共を圧倒するその様は、国中の女性達(無論男性も)を文句なしに虜にしている。


 ただ、年一回の「国別対抗親善・御前試合」と銘打った、

〔※監修別名『実力がモノを言う真剣勝負!(尚、模擬戦)』勝った方が負かした相手を好きに出来る!? 熱き煩悩は炸裂するか!? くんずほぐれつ?! 沸騰!!「淫 念 試 合 !」〕

 は、事実上の「嫁乞い合戦」だ。――


「別名ながっ!」


――恐らくアマゾネス全員が(貴様、揶揄しているな? と怒られそうで聞けないが)国行事として「名物」になっている現状に些か閉口している、のは否めないだろう。――


「フーン…(今ってこんな読み物、フツーに読めるんだ。大分ふざけてるけど…オモシロっ(笑)!)」


 チラッと出入口に立つ女騎士を盗み見、ニヤニヤするミラ。

 正しく当人であるメイリーダは、まさか伝説の大魔女に、そんなスポーツ紙の(芸能・風俗欄)紛いの記事を読まれているとは露知らず、迂闊に警護対象に声を掛ける訳にもいかず、何某かのこそばゆさを感じながらも口を噤んだままである。


 視線を感じてはいるが、一向に気にしない素振りの美女騎士を一瞥すると、そのまま視線を板状の情報端末に戻す。

 と、別の興味を引いたのか、突然ミラは勢いよく頭を挙げた。

 無意識LVで貼った大魔女の魔力探知が、何か途方もない強大な存在、をいきなり感じたのだ。


「え!?……アレ?!… 何この気配!…」

「(うん?)何か…? ございましたか?」


 流石に、様子の一変した大魔女に、心配した声を掛ける美女騎士メイリーダ。

 暫くすると、段階的に急速にしぼんでいく存在感…


「ううん…、これは…分散…?」

(こんな大きな存在が?!…悪魔ダンタリオンなんか比べ物にならない…なんだって云うの?)


 嘗て感じた事のない、アレ程の圧倒的な存在感が、悪戯に圧力を発揮するのではなく、とても清々しい気配であった事に不意に気づくミラ。

(これは…そう、「天啓」が下りた時に感じる気配と似ている…名のある大霊様?…まさか「神族」様が降りられた?…)


「あの、大魔女様…?」


(巧妙に「お隠れ」されていたけど…誰か気づいた? …かな? …《予言の君(ネービム)》はとっくに眠ってる(・・・・・・・・)だろうけど……腐っても「聖都」だし……どうかな…)

 いい加減、本気で心配そうに近づいてくるメイリーダを目の端で捉えながらも


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと寝ぼけただけ…ほら、アタシ結構長い間眠ってたから」


 さり気無く気を遣う少女姿の大魔女(313歳)に、恐縮する美女騎士(22)


「と!(ごめんなさい、なんて)トンデモありません! ミラ様、私如きに思し召しは必要ありません。どうかお気楽にお過ごしくださいまし…。気軽にお声がけしまして、誠に申し訳ございません!」

「や、ヤメて!? お願いだから、せめて見た目通りに(・・・・・・)振舞ってちょう…くださらない? こっちが気を使っちゃう!? …ね?」

「ハ!? ハイ…そう仰るなら…」

「それに貴女、気に入ったわ。アタシの事、ちゃんと《ミラ》って呼んでくれたし。」


 ニッコリ笑う、どう見ても少女な年相応の屈託のなさに、ようやくホッとした表情を隠さぬメイリーダ。

「(ふぅ~っ)では…ミラ様。何か…お飲み物でもお持ちしましょうか?」

「ありがとう!…貴方とても良い人…ううん、良いお姉さんね! アタシの事はミラ、で良いから!」


(きっと、お寂しかったのね…未だ年端も往かないのに…)

 其処まで気を遣わせた自分が唐突に恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを何とかこらえる女騎士に


「えーっと…じゃぁちょっとお願いがあるんだけど」

「はい‥‥なんでも、お申し付けください…ミ、ミラ(?)」


 メイリーダには未だ、緊張の解けきらぬ所はあったが、ソレだけ根が真面目なのだろう。

 ぎこちなさの残る笑顔を返し、少しずつだが、あたりの硬さがほぐれてきているのが判る。

 ミラは如何にも安心した、といった表情を強調し、自分の要望をそのまま口にする。


「うん、あのね、___」


 暫くすると、大魔女を匿っている部屋から、一人の美女騎士が静かに扉を開き、中に向かって丁重な敬礼を送ると扉を閉め、退出した。

 すると輝く笑顔で振り返り、廊下に控えていた精悍な男性兵士(の心を鷲掴みしたのには気づいていない)に後を頼むと、踵を返し突風の様に駆け抜けていった。

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