第三十一話 タイクーンの王家
――アッカド聖導王朝 聖都アガデ――
――数千年前、未だ種族文化圏の縄張り争いが絶えなかった頃、嘗て人同士の争いの中、戦国の世では極めて強い武力を誇り、繁栄した国家があった。
だが、何時の間にか身内に潜んだ【魔族】に由る謀略に乗っ取られ、周りの大小の国々をも巻き込み、遂には共に消滅してしまった。
種族間同士の抗争から発展したとはいえ、疲弊した人類を見かねた「神々」が大いなる天啓を下した。
人々は、此度の滅びの原因は【魔】に踊らされる、自らの弱き心にあると諭され、人同士の争いが如何に虚しい事かを認識した。
そこで「神々」は種族の垣根を超え、新たに国を興す様、人々に説いたとされる。
そういった立国の経緯により、純粋に「神々」を深く崇拝し、信仰を基盤と謳う、この「アッカド聖導王朝」において、その発祥の地足る所以を持つ土地が、この聖都アガデである。
その性格上、実質的に王朝を形成する王家その物が神官の家系である。
この王朝は「バルブレスト、アルルカン、リサルディア、タイクーン」の四つの王家で構成される。――聖導王朝史「始まりの章」より要約――
――聖宮「白の塔」――
「アッカド聖導王朝」第232代、最高指導者であり、現タイクーン王、アルブレヒト=タイクーン=グレンフィラデルⅠ世は、齢70を超える老齢である。が、綺麗に手入れされ、それ程の歳を感じさせないその端正な顔立ちには、眉間に深い皺が刻まれ、何事か思案している様だった。
「うーぬ、うぬ…うぬうぬ」
「いかがなされておるのですかな? 父上…?」
事前に、この部屋の主に人払いをされているとは言え、事実上王の間に謁見の赦しも請わず入って来たのは、タイクーン王家第一王位継承権を持つ、アルブレヒト=タイクーン=ブリニックⅡ世(51)である。(※因みにブリニックⅠ世は叔父に当たる。)
こちらも、些か若作りと言われて仕方ない位には、非常に肌艶の良い顔色。
身嗜みは流石に王位継承者に相応しく、幼少の頃から慣れ親しんだであろう様が似合っている。
また、その顔立ちや立ち振る舞いにも、高い品性が滲み出ていた。
尤も親子共々、他国の裕福な家柄の者にありがちな、ふくよかな体型ではなく、腹など出てはいない。
信仰を司る神官の家系を体現する努力をしているのか、一見して慎ましく見えるのも似た者親子と言えるだろう。
纏う衣装も、揃って決して煌びやかな装飾が施されたモノでは無く、素材や縫製のしっかりした重厚な作り、堅実な服装に、其れでもほんの少しだけ黄金や宝石等が見え隠れする。
所謂成金趣味とは対極に位置する、真に贅沢な様相であった。
「…一体何事か? その様に悩んでおられるとは…また珍妙な物でも食して、腹でも壊しましたか?」
「…今、悩んでおる。と見透かしたのは其方だろう。…ワシが些末なモノ等喰うか。…腹など壊しておらんわ。」
普段人前では、柔和で温厚な人物として知られるグレンフィラデルⅠ世であるが、血を分けた我が子には本音を隠さないのか、砕けた態度になる。
「おっと、此れは失礼」
少しお道化た様子で返す壮年の実子、ブリニックⅡ世もそれは同じ様である。
「…全く、家臣の者が居らんとすぐ調子に乗りおる。誰に似たのか…」
「父上に決まってるでしょう。…それより、私はここに呼ばれて参ったのですが?」
「ふー、それである。…が…(其方も…そう思う)…だろう」
深いため息をつき、途中ボソボソと独り言の様に呟く現王、グレンフィラデルⅠ世に、
「…あまり言いたくないのですが、父上?」
「……」
「胸の内の思いは、実際に言葉にしないと、幾ら私でも解りかねますが? …そろそろ御隠居なさいますか?」
「む? いや今、言わなかったか…バカモノ、未だモウロクはしておらん! ただ…な、」
相変わらず言い淀む、現王のいつもとは違った歯切れの悪さに、息子ブリニックは思考を巡らせる。
(こうも言葉にキレが無いとは珍しい…。ソレだけ「変わった事」と言えば…「あの事」しか無いが…暇を潰すにも、その所為で余計忙しいのはこちらだしな。…流石に我が父の、老いた姿をコレ以上見たくは無い。…まぁ、親父殿の尻を叩くのも、長男の役目か)
「…アルタミラ様の事ですな…。どうなさったのです、王よ? いつもと様子が違いますが…」
少しだけ驚いた様子でブリニックの顔を見た後、目を泳がせる現王グレンフィラデル(72)。
頭上の高い天井を見上げて、灰色の髭を指で弄る様に、息子ブリニックはピン! とくるものがあった。
「まさか父上…、魔女様に……老いらくの恋、ですか…いい加減歳も程ほどに考え」
「ば、バ カ モ ノ ! 畏れ多いわ! あの伝説の大魔女様だぞ? なぁにを考えとんだ?! 違ぇよ! あの方の今後の身の振りをどうするか、であろうが!」
(おっと…これはまた…)
「これは、またもや失礼を。御赦し下さい、父上。…いや確かに母上も天に召されて経ちます故…てっきり」
「身の程を弁えよ、とは其方の方ぞ。歳を考えんかっ。」
ブツブツと述べる父親をみて、流石に申し訳なく感じたのか
「…誠に申し訳ございませんでした。父上の変わらぬお元気な様子を見て、少しはしゃぎ過ぎてしまいました。…もし未だお怒りが収まらぬ様でしたら、王位継承権も返上、次の者に譲る次第でございます。」
少し大げさ気味に言う所が抜け目ない、否年相応の対応だろうか。其れも相手が、本当はそれ程怒ってる訳では無い事を充分に理解しているからである。
「ワシは…其方には王位より、聖導王朝最高指導者を継いで欲しいと思っておったんだがのぅ?…」
スッと息子の目を真っ直ぐ見つめ、相手の瞳に僅かでも何某かの炎が灯るのを期待するかの如く、様子を伺う現王。が、逆にその眼には、そう言った情緒的な意志は感じられなかった様である。
「…父上、いや現タイクーンの王、グレンフィラデル閣下…、其れは我には身に余る『位』でございます。嘗て申しました様に…」
殊更に否定、拒絶する様にも見える我が息子に、もう何十年も繰り返した問答を再び興す気も無く、相槌の替わりに、またもや深い溜息をつく父。
「ハッ…相変わらずか…其方の『連れ』は本当に頑固だのぅ…」
「申し訳ありません…」
達観する老いた父親の眼力には、息子の背後に、青白い炎の様な輪郭を持つ、巨大な虎の様な霊力の塊が映っていた。