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第三十話 誓い

 AIレイとの、今後の身の振り方に関する重大な話し合いを終えると、俺達夫婦はいつもの様に子供達との団らんを設けた。


《メディ、聞こえるかい?》


 家族ONLYに拡張したリンク世界で、俺は嘗ての、この世界に来て初めての相棒と同じ名をもつ我が息子、「メディック」を呼び出した。


(はい父さん! 聞こえます! ボクたち、良い子にしてましたよ!)

《あぁうん。判るぞ、母さんから聞いた。遅くなってゴメンな》

(メディックはね、ずっとアナタを心配して、待ってたのよ。ちゃんと褒めてあげて)

《ゴメンなメディ。ほらパスを開いて。さぁおいで》

(お仕事はもう終わったの? 良かった! おかえりなさい!)


 星空の空間にパァっと光が差し、奥からはち切れんばかりに元気な男の子が飛び出してきた。

 その無邪気な満面の笑みを見ると、俺は両手を広げ、愛情を込めて優しく抱きしめた。


 ――主格AI不在の際のセカンダリAIだった彼《メディ君》は、一緒にいた時間は決して長くは無かったが、転生直後の何も判らない俺を導き、一人旅の孤独を押しやってくれた、かけがえの無い相棒、云わば「戦友」であった。


 その戦友の人格は、あの忌まわしいモノリスとの最初の遭遇の後、消えてしまった。


 主格AIたるレイが目覚め、メタデータから彼の文化情報遺伝子ミームを確かに摘出し、愛する妻の中に意識体として移植、復活する、という手筈であった。

 が、この星の神である「機神」のシステムを以てしても、生まれ出でたのは、完全に初期化された「別の誰か」であった。


 ……もう二度と俺を「マスター」と呼ぶことは無い。

 俺は永遠に戦友を失ったのだ……

 その事実を突きつけられた時、俺は無言で静止軌道上まで飛び上がると、誰はばかることなく喚き散らし、ただ泣いた。


 正直、どうしていいのか判らなかった。

 何故こんなに悲しいのか自問自答し、歯痒さと必要以上に時間を掛けてしまった自分への後悔で、苦し紛れに惑星の軌道上を何十周も回った。

 レイが緊急措置として強制的に止めるまで。


『マスター! 落ち着いてください! ハード、ソフト共にリミッターがもちません! それにこのままだと惑星の自転にも影響を及ぼします! 現住民にどれ程の被害がでるか……指数関数的、甚大に! ……彼が居なくなった悲しみは、幾ら推し量っても私如きでは理解できないのは承知しています。……ですが今は、何よりも「新しく生まれた命」をおもんばかる、その寛大な度量を以て、我がマスター足り得る所以を見せて下さい!』


 なんと傲慢、不遜な物言いだろうか。

 だが如何にもAIレイらしい結びの言葉に、俺はレイなりの「気遣い」を見出してしまった。

 言い返す言葉も気力もなく、(中身は)いい年こいたオヤジが、叱りつけられた子供の様にシュンとし、俺はリベイラの元へ戻った。


 機械人専用の出産施設を飛び出して丸一日、事情を知らぬ者達の「ビビッて逃げたのでは? 無責任だ」などと陰口が囁かれる中、妻であるリベイラは、同期リンクして無くても俺の内情を理解してくれたのか、戻って来た俺を優しく癒してくれた。

 義父であり師匠のマノン以下、嫁方家族も同様に俺を迎えてくれた。

 ……あぁ俺は、結構幸せ者かもしれん。

 ……メディ君、ごめんな。

 俺ホントに……不甲斐なくて、さ。


[取り乱してしまい、誠に申し訳ありませんでした]

 大切な人達へ迷惑を掛けた事を詫び、新しく生まれて来た命を抱え上げると、光通信を発しているのに気が付いた。

 

「メディック、メディック」


 と繰り返す、その単語を。

 その瞬間、俺は奇声を挙げ、両手でかき抱くと、また飛び出した。


「とうとう気がふれたのか? と皆心配したんだゾ」


 などと後から散々、周りから呆れ気味に言われたが、正直その時何処を飛び回ったのか、あまり記憶に無い。

 ただ名前だけでもいい、覚えていたのが嬉しかった……。


 暫くして会話が出来る様になると、この子は銀河連邦基準のメモリーは断片的に憶えている節もあり、この星の機械人とはその知識量で一線を画していた。

 「至言の理(オベリスク)」を発祥とする現地機械人達は、生まれて間もない筈が早くも明確な意志を持つメディックを「賢者」として登録している。


 ……彼はもう二度と俺を「マスター」と呼ぶことは無いだろう。

 ほぼ別人だもんな……。

 今は其れでも良い、だけどいつか彼と話せたら――




(お父さん、どこかイタイの? どうして泣いてるの?)

《いやお前に、メディにまた会えたからさ。久しぶりの、昔の事を思い出しただけだよ》

(アナタ……)

(ひさしぶり? ボクの事? 思い出すとかなしいの?)

《嬉しいに決まってるじゃないか! 悲しいのは会えなかった時だけさ! ほら、もう笑ってるだろ?》

(ほんとだ! ボクもウレシイ! あ、うれしいです!)

《……なんで偶に、俺に丁寧語になるんだ? 優、等、生、だからかなぁ?》

(ウキャキャキャ! くすぐったい!)

(オリビア叔母さんがねー?、我が妹ながら、あの子、かなり教育熱心なのよね)

(ワヒャヒャ……ハァハァ……お母さん、オリビア「お姉ちゃん」だよ)

(あら、お母さん間違ってないわよ? あなたから見れば、オリビアもエメラダも「叔母さん」なんだから)

《いや、エメラダ「大お姉ちゃん」だって、確かこの前自称してた。……プププ》

(フフ、えぇ知ってるわ。……ほら、メディック。そろそろ「カーシュエ」を起して。ま~だオネンネかしら?)

(えっと……あ! いまうごいたよ、カーシュエ、ねてるフリしてる!)


 ぽよん、と赤ん坊がこっちの世界に現れた。

 しっかりと眼をつむった妹の、桃色のホッペをツンツンと指でつつくメディック。

 こそばゆそうに顔中をクシャクシャにした後、目を開けてケラケラ笑いだす愛娘カーシュエを、今度はリベイラが優しく抱え上げる。

 

《こんなに小さいのに、もう「寝たフリ」なんかしてみせるなんて……しかもこっちの反応を面白がってそうだぞ?……この子は将来トンでもない「魔性の女」になるんじゃないか?》

(「ましょうのおんな」って、なに? カーシュエ、魔族になっちゃうの?!)

(違うのメディック。お父さんはただカーシュエの事、「頭が良い」って言いたかったの。……もうアナタ、御父様マノンみたいな事いうのヤメて? メディックがヘンに思うでしょ……それに、カーシュエは女の子なんですもの、これくらいで驚いてたら、ネー)


 今笑っていたのがすぐ真顔になると、興味深げに、差し出された俺の小指をキュッと握る愛娘に、俺はほとほとな迄に、とっくにメロメロなのである。 


《そうさ、カーシュエはお前(メディック)と同じくらい、頭が良いんだぞ? ホラ! お兄ちゃんと交代だ、さぁおいで》

 妻と俺が同時に手を離すと、メディックと入れ替わりフワフワとリンク世界を漂い、素直に俺に抱き留められると顔を覗き込む俺を見て、ニッカリと笑って見せる愛娘。

 たまらず満面の笑みを浮かべる俺をみて、対抗して甘える様に妻にしっかり抱きつくメディックと抱き返す妻。

 その様をしっかり目に焼き付け、今更ながらこの幸せな時間を、絶対に守りきっていく事を、改めて心に誓う俺なのであった。

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