第二十二話 思いがけない出会い
[同型機?……なんでこ]
フッ、と身体に違和感を感じた途端、いきなり俺の躯体から機械の触手が射出され、目の前の球体(兄弟機?)に突き刺さった!
は?! と思う間もなく、波打つ触手の動きに連動する様に、刺突された相手の球体が跳ね廻る。
まるで苦痛にのた打ち回る様に……
《レ、レイ!? なにを》
『マスター、目標物に侵入してきますので、暫し周囲の警戒をお願いします』
《ちょっと! オイ!》
驚く間もなく、レイは目の前の球体、仮にその表面の汚れ具合から「茶球」と呼ぼうか、に飛び込んで行った。
周りを警戒っても……ほぼ全自動でバリアを広範囲に張り、魔物達など近寄る事も出来ない現状、俺のする事は殆ど無い。まその間にもドンドン向こう側で増えていってるんだけど。
あ、ティーターンは面白そうに跳ね回ってるなー。
なんで巨大化しないのか大体分かるけど、相変わらず好きだねぇ、戦いって奴が。
レイが戻って来るまで、自立センサーが拾う、最早戦闘ジャンキーと化した奴の実況をするくらいしかやる事は無い。
完全に自立機動したAIは、取り敢えず俺の疑問など後回し、とばかりに目の前の「茶球」にご執心の様である。因みに相手を「汚球」としても良かったのだが字面が汚くなるのが嫌だった。
〈そんなモン、どうでも宜しいがな〉
は? 誰だ? 今喋った奴は
『マスター、ただいま戻りました。ちょいと頑固で手こずりましたが、奴隷化に成功しましたのでご安心ください』
ポン、とグリッドの目の前に幼女が飛び出てくる。
何時の間にか触手も回収し、今は元の躯体に戻っていた。
にしても戻ってくるの早過ぎだろ、未だ数分も経ってないぞ?
〈姐さん、ちょっと人聞きの悪い事言わんといて! ワシと姐さんだけの「秘密」とちゃうかったんか。イケずやわぁ、そんなん寂しいやん〉
『五月蠅いですワヨ』
〈あひん! いやン、ヤメてん! ワシそんなキャラとちゃう! あ~~ッ! なんや癖になりそう!〉
《ちょ、君ら何やってんの? てか、君誰? この「茶球」の中の人?》
〈姐さん、コイツが、あ! イッタイ! ヤメてーな、判った! 解りました!〉
〈ふぅ……こん御人が姐さんの「マスター」さんでっか。初めまして、ワイは「オウマ」と言います。今後ともよろしう〉
幼女の隣にポワン、と現れた煙が信楽焼風の狸を押し出す。ソイツが俺に向かって挨拶してきた。
一見、かなりデフォルメされて可愛らしく見えるが、頭を軽く下げた手は特徴的な玉袋をポリポリと掻いてやがる。ヤダ、お下劣ぅ。
《は、初めまして。私はスタイ。信楽焼って……そのアバターは君が考えたのかい? 滅茶苦茶懐かしい》
コイツはAIなのか? 其れとも俺と同じ様にいづれかの時代から飛ばされてきた異邦人だろうか。
何せこの「茶球」は、どう見ても「同型機」だと思えるのだ。俺も聞いた事のあるイントネーションの喋りとか、その方言は所謂関西弁て奴かな。俺の時代のお笑い芸人が河内弁を多用していた様に思うが、アレに近い気がする。尤も、全然詳しくないのでその辺はあやふやだが。
〈ええアイコンやろ? て!? あんさん、もしかしてワイと一緒かいな?! ほんならコレ知ってる?〉
信楽狸、基「オウマ」が手を横にかざすと、次々とグリッドに映像が多重展開していく。
そのほぼ全てがどこかで見た事のある、建物であったり、お笑いのワンシーンであったり、たこ焼きなどの食べ物であったりする。あぁ、何もかもが懐かしい……
《あべのハ〇カス! あぁ!「〇ンマでっか!TV」! たこ焼き食いてー!》
『ま、マスター?』
〈おおぉぉっぉおおおお! あんさん! 同郷人やったんかい! めっちゃ嬉しいわぁぁああ!〉
思わず抱き着いてくる信楽焼狸を、何も考えずに抱き留める。
〈こんな事あるんやなぁ! ワイ信じられへん!〉
感極まって、つぶらな目から滝の様な涙を流すオウマに、俺も胸を締め付けられる思いは同じだった。
AIは生暖かく見守る事にした様で、リアクションは何もなかった。
暫くそうしていると、オウマが徐に身体を離した。
〈それにしてもあんさん、アイコン造らへんの? 何やそこはかとなく背徳感がありますわ〉
《そ、そう? 俺としちゃ飾らないつもりなんだけど》
〈まぁ、えぇよ? そんならワシも曝け出して〉
信楽焼狸が煙に巻かれてドロン、と音を立てると、見事な入れ墨を背負った、これまた見事な太鼓腹のメタボな体型の中年のオッサンが現れた。
〈へへ、どないな感じや? あ、この紋々な、別に極道とちゃうで? 馴染みの風俗の嬢ちゃんが好きやねん、てもう居らんけどな。てっへへ……兄ちゃん、綺麗な肌しとるなぁなんや艶めかしいでぇ……こうなったらイケる! もぅどれくらいご無沙汰なんか判らんくらいなんや。堪忍してや……〉
《ちょ! ちょちょちょ! ヤメ! 俺、結婚してる! 妻がいるってば!》
〈なん! 其れほんまかいな!? 他に人間居てるの?! 早よぅ言うてや!〉
俺達はリンクした精神世界で、互いにこの世界にきて見知った事などを話し合った。
さっさと戻りたかったので、今はレイに思考速度を数千倍に跳ね上げて貰っている。
〈カクカクしかじかで、ワイも参っとぅねん〉
《いや、直に「カクカクしかじか」云われても、マジで判らんて。コテコテ過ぎまっせ》
『マスター、其れ何語ですか』
あ、うつった。
にしてもこのオッサン、「ワイ」か「ワシ」どっちなんだ。多分、元の俺と同い年くらいだろうけど。
何となく声の質とか、気配で解るのだ。話し方とかある程度の経験とかそんなに離れて無い気がする。
いや、レイはソコにツッコミ入れるの? 君全知のAIだった筈じゃ
〈ハハ、うつっとるがな。おもろいな兄ちゃん……て、ホンマはワシと変わらんくらいやろ? 何となく判るで。因みにワイは〇〇で死んだハズや。多分な〉
《じゃやっぱり俺と同い年か。改めて宜しく……そんでこっちに来てどれ位経ってる?》
〈おぅ、よろしぅな! 良かったでアンタ良い人そうや。……まぁ正直言うと分かれへんねん、なんやそちらの姐さんみたいなモン、ワイにはついとらへんし〉
《AIなしって……じゃ最初きつかったンじゃ……》
〈せやで! メチャメチャきっつかったで! なんせ全く動かんかったからな! もう聞いてくれ……〉
些かクド目の浪花節……基、語るも涙聞くも涙なオウマの苦労話に因ると、こっちに来てからは完全に独りぼっちで、気が付いた場所はこの「地獄」の上の階層だった様だ。
その特徴から俺達が降りて来た最初の大地で魔物にたかられまくったらしい。
〈おっかなかったでぇ、なんせ目ぇ開けたらまんま地獄やったから〉
だが、そこでどんなに危害を加えられても傷一つ付かない有様を見て、魔物達は飽きたのかその内見向きもしなくなったとの事。
転がったりして段々自由に動ける様になると、大きな建物が有るのが判り、他に何もない荒野でいくら待っても何も変化しない事もあり、其処に行く事にした。中に入ると同じ様に魔物の群れが襲い掛かってきたが、その頃には辛うじて電撃や火炎なども習得していた事もあって、邪魔なモノは撃退し思うまま突き進んで来たが、最後にここに辿り着いた。という訳だ。
要するに特に大した情報を得られなかった。様である。
〈失敬やな。情報は手に入れてるで。あっこの「魔王」とも顔見知りやしな〉
《へ? 「魔王」て……もしかしてあっちで国津神と戦ってる相手?》
〈国津神?! そんなん居るんかいな?! ココなんなん?! やっぱり日本か!?〉
興奮しいきり立つオウマを宥めつつ、こりゃ先は長いな。
と半ば諦めつつも、俺はこのオッサンを気に入りだしたのを感じていた。
こんな地獄に来てずっと独りぼっちだったとか、余りにも可哀想に思えたし、昔の馴染みのある事柄をもっと知りたかったからだった。
其れからずっと話し合い、オウマは一緒に仲間として地上に出る事を懇願し、勿論俺も同意した。