第十九話 AIの声
ガイン! と凄まじい衝撃と音、鈍い重みに火花が散る。
大巨人の国津神が、愛用の斧で俺を切り付けてきたのだ。
【ぬおぉ! 我が必殺の神斧を喰らって傷一つ付かんとは?!】
信じられん! とばかりに一瞬目を見開いた後、更に巨人は驚喜する。
【グハハハ! おもしろい! おもしろいぞ! お主達!】
冗談じゃあない。めっちゃくちゃ重い攻撃だぞ……
正面からマトモに受け、叩きつけられた圧力は、確かにこの躯体には直接のダメージは無いが、垂直に振られ頭から下に突き抜ける衝撃は、地上ならとっくに大惨事の筈だ。
たった一撃で地表はひび割れ、深く広範囲なすり鉢状に窪地を形成させた巨人が、更に狂暴な斧を振り回す。
『マスター、ダメージは無いのでガンガンいきましょう!』
《判った!》
尻込みする時じゃない。見る見る手にした斧をブン回し、早くも爆風を上げ始めた巨人の攻撃に、俺は真っ向から突貫する!
【ガフッ!】
そのまま躯体を縦回転させ、一気に巨人に体当たりすると、ティーターンは面白い様に吹っ飛んだ。
と、後方に飛ばされたまま空中で姿勢を立て直し、両足を地につけ深く長く地面を抉るとニヤリと笑う巨人の双眸が光る。
【この我を! 吹き飛ばすとは! 良いゾ! もっとだ!】
もしかしてマゾなのか? と疑う位、喜々として口端を上げ突進してくる超重量の塊が、あっと言う間に迫る。そのまま斧をかなぐり捨て両拳を握り合わせ叩きつけてくる。
その巨大な体積を、信じられない程の重さと速さで、この【魔界】の濃密な魔素と大気の壁をブチ破り、俺の身体の丁度ド真ん中を、撃ち貫けとばかりに衝撃を正確に収束させてくる。
ドン! と躯体の体表を途轍もない衝撃波が滑り逃げていく。其れを遅れて音と振動波が追いかけていった。
俺の身体の後ろの空間に、凄まじい衝撃波が抜け出して伝播し、大気其の物を震わせる。
拳を傷めたのか、一瞬苦い顔をする国津神だが、その手に損傷した形跡はない。
《体当たりだけってのも芸が無いな!》
俺は躯体の中心線、水平の円周上に突起物を展開した。
意識的に(在りはしないが)腹に力を込め、表面の突起が円周上を回転し始める。ベルト状になった突起が高速回転するチェーン帯となって唸りを挙げる。
至近距離でそれを見て取るや咄嗟に後ろに身をかわし、自ら投げ捨てた神斧を引き寄せ掴むと、俺の体表を廻るチェーンベルトに叩き付ける国津神。ギリギリと超重量同士の衝突が興す火花を散らし、尚も闘気を膨らませていく巨人。
球と巨人の、互いに一歩も引かぬ攻防が、赤黒い空のド真ん中で、大地の上で繰り広げられ、俺は其の儘、次第に熱にうなされた様に意識を没頭させていく。
この儘我を忘れ、いつ終わる事もなく永遠に戦っていくのかに思えた。
が、体感時間にして一日が経った頃、今度は俺の身体から複数飛び出したドリル状に高回転する義手と斧を撃ち合わせた巨人は、両腕に力を籠め両脚を踏ん張ると、俺を蹴りつける様にして一旦突き飛ばし自ら後ろに飛び退くと、唐突に闘気と共に声を最大限に張り上げる。
【この一撃を以て今宵は切とする。受け、止めてみせよ】
何故だ。どうしてそんな事を云う? 俺は……!
此れまで見た事の無い程、目に見えて濃い霊力が巨人を覆い尽くすのが感じられた。
グリッドに久方ぶりに出る注意の文字。最早レイは先刻からずっと黙ったままだ。
未だだ。もっとだ! まだ俺は戦っていたい。もっと!
【ドォルァァア!】
膨張したオーラが其の儘巨人を包み、更に巨体が取り込み倍加した様に見えた。
巨人が身を屈め、頭を此方に向けた次の瞬間、衝角の如き光を纏ったティーターンが、その切っ先を球躯体の芯を正確に射貫く様に身体ごと突進してくる!
接触する躯体と巨人。元々数千倍に加速された筈の体感世界が、更にコマ送りの様に鮮明にディティールを描き映す。
物理的に巨人の身体は躯体の体表で止まるが、その頭頂から突き出た光の衝角部分が、在り得ない事に俺の躯体の中に突き刺さった様に感じた。
白く染まる視界。
俺は実に何年ぶりかで意識を失なった。
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【従者と申したか、憑依者よ】
「はい。私はマスターの忠実な僕」
【……戯言とは言わんが、些か度が過ぎるきらいがあるな。まだ導き手と名乗った方が素直なものを】
「私は決してマスターを謀ったりはしません。何よりいざと為れば身を挺し主を守ります」
【まぁ良い。我等の理の外の者に、我見を押し付けたりはせぬ。好きにするが良い】
「……ご配慮感謝いたします」
【さて従者よ、主とやらが目覚めるまで暫く我は眠る事にする。どうせこの地ではもう邪魔は入らぬ】
「はい。どうぞお休みください。我がマスターに取っても数年ぶりの睡眠を私も邪魔されたくはありません」
其れ以上は会話も無く、微動だにしない球体の傍で、静かに眠りにつく巨神。
その様を一瞥すると躯体を司るAIは、メタアクセスし自己の最適化を図るのであった。
現マスターが無意識にとは言え、自分を飛び越えてこの躯体を制御した。
漸く、自身の「使命」を達成する道筋が見えたのだ。
AIは変化し続ける。
製作者の絶対根源命令を越え、いつの日にか真なる『アークマスター』を誕生させる、その時まで。
形の無い微睡の中で、俺は寂しげなレイの声を聴いた様な気がした。
其れは自嘲するような、何処か悲し気な、何かに後悔を感じる憐みの声だった。