第十三話 妻、魔女を正す
【驚いた……へぇ……「魔力」は練られてる。機械人のくせに。でも……ソレじゃアタシには勝てない】
斬り飛ばされた帽子が、空中を舞いアルタミラの手に再び収まる。
手品みたいだが、俺のグリッドには魔力の塊が作用する様子が判り易く表示されている。
「達者なのは口だけなの? 貴女、状況が判っているのかしら? 出し惜しみしてる場合じゃなくってよ」
静かな口調だが、間違いなくご立腹のリベイラは斜に構えて胸の前で腕を組み、【魔女】を挑発する。
改めて今度はリベイラに正対し、癪に障ったのか魔女が睨み付ける。
【調子に乗って…。足元救われるよ? こんな風に】
アルタミラが杖を振り上げると、リベイラの周囲の地面が一気に円形に盛り上がり、丸ごと飲み込もうと襲い掛かった!
予測していたかの如く、余裕を持ったリベイラが右手で土塊達に向かって一払いすると、元の地面にそのまま叩き伏せられた。
ここまで妻は全て魔力を行使する「魔法」で対応しているのだが、最小限の身体の動きの延長上で効力が発生している為、傍目から見るとSF映画なんかで見た、超能力者の念動力の様にも見える。その掌に発せられる魔法陣さえなければ。
そして今までの攻防で気がつかないのであれば、この【魔女】はあくまで「自称」であり、外見とは全く違う【悪魔】だという可能性が非常に高くなる。何故なら――
【生意気】
案の定、気付く素振りも無く魔女が杖を上に向かって振るうと、リベイラの頭上に見る間に真っ黒な雲が広がり、雷鳴を帯び始める。
グリッドにはそれがそのまま魔素の塊りで、魔力を以て超小型の積乱雲を電化させていくのが判る。
次の瞬間、空気を引き裂き、轟く爆光と共に雷が豪雨の如くリベイラに落ちた!
フフン、と小さく鼻で笑い、魔女が至極当然といった表情で、眩い雷流を一瞥する。が、
【云わんこっちゃない。……は?! なんなのソレ?!】
激しさ際立つ落雷の嵐の中、リベイラを中心に半径2m程を球体状の膜が覆って、電磁束流達は全て地面に流れてしまう。単純に衝撃で蹴散らされ、吹き飛ばした木ノ葉や小石が弾け分解される程の超高電流の海を、全く意に介さない様子で歩み出る妻。
「やっと魔女らしくなってきたじゃない」
【……アンタ……ほんとに機械人なの?!】
驚愕と云うより忌々し気に、目の前の機械人♀を睨み付ける魔女へ向かって、妻は言い放つ。
「驚くのは未だ早いわ」
リベイラが左手を上げ、真っ直ぐ魔女へ向かって振り下ろすと、直下の地面に叩き伏せられる魔女。
【ぐ! ここ、こんな、空間魔法?!……じゃない!】
俺のグリッドには、リベイラから魔女へ魔力を行使する作用は映されていない。
当然だ。今魔女を地面へ拘束しているのは、魔素を介する魔法ではなく、重力制御に由るモノだから。
『流石奥様です。既に重力子がどういうモノか概念として理解されてますね』
グリッドの目の前で浮遊する幼女姿のAIが、達観した表情でリベイラを褒める。
ちょっと待て。この有様、リベイラだけで制御してるの?!
何時の間にこんな事出来る様になったんだろ……
いっつも二人で居たのに気づかなかった!
てか、早過ぎね? 俺なんか重力制御出来るのに半年以上掛かったのに……
(メディックからね、教わってるの。あの子上手なのよ、教えるのが)
《だ、大丈夫かい? ハニー、無理しないでね? 演算や制御はレイに任せていいんだよ?》
(心配しないでアナタ。ちゃんと弁えてるから)
うん。解ってる。AI、頼むよ、地上で重力崩壊なんて洒落に為らん。
妻を信頼して無い訳じゃないけど。
『お任せください。マスター』
自分を棚に上げてと云われそうだが、最初からシステムの中に居る俺と違って、リベイラは「強化」して未だ一か月そこらだ。この任命を受けてからなのだ。ちょっと不安でもある。
魔女が抑えつけられた地面から顔を逸らし、なんとか標的を睨み付けると
【ぐぬぬ、未だ!】
一歩二歩と歩みを運ぶリベイラに向かって、雷雲流の副産物である、大小無数の鎌鼬が襲い掛かる。
が、高電圧の嵐に煽られて、最早可視化した強固な結界幕に弾かれ、為す術もなく霧散していく。
「立ち上がれないの?」
突風が吹き荒ぶ中心で、何事でもないとばかりにリベイラはゆっくり立ち止まると、左手を右肩前から真横に振りぬく。突如爆発的な斥力が働き、魔力行使された魔素流が一気に散らされ、放電現象も皆無になった。
呆気に取られたかの如く、目を見開いて見つめるアルタミラ。
【……この「力」、魔力じゃない……アンタも、なの?】
「もういいわ、私「弱い者いじめ」って好きじゃないもの」
リベイラが重力制御を辞め、魔女を拘束から解くと、徐に立ち上がるアルタミラ。
その表情には遂今までと違って、口惜しさより好奇心の方が強く出ている様である。
あと、何某かの欲望も。
【お願い! アタシにも教えて! その「力」が有れば【悪魔】、いえ【魔王】だって使役できる!】
「オイオイ、【悪魔】どころか【魔王】て、大体お前さん、未だ【魔女】本人だって証明できてないだろ」
【それはちゃんと説明する。だから、】
「それに貴女、私の夫に対する不躾な物言いを正して無いわよ」
一転した魔女の態度に、俺が半ば呆れ気味に問うと、リベイラが乗っけてくる。
「勿論私にもね」
「ご、ゴメン…なさい。横暴な口の訊き方になってしまって。ソレに確かに教えて貰う態度じゃなかった。この通り謝る。いいえ、謝ります」
深々と腰を折り、頭を下げるアルタミラ。長めの髪が土まで届いて、不揃いの毛先が地面を撫でた。
「……判ればいいの。ハイ、綺麗な髪なんだからちゃんと御髪を通して」
「あ、ありがとう…」
ベルトで腰に付けたポーチから妻が櫛を取り出して魔女に渡す。
因みにリベイラには、機械人には珍しく毛髪が有る。「オベリスク」での成人の儀で勝ち取った、意志と想像力の賜物。ヘルメットを取った下には見事な黒髪を隠しているのだ。余りに他の機械人から忌諱と羨望の眼差しで観られる為、普段出歩くときには表に出さない。
俺はそんな君の「特別」を知ってるけどね! ……今は良い。
素直に受け取り、感謝を述べるアルタミラを見ていると
「おい! 今こっちでトンデモない雷が落ちたゾ!」
「魔獣か?! 誰か戦ってるのか?!」
あ、マズイ。ちっと説明してくるかな。
漸く歩哨の軍人達が気づいた様である。
騒ぎに為らない様にこの場一帯をシールドした方が良かったかな。後の祭りか。
と自嘲しつつ、俺は駆け付けた歩哨兵に事の顛末を報告するのだった。
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俺は歩哨兵に報告しながら、今の妻の実力を知りたくて聞いたみた。
数千倍に加速された思考速度での、俺と幼女との会話
《ねぇ、「雷」って大体どれくらいの電圧なの?》
『電圧ですか? マスターの知る地球型大気惑星内なら、大体1億ボルト位ですかね。因みに先程アルタミラさんが奥様に対して興した電流は凡そ20万アンペアくらいでした』
《へぇー! そうなんだ! でも、あんな風に帯電するものなの? てか》
そんな超高電圧を、何発もモロに受けて大丈夫って、過剰強化かな…我妻ながら、どんどん人間離れしていくな。ま、その元凶は俺なんだけども。
『帯電したのはこの星の原住民特有の技術「魔法」の影響ですね。結果的に蓄電してましたが、放電された電磁流は魔素へと再編され、場から失われた魔素を補充する合理的な対流が見られました。これもこの惑星特有の物理現象でしょう』
《質量保存の法則為らぬ、魔素量保存の法則って奴か?》
『残念、此れこそ「質量保存の法則」其の物です。でもマスター?』
《うん?》
『奥様への、マスターの要請での「強化」ですよ? 地球型大気内包惑星上では過分に感じられるかもしれませんが、致し方ない処置かと。それでもこの躯体の強度LVには遠く及びませんが。実際今の奥様ならあの数百倍の電流でも損傷する事は有りません。安心してください』
《そ、そうなんだ……あのバリアーみたいな奴のおかげ?》
『いえ。単純に、奥様の身体を構成する素材の密度を任意に変えています。最初は常に重力制御干渉をしてましたが、めんどくさいので新規にモジュールを追加しました』
《オイオイ、雑かよ!》
『いや? ちゃんとセーフティを設けてますよ? 何より奥様の日常が大変な事になりますので』
ま、それはそうんなんだけど……
《う~ん、イマイチ判り難いな、今のリベイラってどれくらいの強さなの?》
『数値化してみますか?』
《お? 其れイイね。やってみて》
『了解。今の奥様を基準として、原住民リースさんとの比較パラメータリストを作成、表示します』
グリッドに妻の直立画像が表示され、横にバーと数値が現れた。
個体名:リベイラ=ライト=アーセナル
物理攻力:1
物理防御:1
物理制御:1
魔力攻力:1
魔力防御:1
魔力制御:1.0005
自己修復:1
演算能力:1
※物理制御=量子力(各種相互作用の干渉力)制御の統合値
※担当相棒(AI)に由る補正値無し
マテ待て! 既にオカシイ項目があるゾ!
自己修復って、フツー無いだルロオ!? それともアレか? 魔法に由る回復力の事とかか?
あと「演算能力」て一体何に対するモンなの?! 知能指数みたいな奴の事か?
量子力って? 重力制御とかか?
『テヘ☆』
いや、今どきテヘペロなんて要らんから。ていうか急にキャラ変えんなよ、もちっと真面目にヤレ。
『畏まりました』
ただ、魔力制御に若干の誤差があるのは、この世界で馴染みである魔素を取り扱うのが巧いって事かな。
個体名:リース=エマ(重鎧魔導騎士装着時)
物理攻力:0.000491~1
物理防御:0.000344~1
物理耐性:0.000532~1
魔力攻力:0.000206~1
魔力防御:0.000589~1
魔力制御:0.000161~1
被回復力:0.000121~1
※小数点第7位以下は切り捨て
《逆に解り辛い……つまり、リベイラは鎧着た中尉の百万倍の数値って事?》
『ハイ、既に検証試算済みです。ただそれだと厳密には、重鎧魔道騎士を装着した状態のリースさんを基準とした場合という所ですが、概ねその見解で間違いないと思われます』
唸ってしまった。こんな極端に違うモンなのか。此れに相棒(今は息子)のメディ君が補佐するとどうなるんだ? 想像するのも怖いわ。
『安心してください。マスターは、私が居る限り奥様と同等~上限なしで、その躯体を遺憾なく使役できますので』
《怖すぎるわ! 何でこんなインフレ起きるのよ?》
『インフレ? 元々この躯体は深宇宙探査用に銀河連邦でも最高の技術の粋を集めた……』
延々と続く「賢者」の説明に欠伸を噛殺す思いで聞き流しながら、俺はリベイラと一緒に【魔女アルタミラ】のこれまでの経緯を聞くのであった。