第七話 魔界
「邪なるその神、そは本来「光の中の光」、真なる慈愛の最高神なり。裏切り欺瞞に満ちた「偽光」に虐げられ蔑まされ、最早「人」たる希望すら打ち捨てた、哀れな畜生たる我等に、「救い」を齎す至高の存在」
「我らはその御身に捧ぐ供物なり」
「「「供物なり」」」
底暗く、閉ざされた地下の湿った空間に、たった一つの光源が灯る、とある場所。
ここでは数十人が薄汚れたローブを纏い、祭壇に祈りを捧げていた。
その対象は、古来より形どるのも禁忌とされてきた、禍々しい「邪神像」である。
「祈り」とは本来、希望を見出し絶望に抗う行為である筈だが、この集団にとって「祈り」の依り代は、生来不遇の人生を送り、理不尽に苛まれ生きて来た、その「怨念」であり、また「祈り」その物が自分達の運命を「呪う」行為に他ならない。
皆が其々、連綿と続く云われ無き不当な処遇に泣き、弁明の余地すら与えられず、憤怒の業火に心身を焦がしてきた者達である。
その理由の一つ、【魔族】との混血の子孫たる「闇の民」は、常に歴史の裏側で暗躍してきた。
彼らには身体の何処か一部に魔物の顔が「人面痕」状に張り付き、その異形から悉く「人類の怨敵」として疎まれ続けてきた過去を持つ。
「怨」の部族長アズモワール=イナレクトは、その禍々しい儀式の間にも、地上を闊歩する忌々しい「人類」共から騙し取った数々の金品や財産の内、情報端末機を手慣れた様子で操作していた。
《確か堕としたのは、弱小王国王家の家臣であったな。金に意地汚い、扱い易い屑だった。》
堕とされた当の人物は、一族ごと裏切り者の烙印を押され、もう一押しで諸共処刑処分になる筈だったのだが、最終的には【魔】の姦計の痕跡があるとの「恩赦」に寄って、貴族の身分剥奪で済んだという。
……コレだ。実に理不尽極まりない。何故我等はそうでないのか! 必ずいつか問い詰めてヤル。
もう何度目か解らない程の、世間への恨みを思い出しながら、アズモワールは
「地上を我物顔でうろつく蛆虫達めが。「対魔族戦争」などはしゃぎおって。全く以て腹立たしい……いや、コレは僥倖と云うべきか」
「崇高なる【魔】の統括者、【魔王】様方にお知らせしなくては」
アズモワールは口端を上げ、何を案じたのか底意地の悪そうな笑みを浮かべ、祭壇に向かい呪詛めいた何かを唱えていく。
時に「人類軍」が統合発起される頃の話である。
――魔界――
種々雑多な魔物が蠢き、強大な七柱の「魔王」が治めるという、この積層型異位相空間は、「暗黒奇想書簡」の一説には、大まかに全八階層の「地獄」で構成され、惑星テラニアとは全くの別の異次元で、その規模は最早果てが無いとされる。
死後、【邪悪な魂】は生涯での罪に問われ「地獄」へ堕ちるとされているが、「天帝四柱神」はこの件に関して特に明確な「天啓」は降ろしていない。が、テラニアに於いて、「魂」は循環していて、「暗黒奇想書簡」を始めとする、「四大・暗闇の書物」は荒唐無稽の御伽噺と思われているのが、この世界の一般的な見解である。
その魔界「八大地獄」の内の一つ、「阿鼻地獄」を統べる【魔王アスモデウス】配下、地獄の大侯爵デカラビアは、五芒星形の自らの身体を揺らしつつ、今日も「罪人共」の怨嗟がこだまする、地獄の特等席で執務を取り行っていた。
「アズモワールか、ソロソロ地獄の朴訥になりに来たか?」
壁や床、果ては天井などどこもかしこもどす黒く、血の執務卓で進めていた筆を止め、片隅に浮かんだ鏡状の窓に現れたアズモワールの顔を覗き返す。その表情はデカラビアの言葉を受け、得意気だったのが直ぐ様真剣に変わる。
「滅相もございません。無論、死後はその使命を果たす所存でございますが、今は未だ……畏れ多くもこのアズモワール、魔界の大侯爵デカラビア様にご報告がございまして」
「報告とな。挙げてみよ。我の手を止めたのだ、あまりつまらんモノならお前は即刻ココの住人となる」
益々畏怖しつつ、アズモワールが地上での動向を包み隠さず報告する。一旦魔界と繋がってしまえば、侯爵級の【悪魔】には隠し事など不可能なのだ。
「対魔兵器だと? 相変わらず神族共が小賢しい」
「ハ! 如何しましょう?」
「面白いでは無いか、アスモデウス様に早速報告してみよう」
「有難きお言葉。地上の人間どもの泣き叫ぶ顔が思い浮かびます」
「人間共が絶望する程、我が地獄は強化され、我等は力を増す。程よく数は保たんといかんぞ。生かさず殺さず拷問してやろう」
「なんと力強い」
「フフン、「心地よい」の間違いだろうが。我が下僕たる者、恨みの晴らし方は心得よ」
「ハハー! 不肖このアズモワール、身命を賭してデカラビア様について参ります」
フッとデカラビア側からのコンタクトが切れた。
これから【魔王アスモデウス】に進言するのであろう。
《実に愉しみだ》
己が妄想に憑りつかれた様に、心底その時を待ち望み、「怨」の部族長は地上の人間に如何に害を与えるか、いつもの様に思案するのだった。
呪詛でのコンタクトをさっさと終わらせたデカラビアは、もう下僕の事など頭になく、あの馬鹿魔力過多の【魔王】を、どうやってこちらの意に沿う様誘導するかを、とても楽し気に妄想しながら魔王城へと消えていった。
今日も暗く、絞り出す怨嗟の声鳴り響く「阿鼻叫喚地獄」は、寝床とする魔物達への子守歌を奏で、絶賛平常運転真っ只中であった。