第五話 飛空試験
瞬く星が、今まで見たどんな夜よりも鮮やかに見える。
オーロラがまだホンの少し上に有り、緩やかに、時にダイナミックに形を変えていく。
機体を熱圏境界到達付近まで上昇させ、その場宙返りする。
機体背後に広大な宇宙空間が周り込んでくる。
正面のモニター横の抓みを段階的に廻して拡大表示すると、サブ化して小窓が開く。
拡大された大陸の映像の際が、くっきりと見えてくる。
[中々いい解像度じゃないか]
こうして見ると地球のどこかを覗いている様な感じだ。
この惑星の大気の詳細はAIから既に教えられてるので、俺は慌てる事無く試験プランを確認する。
暫く滞空して壮大な光景を堪能し、一旦降下しようとした時だった。
「……スタイ! ……オイ!? 聞こえてンのか!」
ノイズ混じりのガナリ声が繰り返し俺を呼び出す。
[聞こえてるよ親方。何か?]
「…「何か?」じゃねぇ! オメエ! そんな急加速掛けてGは…あぁもう後だ。イイか!! くれぐれも「星の外」には飛び出すンじゃねーゾ! 魔素が在るか判らんからな!」
因みに地球の大気構成とほぼ同じ、其々の層の厚さも似通っている。通信が電離層を突き抜けて届いているのは、単に電波以外の手段を用いてる為である。
[OH! そっか。えっと現在高度は、…90km強てとこか。機体内の気圧変動なし、コクピット機密よし!]
スキャンモニタはグリッドに常時表示されている。
どうも機体表面から力場が発生、周囲に不可視の膜を展開している様だ。
[バリアーの出力調整は……コレか]
少しずつ調整つまみを廻してみる。
すると程なく、完全に不可視だった魔力のバリアーが、魔素と大気の干渉を受け目視で観測できるくらいに仄かに発光しだす。
アレだな。ガスコンロを調整して青い炎に安定させるみたいだ……。
[それじゃ親方、コレから対空制動、耐久評価&出力試験をするから! データ収集、よろしく!]
それじゃ。と気合を入れて、俺はスピーカーに声を張り上げる。
「かー!、(オイ、制御モードは……)よし判った! 限界までヤッてみろ、お前さんなら死なないだろ?」
[ヘへっ]
今のところは音声通信だが、親方のニヤリと笑う気配に、思わずつられる。
[先ずは高度1万mまで自由落下、制動挙動、停止確認後、要塞飛行場上空100mで出力テスト。で行く]
「限界は守れよ? 機体が悲鳴を挙げる前にな……こっちはいつでもOKだ」
ガベロがぼやく。心配しなさんな。壊さない様、注意するからさ。
[目的地を設定……と、降下開始!]
フライトコンバータの外部出力を0へ。機体が降下し始める。四肢とコンバータ、胴体の機体全体で空気抵抗を稼ぐ。今は初速が無い為か摩擦は思ったより少ない。
まだ高度に余裕があるので暫く様子をみる。徐々に速度が増していく。
最終的に降下速度は軽く時速2000kmを上回ったが、一切増速していない為其れ以上の加速は無し。
機体を中心に半径20m位の外側が、球状に赤熱し空気を切り裂いていく。
が、突然炎は晴れた。落下速度が少し落ちた様だ。その後は一定したまま降下する。
グリッドで見ると、遥か下に浮かぶ雲が徐々に接近してくる。
高度2万mを切った。カウントを始める。
「1万9千、1万8千、1万7千……1万1千」
操縦桿を右手、スロットルレバーを左手に
「……到達!」
高度10kmで一気にフルブレーキング!
フライトコンバータ外部出力を全速逆噴射!
残り約9900mで完全停止を確認。
あのスピードで制動から停止まで100m弱?
コレダメかも。俺じゃなきゃ「ミンチより酷ぇ」事になってた。
こちらのスキャンモニタ上では、機体に特に異常はなく、全力制動時にもパーツの「鳴り」も挙げなかった。ほぉ…大した機体強度だ。
「…アゥ…」
[機体各部問題無し。今からそっちに行く。着いたら出力限界測定に移行するから、よろしく]
地上の職人達は、当然機体の様子をモニターしている筈だが、突然静かになったので、俺は一旦状況を素早く知らせる。
「…オイオイ…!」
「…な!ぁ…コレ……計器…壊れてんじゃ?…」
「マジかよ…この数値、エグイぜ…いや、もうそんなモンじゃ…」
「ちょっ…っっと! スタイさん?! 貴方無事なの?!」
[うん? 全然無事だけど? なんで?]
「なんでって…」
他にも親方達のどよめきがノイズ越しに聞こえた。
「クハハ…あいっ…変わらず…無茶苦茶な奴だぜ…ハハ」
聞こえてきた親方の苦笑いに、何か唖然とした空気を感じたが、まぁ、大体は理解したので敢て触れずにそのまま進む。
降下しつつ、機体を操作して目的地へ向け移動。
やがて帝都と、その隣の同じ位の敷地の要塞が目視で見えて来た。
機体の飛行モニターに、アプローチバーが示され、俺は目的の飛行場上空域に侵入する。
特務団はもうとっくに準備出来ている。との返事が来たので、シンプルに告げる。
[出力全開!]
操縦桿を握りパワーLVゲージを最大に、ブーストペダルを思いっきり踏み込む!
計器は光度を増し、パワー関連のモノ全てが軒並み跳ね上がる。
《レイ、危なくなってきた時は頼む》
『了解でっす』
鼻くそホジリながらポニテ幼女が、どうでも良さげに漂っている。コレで全てをモニターしてるのは解っているので今更何も言わない。
昔なら《コイツは一回〆とかないと》等と感じたモノだが。
機体その物に「力」が漲ってくるのが判る。周囲の大気等は大人しく、機体自身悲鳴も上げず、無理なく存在している。
グリッドには紋章が力強く発光し、周囲の魔素を取り込み機体の全身に魔力が行き渡り、バリアーはその内側で、最早常に放出される圧力を持った強力な力場へと転換され、更に余剰分が時折プラズマ状の放電に似た現象を起こすという、非常に独特の安定した循環を示している。
不安定だとか、暴走、爆発する等そういった予兆は無く、ただただ非常に強固な存在としてその場に滞空し続けた。
[凄いな。取り込んだ魔素を力場にして放出とは。とても安定してる。流石だ。テストタイプで既に完成してるよ]
「フフン。俺を誰だと思っている?」
「「俺達を。だろ」だな。」
「「転換炉」の面目躍如ですね」
「その状態で1時間も安定してりゃ充分だ! スタイ、今日はもう降りてこい!」
[あ、ちょっと待ってくれ。あと一個だけやらせてくれ]
「なんだ? まだなんかあんのか?」
[一回だけ武装テスト!]
「あ! オイ!」
俺は例のテストブースに機体を寄せると、態々台車に載せて移動して貰った、専用連装砲を取り出し構えさせる。
「モノっ凄いパワーですよ! スタイさん! 一発ブチかましてください!」
バリアーを纏う機体の起こす爆風に辛うじて巻き込まれない様、其れでもブースの外に出て来たヘッドセットレシーバーをした武装技術主任のクラレンスが、ビッと人差し指で着弾場を指して見せる。
[危ないから離れてろ!]
グっとサムズアップすると、クラレンス君が元気に走ってブースに戻っていく。
[…ノーマルパワーピーク時の、空中での反動も測定しないとな]
俺はワクワクしながら呟く。地上30m付近で機体を固定すると的場に向かって狙いを付ける。
自然にグリッドのロックオンマーカーと、コクピットモニターのマーカーがリンクした。
どうやらレイが照準補正をしてくれた様だ。
何時の間にか俺の身体の後ろから細い金属手が出ていた。
『オッケーですよ、マスター』
いい加減鼻ほじるのヤメなさい。行儀悪いよ?
[ロックオン。ファイヤ!]
大音響が轟き、少し遅れて振動と衝撃波が来た。
『あ~ぁ』
幼女レイがさもありなん。と首を横に振って肩をすくめて見せた。
今更かよ! 注意してよね!
『ま、着弾点付近には誰も居なかったんで。あ、勿論削れた山にもです』
地形を変えたその一撃に、後に事の真相を知らされた付近の住人達は恐れ慄いたという。
出力を上げきった状態でコネクトし、想定外の速度で発射された砲弾は、その恐るべき運動エネルギー故に、着弾場の的諸共後ろの山を貫通、粉砕した。斜めに深い溝を作って。
機体から降りた俺が軍警察に身柄を拘束され、基地司令直々に呼び出しをくらい、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。