第四話 STA試験運用開始
グスマンと別れた後、自室に戻りリンクパスを繋いでメディ君を呼び出し、妻と定時連絡しあう。
あちらは至って順調、一か月後にはこちらに戻ると伝えるリベイラ。
あぁ、早く戻って来ておくれ。でも身体は大事にね。無理しない様に。
等と話すと
「アナタの父様は心配性ですねぇ。きっと過保護になるんでしょうね」
リベイラは聖母の面持ちで鳩尾辺りをさする。俺は仄かに発光する腹部に触れる。
リンク中の精神世界の話とはいえ、柔らかくも静かに力強く鼓動する我が子に、俺は震える程の感動を覚えた。
午後の開始時刻丁度に俺は格納庫に着いた。
活気に満ち、皆忙しなく動いている。STAは既に背中にコンバータを装着し、専用ケージに固定されている。
俺を見つけた親方の怒声が響く。
「おーい、こっちだ! ちょいとコレみろ」
[ほい、来たぞと。なにコレ? 新しい仕様書?]
「あぁ、お前さんなら直ぐ見終わるだろ。……あの嬢ちゃんの件、聞いたぜ。済まなかったな」
[嬢ちゃん? あぁリース中尉の事か。参ったよ。てっきりテストは最初から最後まで全部俺だと思いこんでたからさ]
「ま悪かったな。コレからはパイロットの奴の事も考えなきゃならんか」
[いや、親方が謝る事じゃないって。……にしてもしおらしいな。明日は斧でも降るかな。どうしたの?]
珍しい事もあるもんだ。あの親方がねぇ。初めて会った頃とはまた少し変わったのかな。
「ただお前さんに悪いと思ったんだろうよ」
ボソッと呟くガベロの声が聞こえた。
そっかソレは……丁度良い、とばかりにリース中尉の事を頼んでみる。序でにグスマンの事も。
親方は二つ返事でOKした。中尉は元々仕事熱心なだけで、別に皆の評判も悪い訳では無いらしい。
グスマンは云わずと知れた有名人だし、親方達とも「交流」という名の呑み会で何度も飲み比べする仲である。
「ンでよ、機体なんだが、どうするよ? 数は確かに在るんだぜ?」
[は? ……何機?]
「タイプ別に組み上がってるから、……今んとこ全部で5機だ」
[ほぅ! 結構あるんだ。ちょっと待って……解った、書いてあった。さっきの計画仕様書に。でまさか俺全部動かして良いの?]
「察しが良い奴は好きだぜ。一通り乗ってみるだろ? ベースが決まりゃこっちも楽だ」
[イイね! やるよ勿論!]
早速一番前に置いてあるケージへ向かい、下からSTAを見上げる。
計画仕様書ではコイツの機体名は「ブルジン」だった。
汎用型では有るが、より空戦を重視した軽く速いタイプだ。もう一機の汎用型とは双璧を成す。
他三機にも役割が其々ある。
バケットみたいな物が付いたクレーンに押し上げられ俺はコクピットに乗り込む。
胸部の装甲が割れ、上に跳ね上がった内蔵ハッチを内側から見る。
流石にマジックミラーじゃないのか。のっぺりとした滑らかな面だ。
複座式だが今は俺一人なのでパイロット側のシートに座る。コーパイシートは上の奥にある。
縦にレイアウトされた、奥行も十分なクリアランスが取られている。
シート脇に突き出る形の左右の操縦桿を握ってみる。不思議なコンソールだ。だが、解る。
全てAIのおかげなんだけど。
水平、高度、速度、出力、方位など他にも細かな物で最低限の計器類は揃っている様だ。
レイが一切しゃべらないのが気になるが。
『特に目新しい物がないので。因みにもうとっくに解析終わってます』
気に入ってるのか俺のグリッドに幼女なレイが現れた。
《大人しいと思ったら、解析に集中してたのか》
『マスター、私を誰だと……こんなアナクロなシステム、一瞬でしたけど!』
《んじゃどうして黙ってたの?》
『いやぁ、あんまりアレなので電気的にちょちょいってハッキングしようと思ったんですけど、全部物理アイテムですよね。アレしかないかなって』
幼女姿になると話し方まで変わる。キャラ作ってんなぁ。
「良いか? 火を入れてみろ」
開け放したままのハッチの外から親方の指示が飛ぶ。
[了解]
中央の操縦桿を握り、桿頭の蓋を押し上げスイッチを押す。同時に「魔力」をほんの少し注ぐ。これもレイのお蔭で習得した業である。
モニター面が機能すると同時に次々とコンソールが点灯し、機体に命が、血が通っていく。スキャンすると例の紋章に謎の液体が浸透していくのが分った。
それが紋章を満たすと紋章自体が仄かに発光し、機体に力が漲っていく。
「よーし、火が入ったな、オイ、邪魔なモンはどけろ! 動かすぞ!」
[通信チャンネルオープン]
「お、気が利くじゃねぇか。マーシ! モニターしてっか? 好し良いぞ」
[計器異常なし。出力安定、初期起動よし。STA「ブルジン」、発進!]
『ノリノリですね~』
《ったり前よ! オラ、ワクワクしてきたゾ!》
格納庫の床を巨大な機体がその足を踏み出していく。右、左、歩く。順調だ。各関節のクリアランスも良い様だ。
いや、ちょっとバランスが、左右じゃなくて前後になんか違和感があるな。
補正するか……その前に。
「挙動に問題無ーし!」
[ちょっと待った親方、コンバータの接続上手くいってる?]
「あん? オイ、どうだ……接続は完全だ。なんだ、何かあるのか?」
[んじゃコレ重量配分だな。背中にしょってる分、どうしても前屈み気味にしないと、後ろにひっくり返りそうで]
「あー! そうっか! ソレだそれ。な~んか引っかかってたんだ」
「いや、結構試したゾ? ただやっぱり動いてみないと加減が分らんのは仕方ないって」
[調整は良いとこまで来てると思う。これだけ動いてもそっくり返るワケじゃないし、違和感てだけだからもう少し]
「スタイさん、これに妥協する訳にはいかないので、私達に気を遣わないでドンドン言って下さい」
確かにその通りだ。寧ろその為の試験運用なんだから遠慮したらダメなんだ。
俺は気になる点、気にならなくても感じた事は全部逐一報告した。
結局背中に背負い物をしたお蔭で、一からバランスを取り直す事になった。
後、携行武装も持つから。と訴えると、ソレは機体の非武装の状態を基本にするので、その都度補正する方向で考えているとの事。
職人さん達も大変だな、こりゃ。
結局弄っては直し、弄っては直しを一週間繰り返し、5機のアライメントを一新した。
その頃には走る、止まる、跳ねる、携行武装を撃つなどの地上動作ではほぼ問題は無くなり、いよいよ飛行試験へとこぎ着けた。
《レイが手伝ってくれたらこんなの直ぐ終わるのにねぇ?》
『それはヤリませんよ? 銀河連邦法でしっかりお咎め受けますから!』
《そんなのココに居ないし、絶対的に遠いんでしょ? 誰も見てないって~》
『マスターが悪に染まってる! ま、ぶっちゃけ私のさじ加減次第なんですけどねぇ』
『でもマスター、実際どうなんです? 一つの文明圏が崩壊する切っ掛けになりますか?』
《や、やだなぁ。んな訳ないでしょ? でもさ、言ってたじゃん? 無双できるーとか》
『機体の操縦補佐とかなら別に良いですよ? 必要以上に魔改造しないってだけですから』
好シ! それで行こう。
もう見慣れた格納庫から出ると、飛行試験離着陸場へ機体を向かわせる。
頻繁に行き来する武装試射試験場からは、少しばかり離れているが、STAの歩幅なら直ぐだ。
ジェット用の滑走路を思わせる、だだっ広い硬く舗装された広場に等間隔でサークルが敷設されている。
その内の一つに機体を歩かせ、十字のポイントがマークしてある円の中央で停止。俺は操縦桿を握り直し、ウズウズはやり昂る気持ちを抑えた。
やっと親方からGOサインが出た。
「転換炉、コンバータとの入出力接続、異常なし」
「いつでもOKだ! スタイ、最初は加減しろよ!」
[了解だ親方。浮遊開始]
機体を直立させ出力を上げる。
コンバータに力が広がっていく。
軽く上昇してホバリング。
機体はブレる事無く安定している。因みに今はまだAIは補佐していない。
[機体バランス良好]
「よっしゃ!…」
通信機越しに、職人達の少し緊張気味の声が入って来る。
ブーストペダルを徐々に押し込み、パワーLVゲージをプリセット中に設定。
[ではこれより、試験プランを実行する…ブルジン、飛ぶぞ!]
おお! 飛んでる! 速い速い。
[平行移動…]
スムーズだ。
[上昇…]
良いね。
[下降…]
問題無し。
急加速急停止、その場旋回、宙返り、側転宙返り。滑らかだ。
全て問題なさそうである。
「良し!…好し!… イイぞ!」
親方達「マイスター特務団」から歓声が上がる。
スピーカーノイズが出るなぁ。コレは取り換えかな。
……そういや明日からグスマンや、例のリース中尉が参加するらしいな。
コレは良い慣熟飛行訓練になりそうだ。
俺はブーストペダルを踏みこみ、角度を付けて斜光眩しい真っ青な空に、一気に上昇していった。