第二話 職人達
はやる気持ちを抑えて俺はノルマを淡々とこなす。さっさと片付けて「アレ」を見に行きたいからだ。
「はーい、午前中の分はコレでクリアでっす! お疲れっしたー」
[お疲れ! んじゃ休憩いってくる。午後の開始には戻るから~]
専用武装技術主任のクラレンスからノルマ達成の報が出ると、俺は速攻でラボを出る。
追加試験は午後にでも言ってくれ。
ラボのスタッフ達と主任が声を掛けてくる頃には、もう聞こえない振りが出来る距離まで脱出していた。
「あ、スタイさん、この一斉射の……て、早っ! もう居ないし」
「相っ変わらずデタラメな人っスよねぇ。……生身でコイツを二挺撃ちする「人」なんて考えてもみなかったっス」
「ま普通じゃ1個だって持てやしねぇしな、見た目通り」
「いや、コレどう見たって「人」用じゃねーし!? 大体人間が「持って撃てる」なんて誰も思わないっての!」
「アレ魔法強化でもないッしょ? どうなってんですかねぇ? 機械人て皆ああなのかって勘ぐっちまう」
「アノ人は特別だって。同じ〔明けの星風〕のメンツも口揃えて言ってるし……」
「常識外。ていうか」
「「「変な人」」だよね」
ソイツは専用ケージに載せられたまま、ソコにあった。
最初にコイツを親方から見せられた時は、本当に飛び上がって感嘆したモノだった。
まぁ今でもそうなんだが。
――重甲冑飛翔戦闘兵装。等とルビを振られたプロトタイプデータには正しく中二病を発症、基、男心をくすぐる画像。
凡そ14m程の、外見は昆虫を思わせる、生物的で流れる様なフォルム。
怒り肩気味の肩部には外側に何かを取り付けるラックが有り、腕は立ち上がると膝上位まである。
二本脚で、腰部は比較的小さいが、胴体は腹部と突き出た胸部がしっかりとその存在を主張している。
複座式で、機体を操縦するパイロットと、火器管制や通信、索敵等を受け持つコ―パイで制御する。
そう、コイツは完全にかの有名な、MSとかACとかABとかに代表される、「乗って動かすロボ」なのだ!
特にABとか。近いよな、AB。
『マスター、はしゃぎ過ぎです』
アルペンスト要塞の広大な敷地の三分の一程も占める、超巨大な工場区画の一角に、この機動兵器を試験運用する格納庫があった。
ラボから途中転がって来た俺は、変形する事も忘れて浮かんで近づいたり、ケージの下から見上げたりと、テンション上がり捲りで眺めていた。
すると物陰に、複数の人物が居るのがグリッドに示される。
「お出でなすったな、玉っコロ」
[親方! コイツってやっぱりABだよね?! ね?]
「なんだぁ? エービーって?」
「あ~ホラ、親父、スタイが言いたいのは多分アレなんじゃねぇか? コイツの名称とか、そんな感じの奴だろ」
機体の影からノッソリ出て来たのはデイフェロとガベロの師弟コンビ。
他にも複数の人影が、彼方此方からワラワラと集まってきた。
それを横目にドワーフ師弟コンビは、興奮気味の俺をしょうがねぇな。って感じでいなす。
[だ、か、ら、オーラ・バ]
『マスター!』
「コイツは「霊力可動式飛翔重甲冑兵装」だっつってんだろ。仕様書見てねぇのか?」
ええ~、絶対アレだよ。サイズは倍くらいデカいけどさ。
「スピリチュアル・タクティカル・アームズ。略してSTAてトコでしょうか。スタイさん、待ってましたよ」
[ソレで行こう! カチュアさん、ナイスネーミング。て、待ってた。て、なに?]
ニッコリほほ笑む、頭に小さな羽と背中に翼のあるこの女性は天人族のカチュアさん。
3年前にココで親方達と再会した際、親方率いる「マイスター特務団」の一員として紹介された。
スレンダーボディで長身。んであんまり凸凹はない。は、余計な事なので御くびにも出さないけど。
第一印象をそう嫁に話したら「ソレ絶対言っちゃダメよ! 種族的特徴なんだから」て釘刺されたんだよね。
「わ、私が名付けた訳じゃないんですけどね。……それより師匠、スタイさんに伝わって無い様ですけど?」
「あん? ……そりゃイヒトの奴が……オイ? そういやアイツ、今日見掛けねぇな」
「「お前明日は非番だろ!」て夕べ、親父がしこたま飲ませ捲ったろ。ソレから見てねぇな」
「……ン~で、スタイ、お前さん昼からコッチでコイツのテストやってくれ。な」
イヒトさん、親方に呑まされたんだな。可哀想に。て誰か知らないけど。
[え!? イイの? やった! ヤルヤル! 俺テストパイロットやる!]
「……お前さん、変わったなぁ……」
親方が呆れ気味に呟く。が、関係ないね!
俺は俄然ヤル気が出て来て根掘り葉掘訊き、レクチャーを受ける。
『マスタぁ? 私が居るのをお忘れですかぁ? こんなの一瞬で終わらせますけどぉ?』
グリッドにポン! とポニーテ―ルの幼女姿に擬人化したAIが出てくる。不貞腐れ顔だ。
《解ってないなぁ。俺が自分で動かす事に意味があるのに。女子供に男の浪漫は判らんか》
『おやぁ? 私がコーパイやればマスターが一人で動かす&俺ツエーな事も可能なんですがそれは』
《レイさんソレもっと詳しく》
―――――――
「あ~、コイツは云わずとしれた「戦神アレス」様、「炎神/鍛冶神ヘパイストス」様、「光明神ハイペリオン」様達を始め様々な「神族」様の天啓を受けて新規開発された代物だ」
親方と、親方が途中めんどくさがって「端折り過ぎ」だと突っ込みを入れてきたガベロ師、天人族のカチュアさん、他にも「極」の称号持ちの弟子職人達が一斉に説明する。
「要するにコイツには「魔力炉」なんてモノは積んで無い。装甲の裏を見ろ。似た様な紋章がずぅっと彫り込んであるだろ? 神官様や魔導師の先生方に手伝って貰ってるのは、コレを転写する為だ」
ガベロ師の口上に、今度は空かさずカチュアさんが口を挟む。
「厳密に言えば独立した「魔力出力炉」を内蔵するのではなくて、機体その物が大気中の魔素を魔力へ変換する「魔素転換炉」なんです。ガベロさんが言った装甲の紋章は、……ケホ! ケホ! ……あぁ、ありがとうございます」
喉が弱いのか、掠れた声を潤す様に、奨められた飲み物をグイっと呑み下すとカチュアさんが続ける。
「失礼しました。……通常、「魔法陣」はソレその物が魔力で発現する発光現象なんですが、魔法の発動直前から発動後までセットされ魔法効果を「保障」してくれます。が、ココが問題だったんですよ。魔導のみの強化では時間が限られてしまうのです」
別の老いた人族の職人が引き継ぐ。確かロメロ爺さんとか呼ばれてる人だったか。
「「魔法陣」はあくまで「切っ掛け」と「効果」を保証するサインなんじゃ。ずっと強化魔法を発動し続けるには相応の詠唱が必要じゃからの。ソレに膨大な魔力もな。ワシらは最初から魔法のみでの制御は不可能、と踏んでおったんじゃ。何せ既存の、人が纏う重鎧魔導騎士ですら連続稼働時間に問題を抱えておるからの。こんな、巨人でも追い越そうかと言わんばかりの巨体を動かすとなると、とてもとても。……ソコでじゃ、もっと恒久的に、且つ出力増加可能な機構を思いついた。と云う訳じゃ」
ロメロ爺さんの長丁場な台詞を引き継いだのは、比較的若い獣人族チューリー(♀)。
「ソレがこの刻印呪文機甲、「魔素を取り込んで魔力に変換する」紋章を直接装甲に彫り込んだ、「魔素転換装甲」なのさ。紋章の数が多ければ多い程出力もアップするし、他にも物理や魔法の攻撃を跳ね返す保護鏡面膜を発生させる紋章も刻んでるんだよ」
職人達には皆、目力がある。新しい玩具、基、新規開発の仕事にきっと燃えているのだろう。俺の様に。
「無論装甲だけのガランドウじゃないのは見て判るね。主に死んだ魔獣の筋肉を流用して機体の稼働強化や、各駆動系を構成、支えてるんだ」
職人にしては丁寧な話し方をするノームのメノム(♂)に俺は問う。
[死んだ筋肉って、壊疽とか防腐処理とか大変じゃない?]
「いやいや。……今までその概念すら無かった完全に新規な兵器を開発するよりは、それはそれ程難しくはないよ? 僕達には何千年も魔獣を狩り、魔族と戦ってきた歴史があるからね、勿論人類種族単位としての話だけど。……従来の武器にも、魔獣の筋線維や体毛その他を利用したモノは多々あるし。」
[なるほどね。防腐処理なんかは、既にある程度システム的に出来上がってるって事か。]
……ただ、それをどう活かしているのか? て事なんだが……
俺がそう告げると、他の職人達がさも面白そうに口を挟もうとするのを、メノムが小さな手で制して再び説明しだした。
「フフ、実はココからがボク達の腕の見せ所だったんだけどね! 神経や内骨格があるんだよ。コイツにはさ」
[へ? 死んだ筋肉で??……それは?]
まさか、死んだ細胞組織を生き返らせて?
そりゃ完全に『死者復活、蘇生術』って奴じゃん?
それともあれか? ゾンビ的な何かか?
『マスター、先ずはこの小人さんの説明を聞いてみましょうよ?』
イマイチ冴えない頭で憶測が回るが、アバターを解除しない幼女姿のAIに促され、結局黙って聞く事にした。
ノームのメノムは変わらず饒舌に語り続ける。
「鎧虫って知ってるよね? あの子達って実はかなり脳が小さいんだよね。身体に比べるとさ」
[ううん?]
「生体と死骸に唯一「違いが無い」のがあの子達の特徴なんだけどね、何の話かというと、死骸に適切な神経パルスを送ると生前と同じ様に活動するんだ、しかも全く支障なく」
[え? 意味が解らない……死んでない、死なないって事?]
「ううん。僕達とは生体として根本的に違う生き物だって事さ。なにか世界のパーツとして存在してるって感じかな。でもちゃんと生きてる限り卵を産んで増えていくし、生物のカテゴリからはそんなに逸脱してはいないんだけど、本能と呼べるモノさえあるか解らない。森や荒野、はたまた深海にも生息して生態系を旨く調整してる。そんな役割なんじゃないかな」
[えっと……]
「ゴメン、話がそれたね。それで、比較的綺麗な死骸を甲羅は装甲の素に、神経は丁寧に剥ぎ取って、内骨格に張り付けた元魔獣の筋肉に絡ませる。そして一度微弱な魔力や電気を「適切な神経パルス」にして通すと、たちまち定着して強靭な筋線維になるんだ。まるで最初からその為に存在した様にね」
どうだ凄いでしょ。と言わんばかりに胸を張る小人族。ちと可愛いのが玉にきず。
言ってる事結構怖いぞ。
トト族の五人の顔が浮かぶ。そういや親方に乞われて、鉱山に部族ごと出かけてるんだっけ。
ま、Aランクの傭兵団に守られてるからそんなに心配はしてないけど。
ムスっと黙っていたモナド(ドワーフおっさん)が口を開く。最初見た時は、親方やガベロと並ぶとドワーフ三兄弟か。と内心噴出したモノだ。無論髪の色とか顔とか全く違うのだが、なんか、やっぱり似てる。
「鎧虫の羽は飛行する時に大いに役立つゾ。名前にもあるがぁ、コイツぁ勿論飛べる。今、散々皆がお前さんにヤレ「出力だ」ヤレ「魔素転換だ」なぁんて言ってたなぁ、コイツが背負う、この「飛翔出力装置」に大きく関わって来る」
ほほう! モチロン知ってますとも! アレですね!
俺が更に喰い付く様に頷くと、心得た! とばかりに饒舌になるモナド。
「Fパワコンは、機体出力の底上げと安定、且つ、空を飛ぶ魔族や邪竜達との対空戦闘を考慮したモンだ。大昔の大戦争じゃぁ、空を埋め尽くす程の翼竜共を従えた奴がいたらしいからなぁ…。因みに理論上、コイツの旋回性能はぁ、翼竜なんかとは比べ物にならんゼ? 邪竜と対抗しても、負けねぇ工夫もやっとる。当然スピードもな。お前さんなら良い飛行テストになるだろうサ。並の人間じゃあ先ず無理ってぇトコまで、ガンガン引き出してくれ!」
おう! 任せなさい!
『マスター、変なフラグ立てないでくださいヨ?』
「んでェ最後に…。純粋に魔素を魔力変換する筈のこの機体の正式名称は、実は「霊力式」の記述になっとる…。どういう事か解るか?」
[ンン……? ピン、とこないな?]
俺が首を傾げると、丁度正午を告げるサイレンがなった。軍隊形式の時報みたいなものだ。
「おっと、もう昼時かぁ…。俺達ぁアンタが来る前に済ませたが、スタイ殿は未だだろ? 行ってコイヨ」
[う~ん、ま、そうするかな]
別に無理に喰わなくても良いんだけど…、ちょっと嫁方に連絡する用事もあるンでね。
てか、半強制的になんだけど。
「と、云う訳でスタイ、昼飯喰ったらそのままコッチ来い。後はコンバータ付ければ俺等が調整すっから」
親方がまとめた。眠そうなのは気のせいだよな?
「ふぁあふ! 長々説明すんのも飽きるゼ! 俺達ぁモノ造ってこその職人だしな。俺は…一旦寝るぜ、組みあがったら起こしてくれ……悪いが爺様よ、後ぁ頼んだ(俺ぁここンとこ寝てねぇんだ)」
てかアンタ、最初と最後しかしゃべってねぇじゃん。ま、親方らしい、つーか。
「やれやれ、年寄り使いが荒いのぅ…(解っとる、寝れる内に寝ろ)」
「ロメロさん、貴方には別件でこちらをお願いしたいのですが…」
「ほっほぅ? なんじゃ、気が利く奴もおるもんじゃ」
「いやいや、師匠とタメはれンの、爺っちゃん位だし!」
「そうそう力仕事より、よっぽどやって貰う事あるんだから…」
(へえ、中々良いチームワークじゃないか…)
実際、親方の留守の際にはロメロ爺さんの指導の元、これまでの成果を挙げてきたらしい。
まぁ、俺は後で聞いて知ったんだが。
親方と爺さんのアイコンタクトはそういう事か。
「ハイハイ、仕方ねーな。んじゃ皆! とっととヤルぞ!」
「へーい」
ガベロがパンパンと手を叩くと、職人達は場の空気を換える。
俺もやる事はある。何より妻と連絡取りたいし、クラレンス達にも知らせとかないとな。
[じゃ、あとで!]
俺はとっとと格納庫の出口に向かった。球のままだから手は振れない。
「おぅ……俺もちょっと寝っかな」
「ガベロは寝てな。今日から一番弟子は俺だ」
「はぁん? 寝ぼけンなモナド、オメエには未だやらんゼ」
「何が寝ぼけてるだ。オメェ、何様だぁ?」
「全く…。ドワーフって、どうしてこう血の気が多いんでしょうかねぇ!」
「だよねぇ、職人より冒険者の方が絶対合ってるって、性格的に」
「アイツ等二人ともBランク以上だぞ。めんどくさくて更新しないからって、そのまま放置してるだけ」
「決着つけてもイイんだぜ? あン時のよぉ!」
「上等だコラァ!」
「また始まった。……いい加減、ウザイ」
なんかもう取っ組み合い始めそうなんだけど……あ、大丈夫かな。
気の強そうな獣人のオバサン基、ご婦人が水ぶっかけてるし。……おぅおぅドヤされてンなぁ。
職人ならアレで充分だ。頭冷やすだろ。
数十人の職人達とその直弟子達がヤイヤイ騒ぎつつも、案の定自ずと持ち場へ散り散りになり、手を動かすのを遠目に確認すると、俺は食堂へと向かった。