第一話 人類軍
――イストニア帝国首都ラゴア領アルペンスト軍事基地――
世界最大の軍事国家であるイストニア帝国は、その首都ラゴアの西門に隣接したアルペンスト要塞で目下対魔族戦の戦略・戦術構想を繰り広げていた。
今や「神族」の天啓をほぼ毎日の様に授かり、要塞内はハチの巣を突いた様な喧噪に満ちている。
人類軍にとり最早「帝都」とは、ここ最近このアルペンスト要塞を示す様になっていた。
数年前から諸国の著名人達や団体等が召集され、結集した各々の協力の元、史上嘗てない規模の軍備が日々着々と進行している。
因みに圧倒的物量と新開発の「兵器群」を主体とするのがイストニア帝国。
精霊や天使、神聖&魔導等の魔力攻勢が主体の「聖都」を有するアッカド聖導王朝。
史上最長の歴史と文化を保ち、有能な機械人を多数排出し、且つ独自の戦力を有する機械都市国家。
全ての国境を超越し、君臨し続ける各ギルドの後ろ盾となるグランバレット共和連合。
この四大勢力が各地の神殿から下る「天啓」を以て人類を纏め上げている。
新兵器開発はアルペンスト要塞内で各機関の協力と活発な技術競争により日進月歩である。
技術派遣団の交流により開発され量産化したモノは其々四大勢力圏内にフィードバックされつつあるのだ。
スタイ達〔明けの星風〕が帝都に召喚され、拠点を構える様になって早三年の時が経っていた。
ギルドランクでは既にSランクに昇格し、今や誰もが知る存在となったメンバー達は、現在はソロで活動する事が多くなっている。
魔獣退治に明け暮れる必要が無くなった代わりに、新兵器のテストを要請される為である。
グスマンとレジーナも、イセリアがほぼ帝都の神殿と要塞を行き来するだけになり、護衛の任は解かれたモノの、古巣の〔明けの星風〕のメンバーと共に使用試験を繰り返していた。
俺は要塞内の堅牢な防護壁に囲まれた試験場に来ていた。今は日常では殆ど人型形態だ。
何故なら妻に由ると、他人前で素の球形態は機械人として「お行儀が悪い」らしい。
今日は他の傭兵の奴と、確かグスマンが来るって聞いたな。
――ココに派遣される様になってもう三年近く経つ。
最早馴染みの職場と化したラボには、今も交代制でスタッフ達が精力的に働いている。
昨日の成果が今日も当然の様に更新されていく。
そんなきちがいじみた速度で改良、新規開発されていく中で、手軽な物は更に磨かれ各国の生活圏にもフィードバックされ量産されていった。
三年前には存在すらしなかった様々な機器や装置は、今や日用品と変わらぬ頻度で十全に活用されている、技術革新真っ只中の日々――
インナーウェアといった感丸出しの軽装で、のしのしと歩いてくる筋肉の塊なオッサンが見えた。
最近益々親父臭くなったグスマンである。俺を見つけると軽く手を振って近づいてくる。
険の無い優しい笑顔がソレを載せている身体と好対照で、なんだかコミカルにさえ見える。
夫妻になる前は、かなり短く剃っていたラウンド髭も、今は顎髭のみで綺麗に手入れされている。
如何にも好印象なパパって感じの洒落乙だ……グスマンも変わったな。
「よぅ! スタイ、三か月ぶりか? お互い忙しいな」
[うむ。グスマンも息災そうでなにより。奥さんとお子さん達は元気か?]
「あぁ、チビ達もカミさんも至って健康だ。……ま、昨日やっと家に帰れてな。仕事とは言え、二週間も顔を合わせないのはダメだな」
[おや? もしかして泣かれた?]
「う~む、抱き上げたらもう火が付いた様にな。結構応えるもんだ」
[確か一歳と? 上の子は?]
「二歳だ。ここに赴任した後すぐ産気づいたからな」
[そっか。そういやグラバイドは産休取るって息巻いてたらしい]
「聞いた。それでカミさんのアビゲイルにドヤされたって……」
[ブハハハ! アイツらしいな]
「プハハハ! 確かに。あぁ、ダスティン達はどうだ? 何か聞いてるか?」
[勿論、相変わらず嫁さんにべったりだ。あ、もうすぐ生まれるって言ってたな]
「そうか。もう坊やとは呼べんな。俺も歳を取るワケだ」
いやいや、心配せんでもお前さんは後50年は現役でイケそうだぞ?
[ま、お互いな。ハハハ]
「ハハハ。おっと、ソロソロ準備出来た様だ。また後で!」
[あぁ! 後で]
俺のカミさんの事を聞かれなかったのは、元々仲の良いレジーナから聞いてたのだろう。
リベイラは今は実家に帰っている。別に別居とか離婚したとかじゃない。
寧ろ結婚する前よりもっと親密になった。実家に戻ったのは妻の中に新たな意識が芽生えたからだ。
メディ君による診断なので間違いないだろう。母メローダに相談する、珍しくオロオロとしたリベイラの様子が新鮮だった。
さてと、こっちも準備が出来た様だし、ソロソロ専用ブースに戻るか。
なんか一部から妙な視線を感じるけど。何も言ってこないから、まぁ無視で良いだろう。
今日の俺のテスト課題は巨大な銃、というか大砲の試射だ。サイズは凡そ人のモノじゃない。
全長5mの、平たい砲口を持つ五連装炸薬弾魔導式発射装置。
的は試射試験場の一角を切り取った先の、山を背にした耐魔耐爆着弾場。その距離約5km。
着弾点を一々望遠レンズ鏡で確認するのが球に瑕。無論こんなモノ、人が携行出来るワケがない。
まぁ、今は俺が担がされてるけど。
コレを携帯標準装備するという、「新兵器」を最初に見た時は、子供の様にはしゃいだものだ。
「さ! スタイさん! 今日も宜しくお願いします!」
[宜しく。試射のメニューは昨日と同じ?]
「はい! 午前中は昨日の反復みたいなもんです。ノルマは同型砲50本、ソレに装甲の耐圧耐衝撃、と……」
[クラレンス君、それ午前中メニューじゃないよね? 昼食までに間に合うの?]
「いやだなぁ、スタイさん。も、ち、ろ、ん、お昼までに終わりますよぅ」
マジかよ。さっさとクリアして昼間マッタリしたかったんだけど。
『マスター、「働かざる者喰うべからず」ですよ』
判ってるよ。仕方ないなぁ、速攻で終わらせるゾ
「あ、午後からは携行機動戦闘試験、入ってますから。よろしくでっす!」
オイオイ、こりゃ昼休憩返上かもな。
「それに! 今日から「アイツ」が試験運用開始ですよっ! スタイさんがお気に入りの」
えっ!? ソレ本当? 俺頑張っちゃおうかな。
若いが有能な女性整備主任と会話しつつもお互い手は休むことなく、俺は台座に据えられた特大の携行砲台に手を掛ける。
その時だった。場内に注意報が鳴り響く。
「ホラァ! ボヤっとすんじゃねぇ! 轢かれちまうゾ!」
聞きなれた怒鳴り声が飛び込んでくる。
クモの子を散らす様に怒声の主から付近の野次馬達が追い払われている。
「アレですよぅ! ね、デイフェロ師匠、張り切ってますよ!」
親方が俺に気づきサムズアップして見せるのが見えた。すぐ傍にはガベロさんも居る。
試験場の奥の巨大な扉がスライドし、獣魔によって引っ張られた台車に載っているのは、人型を模した巨大な重甲冑戦闘兵器だった。