ンな些末な事ぁどうでもイイのだ!
――首都エルドラン、アーセナル家にて嫁方家族に初顔合わせの夕食後――
俺達は次妹のエメラダが末妹オリビアを寝かせた後、皆で居間に移り談話していた。
居間の外には綺麗に手入れされた中庭が広がる。
郊外とは言えかなり幅の広い敷地に間延びした空間。
建物と建物の間が広いのだ。贅沢な造りである。
彼方の高い外壁の向こうに陽が沈んでいき、屋敷の影が中庭を覆っていくのが、なんとも情緒に溢れた景色だ。
今はグスマン&レジーナ=マコーウェル夫妻から届いた通信内容をリベイラから聞いていた。
「……という訳だったらしいの」
[巨人て、いや巨神か?そんなの相手に戦って、よく皆無事だったな]
昔の日本人なら、祟られる事を只管恐れたのでは無いだろうか。
少なくとも俺の前世(?)の故郷では、古来「神」とはそういったイメージを持っていた。
其れが有ろうことか「国津神」と名乗ったのなら猶更である。
リベイラが手にした情報端末を、お茶を引き片付いたテーブルに一旦置いた。
この情報自体は其々持ち前のボードで義父マノン、義妹エメラダも共有し、義母メローダ、俺はリベイラに見せて貰って伝わっている。
時折画像を加えたテキストはとっくにAIが解析し終えているだろう。
「でも国津神様? ……聞いた事無い御名ですねぇ」
「然り。私も魔物退治は多々あるが、一度も見聞が無い」
「私は元々門外漢ですから……」
「私も全然聞き覚えが無いの。スタイは……?」
[いやぁ? 流石に解らないなぁ。ゴメン]
「別に謝る事じゃないわ。誰も知らなくて当然みたいな事仰られたらしいし」
俺はさっきからずっと黙っているAIに確認してみる。もし俺が聞こえている内容がそのままだとしたらちょっと洒落になってない。
《レイ、聞くまでも無いが、この国津神ってのはまさか、あの国津神なのか? オマケにティーターンって》
『マスター、翻訳とはより理解しやすくする為に適切と思われる、当て字の羅列なのです。検証する材料も無いので断定するのは酷ですが、残念ながら100%違うモノと定義します。音が同じに聞こえるのはそう訳しているからです。この星系と、天の川銀河連邦に属する我が第58太陽系人類文化圏はあまりにも遠く、全く関係がありません』
《まぁそりゃそうか。逆にホッとしたよ》
んん? 今なんかシレっと重大な事言わなかったか?
「ね、スタイ?」
[あぁ? ゴメン。ちょっとレイと話してて。何か言ったかい?]
『マスター、明日長老議会へ赴いて、それから他のメンバーと合流し最終的に帝都を目指す。との提案を奥さんが』
「もう、ちゃんと聞いてよ」
[ゴメン悪かった。今掌握した。明日はオベリスクにも寄りたいんだけど良いかな?]
「ソレに関しては私と一緒に長老と面会してからだな。イカンぞ婿殿。嫁の話は聞いてみせんと。な」
[ハ! 肝に銘じます!]
「あら、アナタ、婚儀の後私のお話そんなに聞き分け良かったかしら?」
「ワ、私は(お前の事を)大事にしてきたじゃないか」
「(て、どうしたのスタイ? そんなしゃっちこばっちゃって。いくら御父様だからってそんなに畏まらなくても良いのよ?)」
「そうですよ。もう義理立ては済んだんですから。お母様にさえ気を遣ってれば大丈夫ですって」
「オィイ! 我が娘(達)よ、いつから父の事を軽んじる様になったのだ。父は悲しいぞ!」
「そうですよエメラダ。家族なら家長を立てるのは当然です。せめてお姉様を見習って小声でなさい。本音を話す時は」
「ウォイィ! 隠して無いゾ!」
[えー皆さん! 私マスターライトことスタイは、この度御父上「圧殺怒涛の機人」マノン師を師匠と仰ぎ、弟子と成る事を誓いました。どうか今後とも、最愛の妻リベイラの婿として、マノン師の弟子としてよろしくお願い申し上げます]
「スタイったら、もう……こちらこそ宜しくお願いします」
「私も宜しくお願いしますわ。お義兄様」
「まぁ良かったわ。ねぇアナタ、立派なお婿さんだわ! ちゃんとアナタを尊敬してるって」
「う……うむ! それはもう認めておるのだ。頼むゾ婿殿。我が弟子よ」
[ハイ! 心得ましてございます]
メローダの言葉に途中、さも心外だとばかりに義父が抗議したそうだったが、フッとマノンが光通信で俺に笑いかけ、場が和んだ。様な気がした。
物心ついた時には既に父は他界し、ずっと母子家庭で育だった俺は「父親」という存在にどこか憧れの様なモノを感じていたのも事実である。師匠とまで言ってしまったのは、愛娘や愛妻にすげなくあしらわれるマノンがなんとなく不憫に感じたからだ。
結構つうか、かなり凄いのに。ていうか見てしまったからな。あの壮絶な戦闘の歴史を。
なんだか居たたまれないなぁ。父親も年月が経つとあんな感じになるのかなぁ。
等とどこか他人ごとを装う自分に酔っていると、リベイラの情報端末にメールが届いたのが見えた。
アレ? なんか俺宛てに見えたけど。
俺はポンっと素体球に戻りテーブル上のボードを覗き込む。
「まぁ!? 可愛らしい!」
「もうスタイ。びっくりするじゃない。お行儀悪い」
「……お行儀悪いって言った割にお姉様素早い。もう膝の上だし」
「オ! スタイお主……そうだったな。自立変形出来たのだった。実際見ると驚くな」
[驚かせてすみません。ちょっとボードまで遠かったもので]
実際はリベイラの太ももに乗っかりたかっただけなのだが。この姿になればそうすると解ってたから。
だぁって今日はムサイおっさんに迫られちゃって、もう身も心も疲れたよハニー。
早くスキンシップしようよぅ。ってか♪
『お任せください。リンク後の事はちゃんとご用意してますからね!』
《や、ね。もうちょっとヤメて。ね? せめて二人っきりにして。お願いだから!》
『ご心配なく。私は機械です。何も問題ありません。ソレでも気になるのでしたら』
《……でしたら?》
『マスターと奥様のバイタルモニターだけしてますから!』
《そうかい…? ならソレでいこう!》
『畏まりました』
なぁんか引っかかるけど……そういやさっきレイの奴、気になる事言って無かったっけ?
……ま、明日だ明日! ンな些末な事ぁどうでもイイのだ!
さっさとメール見て、ちょちょいと結論だして寝るに限る!
今日は疲れたもんねー。
「ねスタイ、ちょっと身体ブレ過ぎ。大人しくして」
[は、は~い]
「姉様」
「何? エメラダ」
「あとで義兄様貸して。ちょっとだけでイイから」
「だーめ!」
「ダメか。いいなぁ~私もこんなコロコロしたの欲しいぃ。ね、お母様?」
「……そうねぇ。可愛いわよねぇ……え、なに? アナタ?」
「私はいつでも、全然OKだぞ! オブッ」
反射的に義母から喰らった電磁ムチの放電を、義父が派手に散らす。
かなり近距離だった為、その余波の所為で情報端末に一瞬ノイズが走り、一緒にボードを覗き込もうとした妻が不平を洩らす。
「もう、はしゃがないで。二人とも、メール見れないじゃない」
「あら、私とした事が(アナタ。家長たる者、威厳をお持ちになって。四人目も……悪くは無いけど)」
「!では、ワシ達はソロソロ寝るとするかな(愛しとるぞ。オマエ)母さんアレはどこにあったかな?」
長年連れ添った夫婦は揃って立ち上がり、ソワソワとその場を離れようとする。
長女と次女はその両親の言葉に思わず視線を見合わせ、微妙な表情を押し隠した。
「今日はもう遅いわね。また明日の朝話しましょう。おやすみなさい(気が早いですわよ! ちょっと空気をお読みになって)……アレですか? 確か…」
[おやすみなさい]
「おやすみなさい父様母様」
「おやすみなさい……(プッ! ワシ達ですって!)」
「(私、父様が「母さん」なんて言うの初めて聞いたわ! プハハ!)」
姉妹は何時までも笑い合いながら、俺は一向にメールを見れなく、さっさと寝たいな。
と思いながら妻の太ももの上で転がされていた。




