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神の気配

『フハハハ! 面白い! こんなに頭が冴えるのはいつぶりか! 実に良いぞ!』


 国津神ティーターンと自ら名乗り直した巨人は、腕の一振りだけで爆風を撒き散らし、騎士や傭兵達のみならず、後方で援護する魔導部隊にすら影響を及ぼしていた。

 吹き飛ばされた傭兵の一人がまたも運よく(・・・)結界中心部へ叩きつけられ、装備を粉々にされながらも身体は瞬時に治され飛び出していく。

 だがその表情は硬く、この戦闘が始まった時の威勢の良さは失われつつある様だ。

 ……ただ恐ろしく冷静である様にも見える。

 グスマンは周囲が段々と無口になり、戦意が落ちているのではと見て怒声を挙げる。


「憶するな! 敵は一体! 我等は一人の欠けも無し! 必ず勝てる! 神々もついてくださるのだ!」


 低下する士気を高めようと己に言い聞かせる様に皆を鼓舞する。

 ――勝てる気がしない。が、負ける気もしない。――

 直撃すれば即死は免れない状況で、そんな考えが頭をよぎる程、余裕はない筈なのだが。


 本来ならば、もう何度も壊滅しておかしくない状況なのだ。

 明らかに一撃で粉砕される筈の味方は、悉く結界の中に吹き飛ばされ、四肢があらぬ方向に曲がろうとも即座に回復し、戦闘に没入していく。


 だが人が、こんな有り得ない状況に何時までも耐えられるのか、と言えば、其れは不可能である。

 気力の問題だけではない。現に鎧などの防具は、最早マトモに纏っているのは、グスマンと副長のレジーナのみ。

 が、すぐ隣の騎士も殆ど上半身裸の状態で、何度も死線を超えているハズなのに、目だけは異様な光を帯び、息切れ一つ無くなっている。


「クアドラアタックを仕掛けます!」

「おぅ! 騎士よ、今こそ命を燃やせ! 総員、援護せよ!」

「「「「おおぉ!!!」」」」


 気が付けば周りは魔導部隊も含め、全員が全力でこの戦闘に「血を滾らせて」いた。

 ただの戦意高揚では無い、コレはもう異常中の異常な戦況である。

 そんな中、騎士達が素早く陣形を組み、特攻をかける。


 縦列の多重刺突突進陣形。


 結果は火を見るより明らかであるのに、団長たるグスマンは他に打開策を見出せず支持してしまう。


『良いぞ、その意気や好し! 戦いとはこうでなくては!』


 喜々として相対し、一直線に突撃してくる必殺の攻撃を見事に捌き、跳ね返し、受けきって見せる巨人。

 その間にも援護攻撃を受け全身に擦過傷を付けられながらも、まるで心地よいとばかりに喜悦を洩らし、尚一層闘気を膨れ上がらせる。

 跳ね返されたモノは全て直接結界へ。

 結果ボロボロの装備を打ち捨て、武器すら折れても構うものかと勇んで戦線に飛び出す戦士達。


『アインヘリャルを思い出すわ! グハハハハ! 良いぞ、もっと我を楽しませろ!』

「行くゾ皆! 血肉の一片になろうとも戦い続けるのだ!」

「「「「おおぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおお」!!」」」」



 幻魔を下し駆け付けたイセリアは、場を満たしている異常なまでの戦気と、血反吐を吐きながらも魔導を駆使し天使を使役する魔導&神職の部隊に危機感を覚え、時折有り得ない挙動をする巨人に戦慄する。

 眼を血走らせ、獅子奮迅の戦いを見せる団長グスマンに鋭く指示し、続いてこの異常な戦場へ最大の威力を込めて言霊を発する。


「筆頭騎士グスマン! 部隊を下がらせなさい!」

「イセリア=L=アポロネスが命じる。直ちに戦闘を中止し、武器を治めよ!……クッ! ダメか」

「致し方ありません。権天使プリンシパリティよ!」


 大天使アークエンジェルより更に位階を上げ、神霊力を行使して魂を揺さぶる。

 グスマンのみならずレジーナでさえ猛り、荒ぶる戦士達は全身を打たれたように気を削がれ、膝をつく。


「私は……イセリア様?」

「ぐぅ……」

「ガハッ!」

「俺は…皆は」


「皆さん! 一旦陣地へ戻って! 早く!」


 思い出した様に血を吐き、肩を支えられながら歩いて陣地に戻る者、トボトボと憔悴しきって巨人に背を向ける者、結界を維持するのも間々ならない様子で受け入れる者、皆が全身に極大の疲労を背負い倒れ伏す寸前である。

 中には既に意識を失っている者もいる。獣車の中から職人達が飛び出しアイテムなどを使用し救護を施しだす。


『ふぅむ。些か、いや全く以て物足りんが……まぁ良い。小娘、急かさずとも良い』


 その気概を削がれた巨人は、如何にも不満そうな表情を覗かせる。

 だが、戦意を失った近くの倒れ込んだ者達を掴むと、結界の中に入り込み(・・・・・・・・・・)、看護する者達の元へと降ろし、自ら座り込む。その身体には何の影響もなく。


 イセリアが駆け付けた時に驚愕したのは、敵である筈のティターンが、既に何度か躊躇なく結界に踏み入り、何の阻害も受けない有様を目撃したからである。

 そこから敵意は無いのだと悟ると、消耗する一方の味方に戦闘停止を呼びかけたのだ。何より一人も死んでないのが証拠だった。

 

 (不味い。此れは……私はトンデモない思い違いをしているのかもしれない)


 己の予想に内心焦りつつも、イセリアは巨人へ果敢に尋ねる。

 心なしか顔は青ざめ、その語尾の震えを抑えるのに苦労する。


「御恐れながら! ティターン、否、国津神ティーターン様(?)ですね。貴方は何者であられますか?」

『……』

「失礼しました。私はイセリア=」

『良い。何度も耳にしたわい』

「はい。恐縮でございます」

『我も申したであろう。何者でも無い。ただの国津神よ。ただの、な』

「それでは……せめてお教え願いませんか? 貴方は神々の一柱ではございませんか?」

『まぁ待て。小娘』


 ズン! と立ち上がり、四五歩、山の方へ進むと、屈みこみ何かを摘まむ。

 先刻丁度幻魔を撃滅した付近である。


『虫がまだ残って居ったわ』

【ま、まま待て! いや、お待ちください! 国津神様! 我等の悲】


 ブチ。と、本当に小さな虫を摘まむ様に磨り潰し何事も無かったかの如く、涼しい顔で戻って座り直す。立ち上がった時と同じ様に地面がたわむ。


「あ、ありがとうございます。国津神様」

『まだまだ修行が足りぬな。小娘、精進せよ』


 ヒヤリとするイセリア。

 他の者達は疲労の限界に達したのか救護の職人達以外はほぼ全員が意識不明の重体である。

 が、天使の施しもあるおかげで、今は無理に回復役の神職を酷使しなくても良さそうだ。

 何より、アレだけ濃かった「停滞し、澱んだ魔素」は、国津神が覚醒(?)してから齎された、爆風の如き、その腕の一振りごとに、蹴散らされていたのである。


「国津神よ。…否、国津神様。…知らぬとは云え誠に弁明の余地もありません。…この非礼は我が一命に替えましても。どうか、他の者達は御赦しください……」


 気絶寸前のグスマンが、辛うじて頭を垂れ五体投地しかねない懺悔を慣行する。と


『やめい、我は罪など問うて居らぬであろうが。戦士よ、お前の中に久々に嘗ての我等を見た思いだ。礼を言おうぞ。いと面白き邂逅であったわ』

「な、なんと勿体なき御神託。有難き幸せでございます」


 実際グスマンは震えていた。国津神ティーターンが言葉を発する度に、なんとも神々しい空気が辺りに満ちてくるのを感じ、身体も気力も漲ってくるのだ。


 ――神に敵対した――。

 それはこの世界の住人に取り、この上ない罪。

 なのにそんな事を、全く意に介さない目前の異神に、畏怖するばかりである。


 尤も一々神々が、一人の人間に天罰を下すのは殆ど有り得無い事ではあるが。

 単純にライフスケールが違うだけなのだが、今この場に居て心地よい回復を促されている者達全員がその慈悲にすがり涙し感謝する。

 本来、神が神気を振るう時、罰する時は滅せられるし、その逆もまた然りなのだ。


『む。よせと言うのに……もう良い。皆己が人生を謳歌せよ。我は満足しておるわ』


 人々の畏怖と感謝を受けて、目の前の巨人はその存在がより濃くなった様だ。

 皆がひれ伏す中、どうにも収まりどころが悪い。といった巨人はうの体でそそくさと場を離れようとする。去り際に


『小娘。我等は古きモノよ。それこそそなた等を生み出した創造神、「原初の神々」よりも古い、な』

「そ! それはどういう……」

『だからそなた等が知る筈も無い、無名の神だ。故に特に信興する必要は無い。という事よ』


 そう宣うと、事も無げに何もない空間に大穴を空け、いずこかへと消え去っていった。

 呆然とする一同。あとには清々しい、強いて云うなら竹を割った様な、なんとも心地のよい神気が、何時までも辺りを覆っていた。

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