魔物
――スタイ達が「エルドラン」に着く前、海上で「西空の主」を手懐けた頃。――
朝露をタップリ乗せた枝葉を、巻き起こす風波で吹き飛ばしながら、森林に挟まれるように敷設された街道を疾走する8台の獣車群。
帝都へ向けて「トラム」から旅立ったこの集団は、イストニア帝国首都、帝都ラゴア領まであと二日の距離に到達していた。
「イセリア様、陽が落ちる前には宿場街「カルデロン」が見えてきますよ」
「はい。今日はそこで宿を取りましょう」
「了解であります! 皆聞いたな! 今夜はベッドで眠れるぞ!」
「おおっし!」
「団長殿~! (今の)街なら天使様の結界防壁あるし、(着いたら)俺達ぁギルド寄りますんで、明朝合流でもイイですかい?」
「全く……(貴様ら、幾ら傭兵と云ってもざっくばらんに過ぎるぞ?)」
「グスマン騎士団長、構いませんよ。皆さん! 今夜は鋭気を養ってください」
「おお! あっりがてぇ! さっすが(元)市長様だぜ!」
「(コラッ! 一々(元)とか言うな! 俺らのアイドルだぜ?)」
「ホッ……マジでありがたいぜ~。(酒が飲める♪)」
イセリアの台詞に、途端に破顔した護衛の傭兵達は、殆どが志願してきた冒険者達である。とは云え、
(戦友よ、護衛はもちっと厳選しろ!)
と、「腕は立つぞ?」と言い放ったエリアマスターのギラリと光る頭を思い出し、グスマンは内心毒づく。
「バラク王国派遣師団」として帝都に召喚された代表であるイセリア大司教を始め、同国随一の職人や神職、魔導士30名程を引き連れ、護衛の筆頭騎士グスマンほか副官のレジーナを含む近衛騎士6名、傭兵として雇った(厳密には志願してきた)冒険者20名の総勢56名からなる集団。は、「トラム」出発以来五日間、睡眠以外のほぼ全ての時間を移動に費やしてきたのだ。
なるほど「飽きた」とは口が裂けても言わないが、流石にこの強行軍に各々の顔には疲弊の色が出ていた。
「うん? コレは! イセリア様! 少しお待ちを! 速度を落としてください!」
傭兵&職人達が口々に今夜の息抜きに期待を膨らませる中、寡黙を貫いていた魔導士の一部が色めき立ってイセリアへ制動を訴える。付近の神職も何やら感じ取ったのか魔法陣を次々と浮かび上がらせる。
呼びかけられた当人の隣に居たレジーナは、只ならぬ気配に警戒を強め、団長である夫に知らせる。先頭車両のグスマンが直ぐ様ソレに応えサッと手で合図し、他の獣車御者番を制する。
「どうした!? 何事か!」
「どうしましたか?」
「はい! 魔法探知に感あり! この先の街道より外れ、山側奥地に……異常な魔力の集団があります!」
「大司教、これをご覧ください」
使役する小精霊と感応し場所を特定する精霊魔導士の魔法陣に、神職が手を加えて映像化して見せる。
視点は地上に向いたまま、緩やかに上昇、パンしていく様は、宛らドローン撮影動画である。
どうやらまだ先の方では有るが、異形の群れが現地に居るのが見て取れる。
それは、どれもあまり直接お目に掛かるモノでは無かった。
が、史上冒険譚では最早お馴染みの、昔から語り草になっている、邪悪なモノ達である。
――武器を手に持ち猪の様な頭部に二本脚で歩行するモノ。
明かに何らかの属性を帯びた特徴として、その目は複数の色彩で濁り吐く息にドス黒く澱んだ魔素が含まれているのが分かる……姿形は似た様なモノが居たとしても、獣人でそんな奴は聞いた事も無い。
普通ならとっくに魔素汚染が致死LVに達している外見である。
他にも緑色の肌の小鬼、赤く大柄な体躯で角を持つ鬼、キマイラ属とは違い複数の頭部を持つモノ、昆虫と植物の混ざり物の様な姿のモノなど――。
明らかに「魔獣」とは根本的に異なる様相を見て、魔導士と神職の連携の見事な手際にグスマンは中々ヤルな。と内心感心した。
イセリアはそこから何かを思案し、先程までの穏やかな表情は消しさっていた。
「「魔物」の群れにこの気配……信じ難いですが率いる【魔族】が居ますね。」
「ちょっと待った……団長殿!」
「何か!」
「こっちの端末にもきたぜ。……討伐依頼だ!」
「ふむ、……確かに。如何なさいますか? 大司教様」
「是非もありません。【魔】の滅却こそ我が使命。……参りましょう!」
「ハ! では皆の者! これより【魔】討滅に赴く! 作戦会議は今から最大三十分だ。知っての通り、今宵は満月。とにかく時間が惜しい。かかれ!」
今しがた討伐依頼が来たのは、少なくとも既に魔物による被害が出ている区域内に入った為という事になる。
敵は魔獣ならぬ「魔物」らしく、属性を帯びているモノが多数居る。
その数凡100体前後。
転移ゲート等は見受けられない。
という事はその場所に発生してから其れなりの時間が経っていると推測される。
満月とは魔力を操る者にとって最良のコンディション期間である。
陽の光に邪魔されなければ、欠けの無い月が頭上に在るだけで魔素の流れが活発になり、力が漲るのである。
この世界に於いて「魔物」とは、停滞し汚泥の様に変化した魔素の塊から発生するモノであり、魔素が活性化する満月の恩恵は計り知れない。
故にグスマン達は、未だ明けて間もない今の内に、と急ぎ殲滅を図るのだ。
最悪撤退する事に為っても、陽の高い内なら逃げ切れると踏んでいるのである。
現場には小一時間も在れば到着する、という所だろう。
継続した魔導士と神職の連携で更に敵地の詳細な状況を皆で把握しつつ、矢継ぎ早に簡潔に指令を申し渡すグスマン。
レジーナはイセリアと何やら密談中である。
「接近後、魔導部隊は味方全体に“隠密”を掛け、同時に多重支援を。展開後は魔法砲撃へ転化。隠密が効いている間に各種属性多弾魔法矢、重圧殺・各殲滅魔法に拠る飽和攻撃で先制する! 弱体は効かずとも必ず重ねろ!」
「お任せください」
「神職は結界陣地防壁を厳重に張り、部隊全体を守れ! ローテーションで、回復にも余裕をな。」
「はい、皆さん無理をせず、こまめに回復を」
「傭兵は近接部隊を速やかに展開。遊撃だが味方の支援魔法圏から出るなよ。迂闊に飛び出すと死ぬぞ!」
「「「おうさ!」」」
「近衛騎士は徹底して支援・魔導部隊を守り抜け。詠唱の邪魔をさせるな!」
「ハ! 心得ました!」
「職人達は各アイテムの管理・使用を頼む。補佐がしっかりすればそれだけ危険度も低くなる」
「「おう合点だぜ。旦那!」」
「私とレジーナはイセリア様の直掩に付く。イセリア様、号令を」
「皆さん、敵は「魔物」とソレを率いる【魔族】です。が、憶する事はありません。今の私達人類は、「神々の加護」も約束され以前より戦う力が増大しています。但し、討伐依頼を読んで憤慨しているとも思いますが……、勇猛と無謀は違います。単騎で切り込むのは絶対に辞めて下さい。よろしいですね?」
「「「了解!」」」
「【魔族】には私と騎士団長、副団長で相対します。皆さんは先ず、多勢の群がる魔物をお願いします。殲滅後速やかな援護を期待します。では。行きましょう!」
「「「「「おう!」」」」
街道から外れ森の中に突入し目的地へ近づくと、獣車を拠点に既に部隊全体に施された隠密の加護と強化を受け、先制詠唱に入る魔導部隊。
狙う先の目に入る魔物達に混じって、未だ乾いていない血溜りの人骨の塊や、犠牲者から奪い取ったであろうチグハグな装備を纏う姿に皆一様に肝を冷やす。が、直ぐ様ソレを怒りに変え、一気に開放すべく大きく力を溜めている。
準備完了の合図。頷いたグスマンが利き腕を上げ、一気に振り下ろす。
「攻撃開始!」
怒涛の攻撃が始まった。
不意を突かれた魔物の群れはいきなり身体が重くなったと感じた時には碌に身動きも取れず、四方八方から鋭く放物線を描いて飛んできた魔法の矢に射貫かれ、小型のモノは其れだけで次々に消滅した。
生き残った角鬼達他、比較的大柄な体躯のモノ達も足元から岩盤ごと引っ繰り返され、空中に跳ね飛ばされ、無数に飛んでくる各属性矢に文字通り身体を抉り削られ、投げ出され落下する岩盤の塊群に潰され摩滅していった。
「半数が消滅!残り50強!」
「よし!各隊散開!作戦を忘れるな!」
「「「了解!」」」
砲撃により隠密が解け、魔物の群れがイセリア達に気づく頃には巨大な可視の結界が場を覆っていた。
突然出現した神聖魔法の力場の中に居た魔物達は強烈な拒絶反応を起こし、身体を泡立たせ、焼かれ弾きだされるか、その場で消し去られた。
結界の外側から襲い掛かろうと次々に突っ込んでくるが、魔導&神職の強固な連携で織りなす強力な結界は、敵意あるモノは跳ね返し、例え大型魔獣のブレス攻撃にもビクともしない。漸く手にした武器を叩き付け、岩塊などを投げつけたりするが、コレも多重に張った物理結界に阻まれて、為す術もなく傭兵達に狩られていく。
その個体数を発見時の凡そ四分の一にまで減らされ、通常なら既に勝敗は決しているのだが、魔物達は引く事をしない。そしてその根拠とも云うべき、悪意の塊が渦巻く魔力を以て奥の木々をへし折り現れた!