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「らしくねぇな」

 ローニャとの楽しい夢の様な一夜を過ごしたダスティンは、朝からテンションも上がりまくり、生来の底抜けの明るさを取り戻していた。


(盛り上がったなぁ。にしても眠い。なんせ一晩中寝かせなかったからな! ……最近は俺だけ彼女いない歴更新中だったモンな。……でも今は、今からは!)


「眠気覚ましにシャワー浴びるね」


 頬をホンノリ桃色に染めながら下着姿同然(下着ではない)の露出の高い彼女ローニャが脱衣室に入るのを見送る。

 意外にも、大好評だった濃密な昨夜の御愉しみは「赤ひげ喜々一発!」……


 ソレはさて置き、ダスティンは重くなってきた瞼を擦り、こっちも眠気覚ましにコーヒーでも飲もうと、ホテルの朝食ビュッフェの有るフロアへ足を運ぶ。


 そういう時間なのだろう、やたらと混んだビュッフェでお替り自由のコーヒーメーカーから並々と注ぎ、空いた席を探そうと辺りをみるが、ビュッフェに空いたスペースは無かった為、隣のロビーラウンジの空いたソファに腰を沈めた。


 ほぅっと、深みのある香ばしい蒸気に、かえって眠気が刺激される。

 ロビーの空調が効きすぎて、少々冷え気味の両手で包む様にカップを口に付ける。

 そのまま一口含むと、予想以上の熱さに目を廻しそうになるも、酸味は殆ど無い、苦みの強い濃い目の味わいは悪く無かった。

 舌を火傷しそうな熱さにチビチビ啜って落ち着くと、少しばかり昔の事を思い出す。


 彼が〔明けの星風〕に入ったばかりの頃は、持ち前の機動力を活かし、相性のいいグラバイドやレジーナと連携を組む事で戦闘では率先して攪乱する役割を負っていた。

 云わば突撃隊長である。特攻ではなく。

 今更ながら当時の猪突猛進な失敗談が、頭をよぎる。

 幾度かそれで仲間を危険に晒した事もあった。


(アレは俺が未だ駆け出しの頃だったなぁ。グスマンのおやっさんによく怒鳴られたっけ)


「よう! オメエ、ちゃんと寝たのか? 寝ぼけた面してんじゃねぇか」


(あぁ、グラの兄貴は相変わらず他人の回想をぶち壊すのが巧い。というかいつも考える暇を俺に与えない)


「おぅ! おはようグラの兄貴! テヘヘ、良い朝だぜ!」

「おはようさん。……ローニャは?」

「おはよう! アビー姐さん。ローニャなら、まだシャワーでも浴びてるんじゃねぇかな」

「……大事にするんだよ」

「(言われなくても)そのつもりさ!」


 サムズアップしてニカッと笑うと残りのコーヒーを一気に流し込み、ダスティンは鼻歌を口ずさみながら席を立って行った。


「ま、皆丸く納まりゃ御の字だ」


 ダスティンを見送りながら口の端を釣り上げて見せるグラバイドも、コレで結構面倒見が良い男なのだ。

 メンバーの中では最年少だったダスティンに、いつも先に声を掛けるのはグラバイドである。

 今はもう少し年下が現れたが、それはダスティンに任せればいいだけの話だ。


「そうだね。其れが一番だよ……」


 そんなグラバイドをよく知っているからこそ、姐御肌のアビゲイルも夫婦めおとになるならソレも良いかな、と最近は柄にも無く意識する様になった。

 ただ、肝心の朴念仁グラバイドがその手の事には全くの鈍感ヤロウなのは確かで、今も意味深な視線を送っているのに全然気がつかない。


「なぁ、アビー? どうかしたのか?」

「な、なんでもないよ」

(まさか……気づいた?)

「あ! アレか? リボンはな…流石にこんなに他人目が多いとなぁ……」

「いや、別にソレは気にしてないよ…」

(やっぱりダメか……)

「ん? じゃぁ……腹減ってんならなんか持って来てやるぞ?」


 辺りに充満する、朝食の良い香りにスンスンと鼻を鳴らし、今にも席を立とうとするグラバイド。

 そんな朴念仁の目前で、顔を横に振り、違う、そうじゃないんだ。

 とアビゲイルは精一杯、目線で訴えてみる。


「どうしたんだよ…いつもと違うぞ? 熱でもあんのか?」


 そのビロードの様な漆黒の毛並みに天使の輪(エンジェルハイロゥ)が何重にも波うち、艶やかで滑らかな肢体はいつもより柔和な表情と相俟って、今日は何だかより輝いて見える。

 流石にグラバイドも、そんなアビゲイルに茶化す事はせず、しばし恋人をじっと見つめた。

 すると今度は思いつめた様に眼差しをしっかりと合わせて切り出す。


「なぁ、アビー」

「…なんだい?」

(き…づいた……?)


「俺達、どうなっちまうんだろうな。」

「……何がさ?」

(なんだよ…その言い方……まさか別れるって話じゃないよね)

「……もう前とは違うだろ? 俺達」

(…え……なに言って…ウソだよね……こんなタイミングで)

「俺達ぁスタイに……変えられただろうが」

「!…ハァ~~。その事かい」

「あん? 結構大事な話だぜ? なんか違う事考えてたのか?」

「そりゃあ、そうだけど……アンタ、アレから何か不便な事あったかい?」

「……ねえんだよなぁ。それが! 寧ろ恐ろしい程快調だぜ!」

「だろ? ならソレで良いじゃないか。……アタシャ(ゴニョゴニョ)」

「なんだよ? らしくねぇな、言えよ……言いたくなけりゃ、別に良いけどよ!」

「!いいよもう!……別にアンタと喧嘩したい訳じゃない!」

「たりめーだろ! 俺だってそうだぜ…」

「判ってる……(こんなんじゃ言っても)」

「すまん。……外の風、当たって来る」

(クソッ! なんでこうなんだよ! 俺だってアビーの事心配してんだ! わかんだろ…)


 互いの気持ちを素直に言えるタイミングは、今の二人には無かった様である。

 でもそれは己にとって、何が重要なのかを忘れなければ、いつか実る。

 少なくとも一緒に居たいと願うのならば。

 ただ、悲しいかな当事者には、いつだって判り辛かったりするのだが。


-----------------------------


 熱いシャワーを浴び、やっと眠気の引いたローニャは、水引の良い無臭のバスタオルで身体を拭くと、昨日アビゲイルと街で買ってきて、クリーニングから却ってきた服に身を包み、脱衣所兼パウダールームで薄化粧と身支度を整える。


 部屋のベッドで「スカー」と寝息を立てるダスティンを見掛けると、そっとズレたブランケットを掛け直し部屋を出る。

 オートロックが有効だときちんと確認すると、最寄りのエレベーターに乗り最上階へ。


 高級ホテルらしく、音もなく滑らかに上昇する室内でB5判くらいのボードを取り出しモニターを覗くと、丁度ドアが開いた。

 素早くボードをショルダーバッグに戻し、顔を上げると目の前には、朝日に満たされたスカイラウンジが広がっていた。

 普段利用する街中にある素朴なカフェなどとは一線を画す、とても広々と間隔を開けたテーブル席が窓際に配置されている。


 フロアに進みでたローニャを見つけると、品の良い制服に身を包んだ人族の若い男性給仕係ギャルソンが、声を掛けてくる。


「おはようございます。マダム」

「おはよう。今朝は何か入ってる?」


 少し大げさに長い髪を手ですき、肩口から背中へと流してみせるローニャ。

 その際髪をまとめた手首に、特徴的なブレスレットがキラリと光る。


「えぇ、卸したての良い茶葉がございます。」

「……ごめんなさい。チーフいえ、フロアマネージャーはいらっしゃる?」


 彼女ローニャは些か落胆した表情を浮かべ、小さな名刺状のモノを給仕係に渡す


「…はい? ……少々お待ちを」


 一瞬怪訝な顔を見せたが直ぐ笑顔を作ると、踵を返した若い美形な給仕係はフロア奥へと足早に消えた。

 それと入れ替わりに、元から彼の直ぐ側に居た、銀髪の渋い中年の黒服がローニャを促す。


「どうぞこちらへ。只今参ります故」

「ありがとう。……さっきのお茶いただけるかしら」

「はい。今ご用意しております」


 案内された窓側のテーブル席は、朝光の差し込む抜群のロケーションと、フカフカの絨毯が敷き詰められ、座り心地の良い高級なクッションを備えた安楽椅子、重厚且つラグジュアリーなラウンジ然とした洒落た内装とも相俟った上品さで、普段の殺伐とした傭兵生活を忘れさせてくれそうな、如何にもセレブ感溢れる雰囲気である。

 黒服が引いてくれた椅子に一旦座ると


「そう……。化粧室はどこかしら?」

「こちらでございます。どうぞご案内します」

「ありがとう。案内はいいわ」


 スッと左手を挙げ、案内を軽く拒否するとバッグを持って席を立つローニャ。

 奥の化粧室に入り誰も居ない事を確かめると、先刻の情報端末ボードに送信されてきた指令・・を確認した。


「OK。そのまま続行ね……」

(どこまでやるかは自分で決める。命あっての物種だもの)


 ダスティンと一緒に居た時と、同じ人物とは思えない人相を鏡に見て取ったローニャは、ニコっと微笑み、その魅惑的な唇に朱色の口紅を一塗りすると、化粧室をあとにした。

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