トラムにて
「只今戻りました。グスマン、レジーナ、入ります」
「どうぞ。……おかけ下さい。先ずは聖都までの長旅ご苦労様でした。マコーウェル夫妻」
「いえ、市長こそお疲れでしょう。帝都からの使者殿はもう宜しいのですか?……何より」
「イセリア様、大司教になられたと伺いました。おめでとうございます」
「流石に耳が早いですね。ありがとうございます。…まぁ、それよりお伝えとお願いがあります」
「どうぞ。一息おつきになってくださいませ」
「あ、いつも美味しいお茶をありがとうございます。」
「あらあら、どうかイセリア様。そんな他人行儀はおよしになってくださいな」
「いただきます。……美味しい。ホッとしますね」
レジーナが思わず呻るのを見て、うんうんと頷き上機嫌の少し恰幅のよろしい秘書が、優雅な仕草で三人へと会釈し、部屋から退出するのを見計らって、姿勢を正したイセリアは
「この度帝都へ召喚される事になりました。市長のお役目もこれで晴れて後免となります。」
「まぁ、それは…さっきの秘書の方も含めて、市民が悲しむでしょうね。神職を飛び越えた「トラム」きってのアイドルでしたのに」
「ヤメてください。正直「親衛隊」なんて要りません……もう懲り懲りです」
「心中お察しします」
レジーナの同情の相槌は、未だに根強い街の英雄〔明けの星風〕、を率いた美貌の元リーダーであり、似た様な経験則(見も知らぬ鼻息の荒い連中から豪奢な花束を贈られたり、握手を求められ捲くったり等大人しい方)を持つからである。
結婚してかなり成りを潜めたとはいえ、その伴侶は同メンバーで更に個人でも名声高いグスマンなのだ。夫婦共々隠れファンは多い。
況してやイセリアは元々その類稀なる美しさと可愛らしさを兼ね備えた、年齢相応の少女な見た目とは裏腹に、若くして司教で在りながら、柔らかな微笑の元に諭される高い知性と、数々の悪鬼、悪霊退治でも名高い実力者である。市民曰く「ギャップ萌え」も相俟って、市長に任命された時などは街を挙げてのパレードが催された位なのだ。
尤もその催事予算を計上集約し、公言した通り全て時の領主、フェルメ=ドラクル=アクタイオンが惜しみなく振舞ったのは、市民としても胸のすく思いであった。
……中々に奸智に長けた、基、良宰&賢明な領主である。
「これからは、より議会に基づいた市政が成されるでしょう。領主様も強くそれを望んで居られます」
「イセリア様が市長に為られてから、どんどん変わっていきますね。喜ばしい事です」
「それを言うなら貴方達が「悪魔」を倒した後から。ですね。今でこそ申しますが、あの時本当なら私達「神官」だけでは痛み分けが精々でした。何しろ「妖魔」のみ為らず、名無しとはいえ「悪魔」が発生したのは想定外でしたので……【魔】とはかくも油断の為らない敵である。と改めて思い知らされました」
「それは「彼」が居たから……」
グスマンにしろレジーナにしろ、あの時は運が良かったのだ。とお互いに顔を見合わせる心の内で、一人の機械人の存在に感謝する。何せ「悪魔」をあんな少人数で神霊力も無く倒せたのは、どんな冒険譚でも知る限り、あの時だけである。が、イセリアはそのまま続けた。
「……トラムのみ為らず他の都市でも神殿を中心として「天使軍」による加護が施される。との天啓を授かりました」
数か月前、結果的に「トラム」未曾有の危機を救ったイセリアは、市政に関わる中、本職である祈祷を神々へ続け新たな「天使」の加護を授かった。思いの外早く応えが齎せられ、喜々として感謝を捧げると「天啓」が降りたのだと宣う。
「これで各都市は先ずは安泰です。…ですがソレで私の不安は的中しました」
「どういう事でしょうか……」
「神々は【魔】に備えよ。と仰せなのです。現に帝都を始めとする各国は、その垣根を越えて神殿を通して一大通信網を用意しているそうです。当然、近隣である我が国も小国なりに協力しなければなりません。我が国の国王、レミタリオ=ロメルディ=バラク=アクタイオン様からも勅命が下されました」
「確かに……聖都でも似た様な事を伺って参りました」
「それで人身御供ですか……無体な」
「フフ……人身御供とは古風ですねぇ。別に嘆く事ではありません。ただ、貴方方には少し酷なお願いになるかもしれません」
「喜んでお伴します。……レジーナ、済まないが留守を頼めるか?」
「アナタ、せめてイセリア様の言葉を最後まで聞いてから。ね」
「レジーナさんの云う通りですね。私はマコーウェル夫妻に御同行をお願いしたいのです」
「これは早合点失礼しました。レジーナ、一緒に行ってくれるかい?」
「愚問だわ。貴方の居る所が私の居場所。イセリア様、私達夫婦は喜んで近衛騎士の職務を遂行します」
「ありがとうございます。……何しろ帝国の首都神殿では「対魔族に挙兵せよ。」との天啓を授かったとの事で様々な戦力を必要とし各著名人が招集されています」
「はい。聖都で私達が見知った事も同様でした。聖都では「天使」様達に拠る絶対防衛圏を主体とし、対魔族戦を想定して精霊王級の大霊を味方にする為、オルドス様、エスメラルダ様を始めとする精霊師や各召喚士を集めて居られます」
「あの超級霊媒師様と極召喚師様が……」
「イセリア様、意見を述べさせていただいても宜しいですか?」
「勿論です。どうぞ」
「では。……何度か申し上げましたが「悪魔」を倒したのは我々だけでは有り得ませんでした。」
「もし帝国が否、人類が総力を挙げて【対魔族】戦へ備えるので在れば、彼は召喚して然るべきだと進言します」
「確か、……真新しいデイフェロ師銘入りの大剣を持っていた機械人の事ですね。……彼と連絡は取れますか? 可能なら是非お願いしたい所です」
「恐らく今頃は「エルドラン」へ向かっていると思われます。現リーダーと連絡を取ります。」
「エルドラン……「機械都市国家」首都でしたか。成程。では、その彼が了承するのなら帝都で合流しましょう。とお伝え下さい。宜しくお願いしますね」
「お任せください」
「では、改めて準備を……」
その後一時間程掛けて聖都での報告を挙げたグスマンとレジーナは、市長自室から出ると、数か月ぶりに連絡を取る事になる、既に懐かしい人物に思いを馳せた。