家族
――こうして、最初は誰にも認めれらなかった筈の、身分違いの若く美しい女冒険者は、王子の献身的な愛情を一身に受け、末永く幸せに添い遂げました。――
ハァーっと息を吐き、読み終えた本を抱きしめ、胸いっぱいの様子の少女は、その幼ない身体には些か不釣り合いな分厚い本を机の上にパタンと置くと、トコトコと部屋から歩き出た。
この世に機械人として誕生し、齢12年の歳月を重ねた少女オリビアは、後3年後に成人の儀を控えた未だ幼体の身体に、大いなる不満を抱きつつ、日々を悶々と過ごしていた。
階下に降りて奥の食堂を覗いて見たが誰も居なかった。
そのまま進んで、手入れの行き届いた小鳥の囀る庭園に出ると、軒先伝いに面した居間で寛ぐ父と、その横で静かにお茶を嗜む母の姿を見つけた。
オリビアは父母の元へ駆け寄り、その屈託の無い表情で訴える。
「父様母様、私はもう立派な大人です。早くリベイラ姉様の様に成人して世界を見て回りたいの」
オリビアはその日の朝の会食の場には参加して居ない。
前からお気に入りだった本に熱中していたのだ。
「ふむ。そうは言ってもなオリビア、「至言の理」の宣託は滅多に覆らないのだよ。知っているだろう?」
世の殆どの父親がそうである様に、愛娘にはとても甘い、父マノンが幾分困った表情を顕わして諭す。
この会話ももう何度目になるか数えていない。
その本心は目に入れても痛くない娘にメロメロなのである。
「オリビア、また朝御飯も食べないで……リベイラはね、あの子はやりたい事を見つけるのが上手だったから」
母と言っても機械人の女性は成人してしまうとその後は殆ど換装しない為、リベイラと姉妹の様な外見を持つメローダも、夫マノンと変わらぬ愛情を娘達に注いでいる。
「あら、お子ちゃまオリビアの願いは「早く綺麗な大人になりたい」じゃないの? 今や名声名高い〔明けの星風〕なんてAランク冒険者、リベイラお姉様と張り合おう。だなんてアハハハ!」
居間に入って来るなり軽口を叩くのは、既に成人した次女エメラダである。
長女のリベイラより若く颯爽とした様相の彼女は、変化の一大イベント「成人の儀」でより強くその願望を形にした強者なのだ。
「もう! エメラダ姉様ったら意地悪ばっかり!」
「ねぇオリビア、そんなに焦らなくても君はとっても可愛いよ?」
「もう! 可愛いじゃダメなの! 判ってるくせにぃ!」
肩を竦めながらニコニコと見守る両親に諫められ、オリビアは外に遊びに行く!
と呼びに来た友達と出ていった。
「御昼には帰ってくるのよー。朝食抜いたんだからお腹すくわよー。」
と声を掛けたエメラダは、母メローダの反対側のソファに落ち着くと、近くに置いてあった情報端末ボードを取り上げた。
指先でボードの裏側に接続すると特に画面にタッチする訳でも無く、滑らかに情報を拾い上げている。
冒険者ギルド職員になったばかりとはいえ、機械人らしくこういうデバイスはお手の物である。
「さてと! 今日はお休みだし、どっか行こうかな」
「ほほぅ、では父と狩りに出ようでは「お母様! 何かお買い物は無い? 買ってきてあげるわ」……無いか」
「あら、そう? では一緒に[ベリーズ]へ行きましょう。久しぶりだわ。ねぇアナタ、夕べ狩りは当分間に合ってるって仰って無かった?」
元Sランク冒険者で現在は隠居し、長老議会議員となったマノンには本来狩りなど必要無いのだが、所帯を持った後は遊興などより「錆を落とす為」と称し偶に魔獣狩りに興じているのである。
「う、うむ。そうだったな。では私も一緒に……」
「ごめんなさい。オリビアがお昼に帰るまで、家の事お願い出来ますかしら」
「あ、はい……」
「お父様にはお土産買って来るから!」
「むぅ、仕方な「え! ナニコレ? ちょっと待って……母様! 父様も!」
「どうしたのだ。慌てて」
「リベイラ姉様、プロポーズされたって! それで……もう少ししたら帰って来るって!」
「なに! それは★※あ!ふdkdじieこ1!」
「落ち着いてアナタ。」
「何々……えっと、相手の殿方はどうやら『賢者持ち』ですって! それに……凄いわ。コレ本当なの!?」
「どうしたの? 私にも貸して頂戴。……まぁこれは……」
「! ◇ga5¥*i△a※b◆r」
「ア・ナ・タ。いい加減、落ち着いてくださいな!」
パシィっ! とサージ電流の様なモノが、マノンの頑強な身体に炸裂した。
イオンを撒き散らせ、ハッ! と我に還る夫の身体から、そっと手を放した妻を、かなり引き気味に見守った娘エメラダは、姉リベイラからの知らせを説明する様に母から促され、改めて父に明かした。
「あのね御父様、姉様のお相手、実は『星渡り』らしいの」
「そんな! ……伝承譚の中の人物じゃないか!? 大事な娘が…断れないのか……」
「難しいと思う。何より姉様、お受けする気満々だもの」
「アナタ、相手の方にも会ってみないと解らないものですよ。ホホホ……楽しみね」
「オマエ、そんな事言ってもな……いくら何でも『星を渡る者』とは…」
「流石姉様だわ! どうやって知り合ったんだろう……冒険者なんてちっぽけな枠には収まらないのね!」
「……ちょっと出てくる」
「アナタ、長達の所へ行くなら私も……いえ、どうぞいってらっしゃい」
「お母様、やっぱり私もギルドマスターへ直接報告へ行ってくる。まだワールドギルドには『星渡り人』の事、挙げてないみたいだし」
「そうね。…ええ、お願いね。アナタ、やっぱり…今日のお昼は皆で街でいただきましょう。オリビアは私が連れて行きます」
「…そうだな。[リワンド]なら近いか……いや、場所は君に任せる。後で落ち合おう」
さっきまでとは打って変わり、神妙な面持ちで居間の奥に設置されたプライベートBOXに入って行く父マノン。
四脚箱型ボディに一対の万能工作義手の付いた躯体を、人型へと変形補佐する装置である。
――機械人の男衆は、女性と違い家庭内での「より寛いだ身体」に換装する事が習わしである。
中には公の場でも「より原初に近い自然体」と称し、人型へと換装しない豪の者も居るが、種族内では特に問題は無い。
リベイラの実家アーセナル家のプライベートBOXは、居間と直上の父マノンの自室へのエレベーターとしても稼働する。――
「では、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいアナタ。後で連絡しますわ。」
「私[ニーナ]が良いな!ランチのデザートがまた美味しいの!」
「はいはい。あ、エメラダ。オリビアを見掛けたら、すぐお家に戻る様伝えてね」
「はーい! 行ってきまーす」
「さて……私も支度しなきゃね」
あの娘、どんな殿方を連れ来るのかしら……楽しみだわ。
冒険者の夫を持つ側ら、粗暴な者達等掃いて捨てる程見て来たメローダにも一抹の不安はあるものの、他の機械人と比べても早熟に成人した愛娘の気性を思い出し、そんなに心配する事も無いかも知れない。
と達観しつつ、早くも気苦労する夫の様子に、
……無理も無いわね。付いていくなんて言い出したら……どうしようかしら。
と同調するのであった。