危機
[それでは世話になった。またいつか会おう!]
「あぁ! そん時は親方の所に連れて行ってくれ! あの人の出不精は筋金入りだからな!」
[確かにその通りかもしれん、承知した]
「頼んだぜ!」
昨晩ガベロに連れられて、散々飲み食いした俺達は明け方宿に戻り、昼までタップリ熟睡すると、公共の風呂施設で身支度を整え、遅い昼食後の出発と相成ったのである。
俺達は例の巨大な虫に牽引された、超巨大な鶏卵型の獣車に乗り込んだ。
惚れ惚れする黒光りした剛鎧虫が、苦も無く自分の身体より僅かに大きな客車を、力強くゆっくりと引き出す。
「「お達者で!」」
ガベロと一緒に見送りに来た、オッブス、シトロン達が手を振る。
昨日美味いお茶を入れてくれた、俺が勝手に受付嬢と思い込んでいた女性は、オッブスの秘書らしくキリっとした姿勢で皆と同様、にこやかに手を振っている。
[皆さん、色々とありがとう。本当に楽しかった!]
俺達もお返しに手を振り返す。
操者もつられて手を離した為か、途端にゆったりと停車する獣車。
「ガベロ師! 今度会う時は俺達の分、マイスター契約を正式にお願いしますぜ!」
「おぅ! そんときな!」
「おっしゃ!」
「お蔭で息抜きできたぜ、またな!」
「ギルマス! 差し入れ、美味かったぜぇ!」
「あぁ、ありゃウチの名物料理だからなぁ。新任のエリアマスターにも伝えておくよ! トンだ大飯食い共だったとな!」
「ハハハ! 次はまた、うんと豪勢なモン期待しとくぜ!」
「フホホホ……おい、昨日の接待費、遠慮なくつけておいてやれ……割増しでな」
「はい、畏まりました。」
「勘弁しとくれ。アタシら、ほぼ呑んでただけだっつーの!」
「(構わねーよ姉御。どうせその内、エリア長へキックバックされるんだからさ!)」
「(ハハ……そうさね)」
「フフフ。……冗談はさておき。……ホントにお世話になりました。ちゃんとベゼルには『とても良い歓待を受けた』と伝えておきますわね!」
「じょ……フホホホ……判った分かった……! また来い!」
「皆さん、剛鎧虫を、どうかよろしく!」
「「あぁ、大事にするさ! 仲間だからな!」」
一番操者になりたがったグラバイドが、先程と同様、操車室内から剛鎧虫へと繋がっている、特殊な制御盤へ手を伸ばした。
卓上にある、手の平サイズの二つの丸い突起物を前方へ軽く弾く。
すると俺のセンサーが、さっきと同じタイミングでまたノイズの様な信号をキャッチした。
同時にそれが伝わって、プロトンは脚を動かし牽引された客車と共に前進していく。
人には聞こえない高周域の音か?
また其れとは明らかに別の伝導方法が確立されている。
プロトンと客車を直接繋ぐ、超強力そうなアタッチメントを伝播させるのではなく、大気中の何らかの伝導体を介した、ある種の信号の様だ。
グリッドの小窓には簡単な図形が示されるが、俺には詳細は解らない。
精々、なんか面白そうな原理だなー、位だ。
こういうのは、如何にもメディ君が得意そうだよなぁ、さっさと直してあげないと。
門を潜り抜けた後、窓の外を見るとワザワザ正門の外まで出てくれた皆が、未だこちらを見ていたのに気づく。
その様子がちょっとだけ気になった俺は、見送った人達への収音聴覚を試してみる。
「……フホホホ……全く、冗談にされてしもうたわい…」
「リーダーの方、お上手でしたね。軽くあしらわれちゃいましたもの。」
「そのつもりじゃなかったんだが……」
「ま、おとっつぁん譲りじゃねぇか? ありゃぁ侮れねぇな。」
「うぅ……さよなら、チャンプ。皆さんに愛されるんだぞ…」
「おぅおぅ、いい歳した大人が泣くんじゃねぇよ。……(デイフェロ師匠……ま、便りがそのまんま返って来てないのが、達者な証って事にしとくか……)」
涙ぐむシトロンや、軽く溜息を吐くガベロ、オッブス達のボヤく姿をもう一度確認すると、少しだけ後ろ髪を引かれる思いがした。
そうやって見送られた街を後にすれば、獣車は街道に沿う様に進みだした。
別に街道のド真ん中を通行しても誰も文句はないのだが、もし似た規模の獣車と離合するとなれば、些か街道の幅が足りないのである。
何より、時折徒歩で通行する人も散見されるので、少なくとも其々の街からかなり距離を置く迄は、このまま街道上をこの巨体で進むのは、周りが危険だと俺達は踏んだのだ。
其れでも難なくイイ感じに加速感が伝わり、あっという間にラジアン郷は見えなくなったのだった。
「おほー! 早えな!」
「こりゃ快適だ!」
「振動も殆どないし。良い買い物したわね!」
「ほんとに早いねぇ! もうラジアンが見えないよ!」
確かに良い速度が出ている。時速80km位だろうか。
あの巨体からは考えられない速度だ。
客車に取り付けられた、車幅を上回る横に足の長い車輪は全部で六個。
《へぇ……思った程揺れは少ないな……しっかしこの速さなら、やっぱ道から外れて正解だったなー》
離合も何も先ず、先を行く獣車をドンドン追い越していく羽目になったからだ。
この調子で下手に街道上を通ったら、道行く人々を跳ね飛ばしかねないし、そうなったら目も当てられない。
悪路の筈の道なき道を進んでいるにしては、意外な程の快適さになんとなくスキャンしてみると、グリッドには車体に装備された対ショック吸収機構が映し出された。
驚いた事に、しっかりとサスペンションが導入されている。
パッと見、剥き出しのWウィッシュボーン状の構造だが、充分余裕のあるストロークが取られ、かなりの上下高低差と、機構全体が繊細且つフレキシブルな独特の複合構造体として機能しており、その恩恵で突発的な横揺れにも随分余裕を以て対応している。
えー、ナニコレ……工学系は全く解らんけど、なんか面白い。
見ようと意識したらグリッドに勝手に図形化されていくので、思わず頁をめくっていく。
この機構を実現させているのは、各動作部を六次方向支点から立体的に補強、保護している針金状の素材が、非常に堅牢であるのが大前提の様だ。
つまりメッチャ硬いクセにしなる特性を持つナニか、で構成されているのか……
へえ、主構成は炭素なのか。……ハ? 強度は単分子体より少し脆い程度?
嘘だろ!? 待って、注意書きがあった。
ナニナニ、えーと但し現在解析中の媒介物質が、素材の分子構造へ常駐介在していて振動(伝導)を著しく阻害、結果的に其れが補強作用になっている?
なるほど、解らん!
が、俺の興味に惹かれた事に即座に反応して、グリッドはドンドン表示していく。
接地の衝撃を効率よく吸収している様子と、更にダンパーストローク自体に若干の遅延が任意に設定されているのが判った。
しかもタイミングや圧力に因って遅延が可変している。
また、的確に地面を捉える大口径且つかなりの幅を持つ車輪は、それ自体がタイヤよろしく、分厚いゴム状のモノを形成している。
《凄いなぁ、サスに可逆反応遅延を、機構的に仕込むなんて……》
俺がイメージしていたのは地球時代の、精々が独立制御ユニットにコントロールさせる的な物だが、コレは根本的に違っていた。
サスペンション全体のパーツ毎に、其々独特の回転する小さな突起や変形するダンパーコイル、一本一本のシリンダーすら同軸で非常に滑らかに軸幅が変化したりする。
それ等をまとめた機構単体として、ほぼ自動的に接地面の高低差の反動を、正確無比且つ其々瞬時に独立制御し、その一連の動作を破綻させる事なく見事に中和させているのだ。
流石「極」の称号を持つ職人だ。
一体どうやってこれだけ完璧に制御出来ているのか、全く想像すらできないが、単純な物理構造だけではちょっと実現不可能なのだけは判った。
だって力点になる一番重要な部分が、まるでモーフィングよろしく変形して且つ頑丈だなんて……
正しく意味不明、お手上げだ。
(開く迄結果的に)これなら悪路の走破性は極めて高いだろう。
まさしく巨大な、モンスター・オフロード・ビークルだ!
……まぁ造語なんだが。
気分的に頭が痛くなってきたので、前方で牽引している王者プロトンを愛でる事にする。
……これも実に面白い。言うて見た目そのものは、まんまカブトムシ怪獣なんだよね。
例えば逞しい強大な六本の足の内、地面に接するのは常に三本だけである。
入れ代わり立ち代わり、速度が出るほど各足の接地する時間が短くなり、殆ど浮いている様にも見える。
餌の供給の為、四時間ごとに休憩を入れる必要があるが、この世界の移動手段としては破格であろう。
そのあまりの移動性能に、俺達はその後、途中の町で水や食料、生活必需品を補給したら、本来滞在する予定であった、幾つもの街を素通りしてしまったのだ。
無論散発的に遭遇する魔獣を狩ったりもしたが、皆の連携で危な気なく終了する。
暇つぶしには丁度良いガス抜きになった。
そうやって数週間掛けて全行程の半分位までを消化した頃、なんとなく見覚えのある森林地帯に差し掛かると、不意に獣車が速度を落とし停止した。何か合ったのか?
「なんだコリャあ?!」
操車当番のダスティンが、頓狂な声を発していた。
目の前には森を貫いて、一直線に東西に延びた空洞が合った。
片方は森の彼方へ、片方は反対側の海に向かって。
《戻って、きていたのか……》
そこは紛れも無く、俺がこの世界で初めて見た風景、大樹が生茂る大森林地帯であった。
当時身を守る為とは言え、不可抗力でやってしまった、大規模な自然破壊の爪痕は未だそこに健在であった。
流石に地面には、そこはかとなく緑が散在しつつあったが、大木群その物は無残に抉られたままだ。
《そうだな、メディ君をさっさと復活させないと。》
あの時確かに一緒にいた相棒を思い出し、俺の胸中を既に懐かしくなりつつある思いが走る。
「コレは一体……何があったってんだい??」
「コイツは、相当奥まで続いてるぞ……」
「何なのかしら……こんなに真っ直ぐなんて」
「何かが通った後だろうけど……こんなの、生き物の仕業じゃねぇな……天災か?」
「見ろ、表面が綺麗にこそげて、焦げた跡になってるぜ……もしコイツが単純な力だとすっと…」
「べらぼうな破壊力だ……!」
ポカンとしていたダスティンや、皆が俄かに不審な表情を露わにし出したので、事情を説明する。
[あっと、済まない。コレには訳があって……]
皆が俺へと一斉に振り向き、更に話を聞くと、改めて呆れた様な溜息を漏らした。
だが、この惨状が現在進行形ではないと察すると、気を取り直して歩を進めるのであった……。
「……はぁ!? イヤイヤイヤ、軽く流し過ぎだって! 大体兄さん、ココどういうトコか知らねぇのか?!」
ダスティンの言葉に、皆が深く頷く。
頭に特大の疑問符を浮かべた俺に、仕方ないとばかりに其々が説明してくれた。
聞けば何やらこの大森林地帯は、かなり特殊な生態を持つ環境らしく、そもそも一本一本の大樹自体が恐ろしく頑強で、通常の鋼刃などでは先ず歯が立たなく、伐採は疎か燃やす事も難しいらしい。
随って加工その物が出来ず、凡そ木材として使用もされずにただ存在を放置された状態との事。
ただ、不思議な事に大森林地帯の範囲自体は大昔から然程変化せず、拡大も衰退もしないそうだ。
「昔っからな、魔法の武具の素材なんかに筆頭で候補には上がるんだが……」
「その肝心な魔法も効きが悪い、てなモンでお手上げでね……あんまり融通が利かないから、一部の部族間じゃ半分神格化されちまってる森なんだよ。」
「下手な鉱石より余程硬いし、折れない、曲がらない、燃えないものね……」
「まぁ、それでも何故か大森林の神は存在しなくて……神々が放置した場所、とか言われてんのさ」
更にダスティンが続けた。
「それを簡単に踏み折る魔獣が居る、つーのも怖ぇし…何より…」
終いには嘗ての、魔物との大戦争時代にも魔物すら迂回した記録が……
とまで宣われたのには流石に閉口するしかなかった。
なので俺としては、終始懇切丁寧に解説するしかなかったのだが……
結局、実際に目の前で数本なぎ倒して見せる事で納得してもらった。
まぁ皆唖然としてた、てのが事実だけど。
――――――――――
夕方の少し前、大森林地帯を掠めて海岸へと出た俺達は、未だ陽が落ち始める直前といった時間帯だったが、プロトンに餌やりの休憩もあって停車した。
そのまま今夜はここで野営する事にした。
潮騒を聴きながら、久しぶりに焚火を囲み、皆で外での夕食中
「それにしてもスタイの兄さんて……、つくづく規格外って奴だよな…」
[あぁ、まぁさっきのアレは…うん、やり過ぎたと反省した]
「や、まぁ…やり過ぎって…個人レベルの話じゃないんだけどさ……別に文句じゃなくて、ソレより先ずはその大剣とローブさ」
俺の返答に溜息を吐きつつもダスティンが話を振ると、グラバイドがのって来た。
「おぅ、そうだゼ。極業師デイフェロっていやぁ、モノ作りの頂点、生きる伝説みたいなモンだ!」
「そんな人物とコネ持ってる、つーのがな! おまけに「トト族」の名も、探究者なら誰もが知ってる。目利きの効くノームの中でも極めて良質な、幻の素材を掘り当てる事で有名な部族じゃねーか。……ただよぅ、それこそマスターマイスの旦那と一緒なら猶更だ、場所なんか下手に人前で喋っちまったら、纏めて王侯貴族共がお抱えにしようと、否、皇帝まで出張って来るかもな。」
[そんなに凄かったのか! それは知らなかった……]
流石に、そこまでとは知らなかった。
意外だと感心していると、リベイラが後を継いだ。
「何気なく着ているそのローブね。ワザと高価に見えない様に作ってあるけど、普通に買おうとしても、多分値が付かない、と思う」
[え!? そんな貴重な代物だったの?]
確かに軽いし、汚れないし、丈夫だし良く出来てるなー、とは思ってたけど。
「うんうん。てか判ってると思うけど、その大剣も言わずもがな。なんだぜ?」
「正直、俺にも紹介して欲しいくらいだ……」
ダスティンの念押しにグラバイドが頷くと、アビゲイルも同調した。
「皆そうさ、憧れだからねぇ。大体もう随分経つんじゃないかい? 分派してから」
と、そこで不意に頭上が暗くなった。
まるで突然、一気に陽が落ちた様な……。
が、そんな呑気な考えは次の瞬間には吹き飛んだ。
俺は妙な圧迫感を覚えて振り仰ぐ。
するとそこには、漆黒の直方体が以前と同様、突然上空に居た。
[アレは!]
「なんだ、ありゃぁ?」
「デッカイ黒いのが浮いてる??」
「一体何なの? あれは?」
「ガァッ! …な……んだ……いコリャ…」
漆黒の直方体は嘗て初めて遭遇した時と同様に、こちらに対して謎の波動を照射してきた。
途端に身体が異常をきたし、途轍もない疲労感と凄まじい圧迫、激しく鈍い苦痛をもたらす。
ヤバ……い!!
俺を含む全員が、一斉に地面に叩き伏せられた様に這いつくばっていた。
頭が、身体中が猛烈に痛い! こ…の波……動は!
「「グガァァァッァァア!」」
「な!? んなの!……」
「う?! うわぁぁぁああああ!」
特に獣人二人と若いダスティンが酷い。
口と耳と鼻と目から血を流していた。
俺は、意図せず全身が異常な振動を起こし、思う様な身動き一つ取れない。
その時ブーンと空気を震わせ、巨大な羽を展開し俺達の頭上に滞空してきた従魔、剛鎧虫が目に入った。
まさかお前、俺達を守っているのか?!
……ほんの少しだけ、楽になった気がする。
[皆…逃げ……ろ! 奴は俺が…目……的だ!]
「手が! 俺の手が?!」
「しゃら……くせぇ…!」
「こっ…ちよ! 獣車に!」
アビゲイルは早くも泡を吹いて痙攣しつつある。
急がないと! グラバイドもかなり辛そうだ。
ダスティンは…アレは?! なんだ?! 腕が?! 腕から手が生えている!
俺は立ち上がろうとするが、いう事を聞かない俺の躯体に高負荷の荷電粒子が纏わりつく。
グリッドに警告の羅列が走るが構うものか。
もどかしくも自分の身体が意志に反して、全く動こうとしない。
身体中が粉々になりそうだ。
[モノ…リスよ! 俺に……用があ、るならっ! 俺だけ……にしろ! 仲間には……手を出すな!]
……ヤメロ! やめてくれ! 手を出すな! どうしてこんな事をする!
……お前は、一体、何なんだ! こんな事ッ認められるか!
鎧虫が頭上を飛び、直下の辛うじてだが唯一動けるリベイラが、懸命にも倒れた二人を獣車に乗せようと悪戦苦闘している。
だがその脚は見た目にもガクガクと震え、今にも膝が折れそうだ。
既にグラバイドも意識が無い。
何よりダスティンは信じられない己の異変に、恐怖に慄きのた打ち回っている!
……このままでは、皆やられてしまう!
……させん! そんな事絶対に許さん! ……クソっ! メディ君起きてくれ!
……頼む! 俺はもう失いたくないんだ!
力なく両手をモノリスへ向けて上げようとするが、それすら不可能な理不尽に、文字通り身を焦がす。
グリッドには赤く《緊急》《警告》《警報》の表示が埋め尽くされては消え、不意に点灯するのを辞めた。
直後に「ピーッ!」と、けたたましく躯体から音がする。
ヤ……メ……ロォオオオ!
『バックアップ移行完了。次元空間波動防壁枠展開!』
透明な膜が発生し、今まで無慈悲な暴力を放っていた凶悪な波動は、いきなり完全に遮断された。
傷めつけられ、全身に高負荷が掛かっていた躯体が、まるでそれが嘘だったかの様に息を吹き返した。
直前までの死ぬかと思う程の苦痛から解放され、力が漲っていくのが判る。
突然の変化に半信半疑のまま、周囲を意識すると、防護フィールド状の膜は仲間全体を覆っているのが視認できた。
膜自体はほぼ透明、光の反射で時折、不思議な色を放っている。
さっきまでの不快な苦痛は一切感じない。
今は逆に身体の内側からダメージを修復され、強靭なエネルギーがグングン沸いてくる……
一体何が起こったのかサッパリだが、
[メ! メディ君?! 復活したのか!]
俺は思わず口走った。
するとソイツは即座に返答した。
メディ君とは違う、全く質の異なる声で。
『初めましてマスター、私は貴方が知る「メディック」ではありません。』
簡潔に、そう告げた。
確かに俺の相棒メディ君の声とは違っていた。
もちろんその雰囲気が、彼とは全くの別である事は直ぐに理解した。
女性、の声に聞こえる。
切迫した事態にも関わらず、その調子には焦りなど微塵も感じられず、如何にも冷静で且つ迅速に対応している様だ。
『緊急事態につき、最優先処理を実行します』
『局所事象転換発現実効……成功しました』
なんだ??
判断が追い付かない。が、一新されたグリッドには簡易的なCGが状況を抽象的に説明し、俺の意識にもダイレクトに此れから展開する武装のイメージが雪崩れ込んできた。
『確率改変実行。補正開始……成功。今なら敵対象を撃退可能です』
……解った。
今は、アレを、殲滅する!
『了解。WLR3実装展開。限定時空絶対消滅砲スタンバイOK』
『臨界突破! マスター、トリガーをどうぞ』
く た ば れ !
俺の身体を中心とした周囲に、半可視の長大な砲身の様なモノが出現した。
コアと化した躯体ごと光り輝き瞬くと、音もなく唐突に顕れた直方体は、同じく音もなく現れた球形のフィールドに捕らわれ、内側に吸い込まれる様に内破し、その存在を拒絶され、消滅した。