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獣車と従魔


「ピッ」


 と、全くの暗闇に起動音が起き、唐突に静寂を破った一枚の発光パネル。


『カウントダウン sec-432K』


 僅かに息を吹き返すかの如く、それまで無明無音だった世界に、その存在を主張するたった一つの表記メッセージ

 徐々に数値は減り、0になるまであるじの居ない空間は沈黙を保つ。


----------------------


――ラジアンごう――

 そこは険しい山々に囲まれた盆地に造られた街である。

 天然の要塞と言っても過言ではないロケーションは、両脇の剣山の様な山合から澄んだ水が豊富に湧き出し、清らかな湖へと流れ込んでいる。

 丁度カルデラ湖の様な中心には陸地が浮かび、ラジアン郷はその陸地に居住区と各商業施設、北門から南門に抜ける一本の大通りが湖を縦断する巨大な橋へと貫いて、湖を囲む観光&一部の歓楽街、水産業施設、大部分を農業施設とで形成されている。


 国境くにざかいで且つ、辺境故かこの地を所有する貴族は居らず、随って領主も存在しない。

 元々この街の発足者である冒険者ギルドが統括する自治区となっている。

 因って行政も冒険者ギルドが受け持つ。


 余談だが「トラム」でもそうであった様に、学業施設もちゃんとある。

 「神殿」を中心とする居住区に必ず設置されていて、「病院」と共に「神殿」の傘下になる。

 どうやらこの世界ではそれが基本施設スタンダードの様だ。


 ラジアン郷から徒歩で一日程南へ進むと隣国の最初の街がある。

 この街は関所も兼ねているのだ。

 良質な使役獣を育成、調教する事で有名な所でもあるらしい。


「やっぱ獣車は質実剛健ガチにいかないと。な!」


 とは、ダスティンのセリフである。


 ラジアンに到着した俺達は、正門外に隣接された冒険者ギルド管轄の支所で在所登録を終え、一旦ラジアン・ギルド総括本部へ出向いた。

 尚、在所登録の際の、親方印の大剣鑑定のくだりは、トラムの時とほぼ同じだった為、割愛。


 総括本部では、早々にロビーの受付嬢から応接室へ案内され、出されたお茶を飲みつつ待機していると、間も無く壮年の男がやってきた。

 衣服をしっかり着込んでいる所から、恐らくは獣人と人種のミックスであろう。


 ――この世界では決して珍しい人種ではない。

 皮肉にも、実はあの種族主義コミュ勢が幅を利かせていたトラムですら、散々似た様な特徴を持つ人達が大通りを闊歩していたのだ――


 中肉中背な体形、大型のネコ科を思わせる特徴を持つ風貌、一点面白い事に、皮製のバンドで後頭部から覆う様な形でセットされた、双眸にはガラス製の眼鏡ゴーグルらしきモノを装着していた。

 ただ、凸レンズ越し特有の巨大な瞳には、明らかに白内障の様な濁りがあり、ソコから一瞬探る様な視線を送ってきた。


「うむ、オマエさん達が〔明けの明星〕か。オッブスだ。ここラジアンの統括ギルド長をやってる。まぁなんだ、お互い見るのは初めてだが、オマエさん達の名声は色々聞き及んでおるぞ。新任のエリアマスターからもよろしく、とな……まぁ、じっくり見繕っていけばいい。……使役獣(ソレ)関連だけは、この街(ウチ)の自慢でな。フホホホ……」


 オッブスは、そう言ってニンマリ笑い、現リーダーであるリベイラと軽く握手を交わした。

 互いに長椅子に腰を落ち着け軽く雑談しつつ、オッブスは


「あぁ、ありがとう。最近はコレが、仕事中の唯一の楽しみでな……ふぅ……」


 一息つける、とお茶を啜り目を細める。

 相槌を打つと、俺達にも御替わりを促され、それも全て飲み干すと退出した。


 はい、挨拶終わり! とばかりに俺達は早速、お目当ての「獣車」と呼ばれる、移動用の客車を使役獣で牽引する乗り物、を調達する為に専門の業者寄合へ足を運ぶ。



 ――使役獣テイマーギルド――

 各種交易商人&冒険者ご用達の一大産業業者組合である。

 特にラジアン産出ブランドの使役獣は、使用者の間で確かな実績を売りにしている。

 その「獣車」ともなれば、一冒険者一行パーティとして名声も高い〔明けの星風〕に取っても、流石に長距離の旅には欠かせない物であった。


《ってもなー、トラムの街から徒歩で丸一日も掛かった割には、大した距離じゃ無かったんだけど……》


 とは言え、元々冒険者であり、その中でも更に非凡な〔明けの星風(メンバー)〕の身体能力は、決して常人の範疇とは言い難い。

 というか、懸け離れている。そのLVは最早超人の域に入ると言っても過言ではない気がする。

 何せ、(彼らが急ぎ足と呼ぶ場合)単純に黙々と歩を進めるだけで、マラソンの世界記録を総なめにしてしまう程の脚力なのだ。

 しかも通常、決して軽くはない装備を全身に付けて尚且つ、である。

 更に加えると、魔法による身体強化を活かせば、ニ、三時間は平気で突っ走る事も可能なのだそうだ。


 まぁ実際には持続力(てか忍耐力? あんまり冗長だと飽きるし)や、各人が持つ『倉庫』の積載量問題がある訳で、往々にして食料調達と言う名の気分転換に寄り道をしてしまうのも、藪坂やぶさかでは無かったりするのだが。


 何せ一人ボっち旅の時には、数十分も有れば到着して、周りを散策しまくっても未だ時間が余る位の距離でしかなかったのである。

 まぁ、俺は転がれば良かったから楽だったんだけどさ。

 そーいや大体直線距離だったわ(笑)


 それにしても、とラジアンの街を見た時俺は、皆に会うまでの道中を思い出し、改めて機械の身体になった事を実感せざるを得なかったのだった――




 ラジアン・ギルド統括(オッブス)へは確かに挨拶を済ませたが、エリアマスター(ベゼル)からの話が利いたのか、あの後、階下のロビーで待っていた受付嬢にすんなりココを紹介された、という訳である。

 で、俺達の案内を態々、テイマーギルド長がしてくれるという。

 あのツルリン親父(ベゼル)、ヤルじゃん!


「シトロンと申します。〔明けの星風〕の皆さんですね。ギルド統括から、くれぐれもお持成す様、伺っております。どうぞこちらへ」


 シトロンと名乗ったテイマーギルド長は、帽子代わりにまんま羊の毛皮を被った、長身の痩せた人物だった。

 その物腰は穏やかで、非常に落ち着いた雰囲気を持つ人種であるにも関わらず、何処か御マヌケ――もとへ――、くだけた感じに見えるのは、両側頭部のクルリと巻いた角を持つ、羊の被り物の所為だろう。


 通された高い屋根を有する広い場所には、天井の無い荷車の様な物から、分厚い装甲を持つ全天候型の物まで、大小様々な客車が所狭しと並んでいた。


 中には完全密閉され「魔石」なるモノで空調まで完備したのモノもある。

 例の「倉庫」持ちなのは無論、このクラスになると客車内だけで生活も可能との事。

 トレーラーハウスの見本市かと見紛う程の様相に、成程一大産業と銘打つのも納得である。


「コレ! 良いんじゃねぇ?」


「おっ、こりゃ中々……」


「……イイね! 「倉庫」が何個もあるよ!」


 巨大な鶏卵を横に置いた様な、横に脚の長い車輪が些か不格好にも思えるを形をした客車で、一行は足を止める。

 特に野郎二人ダスティンとグラバイドがシトロンから詳しく見聞していると、小柄な人影が俺達に声を掛けて来た。


「よぅ! アンタらが〔明けの〕一行か?」


 随分と張りの良い声である。

親方デイフェロを思い出すな》


「コレはガベロ様……。皆さん、この方がこの客車を制作した「業師マイスターガベロ」様です。………ガベロ様、コチラがご執心の〔明けの星風〕の皆さんです。」


 一見して親方デイフェロと同じ、ドワーフと判るズングリムックリな体形。

 赤よりの茶髪が、これまた親方と似たよーな感じで、頭髪から顎髭まで繋がって顔の輪郭を覆っている。

 親方の兄弟?つーか親戚か?と思ったくらい、似通った風体である。


「……ガベロ師作か! やっぱな!」


「「マスター」が作ったンならぁ納得だ。コイツぁちょっと、見た事ねぇ出来映えだぜ」


 へー、野郎共は既に知った名前らしい。

 この人、有名人なんだなぁ。位の認識しかない俺。


「そうね。気に入ったわ。コレなら長旅も苦に為らないでしょう」


 女性陣も気に入ってる様だし、これに決定かしら?

 なんて、のほほんとしていると親方の親戚(違うけど)ガベロのオッサンが俺に声を掛けてきた。


「……「師」ってのはよしてくれや。特にソコの機械人の兄さんの前じゃ、な…。な、悪いが兄さん、噂の剣をちょっと見せてくれねぇか?」


 コメカミを太い指でゴリゴリ掻きながら、ドワーフのオッサンは神妙な顔付になり頼んでくる。

 まぁ噂の検討は付くけど……

 ん? ガベロ、て……どっかで訊いた事あるよーな…


[噂? コレの事かな?……どうぞ]


 やっぱり、さっき俺が自分で《うーん、この街じゃ大仰すぎるか?》と、位相空間に仕舞っていた親方デイフェロ印の大剣の事である。

 ま、俺が持ってる剣なんて其れしか無いんだなコレが

 

 何故そんな事したかというと、実際かなり人目を引いてたし、冒険者だらけのこの街で、全くの無名な筈のこの俺を、間違いなく噂していたからだった。

 うん、(開く迄無意識だけど)収音センサーが細かに拾うんだよねぇ。

 ほら、自分の噂話って何言われてっか気になるじゃん?

 意識下の無意識、という謎の体で誰にともなく自己肯定する。


 俺が大剣を渡すと、ガベロと呼ばれたドワーフは真剣な眼差しで注視していく。

 

「む? ンほぉ。…あぁ!」


 溜息を洩らしながら、途中でヤッパリッ! てな感じで何かに気づき、剣の柄、特に刃の根元に刻まれた印章を念入りに確認した。


 その時になってふと俺は、あ! と思い出した。

 そういや親方と初めて会った際、

「まさかガベロの奴が作ったとか言わんよな?」

 俺を抱え上げた時の、親方の台詞だ!

 まざまざと当時の映像がグリッドに再生されたのには驚いたが。


 ……もしかしてメディ君、会話が出来ないだけで実はずっと起きてるのか?!


 まさか?! と思い、何度も呼びかけてみるが、リアクションらしき挙動は一切ない。

 ……いや、今の所は、だ。

 必ず蘇らせる、諦めないぞ。その為に旅も始めたのだから。


 決意を新たにしていると、ガベロが確信めいた表情で俺に話しかけていた。


「ハ!? こりゃあ、間違いなねぇな! なぁ、兄さんこの極業物ドコで、てか……師匠は……デイフェロの親父は、元気だったか?」


[親方デイフェロを知ってるのか?]


「知ってるも何も、俺の師匠だ。……もう何年も音沙汰ねぇけどな」


「(うんうん。やっぱ、大剣ありゃタダモンじゃ無かったな!)」


「(しッ! 今は空気読んどきな。後から聞かせてくれんだろうさ)」


 俄かに色めき立つダスティンをアビゲイルが窘める。

 俺は俺で、この世界で知人なんてほぼ皆無なのにも関わらず、共通の知己の友人として話題が降って湧いた事が途端に嬉しくなった。


[そうか! たった半年前位前なのに、なんだかもう懐かしいな。……親方にはとても親切にしてもらったのだ。それに確かに、親方からガベロ殿の名も聞いた覚えがある]


「そ! そうか? いやぁ、あのおやっさんがなぁ……ったく。なぁ、後で飲みに行かねぇか? 〔明けの〕ご一行、歓迎って奴だ。イケル口だろ?」


 最初はそんなでも無かったのに、今はかなり嬉しそうな顔でガベロは俺達を誘ってきた。

 アレ? なんか、ガベロのオッサン無茶苦茶驚いたぞ。

 ……親方ってば、あんま他人に興味無さそうだしな。まぁお互い様か(笑)


「そりゃ! 勿論行きますぜ!」


「願ってもねぇ! だろ? 皆?」


[ありがたい。無論お受けする]


「あぁ、アタシゃ構わないよ。久しぶりに飲みたいねぇ!」


「断る理由は無いわね。でも、その前に従魔も見ておかないと」


「あぁ、コイツぁ最初っから獣車セットで組んでるんだ。心配すんな、顔合わせだけ済ませれば他はバッチリだ」


 グッとサムズアップして、ガベロは片目を瞑って見せた。

 因みに、従魔+客車=獣車である。コレ豆知識な(?)

 シトロンが促し、俺達はこの客車を牽く従魔を見に移動する事に。


「では、ガベロ様。皆さんこちらへ、従魔庁舎にご案内します」


「おぅ! また後で事務所に寄ってくれ!」


「えぇ、宜しく頼みます」


 リベイラの返事に、もう一度皆もガベロへ笑顔で頷き返し、踵を返す。

 変わった酒の肴が出来たとでも思ったのだろう、上機嫌なガベロは片手を振り去って行った。




 シトロンに通された従魔庁舎には、さっきの客車と同(・・・・)位の大きさの虫(・・・・・・・)が居た。


 うん、形的にはカブトムシと言ったら、かなりソレ。

 黒光りする漆黒の身体の見た目と反して、その目はつぶらで小さく、ソコだけ見れば穏やかな印象を与えるのなんか、本当にカブトムシにソックリだ。


 ただ全然大きさが、余りにも圧倒的に違い過ぎる!


 目にすれば否が応でも見えてしまう細部は、なるほど巨体故か、外殻の表面は密度が一層濃く、また全体的に左右対称な隆起物が各所に生えていて、イイ感じに禍々しくもカッチョイイ。

 頭の大角が雄々しくそそり立ち、胴体の上側前面には根本が太く短めの小角、巨体を支える恐ろしく強大な六本の手足の根元には背中と同様、其々深い大きな溝がある。


 いや、ムチャクチャカッコイイやん!!

 でもコレ多分……てか女性陣は大丈夫なのか?

 ただでさえ昆虫どころか、もう怪獣みたいなスケールだし……


「コイツは元々陸でも水中でもイケルんです。さっきの客車も水陸両用に設計されてますので、コイツの専用みたいな物なんですよ」

「背中と足の根元に溝があるでしょう? アレ、羽が折り畳んであるんです。コイツは緊急時には飛ぶんですよ! 実に面白い生態です! ホラ、ココですよぅ! あぁもぅ、ホントにっ!……」


 尻上がりに饒舌になっていくシトロン。

 興奮が突っ走って、終いにはハァハァと幻聴まで聞こえそてきそうな勢いである。

 対する他の面子は、未だ呆気に取られている状態。


「うぉっ!…で」


「デカイね! 随分(りき)もありそうだ…」


「逞しい感じね! 色も良いんじゃない? 車と合うし」


「…か!」


「オイオイ、コイツぁ! なぁんてカッコいいんだー!」


「かっっけぇえな! 姿形といい、俺ぁもう惚れたぜ!」


[い、良いのか? 確かに好きな姿形だが…女性には……]


「え? なぜ? 特に嫌じゃないけど? 大きさだけなら、そうねぇ……ほら、スタイが蹴り飛ばしたのもコレ位じゃなかった?」


[え、……いやまぁ、そうだったっけ?]


「うん、黒光りして上等の硬い甲羅だよ。頑丈そうだしさ!」


[あ、良いんだ……私も異論は無い。寧ろ気に入った!]


 あれ? この世界にはGは居ないのかな?

 フツー、この手の造形は、特に女性は金切り声を挙げて避けるモノかと思ってたが。


「この「剛鎧虫」は客車にも使われている分厚ぶあつい装甲に加えて、暑さ、寒さにも強いんです!」


 シトロンが益々上機嫌で話し出す。

 既に興奮しているのは言わずもがな。


「こっちでは珍しいですが、大陸の奥の国々ではポピュラーな魔虫タイプで、帝都には専用競技場コロシアムもあるんです。因みにコイツは一昨年から三年連続、ブッチギリで優勝した奴でして……惚れ惚れしますよね!」


「大した奴だぜ! 益々気に入った!」


「ですよね?! チャンピオンですからね! 他にも……」


 シトロンの延々と続く魔虫談義に野郎三人おれもふくむは大いに盛り上がってたが、流石に女性陣はそこまでの興味は無いのか、振り返ると、何時の間にかさっさと契約を終え居なくなっていた。


 俺達も事務所に戻りガベロに待ち合わせの場所と時間を訊き、一先ず宿へと足を向けるのであった。

サクサクとは行かないモノです。

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