和解
神殿から戻って二日後の昼頃、ベゼルが意識を回復させたとの一報を受けた俺達は、慌ただしく戻ってきた、随分と肌艶の良いアイシャ。の身支度が終わるのを待ち、昼食後のお茶を嗜んでいた。
ココは定宿の一階にある、評判の料理店である。周囲はほぼ満席の客達の話し声や、注文の品を運ぶ給仕らの喧噪でごった返していた。
暫くするとアイシャが戻る。ホントに艶々の顔だ。
「たっだいまー!」
「お、戻ったか。遅ぇぞ? おぅ、おめぇテッカテカの顔しやがって。どこホッツキ歩いてたんだ?」
「野暮な事聞くんじゃないよ。と…!」
「痛ぇな、いきなり叩くなよアビー!」
「今良い音したなぁ。スパァン! て! 毛玉なのに、スパァン!て!」
「だろ? ありゃハリセンてんだが、アビーは突っ込みが激しくて・・って毛玉は余計だ!」
「あれ? そいやグスマンは?」
「……禊に行ったわ」
「へ?! みそぎってナニソレ……?」
「おやっさんなりにケジメつけるんだと」
「元々ベゼルとは、古い付き合いみたいだしね」
「駆け出しの頃、一緒だったんだって」
「フーン、ゼンゼンシラナカッタ」
「なんでイキナリ無表情なんだよ。……良いじゃねぇか!生き残ってる戦友てのは得難えモンだぜ」
[うむ。そうだな。私も早く相棒を復活させたいと願っている]
「おぅ! 旦那にサクっと詫びて、準備しようぜ!」
「その事なんだけど…」
「すまん。遅くなった」
「おか! 「え?!」…り!?」
振り向いたダスティンが思わず後退りする程、否、他のメンバーのみならず、給仕係&食事客等、その場の全員が軽く仰け反る位の、異様な風体を晒したグスマンに、現場は一瞬凍りついた。
「ウォッホン!」
ハっ! と、息を吹き返す様に凍りついた瞬間は過ぎ去り、それでも好奇の視線に晒される己を、隠す事なくこちらに歩んだ。たった四、五歩、正にズイっと。それが…
……なんというか……威圧感がハンパ無い!!
いや決してフザケているのでは無い。服装は何処かの騎士団にでも入るのか? という位ビシっとキメた正装で、元々筋骨隆々の偉丈夫である。
まるで緩い日常に、某世紀末救世主がイキナリ顕れたかの様な、抜きん出た存在の濃さ……劇画か
基、それはそれは立派な出で立ち。が、その風貌が、てか迫力が
「おやっさん! 真剣で!」
「遂に……クッ! 俺ぁ……漢のケジメ。しかと見たぜ!」
メンバーすらア然とする中、ダスティンとグラバイドは何か感動している様子である。
「(ど!? どうしたの? なんで彼、髪の毛剃ってるの?)」
「(えーっ! 渋い叔父様だったのに。……怖っ!)」
「(え、髭も眉毛も無いジャン! て事は全部? 剃ったの!)」
「(ケジメって何? か、漢てやつかしら?)」
「(ていうか、なんか線が濃いわよ……劇画か!)」
「(ちょっとナニ言ってるか分んないッス)」
一斉に騒然とする食事客の中、特に女性客らが嘗てのグスマンを知るメンツと一部絶望、困惑。
《というか、ウェイトレスさん達はせめて裏に下がって喋んなさいよ…。》
「見て判らねーか! 男が立つってんだ! 下衆な茶々いれんなや!」
「女子供にゃ解んねぇよ! 男の覚悟って奴ぁはよぉ!」
《ああ、貴様等もか…》
そして何故か話を聞きつけたコック達と一緒になって、訳知り顔の男性客らがいきり立って擁護する中、レジーナがクッと視線を見上げ、グスマンの瞳を覗き込む様に問い掛ける。
「本気、なのね……」
「すまん。俺がアイツとの「約束」をずっと反故にしてた所為で、今回、アイツに一方的に負担を強いた。……勝手だとは承知しているが、許して欲しい」
「許すも何も、もう決めた事なんでしょ? 言葉が欲しいのなら「赦す」わ。……ただ、ベゼルの御見舞いに行くのまでは〔明けの星風〕の一人だからね?」
「勿論そのつもりだ……恩に着る」
二人だけの会話が終わった直後、アビゲイルがパシィっとグスマンの背中を叩く。
「堅苦しいさね。アタシラ戦友だろ!」
レジーナは何か言いたげだったが、敢てその場では言わないと決めた様だ。
背中を叩かれたグスマンも俯きつつ、ホッとした様子。
湿っぽくなった空気が一吹きの風を受け、一気に雰囲気がガラリと変わった。
[だな! 私もそうありたい]
「アンタはとっくにうちのメンバーだぜ!」
「さっぱり訳が判んないンですけどぉ」
「アタシが教えてやンよ」
「ハゥぅ! ミャ~~」
「全員揃ったわね。じゃ、行こう!」
「「「おぅ!」さ!」ましょう!」
レジーナの軽やかな号令を受け、皆が立ち上がる。小気味よいチームである。
アイシャはグイっとアビゲイルに肩を組まれて、そのビロードの様な肌触りにイチコロなのか、ホンワカしながら付いて来た。
神殿傍の病院の様な白亜の建物がベゼルの居る保養所だった。回復士が神殿所属の者が殆どの為にどの都市でもそうらしい。ベゼルは六階の最奥の個室に居るとの事。
俺はこの世界でもエレベーターがあるのには驚いた。簡単な魔法を仕込んだ「魔石」なるモノで駆動させているらしい。定期的に魔力を込め、何時でも使える様にしてある。との事。
《…その方がメンテナンスも楽か。…割とちゃんとしてるんだな》
機械人等も存在する以上、電気的な何か、もしくは機構的な駆動方式かと勘ぐったが、どうやらこの世界では魔力の元になる「魔素」なる謎物質が深く浸透しているらしい。
「着いた。ここだよ」
部屋の前まではアイシャが迷いなく先導していたが、扉の前に立つとレジーナに譲る。
「ギルドマスター、宜しいか?〔明けの星風〕一同、参りました。」
「あぁ、……入れ」
最早回復は万全なのか、ベゼル以外の者は、今は誰も居ない様だ。
「よく……来たな」
「ベゼル! 済まなかったッ!」
ベッドに起き上がったベゼルの元へ駆け寄るグスマン。
「お! おめぇ……その恰好は!」
「あぁ、今更だが「約束」を果たそうと。な」
ベゼルはその言葉を聞き、一呼吸置いた後、一瞬グっと強く目を瞑った。
が、次の瞬間には瞼を上げその眼差しを、嘗て互いの実力を競い、将来を語り合った戦友へ。
「……ホントにっ! お前は昔から生真面目だったな。が、コレで」
「うむ! だがッ……俺はッ、お前が一人苦しんでた時に何も解ってやれなかった…事が……クッ!」
「皆まで言うな! それぁッ俺も……同じだッ!」
「旦那! 俺ァ!」
「俺も済まンかった! この通りだ! 心底謝るぜ!」
グスっと鼻を啜り、ベゼルに集まる男連中はまるで体育会系のソレであった。
アイシャも御多分に漏れず大泣きしている。見ると女性陣も目頭をハンカチで押さえたり、下や明後日の方向を向き、肩を震わせている。
アレ?俺置いてけぼり?
亀展開です。すみません。