魔の者との遭遇
「ちぃい! 悪魔か!」
「外の奴に知らせろ! 付近の住民を、急いで避難させろとな!」
グラバイドが内心の焦りを苛立ちで否定し、グスマンの緊張した指示が最後に飛び出した人の背中を追いかけていく。
「クッ…どうしてココまで……」
「畜生が…性根から腐れやがって! コイツはいただけないねぇ!」
「戦うしか……ないのね……」
レジーナの呟きとアビゲイルが歯ぎしりし、リベイラは溜息を押し殺す様に苦々しく呟いた。
「ったく……」
「ヒィィ……マジで?! ……ベゼルのバカぁ!」
ダスティンが仕方なしに、アイシャはヤケクソ気味に悪態をつく。
悪魔と呼ばれたその個体は、腰から生やしたカギ爪の付いた蝙蝠の翼の様なモノを拡げ、凡そ理解不能な、呪詛めいた何かを発する。
「☆§〇▲・×◇?!」
ヒョォォオオっ! と、突然周りの気温が急激に低下するのを感知。一気に氷点下になっていき、外気と混ざり合い、室温との差で部屋の中なのに低温の突風が発生する。
「キター! イヤー! 寒いぃぃぃぃ!」
アイシャの悲鳴が皆の心情を代弁する。
[魔法か?]
「アレは魔の者! 呼吸する様に魔法を操るの!」
いきなり吹き荒ぶ暴力的な寒風の中、俺の問いにリベイラが焦り声で応える。
「ゴホッ…ゴホ!…身体、強化が…追い付かねぇ…」
「い、いかん……、このままだと直ぐに肺をやられるぞ」
突風に煽られ、更に体温を奪われていくメンバー達。
細身のダスティンは疎か、頑強なグスマンですら既にガチガチと歯が鳴りだしている。
其れは体表を毛皮で覆われた、比較的寒さに強そうな獣人二人も同様だった。
「クソっ! 予備詠唱も無いから、防ぐのは…厄介だ…ゼ!」
「ちぃぃぃいい!……小賢しいねぇ…!」
「対氷結の装備が効かない…いえ、そんな生易しいモノじゃない……既に……」
「うぅぅぅ…も、もう気象制御階層の魔法だよ……あんな魔力量!どんなやっても防げないよぅ!」
レジーナも為す術がない様だ。
では、俺が破ればいい。今なら(多分)出来る。
初手から自暴自棄気味に悲鳴を挙げるアイシャを尻目に、俺はローブを脱ぎ捨て、
《一応仕舞っとこう。位相空間にローブを仕舞ってと》
寒風から冷風へと変化する大風の中、俺は大剣を右手に握ったまま、肩ユニットを一部展開させて電磁干渉を試みる。
[熱波投影放射!]
肩ユニットの突起から、何か電気的な作用が直接室内空気の分子運動に働きかけるイメージが浮かぶと、まるで暖かい色のついた空気の粒が、室内のアチコチで弾ける様に、見る見るロビー内の気温は上昇した。
俺は適温に達すると、LVをそこで調整した。極寒の環境がいきなり解消され、メンバーが目を向く。
「プハァー!、た、助かった!? のか?」
「えぇ!? スタイさん? アンタがやってるの?!」
[コレ位なら問題ない。さっさと始末しよう]
メディ君が沈黙した後、どうやら自ら修行した甲斐は在った様だ。
「ありがてぇ! イケそうだな!」
皆やる気が出て来た様だ。つい今まで絶望に捕らわれていたとは思えない。
良く言えば、出来る奴はココゾと云う時の、物事の切り替えが早いのだ。
今やるべき事の優先順位を本能で理解している。既に頼もしくも、皆が敵である悪魔を睨み付け、気持ちを揮い立たせている。
悪魔は頭部を覆う程の大きく捻じ曲がった角を持ち、剥き出しの筋肉がそのまま鎧の様な出で立ち。
四肢の先端が其々大きく発達しており、その長い手足や爪その物が凶悪な武器となるであろう事は見て取れる。身長は3m強程。尾骶骨辺りから、先端にスペードの様な反しの付いた細長い尻尾が躍っている。
先制した寒波攻撃は厭くまで小手調べだったのか、無効化された事に悪魔はなんの感慨もなさそうである。
只管三白眼の白目でこちらを睨み付け、否、表情その物が憎しみの権化の様。
心底目の前の、ありとあらゆる物を忌み嫌い破壊する意志の様なモノが伝わってくる。
その両手がこちら側に向け、伸ばされようとしていた。
背中に担いだ大楯を振るい、力強くドンッ! と床に指し、最前線に出て悪魔に対峙するグスマン。
その右後ろでスラリと背中側から抜いた双剣のダスティン。
対角の左後ろで腰裏からガキン! とカギ爪を手甲に装填し構えるグラバイド。
真後ろで呪符の様な何かをばら撒き、姿を消すレジーナ。
愛用の弓矢に早口で呪文を詠唱し、魔法を付加するアビゲイル。
鈍く光沢を放つ両手を前方に出し、二の腕から小さな突起を展開させ振動波を発しだすリベイラ。
手にした杖先に何やら魔力を込め、一行全体に魔法陣を出現させるアイシャ。
最後に大剣を両手持ちし、グスマンのやや斜め後方に立つ俺。
戦闘態勢準備完了! 戦闘開始!
悪魔が伸ばした両手から、また謎の放射が発生。今度は熱の上昇を感知!
「来るぞ!」
大楯で防ごうとグスマンが前に出る。
「ぐぉ!」
急激な熱源上昇に、そのまま楯を持つ腕がジリリと焦げそうになるも、
[原子振動定常波!]
瞬時に赤熱しかけた楯を見て、俺は手を伸ばし、グスマンごとすぐさま冷却処理。
ボケっとしてる暇は無い。兎も角これで温度の変化に悩まされる事は無くなった筈。
「助かった!」
念のため味方が固まってる今の内に、全員に施しておく。
俺の全身から、肉眼では見えない位小さな何かが皆を覆う。
[熱や冷却は無効化した。直接攻撃に注意しろ!]
「「「おぅ!」」」
悪魔が首を傾けつつ、片手を頭上に上げると、その先に鋭く尖った、悪魔と同じ位の大きさを持つ氷柱が出現。
次の瞬間、勢い良く発射される!
悪魔は皆が素早く退避して回避に成功するのを見て取るや、更に複数の氷柱をこちらに炸裂させてくる。
「任せて!」
リベイラが両手の小さな突起から展開したフィールドで、氷柱は悉くあらぬ方向に逸らされ跳ね返された。
ズサっ! と、悪魔の腰部分にグラバイドの爪が刺さる。が、渾身の力を込めた鋭利な爪先は浅く傷を付けたに留まる。
「悪魔は何重もの干渉膜を貼ってるの!一度や二度じゃ破れない!」
リベイラが注意喚起。確かに不可視の膜状の力場が俺のグリッドに表示されている。
「解ったゼ!」
勢いづくグラバイド。と、そこに苛立ち気味の悪魔がブゥン! と拳を振り回した。
吹き飛ばされ、それでも空中で体勢を立て直して着地、再度果敢に突っ込んでいく。
「後ろがガラ空きだ!」
身体毎回転し、鋭く切り込むダスティンの双剣が、悪魔の背中を切り裂く。
何度も切り付け、小さな擦過傷を無数に与えるがバリア状の膜を破るには足りない。
「危ない!」
さも鬱陶しいと云わんばかりに悪魔がくるりと振り返り、空中のダスティンを横殴りの裏拳が直撃した。
「こっちも防御膜くらい貼ってンのよん!」
ニヤリと不敵に笑うアイシャ。だが、今の一撃で丸ごと剥がされてしまった様だ。
一方、直撃を被った筈のダスティンは、両腕をクロスさせ双剣の刃を抜け目なく受けた面に充てた体制のまま、悪魔の裏拳を裁いた反動で後ろに飛び、すかさず距離を置く。
直後にその横に現れ、先端に光を纏う矢を三連射するアビゲイル。
《ほぅ、まるで風の様だ。ああも頻繁に移動しつつ射線を執ってるのか。味方の着地カバーも兼ねてて、練度が高い》
その流れる様な一連の動きから放たれた攻撃は、悪魔の隙を付いてドスドスドスッ! と確かに深く刺さった!
悪魔は己の身体を顧み、更に苛立ち、足元の空気その物を蹴り放つ!
そのまま破裂しソニックブームが発生。床を割り、ダスティンに魔法の防護膜を貼り直したアイシャに迫る!
「しまった!」
「避けるんだよ!」
持ち前の反応で素早く飛び離れたアビゲイル&ダスティンが翻って上ずった声を挙げる。
「や、ちょ、ヤバい!」
思わず両手を、伏せた顔の前に組み、両目を閉じて戦慄するアイシャ。
「させんッ!」
瞬間的に飛び出し、ドォォンッ! と絶妙のタイミングで破壊の衝撃波を大楯で凌ぐグスマン。
[ほぅ!]
「た、助かった…」
「ホ…」
「流石オヤッサンだぜ!」
「…ったりめぇだ。”金剛楯”の名は伊達じゃねぇ!」
アイシャやアビゲイルがホッとし、ダスティンとグラバイドがニヤっとするも、グスマンが促す
「気を抜くな!奴は未だ…」
【ガァァァァァアアア!!】
通常なら間違いなく必殺となる筈の攻撃が、思った程ダメージを与えていない事を見て取り、両手を振り回して尚も怒りを顕にする悪魔。
その雄叫びにも、いきり立つ程の憤怒が含まれている。
見た目にも、尻尾がカギ型状に直角に曲がってピーンと上を向き、硬直している。怒りのボルテージMAXというトコだろうか。
ドスゥ! いきなり頭上に出現し、悪魔の目を忍刀の様なモノで刺し抉るレジーナ。
「やったか?!」
《そりゃフラグ…て皆凄いな、良い連携だ。ヤルじゃないか》
俺はココまで自分が直接戦闘に参加して居ない事を、ハタと悟った。
片目を失った悪魔は飛びのき空中に退避。
一瞬力を溜め、大きく両手を拡げ魔法陣が形成されると、見覚えのある収束照射の予備現象だと解った。
「ひぃぃぃぃ!」
「なんて魔力量?! 桁違いだ!」
「クッ! 皆、俺の後ろに!」
[大丈夫だ、前に何度か見た事がある]
スッと皆の前に立ち、悪魔と正面から向き合う。
さっきから目前で繰り広げられる戦闘に、いつまでも暢気に傍観者を気取ってる場合じゃない。
俺も仕事しないと。
[光子反射位相空間展開!]
同時に悪魔の全身を覆う程の光の奔流が発射され、俺を直撃する! と、目前1m程で到達したビームは減退する事なく真っ直ぐ跳ね返され、逆に悪魔に直撃した。
「「「??!!」」」
[終わりにしよう]
俺は大剣を大上段に構え、自らのビームに焼かれ、戸惑う悪魔に切りかる!!
[おおおぅ!]
ズパァンッ! と、頭から足先までほぼ真横から真っ二つにされた悪魔の身体が、べらりと空中から落ちていった。破片に過ぎなくなった悪魔はソレから二度と動かなくなった。
「や、やったの?!」
「ふぅー、また救われたな」
「生きた心地しなかった!」
「やったな! 悪魔て倒せるんだな!」
歓声を上げるメンバーに俺は頷いて……
「フハハハ! いやぁ、実にお見事!……人が、悪魔を破るとはね! 面白い!」
空気のまるで違う、かなり場違いで勘に触る声を振り返ると、いつの間に一階に居たのか、否、落ちたのか、白目を剥いたまま床に伏したベゼルの身体から、文字通り生えた奇怪なモノが、その血の様に真っ赤な組成物で人型を成し、俺達を嘲笑っていた。




