ギルドマスター、ベゼルの災難
ドカンッ! と、もう既にボロボロの相貌でギルド内のロビーをドツキ回される哀れな男達は、各々呻き声すら碌に挙げる事も出来ず、内出血の結果であろう、どす黒くなった斑点をその身体中に晒していた。
「何事だ! 一体コレ……は?!」
吹き抜けの階上から、強面の額に青筋をピクピクさせ、虎皮の陣羽織を上半身裸の上に纏った些か品の無い親爺が怒声を張り上げた。
「遅いぞ、ベゼル」
温厚なグスマンが、普段は見せない獰猛な野獣の表情を顕し、低く告げた。
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その少し前。ギルドの扉前でいよいよ乗り込むと云う時。
精霊術士であるアイシャが、手元に戻って来たその小さな使い魔を撫でると、術士の手に吸い込まれるように、使い魔は消えた。
「居た居た。バーカウンター前の席だよ♪」
「ンな雑魚なんざどうでもイイ(まぁブチのめすけど)。奴は?」
「ギルマスのイスで踏ん反り返ってるよん♪」
「んじゃぁ、行きますか!」
ギィ。とギルドの扉を開け放つと目前には広々としたロビー。
その奥には複数の間仕切りがあり、受付の窓口の様だ。依頼用なのか大き目の掲示板やら諸々が散在している。
更に横奥には、パブの様なカウンターと雑然と並べられたイスとテーブルのスペースがあり、既にかなりの席数が埋っている様だ。
反対側には広めの折り返し階段が、吹き抜けになっている上階へと続いている。
丁度目の前に、窓口の方へ歩いていた、薄い鳶色の制服姿の女性が振り返り、テンプレートな挨拶を驚きの表情で中断する。
「こんにちは。トラム冒険者ギルドへよう……あ!」
「あらピエタちゃん。久しぶりぃ。いきなりだけどぉ、ギルマス呼ぶか、今すぐ逃げた方が良いよ~」
「アイシャさん! グスマンさまッ……さん!! 皆さん、無事だったんですね!」
「あぁ、積もる話は後だ。すぐベゼルを呼んで来てくれ。」
「それからその後は、さっさと逃げてた方が良いかもね」
「どういう事ですか? レジーナさん、それにその方は……」
[ここは戦場になる。今は動]
ドゴン! と、複数の男達が獣人二人に両脇から纏めて殴り飛ばされ、宙に浮かされたままブツかり合って鈍い音を立ていた。カウンター前の席で飲んでいた男達の集団が色めき立つ。
「て、てめぇ等!〔明けの〕! 死んだんじゃ無かったのか!」
「ハ! コレだから馬鹿は。聞いてもねぇのに自分からバラすなんざ、下の下だな!」
「ダセェぜ? オッサン」
「おお、俺ら〔黄昏の旅団〕とせ、戦争しようってのか!」
「ンな雑魚知るかッ!」
ギャウ! と、敵が悲鳴を挙げた後はもう、一方的な蹂躙であった。
先ずアビゲイルが、続いてダスティンがグラバイドが今までの鬱憤を晴らすかの如く、屯していた連中が手に武器を持つが早いか、片っ端から兎に角ブチのめしていった。
後に残ったのは無数の、生きているのが不思議な位の人の塊が、其々細かく痙攣を起こし転がっていた。最早俺がする事は特に無かった。
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グスマンが地の底から響く様な低音で告げると、ベゼルはブルッと目に見えて悪寒を走らせた。
「遅いぞ、ベゼル」
「よくも騙したわね。ベゼル!」
「覚悟は出来てんだな、旦那」
「鈍いぞベゼル」
「あら? ビビってるのベゼル?」
「禿てんぞ、ベゼル」
「下手くそだったわ、べゼル」
「懺悔は済んだ? ベゼル」
「遅漏よ、ベゼル」
[辞めんかアイシャ殿。浮き捲ってるし、ちと寒いぞ]
「まさかのダメ出し?! しかも身内から!?」
どうやらグスマンに本気で睨まれて、肝を冷やしているのか緊張気味であったのが、途中から脱線し始めた口撃の斉射が落ち着くとベゼルが吠える。
「俺は禿げてねーだろうが!」
「ソレにブルってもいねぇ。」
ベゼルと呼ばれた禿げ頭の親父は、スゥッと一旦息を吸い込む。
「〔明けの星風〕よ! ギルド襲撃、ギルドマスターの俺を侮蔑する狼藉、罪状は重なるばかりだな!」
「流石に放っておけん! トラムギルドの否、全冒険者ギルドの総意を以て貴様ら」
尻上がりに声の圧力を増していくベゼル。
《ほぅ、大声には自信があるようだな》
俺の見の内に、何だか対抗心が芽生え、一歩踏み出ようとする。が、
「ぃやかましいわ!」
いい加減腹に据えかねる、とばかりにアビゲイルが吠える。
おぉっと、俺も負けておられん。
[[[ギルドマスターよ、戯言はその辺にしておけ!]]]
出鼻を挫かれたが、俺も負け地と声を張り上げる。
何を隠そう、前世(?)では、本気の怒声だけは定評があったのだ。
俺は無意識にスピーカーの外部出力を、音割れしない程度に上げてしまった様だ。
すると、バリバリとベゼルの周りの空間ごと振動させた。
ベゼルはブルブルッ!と身体毎震わせて両手で耳を塞ぎながら、キッと俺を睨むと怒鳴り返してきた。
「なっ!なんだっ…馬鹿みたいな大声で…て!…だ、誰だっ、お前は?! 〔明けの〕メンバーでは無いだろうがっ!?」
[[この人達が魔獣の群れに襲われているのを、偶然通りかかった際に手助けした者だ]]
「…ビックリ、した…!」
「こ、鼓膜が…」
「スタイ、ちょっと声…落として! 大き過ぎ!」
[あ、すまない…]
シマッタ。流石に音量が大き過ぎた様だ。
ヤバイ……アッチの受付嬢さん、泡吹いてるゥ…
対角側に居た周囲の人達や周りのメンバーまでもが耳を塞ぐのを見て、通常までボリュームを下げる。
もちっと自然にこなさないとダメだな、カッコワルーイ……。
我に返ったベゼルが、耳を両手でパンと叩いて怒鳴り返してくる。
「はァ!? なんだと?! Bランク以上が四、五十匹は居た筈だぞ!? 一体どうやって逃げてきたと?!…」
目を剥いて更に怒鳴り声を張り上げるベゼル。
が、その眼球は異常なまでに充血し、何某かの病気でも発症しているのでは? とさえ勘ぐる程である。
距離が有る為か、他のメンバー達は気付いていないのだろうか……。
するとダスティンが、片耳を揉みながら俺を指差す。
「逃げてきたんじゃねぇよ! 全滅させたんだよ、コノヒトが、文字通り!」
他のメンバーも同様に、其々耳を揉みこみながら頷いて同意する。
あ、うん……なんか、てか大声張り上げ過ぎてゴメンナサイ。
「そんな馬鹿な! いくら何でも……」
ベゼルは未だ認識が追い付かず、ダスティンの言う事が飲み込めない様子。
「……語るに落ちたな……」
そのベゼルの醜態に、さも落胆した様子でグスマンがポツリと漏らした。
[こんなに簡単に口を割るとは、……余りに馬鹿すぎる。これで本当に一ギルドを治める長なのか?]
レジーナが、
「処置無し、ね」
アイシャは、
「あっけ無~い」
グラバイドが
「これで終わりか。拍子抜けだ……」
ダスティンは、
「ったく、調子扱いてんじゃねぇよオッサン!」
アビゲイルが
「アタシャ、完璧キレてっからねぇ!」
皆が口々に吠える。リベイラは無言のまま顔を左右に振った。
「き! き貴様等ぁ! ドイツもコイツも! いつもいつもいつも! 俺を馬鹿にしやがって!」
ベゼルは、ダン! と階上の手擦りを両手で叩きつけ、粉々に砕く。
どうやら余程頭に血が上っている様である。
「お前を個人的に馬鹿にした事など、俺は無い」
グスマンが静かな怒りを込めながら、ベゼルに切々と決別の宣言をする。
「たが、俺達に対する、これまでの大小様々な嫌がらせ。……特に今回は殺すつもりだったろうが。その落とし前は付けさせて貰うぞ!」
「依頼をごまかしたりされたねぇ!」
「一々狡すっからい邪魔もウンザリしたぜぇ!」
「アタシぃ、セクハラされた! てか襲われたしぃ」
「アレはおめぇが仕掛けて来たんだろうが! それに! オ・マ・エ……は!お」
堰を切った様に皆が不満を爆発させる中、何か琴線に触れたのだろうか、アイシャの言葉にムキになって咬みつくベゼル。
それにレジーナが呆れた様子で、尚且つピシャリと言い放つ。
「見苦しい……。観念しなさい!」
アッー、男娘に手ぇ出したのか。つくづくご愁傷様……。
てか、アイシャ魔性の女(♂だけど)疑惑発覚か。
「どの面下げてそんな事言えるんだ! もういい!」
怒り狂った様子のベゼルが懐をまさぐり手を出すと、禍々しい雰囲気を纏った大きな水晶の様な物が握られていた。
「アレは封魔石?! あんな大きな物!」
リベイラが悲鳴にも似た声を挙げ、他のメンバーも顔色が変わった。
直後にベゼルが階下の床に叩き付けると、そこから魔法陣が複数浮かび上がり、即座に球状の空間を形成、粉々になった結晶がその中で暗黒の闇を放っていく。
途端に気配が変わった事態に、血の気が引いた顔色のレジーナが皆に呼びかける。
「いけない! 全員ギルドから出て! 急いで!」
「バカ野郎が……!」
続くグラバイドの悪態が、更に現場の緊張を高めた。
「ベゼル! お前もだ! 死ぬぞ!」
ニヤリと笑ったベゼルは、グスマンの叫びに聞く耳を持たず、漸く皆の焦り顔を見たと満足したのか、喜悦の表情である。だがその口端からは何故か血を流している。
その場にいた職員を含むほぼ全員が、弾かれた様に出入り口に殺到する。
球状型になった魔法陣を振り向くとリーン、リーン、と何か耳障りな鈴の音が聞こえた。
暗黒に彩られた闇から更に禍々しい空気が広がっていく。
「ヒィィィイイ……!」
「イテっ! 早く!…」
「邪魔だぁ! さっさと出ろ!」
押し合いへし合いして扉に閊えた数十人が、それでも衣服を裂きながら、肌に傷を作りながら慌てて飛び出していく。〔明けの星風〕一行は殿を持つ様だ。
魔法陣の直下がいっそう闇に際立ち、底から独特の形状を持つ翼?を折り畳んだ異形のモノが現出した!