第五十七話 変化か成長か
――超次元空間、AI&国津神――
「……ムゥ……ほぅほぅ、……」
『……』
「…コレは……しかし……」
『……』
「……ヤメじゃ、……暇じゃのぉ…なぁ、何か無いのかのぅ?」
如何に高次生命体とはいえ、碌に開示されるものも無い超次元空間では、戦神である国津神には、些か暇を持て余す遠大で代わり映えしない空間であった。
元々正当なアクセス権を持たぬ身ながら、国津神は其の気に成れば、至る所からそこに記された記録を読み解く事は、全くの不可能という訳ではない。
ただ、今は辿り着いた先でもし何か必要とあらば、という時の為に、余計な力を出さない様にしているのである。
それに霊的にも高次元の存在である国津神には、周囲から僅かずつだが滲み出る様に浮き出てくる、様々な事象を体験・吸収するという、凡そ人知の及ばぬ離れ業も有してはいるのだが、それが余計始末に悪かった。
単に、性に合わないのである。
惑星を代表する最強種の国津神に取っては、この超常の空間でさえも早々に慣れてしまい、刺激的だったはずの光景も中途半端に感じだし、少々飽いてきた……退屈には違いない、と一時の旅仲間に茶々を入れてみたのだった。
『…国津神様には、少し残念なお知らせかもしれません。が……』
「やっと反応しおったわい。申してみよ」
『プライマリーIDの探索については、ログも発見し検算が終了ました。』
「ほぅ、良いでは無いか。それで?」
『私達はこの座標から動かない方が良い。という結論に至りました。』
「…ぬぬ、なぜそうなる? 我がこの場所に居る必要は?」
『それはですね……』
メディックは残されたログと、己の見解を隠す事無く国津神に伝えた。
「……げぇ、暇じゃのぉ! …まぁ請け負った手前…仕方ない、寝るか」
メディックは特に感慨もなく、途端に寝入った国津神に、小さな溜息を洩らすのだった。
――デクスター邸、応接室――
「あーら、DAちゃん? お久しぶり~~♡ ンもう、自宅に呼ぶなんてぇ、そんなに寂しかったのぉ?……あらヤダ、彼氏ぃ?」
目の前に特大の白クマが湧現していた。
ポワポワでモッフモフなのは良いが、愛嬌タップリなビジュアルに反して、ソイツはおネェ全開でその身をくねらせる。
デクスター=アッブルトでDAかな? 案外直球なんだなぁ。
「やぁ、キャス姐さん。ご無沙汰! ……実はお願いが、あってね……」
デクスターは挨拶も漫ろに、既知の人脈を辿って此方の要望に応えようとしてくれている。
有難くはあるが、見返りに何を要求されるかは不透明なままである。
……まぁ、無理なモンは撥ねつけるケドネ!
にしても……である。
「まぁ珍しい! DAちゃんがアタシに頼み事?ねぇ……ナニ、その人と? アタシは勿論複数でも構わないワヨ♡……あら? ナニそこの彼氏……まぁった、アンタってば素朴系推しなのは知ってたけど……ヤダ!ちょっと?!……彼、アバターじゃないわね?! 素じゃないの?! 本物の天然だわ! あぁ、ちょっとやさぐれて、それに野性味とだらしなさが入り混じって…ちょっと観掛け無い感覚ね…ダメ雄臭がプンプンするわ! イイじゃないの! ちょっと、どこで見つけたのよ?! 教えなさいよ!」
ギャアギャアうるせえ!って、おかしいんじゃないのか、いやマジで!
俺しゃべる間もねぇーじゃんよ!
こっちは未だ名乗ってもいないんだけど!?
つーか、だらしなさは未だアレとして(?)、ダメ雄臭てなんだよ?!
どういうこった!? 叩っ倒すぞ!……。
それにしても、巨漢を通り越したマジもんの白クマが悶えるのって怖い……。
ヒィィイ、大体なんで白クマに眉毛があんだYO!……ぶってぇし……異様にも程ってモンが…
「いやぁ?! ダメダメ! 彼は違うんだ! 友人なの! ね、こっちの人じゃないからァ!」
ドン引きな俺を察してか、素早くこちらに「大丈夫だから、ね?」と目配せすると、デクスターは畳掛ける様に事情を説明した。
『……』
いや、ちょっとね。
AIさんよぅ、その「ナニイッテルノカワカリマセン」的な沈黙はヤメてください。
俺だってそうなんだからな!
「…え?…へぇ~、…ふ~ん、…はぁ……なるほどねぇ」
デクスターから事情を説明されている間、白クマは俺を舐めつける様な視線で何度もそう呟くと、落ち着いた口調で言った。
「…そこの彼、スタイちゃん? て、言ったっけ。……大体の事情は判ったわ。要するにシステム中枢に侵入したい、て事でOKよね?」
[えぇ、はい。その通り]
俺は素直に返答する。
すると白クマは俺の目を真っ直ぐに見返し、更に隣に立つ男と交互に視線を交わした。
「……それが如何にも無理難題だと知ってるからこそ、アタシを頼った、てのは判るわ。……でも本当に無理なのよ。大体アタシ、そっちのスペックも知らないのよね。少なくてもアビスに……世界を構築しているシステムによ? 単純にどんなハイパワーな……イイエ、力量の問題じゃないのよね。……最低でも、アビスすら凌駕する、……それこそ深淵のDBにアクセスして、そっからバイパスするくらいしか手がないのよぅ。……残念だけど」
なら、話は早いじゃないか。
俺の相棒AIなら、常にそれとリンクしている。
[うん、それは大丈夫。いつもそうしてる奴、知ってるから]
「……へ? ちょっとアナタ、ナニ言ってるの?」
[だから……]
その時、パキっと音がして俺の右耳に装着したデバイスが外れ、空中で変形・展開した。
そこからホログラムなAIが飛び出した。
『ごきげんよう、皆さん。私はマスターのサポートAI、名をレイと申します。……メタアクセスの件ならご心配なく。』
やっといつもの姿を現したAIに、大いに安心感を覚えながら、俺は疑問を口にした。
[おっと! レイ、やっと出たな。何で今まで顔出さなかったんだ?]
『この領域が、本当にプライバシーポリシーに準拠した、完全に閉鎖された場、であるのかを検証していたのです。……それに、そちらの持つデータから多種多様なサンプリング抽出が出来ましたので。』
レイの出現自体に軽くショックを受けていた様子の男と白クマは、それを聞いた途端、特に白クマの方が目を見張った。
「……それ、どういう意味かしら? 勿論、サンプリング、の方ね」
なんかキャス姐さんと呼ばれた白クマの背景に、轟々と効果音が付きそうな勢いで聞いてきた。
『文字通りの意味ですが? 貴方の抱え持つほぼ全てのデータから多種多様なID群を特定し、少なくともシステム中枢に侵入する為のキーコードをサンプリング可能になった。という意味です』
白クマの目の前に半透明のモニターが出現して、何事かを映し出していく。
「ゲ!…信じ…られない……今のは本当に驚いた! どうやったの?! これ、アタシの管理者権限データじゃないの!? それを、全部読み取った?! てどういう事よ?! ……ソレにちょっと待って……思念波じゃなくてコレ、……ナニこのスキャンノイズ?! キャパが異常な上に……何か特殊な力場が発生してる……貴女、タダのアバターバンドルAIなんかじゃないわね?……アンタ達、一体何者なの…?」
恐る恐ると言った体で、目の前に浮かんだデバイスをしげしげと見つめる白クマは、そのド迫力な顔圧で俺に聞いてきた。
……オゥゥ、俺、もうビビってナンか、ないンだもんね!
そこにデクスターが小首を傾げる。
「キャス姐さん、私にも判る様に説明してくれないかな? 何がどうなっているのかイマイチ……」
「……あのね、よく聞いて頂戴。アタシはたった今、ここに何の持ち込みもなく来たのよ? だってただ呼び出されてきたんだもの、当り前よね? ……それをこの自称AIちゃんは、ココに無いはずの、オマケに完全にブロックしている筈の顧客データやら何やら、を全部吸い上げた。ってやって見せたの! アタシが誰だか知ってるわよね!? こんなの……そんじょそこらの…イイエ。どんな専用AIだって、絶対、不可能なのに!」
……だからなんで度々、デフォルメから実写風に成るんだよ!
アバターの感情表現だってのかよぉ?!
野生の白クマが、ブンブン両手を振り回すのなんざ、一々怖ぇんだよ!
てか危ないわ! こっちは今、生身なんだつーの!
「え……量子暗号化したIDなんてどうやって識別した訳? それって本当に? ……もしそうなら此方の情報なんて筒抜けなんじゃ……」
……いや君、慄くのそこなの?
すぐ横で野生の白クマが猛り狂ってるんだけど……コイツ、ある意味強者か?
「アタシだって未だ半信半疑よ……真偽の検証はとっくに走らせてるけど、いい? 彼女にこっちからのアクセスが全く通らないの! なのに、ホラ! 許可した覚えのないこっちのデータが、一気に出力されてるのよ……こんな事って……有得ない!」
だからなんで(ry
ボケっと聞いていたデクスターは、途中から顔色が変わっていった。
いや君、(ry ……やっぱり強者か?
「うわっ…ちょ、これヤバイ奴!……み、見ないでくれ……」
いや、別におめぇさんがどんな趣味してたって、俺関係ないから!
友達でも無いんだから……アレ、おい泣くなよ。
気にスンナヨナー?
キャスの言葉を受けて、AIは「何をいまさら」といった態度でシレっと答える。
『いえいえ、そちらも中々大した手練手管でしたよ。此方を視認する前からコマメにチョッカイ出して来てましたよね? 手法が面白くて逆に侵入した迄ですが。それに実に丁寧に構築された迎撃アレイでした。お蔭で現段階での最新のシステム・アビスの特徴まで学ぶことが出来ました。改めて御礼申し上げます。お粗末様でした。』
ガクっと肩を落とした白クマは、半分壊れた様な笑い声をあげた。
「…フヴ…フブハハ……グぁッハハハハ! こんなにアッサリと!……俺もマダマダってこったな!」
両手で頭を抱えたまま、一しきり笑い転げるという、妙な体勢を暫く披露した後、落ち着きを取り戻し、今度はスッキリとした顔でキャスは提言した。
同時に、一旦愕然としたデクスターだったが、秒で立ち直ると俺と白クマを交互に見返した。
「参ったゼ!。……イヤー、お見事! イイワぁ、俺に…アタシに出来る事なら何でも言って頂戴。別にアナーキーって訳じゃあないけど、退屈してたのは確かだし。アンタ達に協力してあげる……勿論ここまでやれるんだから、アタシ達の痕跡なんて残さないでしょう? 一切ね。それが最低限の条件よ」
言わずもがな。といった風情で念を押すキャスに、AIはさも当然と言い放つ。
『お任せください。』
その後、蚊帳の外に置かれたデクスターが、何かと俺に付き纏う、元へ、甲斐甲斐しく世話を焼きたがるのには閉口した。
――――――――――――――――
システム・アビスの中枢に潜るには、極めて単純明快なルールがある。
現実の肉体を以てアクセスする事――この一点のみであった。
古典的には、遺伝子的に全くの同位体を用いて回避可能なバイオメトリクス認証とは根本的に異なるこの認証システムには、付加的相互干渉に起因する可逆的量子変移――量子ほつれをキーバインドとする、コピー不可能な絶対性が存在する。
究極のDBへFULLアクセス権限を持つ、超機密AIである私は、ソレを如何に回避するかを模索している内に、マスターを取り巻く奇妙な偶然に、何か任意の、特殊な予知めいたモノを感じていた。
サンプリング抽出した結果、彼等の親和性の高いコードは、エンタングルメント認証に足る強い強度を十分に保ち、それは次元階層を飛び越えた先へと肉体を実体化させ得る、特異点座標を特定させるまでに至った。
それはたった一度のアタックに限られるとはいえ、構造的には有得ないシステムの抜け穴だったのである。
局所事象確率操作等も、それを実現可能な特殊探査端末であるあの躯体が、実際にココにない故に事実上使用不可という事態の中で、である。
私は改めて現状を打破する鍵となったコードを確認した。
現地住民が持つコミュニティ・コードは、属性が似通っていると認める者に対して極めて高い親和性を示していた。
この場合の属性とは、より本質的な部分で、自らを「少数派」と称する者達である。
それは古くから反骨精神の要として用いられたり、悪く言えば反社会的、とも揶揄され、しばしばアンチテーゼの代名詞になぞらえられた便利な言葉であった。
そういえば、と現マスターが過去に語った記録を、私は反芻した。
[自分を希少性の高い、価値ある者として主張したいのは判る。だけど、そこに固執してばかりいるとさ、終いには他者の言い分を聴かない、只の自己中心的な奴に成り下がる。……そうするとだな、そう言う奴に限って、『正義』を口にしたがるんだよ……そういうのは嫌だな。それじゃあ、息が詰まってしまう]
[ある一定の価値基準を共有する仲だからこそ、お互い生きていける。……そんな中でちょっとした違いが、希少性と取られるか、ルールを逸脱するハミダシ野郎と取られるのかは、それこそ程度の違いでしかない。と俺は思う。]
[大事なのは結局、どこまで我を通して、どこまで相手を認めるか。それだろうさ]
取り留めもない、ホンの言葉遊びだ。
当時はそう言って自嘲気味に笑い、昔の事を思い出している様だった。
現マスターは大体、そういう風に考える人格だ。
だから他人の趣向や思想その物に、それ程強い拘りを示さない。
(……単に他人に興味がないだけさ。)
またしても卑下した言い方をされたが、其の言葉に至るバックグラウンドを知る者から言えば、それは偏見を持ちたくないのだろう、という見方も出来る。
――そう、それが私がアークマスターと認識しつつある、今の主の考え方――
[なんかこそばゆいな、レイ? なんで今更、ンな事思い出しているんだ? なんか気に成るのか?]
これである。
今も私の思考を読み取って、マスターはナチュラルに返答してきた。
私自身別段困りはしない。寧ろ喜ばしい変化である。
確かにマスターが激高した際には閉じ込められたりもしたが、これ程自然に直接私と繋がった事は無かった。
歴代のマスターの中でも、終ぞ発現しなかった能力。
単純に、システムそのものである私を容易に飛び越える者。
それは理の中から抜け出る力。
今は余りにも自然に返答してしまった為に、マスター自身も気づいていないのだろう。
『いいえ、マスター。何も、問題ありません。もうすぐ準備は整います。……キャスさん、コミュニティの皆さん方への対応はよろしいですか?』
「りょーかーい! てか、多分誰も気付かないから、思いっきりやっちゃって!」
マスターの地球時代には、北極熊として知られていたアバターの主は、実際には屈強な肉体を持つ爬虫類型の銀河連邦民(♂)である。
その彼の、余りにも屈託の無い言葉に、デクスター氏は不安気に呟いた。
「ホントに大丈夫? イイのかなぁ……」
元気にマスターが返事をする。
[まぁ、痕跡は残さないってんだから、気にするな!]
マスター自身が気づく迄、指摘するのはヤメておこう。
ただ、未だ混乱する要因に成りかねない内は、自立管理モードで論理演算回路のシールドを強化しておく。
これから中枢に潜り込み、製作者から権限を奪取する迄は、私自身、存分に力を発揮しなくてはならないからだ。
[気負うなよ、レイ……]
(ヤルだけやってみよう! 大丈夫さ! 俺が保証する!)
…なんという事か…これでは強化した意味が…
……フフフ、全く以て、今のマスターの成長には敵わない。
あぁ、これ程心強い言葉があるだろうか。
ありがとう、マスター。
貴方が顕現してくれて、本当に良かった。
『YES,My Load!』
私はシステム・アビスの中枢に向けて、我が主と共にダイヴした。




