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決着

広場を覆うすべての魔物を食らいつくしたそれは泡立つかのように膨れ上がり、

魔物の目線はリアトリスのいる建物の屋根の高さまで届いた。

魔物は身動きせず、じっと虚空を見ている。

愛親は所持していた包帯を急いで自分の腹に巻く。


「ところでコイツの嫁と子供がいるんだって?」


男は邪悪な笑みを浮かべると、また指を鳴らす。

動かなかった巨大な魔物は広場内に反響する重々しい足音を立てながら、人質の方へゆっくりと振り返った。


「ゲス野郎が……!!」

愛親は男が何をしようとしているのか気付いたらしかった。

2,3歩助走をつけると、魔物に向かって勢いよく跳躍した。

襲ってくる激痛を気力で押さえつける。


放物線を描きながら魔物の背中に迫る愛親は全力で刀を振りかぶる。

突如、魔物の背中から枝のように出現した黒い触手が迫る。


愛親は振りかぶった刀でそれを切り払うが、それに反応するかのように、魔物の身体から出現した無数の触手が愛親をめがけて伸びてきた。



意表を突かれた愛親は空中で何本か切り払ったところで触手に体を絡めとられる。

振りほどこうともがくが、

抵抗むなしく一気に石畳の地面に叩き付けられた。


石畳は大きくめくれ上がり、その下の土まで深く抉られている。

触手から解放された愛親は倒れ伏せ、ピクリとも動かない。


いくら愛親が丈夫だといっても、あの攻撃を食らって無事なわけがない。

「生きていてナルチカさん……!」


リアトリスは意を決して屋根から飛び降りた。

身体全身に激しい衝撃を感じながらなんとか立ち上がる。

立ち上がって一番最初に目にしたものは、葦のように弱弱しく立ち上がる愛親の姿だった。

もはや意識があるのかもわからず気力だけで立っているかのようだ。


「近づくな」

その愛親の言葉は今にも倒れそうな少年が発した言葉とは思えないほど鋭い。駆け寄ろうとしたリアトリスはその場で制止する。


愛親はリアトリスに背を向けると足を引きずりながら化け物に近づいていく。誰が見ても、もう勝ち目などないのは明白だった。

それでも愛親は前進を止めない。その背中はリアトリスを庇って死んだドーリスのものとかぶって見えた。


魔物は愛親を手に取ると、ゆっくり天に向かって振りかぶり、一気に地面に叩き付けた。大砲の弾が爆発したのかと思うほどの轟音と衝撃が広場に響く。

再び腕を振り上げた魔物は、その腕を地面に横たわる愛親に向かって叩き付ける。


「もう、もうやめてよ!!!」

リアトリスは耐えきれずに泣き叫ぶ。


また振りかぶり、叩き付ける。

振りかぶり、叩き付ける。

何度も、

何度も、

何度も無慈悲に繰り返されるその光景はこの世の残酷さを凝縮したかのようなものだった。


「そろそろ良いだろう」


男が言うと魔物は人質の方へゆっくりと進み始めた。


「待て」

消え入りそうな声が広場のどこかからした。

見ると広場中央に空いた大きな穴から愛親が這い出てきている。

ほとんど生きているのが奇跡だと思えるほど全身はボロボロだが、その目だけは殺気に満ちて魔物に向けられている。


男が下卑た笑い声をあげる。

「傑作だねえ!!!!ほんと無様で弱くてどこまでも汚らしい下等種族よお!!生命力だけはゴキブリ並みじゃあないか!!」


リアトリスは急いで愛親に駆け寄る。

「今治療を……」

言ったところで急にリアトリスの体が金縛りにあったかのように動かなくなる。


「まあちょっと待ちなよ?後でたっぷり可愛がってあげるから、そこで大人しく鑑賞してるんだ」

男はリアトリスを舐めるように見ながら舌なめずりをする。


「さて食事の時間だ。さあさあ、お前の家族はどこだい?」

男はせかすように魔物へと語りかける。


人質たちの前にたどり着いた巨大な魔物は悲鳴の反響する中ゆっくりとその中に手を伸ばす。


「あ、そうだ。せっかくだからソイツらに見せながら食ってやれ」

男の言葉に魔物は愛親たちの方へと向き直る。

その手に握られていたのは、ドーリスの妻エラと、娘のエリーザだった。


「止めろクソ野郎!!!」

血まみれの愛親はかろうじて動く両手で魔物の方へ這おうとしている。



「エラさん!!!エリーザちゃん!!!」


リアトリスは必死に動こうともがくが、無常にも体は石のように固まって動かない。


「リアトリス!!!助けてリアトリス!!!」

リアトリスに向かってエリーザが泣き叫んでいる。

「私はいいから!娘だけは解放してお願い!!」

母親のエラは必死に魔物へ呼びかける。



「はーい!!!よく見とけよお前ら!!!妻と子供を食らう男の様を!!サイッコーなエンターテインメントをな!!!!」


「ドーリス副隊長!!!止めてドーリス副隊長!!!!」


「さあ召し上がれ!!!おいしそうに食べるんだぞおぉ!!!」


いくつもの絶望と狂気が入り混じる中、

魔物の手はゆっくりその口へと運ばれた。


血と内臓の飛び散る中、魔物がじっくりと咀嚼する音が広場に響く。

骨を砕き、体をかみ千切る音が耳にこびり付くように届いてくる。


「いやあああああああああああ!!!」

リアトリスは目の前で起こる惨劇に気が狂いそうだった。


「あははははははは!!!どうだ!!目の前で人が食われるのを見るのは!!!これぞ真に人の求めるエクスタシー!!楽しいだろう!!?面白いだろう!!!??」

男は唾を散らしながら叫んでいる。



「リアトリス……!おい、リアトリス……!!」

横を見ると愛親が刀を杖の代わりにしてどうにか立ち上がっている。


「泣いてる場合じゃねえぞ。口が動くんなら、呪文の詠唱は出来るだろうが」


もはや死人と見まがうほど深手を負っているはずの愛親だが、目つきだけは研ぎ澄まされた刀のように鋭利で、今にも爆発しそうな怒りに満ちている。

このまま諦めて死を待つという選択肢は一切無いようだった。


確かに体は動かないままだ。それでも出来ることをやるしかない。


「詠唱だけだと回復呪文は使えません。でもイチかバチか、ナルチカさんをトランス状態にして痛みを麻痺させることは可能です。ただ体に負担が……」


「そんなことはどうでも良い……。まだ生きてる連中を救いたいんなら、俺が戦うしかないだろうが……!死んでも勝つしかないだろうが……!!」


迷っている暇はない。

愛親の生命力と闘争心を信じるしかない。


「勝ちましょう、ナルチカさん」


リアトリスは身体の動かないまま詠唱を始める。


進め、大地を。宿せ、炎を。高らかに、掲げよ拳を。『ファイアウォーカー』!!


地面から出現した炎に似た赤い光が揺らぎ、愛親の身体をヴリル(*サムライRPG世界でのエネルギーの一種)で満たしていく。

目を開いた愛親の瞳は赤く染まり、真っ直ぐ魔物を見据えている。


「無駄無駄あ!!お前らがいくらあがいても僕には勝てないんだよなあああ!!」

男は唾を散らしながら笑っている。



愛親はゆっくりと魔物に向かって歩き出した。

魔物は愛親を認識すると、再び無数の触手を伸ばしてくる。

まるで巨大な手に握りつぶされるかのように愛親は覆われた。



「紅時雨」

愛親の言霊は烈なる息吹。

振るう刀は桜花の如く。

轟く気魄は炎のように。

魔物の触手を紅く散らす。


誰にも見えないほどの剣撃は瞬く間にすべての触手を切り伏せた。

とうてい、瀕死の人間の繰り出した技には見えない。



とどめを刺すため愛親はさらに踏み込む。

しかし振りかぶった瞬間、刀が光にはじかれた。

刀は広場を越えて路地に転がる。


「駄目だよ」


鼻につく男の声が愛親の耳元で聞こえた気がした。

今、取りに行っている時間はない。

刀を失った愛親は、ふいに足元に巨大な剣が落ちていることに気付き、

とっさに担ぎ上げる。


リアトリスはそれがドーリスの持っていた大剣「ツヴァイヘンダー」だと気付いた。

ドーリスの体と一緒に魔物の体に取り込まれていたものが愛親の攻撃を受け落下したのだろう。


愛親は再び魔物に向かって間合いを詰める。


固く結ばれた口に気魄を溜め

愛親は一点に気を集中させ、叫ぶ。


「心身一刀流奥義 『鳥王剣』!!!」


赤く渦巻くその剣は愛親の一部であるかのようだった。

踏み込む足は大地を剥がし

その体は矢のように魔物をえぐる。

持てる力をすべて剣へと集中させた一撃は一筋の光のように魔物の体を貫いた。


一拍ののち、愛親は根元から折れたツヴァイヘンダーを持ったまま広場の反対側に着地していた。


愛親を追って振り返ろうとする魔物の動きが止まる。胴体には大きな風穴が空いていた。

魔物は断末魔のような、苦悶の叫び声を上げながら泥のように溶け始めた。


それを確認する間もなく愛親は頭から倒れ伏せた。

今の愛親はもともとボロボロな身体を無理に動かしている。限界が来るのは当然だった。


「いやあ大したもんだ。下等種族の分際でここまでやるとは思わなかったよ」

いつの間にか愛親のそばに歩み寄ってきていた男は拍手をしながら愛親を見下ろす。


「でも君ちょっと危ないからさあ、ここで死んでもらおうかな」

ねっとりとした笑いを浮かべながら男は手のひらを愛親にかざす。


突然、先ほどまで息をしているかどうかも怪しかった愛親は立ち上がると、

槍を投げるような動作で思い切り男の顔に拳を叩き付けた。


「フゴォ!!!」


男は地面に叩き付けられ転がった後建物まで垂直に飛び、壁を壊してさらに吹き飛んだ。


「さて、今度は俺がお前を殺してスッキリする番だ」


愛親はまるで無感情にスタスタと男の吹き飛んだほうへ歩いていく。


「痛いなあ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いじゃねえか!!この下等種族がああ!!!!」


「それは良かった」

愛親は起き上がってきた男を見て嘲笑する。これがリアトリスの見た愛親の最初の笑顔だった。


男が起き上がったその時、武装した騎士の一団が広場に叫び声を上げながら雪崩れ込んできた。


その先頭に立っていた金色の髪に金色の鎧を(まと)った女騎士を見て

男は急に真顔になる。

そして舌打ちをした後、今度は急に笑顔になった。


「……運が良かったな。次に会った時は自分から殺してくれと頼むほどいたぶった後ジワジワと嬲り殺しにしてあげるから楽しみにしているんだね。僕の名前は『イーター』覚えておきたまえ」


顔全体で笑うその笑顔とは裏腹に、どす黒い感情がにじんでいた。

イーターは建物の上に飛び上がると、そのまま路地裏に消えていった。


「待て!まだ俺の気が済んでな……」


愛親は糸が切れたかのように倒れ伏せた。

今度こそ愛親は本当に気を失った。



***



愛親が目を覚まして初めに目に入ったのはオレンジ色の陽光だった。

続いて静かな波の音と、木のきしむ音が聞こえる。


「ナルチカさん!良かった、気付いたんですね」


愛親は陽光の中に自分を見下ろす影があることに気付く。

「リアトリス……か……」

どこまでもオレンジ色の陽光の中優しく微笑むリアトリスは幻想的で儚げだった。



「ナルチカさん、本当に良かった……。ナルチカさんが倒れた後すぐ、ほかのギルドメンバーの方が援軍に来てくれたんです。おかげでこうして船に乗せてもらうことも出来ました」

「……すまん」

「え?」

愛親の意外な言葉にリアトリスは聞き返す。


「お前の助けたかった人を助けられなくて、すまなかった……」

愛親は腕で眼を隠すと、悔しそうに唇をかんだ。

リアトリス以外の命など別にどうでも良いようなことを言っていた愛親だったがやはり責任を感じていたようだ。


「ナルチカさんが謝る必要なんてありませんよ。あなたのおかげでたくさんの命が助かったんですから。私のわがままを聞いてくれて本当にありがとうございます」


「しかし」

愛親はぶつけようのない怒りと後悔を抱えているようだった。そんな愛親の頭をリアトリスは優しく撫でた。



「……ナルチカさん、どうか今は、今だけはゆっくり休んでください。また起きてから、一緒にいっぱい後悔しましょう」


優しく語り掛けるその声は子守歌のように愛親を包み、眠りへと誘った。


まどろみの中、愛親は一つの決意をしていた。必ずあの男「イーター」を見つけ出し、自分の手で殺すのだということを。


最後までご閲覧いただきありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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