行き先は
「オルドフォードへ行ったらこの数じゃ済まないだろうな。それにしても、どいつもこいつも人の顔をしていて気味が悪い」
愛親はリアトリスを地面におろすと何事も無かったかのように刀についた血を手ぬぐいで拭き取り始めた。
「……強い」
その言葉しか出てこなかった。
先ほどの化け物は決して弱くない。
油断していたとはいえ、ドーリス以外の兵士が手も足も出ずやられた、その相手のはずだ。
愛親の使う研ぎ澄まされた剣技も、技の威力も、今まで見たことがなかった。
「そろそろ行くぞ。また雑魚の相手をするのもお子様のお守りをするのも簡便だ」
愛親は手入れの終わった刀を鞘に納めながら言った。
「ま、待ってください!」
リアトリスは改めて愛親の顔を眺める。一目見ただけでは少年か少女かわからない中性的な顔立ちだが、鋭く張った目つきは男のものであると感じさせた。
「ナルチカさん、私と一緒に、オルドフォードへ向かってもらえませんか?」
愛親は怪訝そうな顔をする。
「何故」
「町の人たちに逃げるよう伝えてほしいと討伐隊の人たちに頼まれたんです!このままだと町の人たちが魔物に襲われてしまいます!」
「断る。俺の任務はお前を生きたまま連れ帰ること、それだけだ。町の人間を守ることは任務の内容に無い」
愛親は即答した。
「……え?魔物の討伐でここに派遣されてきたんじゃないんですか?」
「いいや。俺が受けた依頼はただお前を守り、生きて連れて帰ること。それだけだ。そもそもここに来るまで化け物がいるなど知らなかった」
リアトリスが受けた依頼と愛親が受けた依頼は全く内容が異なっている。リアトリスが状況が把握できずにいると愛親が言葉を続ける。
「ただ依頼状には一刻も早くお前を保護してほしいと書かれてあった」
「……何か、イレギュラーなことがあったんでしょうか……」
「あったからお前は一人でボロボロになっていたんじゃないのか?」
リアトリスは少しの間黙っていたが、ここでこれ以上時間を食うわけにも、ましてや引き下がるわけにはいかないと思いなおす。
魔物に先行されている今、リアトリス一人では町の人たちを守ることは叶わない。しかし愛親ならば魔物に先を越されたとしても人々から退けることができる。ここで諦めることは町の人々を見殺しにすることと同じだった。
「お願いです!あなたしか頼める人がいないんです!一緒にオルドフォードへ来てください!!」
「断る。もしお前を死なせてしまうようなことになれば俺のメンツが……」
言いかけた愛親は突如リアトリスに覆いかぶさった。
リアトリスは何が起こったのか分からなかった。しかし漂う死臭とけたたましい唸り声を感じ、魔物に襲われていること、
そして愛親が身を挺してかばってくれたのだと分かった。
愛親は身をひるがえすと魔物の胸部を素早く突いた。
リアトリスが心配して近寄ろうとしたとき、愛親の刀を持つ手から赤い水滴が滴っていることに気付く。よく見ると肩の近くで布が大きく裂けている。
おそらく先ほどリアトリスをかばったときに負った傷だ。
「だ、大丈夫ですかナルチカさん!」
「かすり傷だ。気にするな」
「ダメです!見せてください!」
左手の指を掴んでグイグイ引っ張るリアトリスを見て愛親は複雑な表情をする。
「幼子に駄々をこねられている気分だ」
愛親は観念したのか座り込んで右肩を突き出す。
リアトリスは愛親の傷を2度、指でなぞる仕草を取ると
杖を胸の前で握り、一度呼吸を整えた。
静かに瞑目し、呪文の詠唱を始める。
修復し、再生せし者よ。彼を癒し、翠玉の祝福を与えよ。『エンハンサー』
杖の先端が輝いたかと思うと愛親はエメラルド色の光に包まれ、ひときわ強い光が愛親の肩を覆っている。
冬の日の布団の中にいるような、何とも言えない心地の良い感覚だった。
しばらくすると包んでいた光は解け、愛親の視界はもとに戻る。
眼を開いたリアトリスは愛親の傷を直に触ってみせた。
「……もう大丈夫ですね」
驚いたことに先ほど受けた傷が無い。跡形もないという表現が一番正しいだろう。
「医療魔術を使えるとは聞いていたが、ここまで早く優秀な使い手は見たことがない」
愛親は素直に褒めた。
「そ、そんな。これくらいの使い手ならフェモールには五万といます」
頬をかきながら言ったあと、リアトリスは真面目な顔になる。
「ナルチカさん、お願いします。一緒にオルドフォードへ向かってください。私はどうしても町の人たちを見捨てたくないんです。あなたが傷ついたら必ず私が治します。それに、もしものことがあったら私を見捨ててもらっても構いません」
愛親はしばらく考えていたが、じっとリアトリスの目を見つめて口を開いた。
「分かった。お前の覚悟をくもう。しかし忘れるな。俺の任務はお前を生きて連れて帰ることだ。俺は決してお前を見捨てはしない」
愛親の真っ直ぐな眼差しにリアトリスは少し戸惑う。
「ありがとうございます!」
頭を下げるリアトリスに愛親は続ける。
「それに、もしお前を死なすようなことになれば俺は腹を切らねばならんからな」
その瞳は相変わらずリアトリスを見つめたままで、冗談を言っているのかどうかは分からなかった。
愛親はリアトリスに背を向けひざまずくと、背中に手をかけるよう促した。
「急ぐぞ」
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次話は明日投稿する予定です。