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黒きサムライ

何度もつまづき、転げそうになりながらリアトリスはがむしゃらに山道を下った。目指すは討伐に出発した港町オルドフォードだ。


走っている最中、頭の中をグルグルといろいろな情景が回っていた。


ここに来る前、簡単な任務だから大丈夫だというギルドマスターの笑顔、

リアトリスが港に到着したとき笑顔で迎えてくれた討伐隊隊長のオトフリートと町の人たち。

討伐隊への挨拶で緊張して喋れずにいると、副隊長のドーリスが笑いを取りながらリアトリスを紹介してくれて緊張がほぐれたこと。

ドーリスの家にて、家族みんなで笑いながら夕飯を食べた光景。そのことにすごく幸せを感じた記憶。



一瞬で魔物のエサになっていく討伐隊のメンバーたちの姿。

そして、最後の別れになってしまったかもしれないドーリスの、勇敢な後ろ姿。


来るときは30人だったのに、今は自分1人だ。

あんなに優しくて、さっきまで談笑していた人たちが、

みんな、魔物に食われてしまった。


自然と涙が込み上げてくる。


呼吸は乱れ、足は弱弱しい二本の棒のように不安定で、まるで感覚がない。

それでもリアトリスは走った。


その涙をぬぐうことも忘れ、ひたすらに走った。


しかし、あまりに走ることに集中していたため

足元に木の幹があることに気付かず

受け身を取ろうとしたときにはすでに急斜面を転がり落ちていた。



やがて木にぶつかり、止まる。


立ち上がれそうにないほどの激痛だった。リアトリスは痛みと絶望感でうずくまる。


もう立ちたくない。走りたくない。このままずっとうずくまっていたい。



それでもリアトリスの脳裏にはドーリスの言葉と姿が焼き付いていた。


『帰って町のみんなに伝えてくれ!早く船に乗って逃げろって!なるべく沖へ!遠くへ!魔物はまだ数えきれなくらいいる!』



そうだ。ここで止まるわけにはいかない。必ずドーリスとの約束を果たさなければ。


リアトリスはその思いだけでフラフラと立ち上がる。

走りだそうとした瞬間、背後に奇声が響いた。森全体を震わせるかのような大きさだった。


間違いなく先ほど洞窟の前で聞いた、魔物の声だ。


リアトリスはじっと耳を澄ませる。


曇り空の下に広がるほの暗い森の中で聞こえるのは自分の荒い息遣い、木々のざわめき、虫の鳴き声。

その中にかすかに響く、地を擦る音。


少しづつ、少しづつ、近づいてくる。



あれに追いつかれたら終わりだ。

リアトリスが急ぎ足を踏み出した瞬間、足首に激痛を感じ、再び倒れこんでしまった。


何度も立ち上がろうと試みるが、足が言う事をきかない。



それでも不気味な音はなお近づいてくる。

リアトリスはどうにか這いずり背の低い木の茂みまで移動した。

両手で口と鼻を覆い、じっと音を消して身をひそめる。


リアトリスは攻撃的な魔法が使えない。

何よりその体躯は戦闘に向いていなかった。

見つかれば一巻の終わりだ。



地をはいずる音は近づく。近づくにつれ、化け物の荒い鼻息、唸り声が聞こえ、鼻を覆っていても腐敗した臭いが漂ってくる。



やがて気配はリアトリスの隠れている茂みのそばまで来ると立ち止まった。



身体の震えを必死に抑えながらリアトリスは息を殺す。

化け物はまるで気配を探っているかのように鼻息を荒くしながら辺りを嗅ぎまわっている。


突然、魔物の気配は絶叫を発した。


思わず耳を覆わざるをえなないような大きな音だった。



早く過ぎ去ってほしい、その一心でリアトリスは息をひそめる。


ゆったりと、魔物の気配が動き始めた。落ち葉を踏みしめる音は


確実にリアトリスの方へ向かっている。



リアトリスは自分の心臓の音を初めて聞いた。

確実に気付かれてしまった。いろいろな思考が頭を回るが、しかしどうすれば良いのか分からず、またどうすることもできなかった。


魔物の気配はリアトリスのいる茂みの前にたどり着く。


なすすべなく、固く目を閉じた。


極度の緊張状態でおかしくなりそうな中

魔物の気配はしばらく動かずにいたが、



やがて茂みから遠ざかり始めた。



魔物の意外な行動にリアトリスは目を開ける。



魔物の気配はゆっくりと山を下って行き、リアトリスの五感から消えた。


リアトリスは少しの間呆然としていた。

まだ体の震えが止まらないが、こうしてはいられない。もしあの魔物がこのまま山道を下っていくと港町オルドフォードに到達してしまう。



リアトリスは自分の足に向かい治癒魔法をかけようとした。



そのとき急に強い力で引き込まれる感覚を感じた。



にわかに心臓が脈打つ。他にも魔物が?


声を出そうとしたが口をふさがれ、抵抗しようにも強い力で抑え込まれており、手足をぴくりとも動かせない。



「リアトリス・アストリーだな」



声の主は男のものだった。

しゃがれた声だが少し高い、少年の姿を連想させた。


声の主がリアトリスの口から手をどけたため、リアトリスは首を縦に振って見せた。

男はトカゲの尻尾の(かたど)られた四角い板をリアトリスに見せる。


「安心しろ。俺はお前と同じギルド、『リザード・テイル』から派遣されてきた愛親なるちかというも者だ。お前を助けに来た」


小声でそう名乗った男はリアトリスを羽交い絞めから解放し、

木陰から先ほど魔物が迫ってきた方を覗いている。


黒い襟巻で口まで隠しているため全体は見えないが、その横顔はリアトリスの予想通り少年のようであった。中性的で、白く透き通るような肌をしている。


「長居はしてられん。さっさと逃げるぞ」


愛親は立ち上がり、その黒いマントが一瞬はためいた。

上下黒の装束で、腰には東洋風の赤い鎧を巻いている。



「ま、待ってください、ええと、ナルチカさん?」


歩き出そうとした愛親は目線だけをリアトリスに向ける。


「どこへ逃げるつもりですか?」


「お前はさっきの化け物を見たか?」

リアトリスは頷く。


「この道をすぐ下ったところにあるオルドフォードという港町、と言いたいところだが、ここに来る途中化け物が集団で山を下っているのが見えた。方角からして恐らくオルドフォードへ向かっている」


リアトリスは目の前が真っ暗になりそうだった。

ドーリスが命がけで時間稼ぎをしてくれていたのに、このままでは魔物に先を越されてしまう。


しかし、なぜ町へ……?



「手間だが山一つ越えて隣のウエストプールから……」



愛親の目つきが急に鋭くなる。

リアトリスがハッとして周りを見ると、四方、木々の合間から影が不気味にうごめいている。化け物がにじり寄ってきているのだと分かった。



「……こいつらを葬った後にな」



愛親は感情のない声で言い、腰に()いた太刀を抜いた。



反り返った白刃はわずかな光を反射して不気味にギラついている。



「リアトリス。俺の足にしがみついていろ」


愛親はへたり込んだリアトリスの背中に自分の太ももを押し当てて言った。

リアトリスは慌ててその左足を掴む。


愛親は中段で構え、ゆったりと視界を保つ。


「かかってこい役不足ども」



突如、化け物の奇声が響き始める。


その声は人間の叫びにも似ている。断末魔のようでもあり、怒鳴り声のようでもあるが、明らかに人間の叫びとは異なる無機質さを含んでいた。



愛親は一度息を吐くと突然左足を軸に回転し、振り向きざまに迫っていた化け物を両断した。

化け物は真っ二つに分かれ近くの木にぶつかり、辺りに鮮血を散らす。



それを合図にするかのように、一気に飛び出す化け物の群れ。


愛親は血塗れた刀に気を貯め、ゆらりと構えた。

刃に凝縮された気魄は陽炎のように景色を溶かしている。



化け物が、近づく。


愛親は動かない。


間近に迫る。


動かない。



化け物がぶつかる、寸前で刀が紅に閃く。


愛親は左足を軸に回りながら次々襲い来る魔物を切り伏せていく。



その斬撃は時雨の如く、魔物どもに降り注ぐ。


魔物の血は押しつぶされた果実のように勢いよく噴き出し、森を紅く

染め上げていった。


魔物の気配が消え、辺りを見渡すと愛親たちの周りには骸の山が形成されている。




鮮血の飛び散る中、愛親はリアトリスを小脇に抱え魔物の骸を踏み越えていった。



ご閲覧いただきありがとうございました。

続きは来週末投稿する予定です。

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