第4話 王女
書けたのはいいが、こっから先がマジに無いのです(´・ω・`)
お待たせしてしまいますが、ご容赦を。
意識が戻ったとき、最初に感じたのは床の冷たさだった。
ドーム型の白い天井から降り注ぐ白い光が空間を満たしている。まるで、神聖な場所のように張り詰めた空気が肌に冷たく、身を起こした俺は、おもわず身震いした。
灰色の大理石のように磨かれた床の上に寝ていたーーいや、倒れていたらしい。
見回せば、教室ほどの広さの部屋だった。
四方に白い柱が立ち、壁には美しいレリーフが刻まれた、小さな教会の中を思わせる。ただ、窓はなく、ドーム型の高い天井から降り注ぐ光だけが、部屋に満ちている。灰色の床には、よく見ると一面に魔法陣が刻まれていた。
「ひょっとして、召喚の間ってやつか?」
俺は、周りを見回しながら立ち上がった。
すぐそばに、鞄が落ちていたので、引き寄せて肩に掛ける。
さらに、ぐるりと見回せば、それほど離れていない場所に、須藤が俯せに倒れて居るのを見つけた。
「おい、須藤!」
俺は、立ち上がると須藤に走り寄り、その身体を揺すった。
「…………う、あ?……ひ、灯塚?」
「あぁ……」
すぐに気づいた須藤に、俺は、内心ホッとした。
起き上がった須藤は、周りを見回して驚いた顔をした。そして、立ち上がり、自分の鞄を見つけると拾い上げた。
「えーと、灯塚さんや。ここはどこでしょう?」
「“お約束”通りだと、いわゆる“召喚の間”じゃないか?」
「…………うわぁ、せめて地球のどこかにしてほしいなぁ」
須藤は、棒読み口調で溜め息を吐いた。
「俺としてもそれを望むが、可能性は低い……」
「召喚が成功してしまったって、本当ですかっ!!?」
バターン!!と勢い良く両開きの扉が開き、1人の少女が駆け込んできた。
とろけるような蜂蜜色の長い髪に明るい若葉色の目の美少女だ。明るい若草色のドレスを身にまとっている。
年は、同じ年か少し年上だろうか。
「お父様も、ユシリアもあれほど言ったのに!
異世界召喚など、他国からの営利誘拐と何も変わらないでしょっ?!しかも、リスクが大きすぎると!!」
「しかし、シーリア様、異世界の人間は、この世界の人間よりもスペックがとても高いと言われておりますし………」
「だから、何?
どんな人間か来るかも分からないのに、凶悪な犯罪者とか来たらどうするの?!
それに、何も知らない人間を、まったく関係ない私達の事情に巻き込むなんて、人道的に最低でしょ!!国を治める王族がする事じゃないわ!」
美少女の後ろに魔術師らしい黒いローブ身にまとった青年が、オロオロと入ってきた。
「おお、いきなり正論がきた」
「まぁ、ふつーはそうだよな……」
隣に立って、唖然と入ってきた美少女と魔術師の青年のやりとりを見ていた須藤が、感動したように呟く。
俺も頷くが、できれば召喚する前にやってほしかったと溜め息を吐く。
そんな俺たちに気づいたのか、美少女が、こちらに視線を向けて、驚いたように目を見開く。
「し、シーリア様……」
美少女の後ろにいた魔術師の青年が、慌てたように声を上げた。どうやら、俺達が気が付いているとは思わなかったようだ。
美少女は、俺達の前に来ると、優雅にドレスの裾を広げてお辞儀をした。
「初めまして、異世界からの方々。私は、シーリア・エルドバーグです」
「………は?え、え~と、須藤上総です?」
美少女ーーシーリアの挨拶に、須藤は、正直に名乗った。
「スドー様ですか?」
「須藤が姓で、上総が名前だから、そちらの名乗りだと、“カズサ・スドー”になる」
「あら、そうですの。では、カズサが名前になるのですね」
横から口を挟むと、小首を傾げたシーリアが納得したように頷いた。
そして、俺を見る。
「あなたのお名前を教えて頂いても宜しいですか?」
「……灯塚琉生だ。こちらでは、“リュウセイ・ヒヅカ”になるな」
「リュー………難しいですわね。“セイ様”とお呼びしても?」
「あぁ、………でも、“様”はいらない。俺は、多分、“勇者”じゃない、タダの一般人だから」
俺の言葉に、須藤が俺の腕を引っ張った。
「おい!なんだよ、それ。まだ、分からないじゃないか?!」
俺に届くくらいの小声で、須藤は文句を言う。
「“お約束”だろ?どう見たってお前が“勇者”で、俺は“一般人”。ちなみに、彼女、多分“王女様”だと思うぞ?」
「いや、だってそれ、小説ネタだろ?」
「なら、賭けるか?」
俺は、にやりと笑う。
我ながら、悪い笑みをしていると思うが、むっとした顔をした須藤も、「いいだろう」とニヤリと笑ったのでおあいこだ。
「お二人とも、今回は誠に申し訳ありません」
シーリアは、俺たちに向かって頭を下げた。
その悲痛な様子に、俺たちは視線だけで互いを見合わせる。
どちらも予想していなかった展開だ。
「私たちの力不足です。本来、勇者召喚などしてはいけないのに、父王や妹が暴走してしまって………。どれほど謝っても足りないくらいではありますが、あなた方の身は、責任をもって私が……!」
「なりません!姫君!
この方々は、王命によって召喚されたのです。まずは、国王陛下にご報告し、その資質を見極めるのが先になります!」
シーリアの言葉を遮ったのは一緒に入ってきた黒ローブの青年だった。
肩に掛かる薄い金色の髪に、淡い紫の目の知的でやや神経質そうな青年だ。細身ですらりとした長身の姿は、優美な印象すら窺える。
「ですが、ウスイェール!」
「この方々に、“勇者”としての資質が無いのであれば、改めて陛下に交渉されれば良いのです。
陛下とて、苦悩の末に選択されたのです。召喚が成功してしまったことは、すでに報告されているでしょう」
「ですが、それでは、彼らに“勇者”としての資質があれば、彼らを関係のない戦いに巻き込むことになるのですよ?」
「それが目的の“召喚”です。………それに、“ここ”に来てしまった以上、遅からずも巻き込んでしまうでしょう」
「それは…………そうですが………」
シーリアは、ウスイェールの言葉に視線を逸らした。その手がぎゅっと握りしめられる。
小説とは違う展開だが、違うからこそ現実味が帯びる。俺は、ただ、様子を見守るしかなかった。
だが、須藤は違ったようだ。
「ええと、すみません。………状況がまったく分からないのですが…………?」
2人に割って入った須藤は、臆する様子はない。
「教えて頂けませんか?俺たちだって、何も知らないまま流されるのは嫌だし、だけど、何を決めるにも、知らないのでは決められません。
知りたいことは山ほどある。でも、あなた方の話を聞く限り、差し迫った問題があるようだ」
「…………そうですね。申し訳ありません。あなた方は、もう、私たちの事情に巻き込んでしまっているのですね」
シーリアは、須藤に向き直った。
こうして見ると、イケメンな須藤とシーリアは絵になる。まさに、このシーンは見た目だけなら、召喚の間で王女と勇者がやりとりするシーンに当てはまる。
とてもいい雰囲気だ。
「やれやれ…………」と、溜め息を吐く青年。
俺は、俺のそばまで下がってきた青年ーーウスイェールを見上げた。
「……王命である以上、姫君でも逆らえないんですか?」
「そうですね。意見は聞き入れて頂けると思います。妹姫であるユシリア姫と違い、シーリア様は陛下にも信頼される賢姫ですから………。
ただ、今回は多くの側近や貴族の期待が大きくて、もし、あなた方に勇者の素質がなければ反発は激しいかと………」
「随分、勝手な話ですね」
「ええ………、申し訳ありません。今はまだ平和の名残がありますが、我々にもはや“選択”の術は無く、確証の無い伝承にも縋るくらいですから」
「……そこまで状況が悪いのですか?」
俺が訊けば、ウスイェールはなにやら驚いた表情で、マジマジと俺を見た。
その視線に、俺は内心怯む。
真っ直ぐに相手の視線を受け止めれるタイプ出はないのだ。
「………なにか?」
「いえ、………まるで、我々の状況が分かっているような感じでしたので………」
ウスイェールの言葉に、俺は首を振る。
「いや、分からない。けど、どんな人間か来るか分からない“異世界召喚”を行うくらいに、自分たちで出来る手立てがない状況なのかと、推測しただけだ」
馬鹿みたいな発想で異世界召喚をする愚王でなければ、の話だが。
小説には、よくあるネタだ。
魔族などの脅威ではなく、他国との諍いに利用する、自国の利益の為に利用するといった裏黒い話で、何も知らされずに巻き込まれ、利用される“勇者”たち。
“情報”が大事なのは、どの世界でも変わらない。
「なるほど……」
ウスイェールは、感心した様子で俺を見た。
そこには先ほどまでと違う感情の色が見られたが、はっきりとはしない。ただ、悪いものではないようだ。
いうなれば、役立たずなのを少し見直されたような感じだろうか。
「シーリア姉様!ウスイェール殿!………何故、もうこの間に来ているのですか!?」
扉が開き、数人のお付きを連れた美少女が入ってくる。シーリアに顔立ちが似た少女は、赤みを帯びた金色の髪に空色の瞳の、可憐な印象をしていた。
シーリアが、一輪の咲き始めの花を思わせる、凛とした美人なら、この美少女は、愛らしい小動物を思わせる無邪気さがあった。
華やかなドレスに身を包んだ美少女は、最初に見れば、その愛らしさと可憐さが庇護欲をそそるだろう。インパクトのある美少女だ。
「この方々は、私とウスイェールが、国王陛下のもとにご案内します。お下がりなさい。ユシリア」
凛と背筋を伸ばして、シーリアは告げた。
その姿は、凛々しくも美しく、王女の威厳に満ち溢れていた。
俺は、おもわず、息を呑む。
「そんな、お姉様!」
「一方的な“召喚”で、この方々の承諾もなく無理矢理“こちら”にお連れしたのです。私たちには、この方々に対する“責任”があります。
ですが、この度の儀式が王命である以上、陛下の御前でその資質を示さなければなりません。
ユシリア、あなたは、謁見の間に入る許可を父王様から頂いているのですか?」
「………いいえ。ですが、ドロール政務大臣が、謁見の間までご案内するようにと………」
シーリアの整然とした言葉に怯みつつも、食い下がろとするユシリア。そこに、ウスイェールが、いつの間にか歩み寄り、割って入った。
「ドロール公には、私からご説明致しましょう。ユシリア姫。………未婚のうら若き乙女が、軽々しく身元の分からぬ者の前に姿を現すなど、はしたないですよ」
「ウスイェール!……なら、姉様だって……!」
「シーリア様にも、私は注意致しました。ただ、今回は、シーリア様は陛下のご意志に従ったまで。
………わが国の“賢姫”以上に、異世界からの“客人”を相手に出来る方が他におられますか?」
「…………っ!?」
落ち着いた口調で、ユシリアを見るウスイェールに、彼女は反論の言葉を失ったようだ。ましてや、父王の命令だと暗に告げられれば、反論のしようもない。
むっと不機嫌さを隠すことなく、「わかりましたわ!失礼します!」と、お辞儀もなく身を翻して退場していく姿は、王女の威厳もなく、ウスイェールは溜め息を吐いた。
「さて、どうやら時間が無いようです」
「そうですね。ドロール公にも困ったものです。国を想う気持ちには偽りは無いのでしょうけど……………」
シーリアも溜め息を吐く。
そして、俺たちの方に向き直ると、どこか苦笑するように微笑んだ。
「これから、謁見の間に御案内します。この国の国王陛下にお会いして頂きます。
…………私たちの現状については、道すがら簡単にしか説明できませんが、詳しくは謁見の間にてあるでしょう。あなた方の“勇者”資質の判定も、謁見の間で行われると思いますが、たとえ、“勇者”の素質が無くてもご安心ください。
私が責任を持って、あなた方の身を預かりましょう」
「…………それはありがたいけど、一つ、訊いてもいいかな?」
「なんでしょう?」
須藤は、一瞬戸惑い、そして、意を決したようにシーリアを見た。
「俺たちを元の世界に還すことは……?」
「申し訳ありません。現状では、なんともお答え出来ないのです。私は、この“召喚”に反対していた身なので、詳細を知らないのです。ですから、“召喚”を行った王宮魔術師たちに確認するとしか、答えられません」
悲痛な表情で言われ、俺たちはそれぞれに息を吐いた。中途半端な答えに、何も言えない。
ただ、須藤と互いに視線を合わせて、首を振るだけだ。須藤も仕方がないと、頷いた。
「では、確認をお願いします。俺たちにも、元の世界に“家族”や“友人”がいる。還れるなら、還りたいんです」
「ええ、もちろん!……必ず、お約束します」
シーリアは、力強く頷いた。
この姫君は、多分、信用できるのだろう。俺は、なんとなく思った。
今までの真摯な態度を見ても、俺たちを騙したり、嘘をついているようには見えない。
もちろん、完全に信用するわけではない。信用できなくても、信頼はある程度できると思う。
「では、こちらに」
先行するウスイェールとシーリアに促され、俺たちはゆっくりと歩き出し、召喚の間を出た。
…………………これが、最初の“仲間”であり、長い長い戦いの末、勇者カズサと結ばれる[光華の賢姫]シーリア・エルドバーグとの邂逅だった。
「シーリアは“文字どおり”最初からいたのだな」
「そうだね。彼女ほど、誠実な人はいなかった。あれからずっと、………本当に最後まで上総と一緒にいてくれた。俺は、途中で何度も逃げ出したのに、彼女は、逃げずにいて、強い人だったよ………」
「ふふ………、それは違うな」
エンディラシエルノは、笑った。
「セイ、そなた、彼女と“約束”しただろう?」
「“約束”?」
俺は首を傾げる。思い当たることがない。
なにせ、千年以上前の話だ。見た目はともかく、死期の近い老いぼれである俺の記憶も、細かい部分は耄碌しているのかもしれない。
「そう、“約束”。………シーリアから聞いたことがある。そのときは、嫉妬でくだらないと思っていたが、今なら分かるぞ。ふふ……」
エンディラシエルノは、楽しげに笑う。
「そういう態度されると、気になるのだが……」
「なら、思い出せばいい。
ほら、早く続きを話せ。話していけば、そなたもきっと思い出すだろう?」
話す気がないらしいエンディラシエルノに促され、俺は小さく息を吐いた。
どうやら、この話に耳を澄ませているのは、エンディラシエルノだけでなく、俺の愛娘たちものようだ。
俺は、座る大樹の枝葉を見上げた。
木漏れ日の光だけでなく、キラキラと金緑の光を零す[世界樹]は、他の姉妹たちとも回線を繋げているようで、他の[世界樹]たちの光がちらちらと重なっている。
「やれやれ………」
一体、どこまでこの語りが繋がっているやら。
俺は苦笑すると、ゆっくりと続きを話す為に口を開いた。