第2話 召喚前の邂逅
まだ、召喚前のお話です。
それは夏の気配も遠くなった10月中旬のある日だった。
その月の下旬の土日を挟んだ3日間、文化祭が行われる影響で、その一週間前から授業は半日になり、午後から19時頃まで文化祭の準備になる。もちろん、部活動も無く、授業自体も先生たちの配慮で、文化祭準備の自習となることが多い。
一応、進学校だが、普段の息抜きとばかりにこういう行事には、学校全体で力を入れる校風だ。
「灯塚」と呼ばれて、俺は振り返った。
西日が窓から差し込み、廊下一面を深い金色に染め上げる中、教室から顔を出したのは、クラスのイケメンである須藤上総だ。
足りなくなった材料を取りに行こうとしていた俺に近づいてきた須藤は、材料の追加のメモを持っていた。
「………これは1人じゃ無理だ」
俺は、渡されたメモを見て言った。
俺が取りに行くのは木材で、須藤が渡してきたメモの装飾用の材料を合わせると、1人で運ぶのは到底無理な量だった。
「ああ、ちょっと待ってて」
須藤はそう言って、教室に戻るとすぐに戻ってきた。どうやら一緒に行くらしいと、俺が気付いたときには、そばに来た彼は、「さ、行こう」と、俺の肩を叩いた。
須藤は、180㎝近い長身のイケメンだ。
天然の柔らかな茶色の髪と目に、整った顔立ちは精悍さがありながら甘い。見た目は今時の高校生らしく細身だが、スポーツ万能の噂は伊達ではなく、意外にがっしりしている。
しかも、どことなく気品に溢れ、どんな仕草も絵になる、らしい。
女子から「王子様」と密かに呼ばれている。
一方、俺、灯塚琉生は、175㎝ほどの身長にやや短めの黒髪とやや目つきの悪い黒目、良くも悪くもない平凡な顔立ちをしている。
身長はそこそこあるものの、体格は痩せていて、ひょろひょろモヤシだ。目つきが悪いというよりも、見る視線が鋭いらしく、子供や気の弱い相手を怖がらせてしまうので、伊達眼鏡をして緩和させているつもりだ。
根暗に見えないように髪は短めにしているが、まぁ、それでも地味な生徒と印象が強いらしい。
こんなふうに隣に並ばれると、その差は歴然であり、俺の小さなコンプレックスが正直痛い。
だいだい、須藤は頭脳優秀スポーツ万能なイケメンでクラスカースト上位にいる人間で、いつも人気のある美少女やイケメンに囲まれている。
対して俺は、下位に位置する人間だ。
まぁ、俺だって、クラスの女子数人とはたまに話すし、男の友人もいるが、地味に目立たない生活を送る、ごく平凡な人間である。
これほど、クラス内のカーストがはっきりしているクラスも珍しいが、高校に入学して半年以上、まったく接点がなかったのがいい証拠だ。
うちの高校の文化祭は、非常に盛り上がる。
なにせ模擬店や展示のクラス対抗があり、上位3位の特典が半端じゃなく豪勢らしいのだ。
さらに言えば、どうやら教師陣もその恩恵があるらしく、担任の熱の入りようも半端じゃない。
だから、体育祭よりもクラスの団結が高まるイベントなのだという。
普段は、見えないカーストに支配されているクラスだが、この期間だけは無礼講というか、カーストも関係ない状態と化し、クラス内の交流がごちゃ混ぜとなるため、今の俺のような状態でも誰も文句は言わない。
これが普段なら、後で女子からの攻撃が怖いし、須藤も俺などに関わらないだろう。
「ふふ……」と、隣を歩く須藤がなにやら笑ったので、俺はギョッとする。
須藤は、俺を見ると「ああ、ごめん」と微笑んだ。
「いや、さ。俺、灯塚と一度話してみたかったんだよ。ほら、俺の周りってさ、なんか固定されたメンバーばかりだろ?
それはそれで、中学から一緒の気心ある奴らだから楽しいけど、高校に入ったらもっと交流を広げたかったんだ」
「……………はぁ」
「でもさ、あいつら、なんかばりばりに警戒して周りを牽制してるだろ?
俺は、他のクラスメイトとも普通に話したりしたいんだけど、なんかできる空気じゃないし。
女子は話しかけてくれるけど、………なんていうのかな、“友達”って感じじゃないんだよな」
苦笑しながら、そう言う須藤は、なんか“普通”だった。
そう、普通の男子高校生だった。
俺は、そのことに呆気に取られ、おもわず肩の力が抜けた。
「まぁ、確かに須藤を見る女子の目は、獲物を狙う肉食獣だよな………」
「ぶっ?!………に、肉食獣って………!」
ぶはははっ!と、須藤が笑い声を上げる。
「いや、マジに怖いぞ?用事があって、お前らのグループに近寄ろうとすると、周囲の女子から一斉に睨まれるわ、お前らからもなんか威嚇されるし、逆にこっちが何をした?!って言いたくなるからな」
「うわ~、そうなんだ。知らなかった!………それじゃあ、気軽に話そうなんて無理だったんだな」
「お前と下手に会話でもしたら、お前のファンの女子から制裁もありうる」
「はぁ?…………なにそれ?」
俺の言葉に、須藤は不機嫌そうに片眉を器用に上げた。そして、大きく溜め息を一つ。
「………そりゃ、確かに見た目がいいのは自覚あるし、女子にキャーキャー言われるけどさ。
なるほど、だから、か。
宗や孝一以外のクラスの男子と話そうとすると、なんか避けられてるの」
「それもあるが、高梨や橋本も睨んでくるからな。お前に話しかけようとすると」
「そうなのか?………いや、そうだな。あいつら、周囲に対して不信気味だから」
「中条くらい、何も考えてない馬鹿なら突破できる。あいつ、見た目もいいから、女子からの反感はないしな」
「あ~………夏樹かぁ。確かに………」
なにやら納得して頷く須藤。
いや、中条が馬鹿って、お前まで認めたら可哀想だろ?まぁ、お馬鹿なのは、周知だが。
「しかし、灯塚はよく見てるなぁ」
「………いや、普通だと思うぞ?」
感心げに言う須藤に、俺は言った。
どちらかと言えば、あまり興味がないのでそこまで深くは知らない方だ。
いつも見てるわけじゃないが、同じクラスなので、どうしても目立つ動向は目に入るし、面倒ごとに巻き込まれない程度の“常識”は把握しているだけだ。
「しかし、意外だな」と、俺は思わず呟いた。
「須藤が、こうも気安い奴だとは思わなかった」
「もっとお高くとまってるって?
いやいや、ないから!俺、ふつーの高校生だから!家だって、一般家庭だし、さ。
だから、普通に友達も欲しいんだよ。今の俺、友達募集中だから!あいつら以外の!
だいだい、もう高校生なんだからさ、別の交流持ったっておかしくないだろ?なのに、あいつら、最近ちょっと鬱陶しいんだよな」
「…………まぁ、その辺の事情は知らないが、頑張れ……」
俺がにやりと笑って言うと、須藤は、がっくりと肩を落とした。
「………なぁ、灯塚。俺と友達にならない?」
「無理だな」
「酷いなぁ」
きっぱりと言った俺に、須藤は力なく苦笑する。
須藤自身、今の状況をなんとかしなければ、新しい交友関係を築くのは無理だと分かっているのだろう。
まぁ、ファンの女子たちはなんとかなるだろうが、問題は取り巻きたちだ。
須藤の幼なじみと中学からの友人、高校からの友人に分かれるが、自分たちの優位を知ってるからか、妙に偏見があり上から目線なのだ。
「まぁ、でも、灯塚とこうして話せて良かったよ。俺、前から灯塚と話してみたかったし」
「なんで、俺…………?」
文化祭用の資材保管をしている教室に着き、目的のものを探し出す。
木材は、そんなに大きなものでもなく、数も少ないので、すぐに見つかった。
追加で頼まれた装飾用の資材を探していると、ふと、須藤がそう言った。
オレは、首を傾げる。
確か、さっきも言っていたなと思い出す。
「ん~、なんとなく?」と、須藤は俺を見た。
「いや、灯塚ってさ、クラスの男子とも仲良いしさ、美倉さんとか、何人かの女子ともなんか、よく話してるの見て、“ああ、いいなぁ”って思ったんだよ。
俺の周りの女子とは、なんか違う感じでさ。“友達”っていうか、凄く普通に話してるのが、羨ましいなって………」
俺は、ストレートな須藤の言葉に固まった。
逆に頭の中では、「ああ、なるほど」と、少し納得もする。
須藤の周りの女子は、取り巻きを含めて、須藤に想いを寄せている。男子は、幼なじみの2人に“壁”を突破した中条くらいしか話す相手はいない。
俺の場合は、まぁ、一部を覗いたクラスの男子とは、深い浅いの差はあるが、それなりに話すし、遊ぶこともある。
女子も、中学が同じ美倉や何人かとの交流はあるが、あくまで友人やクラスメイトとしてだ。
須藤の置かれた状況から見れば、俺の周りは羨ましいというのは、分からないでもない。
だが、
「リア充め。爆発しろ!」
「えぇっ?!なんでっ?!」
クラスどころか、学年いや学校中の美少女と交流を持ち、しかも、恋愛要素まであっての状況を見れば、男として同情はしない。
俺たちは、それぞれに資材を抱きかかえて教室に戻った。
互いに、妙に通じるものがあり、それが妙に照れくさかった。それ以降、時々、視線が合うようになった須藤も似たような感じだったのだろう。
だが、その後、須藤と話す機会はなかった。
それでも文化祭は大盛況で過ぎ、俺たちのクラスも上位には入らなかったものの、特別賞を貰った。
そして、また、以前と変わらない日常が戻ったが、文化祭の団結力の影響か、一部を覗いてクラスの仲が良くなったという変化があった。
その一部である、須藤とその取り巻きは変わらず、ラブコメめいた騒ぎを繰り広げていたが。
ただ、時々、須藤が周りを諫めている姿をみるようになり、「苦労してるな」と、須藤に同情するようにはなった。
…………思えば、あのとき、上総と初めて話したことによって、俺の中では彼に対して近親感が芽生えていたのだろう。
このときは、特に何を思うわけでもなかったが、この出会いが、彼と俺の長い長い物語の小さな“きっかけ”になったのではないかと思う。
でなければ、あの日、俺は彼を置いて、さっさと帰っていたはずだ。
運命の分岐点。
それは、俺にとっても、彼にとっても、まさしく“あの日”以外ないだろう。