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人間らしさ

作者: 硯間 隼人

 何もかもやめたい気分だった。そう、あの映画に出会うまでは・・・


春は終わっているのだが、梅雨の季節にもならない何とも微妙な季節。そんな季節が一

番嫌いだった。まるで自分の毎日の生活のようで、気に入らなかった。毎日中学校に行き

つまらない授業を聞き、黒板に書いてあることをノートに取る。それだけで一日がすぎて

いった。周りは、成績があーだこうだ言い合ってる。もう聞いてる方が疲れるくらい。そ

の点私は成績に関しては、無関心だった。友達に話しかけられるとそれとなく話しを合わ

せるぐらいにしか、興味はなかった。

そんな成績に興味のない私に世の中の現実を突きつけてきた奴がいた。テストだ。私の

テストは、声に出して言うと意識が飛びそうなくらい低かった。私はその答案用紙を手に

持ちながら帰路についた。その途中、一つのゴミ袋があった。今日はもえるゴミの日では

ないのに、と思いながらも、私はそのゴミ袋に吸い寄せられていった。おもむろに、縛り

口をほどいてみると、中から一本のビデオテープが出てきた。題名は「私の生きた時間」

と乱雑な文字で書いてあった。ワタシノイキタジカン?何じゃそりゃ?どんな番組なんだ?とても気になる・・・見たい。見てみたい。だが、ゴミの臭いのするビデオテープなんて持って帰ったら、私の家の立場はどうなる?間違いない。母に叱り飛ばされる。で、どうする?もって帰ろうかな?それとも、置いて帰ろうか・・・

気づいたら一歩足を踏み出していた。鞄の中に無造作にそのビデオを押し込んで歩き始め

た。代わりにゴミ袋には今日もらったテストの答案用紙を残して・・・

「ただいま。」その一言だけを口にすると、私は私の部屋に閉じこもった。制服から私

服に着替えたあと、そのビデオをビデオデッキに乱雑に押し込み、再生ボタンを勢いよく押した。

画面が暗くなり、再生されはじめた。最初にいろいろな映画の予告があった。「ハリー

ポッター」「スパイダーマン」と有名な映画の予告が次々と流れた。何だ。案外有名な映画

会社の映画なのか。そう思い始めた時、映画が始まった。その内容は実にくだらないもの

だった。ある一人の男の一ヶ月をまるまるのっけてるだけの映画だった。しかも私とそっ

くりなところがあった。毎日同じ生活をしている。朝八時に出勤して、電車に乗車。9時

に到着。九時から十二時までパソコンとにらめっこ。十二時から一時まで昼食食べるメニ

ューは、いつも狐うどんと、おにぎり二個。食べ終わると今度は街に出て、五時まで、営

業。そのあと会社に戻り、身支度を済ませて帰宅。これの繰り返しだった。たまに上司に

怒られたり、酒を飲みに行くシーンもあったが。

だがこの映画は私と一つ違うところがあった。この映画に出てる男性、ポジティブなの

だ。私と違って。日々の生活を楽しむように、意気揚々と会社に行き、なれないキーボー

ドの操作も、笑顔でこなしていた。まるでこの生活を楽しんでるみたいに。私とは違って。

私は日々の生活に嫌気がさしていた。学校に行けば、成績の話ししかしない友達との会話

につき合うのも、黒板に書かれたことをコピー機のようにノートに写すことも、全く楽し

くなかった。でも何で、この映画に出てる男性はこんな単純な行為を楽しんでいるのだろう。なぜ?

夕食を食べてるときも、テレビを見ているときも、風呂に入っているときも、ねるときも

ずっと考えていた。なぜああなれるのか?と。授業中も真剣に考えていたので、私の黒板

コピー機能は完全に停止してしまった。

あのビデオを見てから一週間になるだろうか。まだ考えていた。だが答えが見つからない。

今日もいつもと同じように、休み時間に考えていると、いつも成績の話しをしてくる友達

が、突然話しかけてきた。

「もしもーし、生きてますか?」


とっさに声をかけられて気が動転したのか、私も聞いたことのない高い声で、

「い、生きてます!!」

と叫んでしまった。

一瞬静まりかえった教室が一秒後、笑い声が教室を包んでいった。

「あんた、そんなおもしろいこと言えるんだね!見直したよ!」

「べ、別に好きで言った訳じゃない!!」

真っ赤になった自分の顔を隠しながら、友達に言い返した。

「でも、あんた最近なんかいい感じだよね。」

「えっ?」

「ほら目に生気が出てきたよね。以前のあんた、死んだような目してたから。」

「死んだような目って・・・失礼な・・・」

「でもほんとだよ。今はあんたとっても人間らしいよ」

人間らしい・・・この言葉は私の心の中に深く食い込んだ。これが私の求めていた答えか

もしれない。人間らしく生きる。彼にはあって私にはなかったこと。彼にはできて私には

できなかったこと。これかもしれない。私の答え。たしかにそうかもしれない。今までは

タダ単なる黒板コピー機だった。だが今は答えを見つけるために一週間もその一つだけを

ずっと考えていた。前の自分に比べると大きな進歩だ。以前は何も考えずに生きていたの

だから。そうなると、そうやって生きていた時間がもったいなくなってきた。できるなら、

その時間をもっと人間らしく生きていたかった。だが今からでも遅くない。まだ間に合う

さ。やり直すためには、まず何をしよう。そうだ。テストの答案を、母に見せよう。自分

にも他人にも正直に生きるのだ。とおもって答案用紙を探したが、全く見つからなかった。

「あっそうだ。捨てて来ちゃった・・・」

でもいいさ。次がある。人間前を向いて生きないと。それが私の人間らしさ。


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