猫の妖精
遙とリズは店の前にいる、その生物に困惑していた。
「さて・・・どうしたものか」
「どうみても猫なんですよね、この子」
猫のような動物。ただその動物が普通の猫ではないのは、遙が確認済み。
「こういう場合って、連絡は警察なんでしょうか?それとも市役所?」
「もしくは《協会》か」
二人は頭を悩ませた。
○o。. ○o。.
──最初にこの生物を見つけたのは、リズだった。リズはいつものように店に出勤した。
「なんだろう、大きな犬かな?」
リズが遠くを歩いているうちは、大きな黒い犬がいると思ったのだが、店に近づくにつれ、その生物が犬ではないことに気が付いた。
「え?あれって・・・?」
そして、リズが店の裏に回り、家のインターホンを鳴らしたことにより、遙は起きたようだった。
「なんだ、リズか」
「あ、おはようございます、オーナー」
「どうしたんだ」
「大変なんです、店の前に大きな黒い猫がいるんですよ」
「・・・何があったのかは知らんが、俺が行くまでそこで待ってろ」
遙が一度、窓を開けて外を見ると、店の前にいる黒く大きな猫が確認できた。
「フェンリル、出てこい」
「珍しいな、お前さんが儂を喚ぶなんて」
遙の影から、フェンリルが出てくる。
遙は特にフェンリルの方を見ることなく、窓の外を指す。
「お前はアレが何か判るか?」
「んー、アレは『ケット・シー』だな」
「『ケット・シー』?なんでソレがこんなところにいるんだ?」
「知らん」
ケット・シーというのは猫の妖精である。普段は森の中などに生息していると、知り合いが言っていた。
ケット・シーは人前だと普通の猫を装うが、実際は二足歩行が可能で魔術などを扱える。
「アレがケット・シーなのはわかった、とりあえず・・・俺は外に行くから、フェンリルは戻れ」
「はいよ」
そして、着替えなどを済ませた遙が、リズと共に店の前に行ったことで、今に至る。そのケット・シーは行き倒れという感じではなく、なんとなく、ただ寝ているだけのように見える。
「この子って何なんですかね?」
「コイツはケット・シーらしい」
一応、フェンリルに確認はしてもらったが、今、目の前にいる生物がケット・シーである確証が遙にはない。
「今日って午前中に予約あったか?」
「無いですけど、それでもこの子に起きてもらわないと」
「それもそうだな」
だが、どうやって起こすか。下手に手を出すとこちらが危ないのは、リズも解っている。
「ん?あれはリリちゃんか?」
「もしかしたら、リリちゃんなら言葉が通じるかもしれないですね、同じ猫ですし」
朝の散歩をしていたのだろう、遠くから白い猫のリリが歩いてきた。月一でシャンプーに来る常連である。
リズはリリに挨拶すると同時に、リリを抱き上げる。
「リリちゃん、おはよう」
「にゃあん」
「まず、リリちゃんにリズの言葉が通じるのか?」
「きっと大丈夫です、リリちゃんはお利口さんですから」
「あのな」
リズはリリが猫又なのを知っているため、話が通じるのは判っているが、遙にしてみたら、何処からリズのその自信が来るのかがわからない。
「とりあえず、リリちゃん、あの子起こせる?」
「にゃぁ?」
さすがに遙がいるからか、リリは理解できないという反応をリズに見せた。
「とりあえず、リズは裏から店に入って準備してこい、コイツは俺がなんとかするから」
「オーナーに何かあったらどうするんですか?」
「心配するな、とりあえずリリちゃんを放してやれ」
「・・・はーい、ごめんねリリちゃん」
「にゃあん」
遙がなんとかするって言っているので、渋々だったがリズはリリを放して、裏から店に入っていった。リリは逃げるように帰っていった。
「・・・行ったか、フェンリル」
「はいよ、ケット・シーを起こせばいいんだろう?」
「リズに見付からないよう、手早く頼む」
遙としては、リズに何かあっても困るし、フェンリルを見られても困るため、早々にリズに店の中に行くよう、指示した。そして、リズが行ったのを確認するとフェンリルを喚び出す。
遙の影から現れたフェンリルは、周りを伺いながら、ケット・シーに音もなく近付く。
「お前さん、起きろ、儂に喰われたいのか?」
「うにゃあぁー・・・にゃんだよ?ヒトが気持ちよく寝てるってのにぃーっ・・・にゃんだ、狼か・・・って狼?!」
「あんまり騒がしくするな、あの嬢ちゃんだけじゃなく、周りの他人まで来る」
フェンリルに驚き、ケット・シーは飛び起きた。
「にゃ、にゃんで狼が、こんにゃところにいるのにゃあ?!」
「うるさい、コイツに喰われたいのか?」
「そ、そんにゃ訳あるかぁーーっ」
「なら、少し落ち着け」
「・・・わ、わかったのにゃ」
遙の言葉にケット・シーは大人しくなる。
「フェンリル、戻れ」
「儂に労いの言葉はないのか?」
「リズが来る」
「それなら仕方ないな」
素早くフェンリルは遙の影に戻り、それを見てケット・シーは少し安心したようだ。
「オーナー、大丈夫ですか?」
「心配しなくても俺は大丈夫だ、だがリズ、なんで表から出てくる」
「・・・え?あぁ、そうですよね」
店のドアの方を見ると、リズがドアを少し開けて顔を出す。遙が心配で、リズが慌てて出てきたのはわかるが。
「あ、でも起きたんですね、その子」
「あぁ」
「うにゃあ、怖かったにゃあ」
あまり放っておくと、余計なことを喋りそうなので、遙は座っているケット・シーに視線を移す。
「で、お前は何者だ?」
「見てわからんか?ケット・シーにゃ」
「名前は?」
「まだないにゃ」
「まだっていうことは、飼い主とかがいないってことですかね?オーナー」
「そうだな」
すかさず、遙は次の質問に移る。
「それで、なんでお前はこんなところで寝ていやがるんだ」
「いやー、我輩は森で若いもんに縄張り争いに負けちゃったのにゃ、そんにゃものだから、誰かいい魔術師の所にでも行って、修行をしようと思ったのにゃ」
遙の質問に、ケット・シーは遙の欲しい答えを言わずに話し始めた。なので、遙はもう一度、ケット・シーに質問をする。
「俺はここに来た経緯を聞いたんじゃない、なんでお前がここで寝てたかを聞いたんだ」
「それがにゃあ、その縄張り争いで我輩は魔力切れを起こしてしまったのにゃ」
「なら、そのままの大きさでいるより、小さくなればよかっただろう」
「あ、それもそうか」
あっけらかんとしたケット・シーの言葉に、遙は頭を抱える。そんなことはお構い無しに、ケット・シーは普通の猫のサイズになる。
「おぉーっ、これなら、あたしも出て大丈夫ですかね?オーナー」
「まぁ、まだ油断は出来ないが」
顔だけ出していたリズが、遙の隣にまで出てくる。
そして、座っていたケット・シーは二人の目の前で後ろ足だけで立つ。
「ところで、お二人は誰か、いい魔術師を知らにゃいかにゃ?」
ケット・シーの言葉にリズは首を横に振って、遙の方を見る。
「なんでリズは俺を見る」
「あたしの友人に魔術師はいますけど、今はこの町にいないし・・・オーナーの知り合いにはいないんですか?」
「いないことはないが、俺の知り合いもこの町に住んでる訳じゃない」
しばらく二人は悩んだが、遙が思い出したように言った。
「この町を出て、南東に行った場所で『相談所』をやっている奴がいる、俺の友人に連絡すれば、多分そこまで連れていってくれるだろう」
「それは本当かにゃ?そうしてくれると、ありがたいにゃあ」
「意外にオーナーって、すぐ連絡を取れる知り合いとかいるんですねー」
「意外にってなんだ、意外にって」
遙の言葉に、リズはそっぽを向いた。