雨のち快晴
今日は夜中から強い雨が降っていた。たまたま、遙はいつもよりも早く目が覚めたので、店のカウンターで作業をしていた。
「ひゃあー、傘を差して来たのに、全く役に立たなかったですよ」
「とりあえず、トリミング室のタオルとかを使ってもいいから、その濡れた状態をどうにかしろ、風邪引くぞ」
「はーい」
「着替え(予備)はあるのか?」
「大丈夫ですー、ちゃんとありますー」
相変わらず店に早く来たリズは、傘を差していたのだが、全身ずぶ濡れの状態だった。
休憩室の床で、リズは濡れた髪や服をハンドタオルや、遙が上から持ってきたバスタオルで拭いている。この休憩室は、店側から入って左奥に流し台、隣にソファー、そしてそのソファーの少し後ろに上(遙の自宅)に繋がる階段がある。
「外がこんな状態じゃ、今日の予約もなくなりそうだな」
「ですねー、せっかく綺麗にしても、また雨で濡れちゃいますし」
遙は店の入口から外の様子を伺う。
ただでさえ少ない予約だが、悪天候でその日の予約が別の日にずれることがある。さらに、こういった日に新たに予約が入ることも少ない。
「今日の予約なくなったら、仕事がないですよね」
「そうなるな、って髪はそのままにするつもりか」
「大丈夫です、ちゃんと乾かしますって」
リズは着替えを済ませ、カウンターにある予約帳を開いている。タオルで髪を拭いてはいるが、まだポタポタと髪の先から雫が垂れている。
人手がないので、リズに風邪を引かれても遙は困ってしまう。なら従業員を増やせよって話なのだが。
リズが髪を乾かしていると、案の定、今日の予約は別の日にずれたと、遙から言われた。
新たに予約は入らないと思うが、リズは準備だけはしておく。遙はそのまま帰ってもいいとは言ったけど。掃除などもやったが、終わってしまうと暇。
なので、リズは椅子に座り、リボンをつける時に使うカラーペーパーを切っていた。
ふと、トリミング室から店側を見ると、遙も暇なのか、この時とばかりなのか、棚卸しをしていた。
「あ、そういえば」
リズはいつも作業中に腰につけている、シザーケース(ハサミを入れてるアレ)をトリミング台に出す。
「あー・・・やっぱり毛が詰まっちゃってる」
最近、仕事中にハサミを仕舞う時にどうもキツい気がしたので、ハサミを台に出して見てみると、切った毛がみっちりと詰まっていた。一応、ハサミとかはお手入れしているが。
「うわー、こんなにあったら、そりゃハサミは入らないよ」
掻き出してみると毛が山になる。リズはそれを捨て、ハサミを仕舞う。
「うーん、なんだか雨も酷くなってる気がするなぁ・・・今日は帰れるかしら」
○o。. ○o。.
午後になっても雨は止むどころか、激しさを増していた。リズは不安そうに外を見る。
「リズ、これ以上雨が酷くなる前に、今日はもう帰った方がいい」
「そうはしたいんですけど・・・」
どうも風雨が強く、リズは外に出るのを躊躇っているようだ。だが、様子を見たところで、雨の強さは弱まることはなさそうだが。
「もう少し様子を見るか?止むとは限らないが」
「いえ・・・ずぶ濡れ覚悟で帰ります、大丈夫です・・・多分」
「風邪は引くなよ、あと、事故にも気をつけてな」
リズは遙に頷いて、荷物と傘を持って店を出た。
○o。. ○o。.
遙がリズを見送った後。遙の後ろで大きな狼の姿のフェンリルが、とても愉しそうに遙を見ていた。
「何もお前さん、あの嬢ちゃんを家に泊めてやればいいじゃないか」
「お前の姿を見られたらどうする・・・っていうか勝手に出てくんなって、いつも言ってるだろ」
「今回は儂も用があって出てきたんだが」
「・・・なんで出てきた」
フェンリルに用もなく出てこられるのは遙には困るが、何かあって出てきたのならば話は別である。
「この風雨は、ある意味で人為的なモノだ、このままだとずっと降り続けるぞ」
「どういうことだ」
「お前さんが知る必要はないが、聞くか?」
「それなら聞かない」
知る必要がないということは、遙が知ったところで意味はない。それをフェンリルがそう言う時、遙は聞く必要がないことを知っている。聞いたところで、遙が解決出来る訳ではないし、それは遙の仕事でもない。
「なら、さっさと解決しに行ってこい、フェンリル」
「やれやれ、出てきたと思ったら、すぐこういう扱いをするんだから」
遙が店のドアを開けると、フェンリルはどこかへ颯爽と駆けていった。
○o。. ○o。.
翌朝になって、フェンリルは帰ってきた。大きさは小型犬の大きさで、玄関のドアの前にいた。
外の様子を見ると、どうやら夜が明ける前には雨は止んでいたようだ。
「なんだ、帰ってきたのか」
「そりゃあ、お前さんが儂の飼い主だからな」
遙はてっきりフェンリルが、またずぶ濡れになって帰ってくると思っていたのだが、濡れている様子はない。
「名付け親の嬢ちゃんに乾かしてもらったよ、そのままじゃ、お前さんの仕事が増えるって言ってな」
「それはよかった、って、彼女に会ったのか」
「異変を息子達が察知したらしい」
「お前と違って、子供達は優秀なんだな」
遙の皮肉には何も言わずに、フェンリルは遙の影の中に戻っていく。
「一体、どういう原理なんだかな」
フェンリルが影の中に入ったのを見て、遙は一瞬だけ疑問に思うが、きっと理解出来ないだろうと、すぐに部屋に戻った。
○o。. ○o。.
目覚まし時計が鳴り、リズは目を覚ます。時計は7:30を指していた。部屋のカーテンと窓を開けて、大きく伸びをする。
「んーっ・・・いやぁ、ホント、晴れてよかったー」
道路はまだ水浸しの状態だが、空は快晴。昨日の激しい雨が嘘のようだ。
「これも、てるてる坊主のおかげなのかな?もし、そうなら金の鈴をあげなきゃね」
窓辺に吊るした、ティッシュ製のてるてる坊主。昨日の雨があまりに酷かったので、効果は期待せずに作って吊るしておいた。
リズはてるてる坊主に金色の小さな鈴を一つつけて、出勤の準備を始めた。
○o。. ○o。.
リズは店の裏でバスタオルを干している。何をしてるのかと、遙が見に行くと、昨日の豪雨で乾かなかったので、それを干しているようだ。
「ふふっ、晴れて良かったですね、オーナー」
「そうだな」
「でも、昨日の雨って局地的だったみたいですよね、天気予報で言ってましたけど」
「そうらしいな」
フェンリル曰く、それはある意味人為的なモノだったらしいが、遙には関係ない。とりあえずは解決してるので、あまり興味はないが。
「リズ、もうすぐお客さんが来るぞ」
「へ?・・・あ、本当ですね」
腕時計を確認して、リズは慌てて店に戻っていった。